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合成生物学で取り組む環境問題
iGEM-Waseda:国際コンペティションiGEM Grand Jamboreeにて日本チーム初の総合10位以内
Mon 18 Nov 24
iGEM-Waseda:国際コンペティションiGEM Grand Jamboreeにて日本チーム初の総合10位以内
Mon 18 Nov 24
学術系の学生団体として活動する早稲田大学公認サークルiGEM-Wasedaは、この1年を通じてプラスチックゴミ問題をバイオテクノロジーで解決する研究プロジェクト”PET TWINS”に取り組みました。
そして去る2024年10月、パリで行われた合成生物学の国際コンペティション「iGEM Grand Jamboree」に”Waseda-Tokyo”として出場し、環境浄化(Bioremediation)部門1位、複合遺伝子部品部門(New Composite Part)1位、大学生チーム(Undergrad)部門で総合世界10位以内の評価を獲得しました(約200チーム中)。iGEMの21年間の歴史の中で、日本チームが大学生部門で総合10位以内の成績を獲得することは史上初の快挙です。
本記事では、このiGEM-Wasedaの活動を紹介します。
iGEMとは
iGEM(international Genetically Engineered Machine competition)とは毎年10-11月ごろに開催される合成生物学分野の国際大会で、世界中から438チーム、約5,000人が集まります。大会は高校生部門、大学生部門、大学院生部門に分かれ、iGEM-Wasedaが出場した大学生部門は195チームの参加がありました。
iGEMは研究プロジェクトを競い合うコンペティションですが、学術的な価値基準だけではなく、社会実装の面も意識されています。学生は着目した社会問題に対し、それを解決する合成生物学プロジェクトを1年間かけて完成させます。プロジェクトは環境浄化、医療、基盤技術といった14個の部門( Village )に分かれ、その中で社会に対するインパクトやアプローチの新規性など多様な側面から評価されます。これらの大会の性質から、iGEMは「生物版ロボコン」と呼ばれています。
耳馴染みのない方も多い「合成生物学」という単語ですが、「遺伝子組換え」という言葉はどうでしょうか。遺伝子とは、生物の構造や機能を形作るための設計図となるもののことです。私たち人類は探究の末にこの遺伝子の正体がDNAという物質であることを突き止めました。それを一種の部品のように分離・結合・改変することが「遺伝子組換え」です。
遺伝子組み換えを元にした合成生物学プロジェクトの代表例としては「バナナの匂いがする大腸菌」があります1)。バナナの香りの元であるイソアミルアセテートを合成する遺伝子をバナナから取り出し、大腸菌に導入する事で、バナナの匂いを発する能力を導入する事ができました。大腸菌は本来匂いの強いものですが、バナナの匂いがするように改変された大腸菌は研究者の心理的負担を軽減する事が出来ると言えるでしょう。
1)iGEM Team MIT 2006. (2006)Banana odor enzyme (ATF1) generator. Resistry of Standard Biological Parts. https://parts.igem.org/Part:BBa_J45199.
合成生物学は、このような技術に加えて、数学、物理、化学、情報科学によるアプローチも併せながら新たな生命システムの構築や検証を行う学術領域です。例えば2024年ノーベル化学賞に選ばれた、AIを用いたタンパク質の構造解析ソフト「AlphaFold」2)は合成生物学の分野においてもよく使用され、新しいタンパク質を設計するのに役立ちます。これは、合成生物学に情報科学が持ち込まれた一例です。このように、分子生物学だけではなく様々な学問の知見も併せて新しい生物を構築していく学際的な領域が「合成生物学」です。
2)タンパク質の構造をアミノ酸配列からAIを用いてパソコン上で推測することの出来るバイオインフォマティクスのツール。
iGEM-Wasedaの活動と大会の成果
iGEM-Wasedaは理工系の学生を中心とした30名弱で構成される公認サークルで、同時にiGEMに挑戦する学生チームでもあります。普段は先進理工学研究科の朝日 透 教授、木賀 大介 教授、小野寺 航 助教をはじめとする教員の協力を得ながら、主に西早稲田キャンパスや先端生命医科学センター(TWIns)で活動しています。チームは大きく以下の3つの班に分かれ、メンバーそれぞれが自分の興味や能力に合わせて様々な部分でプロジェクトを動かしていきます。
1:実際に微生物の遺伝子組換えや酵素の機能測定実験を行うWet班
2:コンピュータ上で実験条件の最適化やタンパク質の機能のシミュレーションを行うDry班
3:社会実装を目指して企業の方々へのインタビューや広報活動を行うHuman Practices班
iGEMでは単に実験結果だけでなく、数理モデルとラボでの実験が相互に助け合っているか、社会との関わりを意識して情報収集や事業計画がなされているか、といったことも総合的に評価されるため、チームでうまく役割分担して包括的なプロジェクトを生み出していくのが醍醐味の一つです。
iGEM-Wasedaは2019年に結成され、これまで2020年度、2022年度、そして今回の2024年度の国際大会に出場してきました。2020年度には情報処理(Information Processing)部門での1位および教育(Education)部門でのノミネート、2022年度には基盤技術(Foundational Advance)部門でのノミネートを獲得し、これら過去のノウハウを活かして出場した今年度は以下の成績を修めました。この成績は、日本の大学生チームで過去最高のものです。
