人文学とサイエンスからアンコール文明を探る – 早稲田大学

人文学とサイエンスからアンコール文明を探る

田畑 幸嗣(たばた・ゆきつぐ)/早稲田大学文学学術院教授・早稲田大学文化財総合調査研究所所長略歴はこちらから

はじめに

 カンボジアの世界遺産と言えば、アンコール・ワットやバイヨンなどの遺跡をイメージするかたがほとんどでしょう。これらの巨大な伽藍を建立したアンコール朝は、最盛期には現在のカンボジアを中心に、インドシナ半島の大部分を版図としたアジアでも有数の古代文明です。その精髄とされるアンコール・ワットは、南北1.3km、東西1.5kmもある世界最大のヒンドゥー寺院で、近年は年間200万人以上の観光客がここを訪れます。

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世界最大のヒンドゥー寺院 アンコール・ワット

 また、アンコール文明最盛期の中心寺院であり、須弥山を模した仏教寺院であるバイヨンには、塔堂の四面に微笑をうかべた高さ約2m人面が100以上も刻まれています。三島由紀夫は戯曲「癩王のテラス」の着想をこの寺院で得ましたが、その様子を「壮麗であり又不気味であり、きわめて崇高であるが、同時に、嘔吐を催させるようなものがそこにはあった」(朝日新聞1969年7月10日 東京夕刊)と伝えています。

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須弥山を模したバイヨン

アンコール文明の研究

 多くの人々を魅了するアンコールですが、その内実は、わかっていない事だらけです。「アンコール」が当時の国名ではなく、研究者が現在のカンボジア北西部の地名から便宜的に名付けたものだという事すらほとんど知られていません。アンコール文明の研究は仏領インドシナの時代から始まり、サンスクリットや古クメール語の碑刻文に基づくアンコール史の解明は、フランス東洋学の最高峰とされてきましたが、こうした碑刻文の内容は、王への賛辞や寺院への寄進、裁判の記録などが中心で、内容が非常に限定的であったため、これに基づいて復元された歴史は、王の交代劇でしかありませんでした。また、中国側には古くから東南アジア諸国の記録が残されているのですが、フランスをはじめとする欧米の研究者には漢文史料を読解できるものが少なく、アンコール時代に王都を直接訪れた中国人の記録などを十分に利用する事ができませんでした。なにより、1970年代から続いたカンボジア内戦により現地調査が完全にストップし、研究そのものが停滞したたままでした。

 このようなアンコール文明の研究ですが、内戦の終了を機に大きく進展し始めました。日本は、フランスと並んで内戦終了に大きな貢献を果たしましたが、日本の研究者もまた内戦以降のアンコール研究を大きくリードしています。サンスクリットや古クメール語だけでなく、漢文史料も活用し、歴史、美術、建築、考古の各分野を総合した日本のアンコール研究は、世界で高い評価を得ていますが、なかでも文献史料に残されていない歴史の痕跡を探る考古学に期待されている役割は非常に大きいと言えるでしょう。

人文学とサイエンスからアンコール文明を探る

 内戦後に本格化した日本のアンコール研究の大きな特徴の一つは、最先端の科学技術を応用した先進的な現地調査にあります。例えば、前述のバイヨン寺院は、碑刻文や図像学といった人文学的研究から、最盛期のアンコールにあって、ヒンドゥーと大乗仏教が混淆し、本尊である仏陀のほかに、様々な地方神を合祀した一種のパンテオンであった事がわかっています。しかし、それがアンコールの終焉とともに、どのようにして現在のカンボジアの主要な宗教である上座部仏教の社会に組み込まれていったのか、その歴史的なダイナミズムは解明されていません。そこで、早稲田大学の建築史研究室と考古学研究室が、日本国政府アンコール遺跡救済チームと協力し、寺院の変遷と周辺の上座部仏教遺跡との関連を明らかにするために、昨年から寺院周辺の地中探査レーダー調査を実施しています。その様子はメディアでも取り上げられました。

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アンコール遺跡での地中レーダー探査

 そのほか、近年大きな成果をあげているものに、3D計測技術を用いた調査があげられます。3D計測の応用としては、これまでにも文化遺産のデジタルアーカイブ作成が行われてきていますが、そのほかにもレーザーや赤外線光の反射の情報をもとに対象までの距離や形状を計測するLidarと呼ばれる技術や、複数の異なった角度からの写真から対象物の正確な3Dモデルを作成するSfM-MVS技術を用い、遺跡とその周辺地形を3D化する事で、発掘調査を行わなくても遺跡・遺構の解析が可能となり、また発掘調査をする場合でも調査面積を必要最小限に留める事が可能となりました。

 これまでは、遺跡の考古学調査といえば発掘調査が主流でしたが、発掘調査は一種の破壊調査であり、一度発掘をした遺跡は二度と元にはもどりません。文化遺産を次世代へ継承するために、破壊調査を繰り返すのは決して望ましい事ではありませんでした。しかし、今後はこうしたリモートセンシング調査によって、発掘調査を必要最小限の規模で実施し、次世代へなるべく無傷の文化遺産を残す事が可能となりました。早稲田大学文学学術院は、こうした3D計測や地中レーダーといったリモートセンシングを活用する、世界でも数少ない考古学研究・教育拠点のひとつです。

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3Dモデルから作成した地形解析図

 私もアンコール時代の窯業遺跡で、3D計測を実施し、3Dモデルから詳細な地形解析を行う事で、発掘調査前に窯跡の正確な位置を特定し、極めて小規模の発掘調査で窯構造を明らかにする事に成功しました。また、こうした遺跡の調査から、アンコール朝の滅亡とともに消滅したとされていた産業が、その後も続いていたらしい事がわかってきました。さらにこの発見は、アンコール朝の滅亡とされていた現象が、実は別の種類の社会への緩やかな変容だったのではないかという仮説にもつながりました。

 個々の調査で判明する歴史的事実は微かなものですが、人文学とサイエンスを融合させた早稲田大学のアンコール研究は、それを積み重ねる事により、着実に新たなアンコール文明像を描きつつあります。

田畑 幸嗣(たばた・ゆきつぐ)/早稲田大学文学学術院教授・早稲田大学文化財総合調査研究所所長

1995年国際基督教大学卒、1999年国際基督教大学大学院比較文化研究科博士前期課程修了、2004年上智大学大学院外国語学研究科地域研究専攻満期退学。博士(地域研究)。

専門は東南アジア考古学、古代カンボジア研究。

著書に『クメール陶器の研究』(雄山閣)、共著に『アンコール・ワットを読む』(連合出版)、『グローバル/ローカル:文化遺産』(上智大学出版)、『岩波講座 世界歴史第4巻』(岩波書店)ほか。

早稲田大学文化財総合調査研究所Webサイト:https://w3.waseda.jp/prj-heritage/

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