●大学生チーム総合世界10位以内(約200チーム中) ●環境浄化(Bioremediation)部門1位 ●複合遺伝子部品(New Composite Part)部門1位 ●数理モデル(Model)部門ノミネート ●Webページ(Wiki)部門ノミネート ●Gold Medal(4段階の絶対評価における最高基準) |
このような成績を修めた背景には、幅広い専門性を持つメンバーたちが多角的に生命現象に取り組むiGEM-Wasedaならではの強みがあります。今年のiGEM-Wasedaには生命科学系の学生に加え、情報・物理・化学・政治経済など幅広い学部・学科の学生も多く参加しプロジェクトに貢献しました。これは学部・学科を跨いだ交流が盛んな早稲田大学だからこそ実現できたといえます。
そして、メンバーはこの一年、国際大会で絶対に表彰台に登るという熱意、そして合成生物学のさらなる発展に貢献したいという想いを持ってプロジェクトに取り組んできました。より良いプロジェクトを作るための分析と、様々な専門性を持ったメンバー間での活発な意見交換、社会実装を意識したステークホルダーとのディスカッション。こうした意識がチーム全体で共有され、一丸となってプロジェクトに打ち込めたことが今回の結果に繋がりました。
また、iGEMのプロジェクトは、PI教員による指導をはじめ、大学関係者・企業の方からの助言や協力、株式会社オプトランを始めとする協賛企業およびクラウドファンディング参加者による資金面でのサポートなど、多くの方の支援により成り立っています。
iGEM-Wasedaのプロジェクト−PET TWINS
iGEM-Wasedaは、世界を脅かす多くの社会問題の中から「プラスチックごみ問題」に着目しました。自然に分解されにくいプラスチックごみは世界中で公害や環境問題の原因となっており、海洋国家である日本はマイクロプラスチックなどを通して特に深刻な問題に直面しています。プラスチックごみのリサイクルは喫緊の課題です。そんなプラスチックの一つ、ペットボトルの素材として有名なPETを生物の力で除去するシステムが、iGEM-Wasedaの考案した”PET TWINS”です。
PETaseという、多くの物質の中からPETだけを分解する酵素(生物が作る化学反応を助けるタンパク質)があります。この酵素は日本で発見され、これを用いれば従来の融解化学的なアプローチに比べて穏やかな条件でPETのみを分解できるとして盛んに研究されてきました。
ところが酵素を反応させるには、通常は遺伝子組換え生物(大腸菌)に酵素を作らせたのち、その体内から酵素を抽出して対象物(PET)と混合する必要があり、手間やコストがかかります。そこでiGEM-Wasedaは、酵素を大腸菌の体表面に付着させて合成するBIND-systemを採用した”BIND-PETase”という酵素3)を作成することで酵素の抽出を不要にし、さらに酵素の遺伝子を機械学習の技術を用いて改変することで従来よりも高い活性と耐久性を持つ”BIND-bearPETase”を開発することに成功しました。
3)Zhu, et al. (2022) Enzymatic Degradation of Polyethylene Terephthalate Plastics by Bacterial Curli Display PETase. ACS Treatment and Resource. 9(7); 650-657. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.estlett.2c00332.
このBIND-bearPETaseはWaseda-Tokyoチームが新規に開発したものであり、”bear”は大隈重信先生の「クマ」やマスコットであるWASEDA BEARと、酵素の耐久性(bearability)を掛けて命名されました。このBIND-bearPETaseでiGEMのデータベースに登録したことが評価され、複合遺伝子部品(New Composite Part)賞を獲得することができました。
加えて、合成生物学によって構築したシステムの社会実装には「新しく作り出した遺伝子や生物の働きをどのようにコントロールするか」も重要です。遺伝子組換え生物の流出を防ぐことはもちろん、適切に制御しなければ本来の機能が発揮されないこともあるためです。そこでiGEM-Wasedaは、電気の力で遺伝子発現のタイミングをコントロールするシステムを考案しました。このシステムは、特殊な条件下で大腸菌に電圧をかけることで、1回目の電圧ではBIND-bearPETaseの合成、2回目の電圧では大腸菌自身の自死を行わせることができます。検証途中のシステムですが、実現すればBIND-bearPETaseの応用性が大きく広がります。
こうした新規の酵素と新たな制御システムの二つを組み合わせることで、表面に酵素をまとった大腸菌によって直接かつ簡便に廃棄プラスチック中のPETを除去することがiGEM-Wasedaの最終目標です。今回の研究で実際の社会実装にまでは至っていませんが、酵素の開発・機能実証を中心に複数の面で大きな成果を得ることができました。詳細はプロジェクト紹介ページをご覧ください。
iGEM-Wasedaのこれから
iGEM-Wasedaは、これまで合成生物学に関する様々な技術、研究活動における経験を積み重ね、多くの方の協力により「iGEM Grand Jamboree」での大きな成果となりました。そして、その活動は今後も続いていきます。
合成生物学は、情報処理技術の進歩や多くの生物の遺伝情報の蓄積、そして社会における諸問題解決のための需要を背景として、ますます注目されています。iGEM-Wasedaは今回の成果を活かし、新たなプロジェクトの計画に歩みを進めます。もちろん今回到達できなかったiGEM大会における世界1位も、最大の目標の一つです。直接の研究への参加、間接的な支援を問わず、関心を持ってくださる方のプロジェクトへの参加を心より歓迎いたします。