医療法人の経営権・支配権等に関する内部紛争|牛島総合法律事務所|Ushijima & Partners

〒100-6114
東京都千代田区永田町2丁目11番1号
山王パークタワー12階(お客さま受付)・14階

東京メトロ 銀座線:溜池山王駅 7番出口(地下直結)

東京メトロ 南北線:溜池山王駅 7番出口(地下直結)

東京メトロ 千代田線:国会議事堂前駅 5番出口 徒歩3分

東京メトロ 丸の内線:国会議事堂前駅 5番出口
徒歩10分(千代田線ホーム経由)

特集記事
Special Topics
<目次>
1. はじめに
2. 医療法人の支配権をめぐる紛争~第一次的には理事の選任または解任に関する紛争が中心となる
3. 理事長(代表者)を解任し、新たな理事長(代表者)を選任するためのプロセスの概要
(1) 理事会において、理事長(代表者)を解職し、新たな理事長(代表者)へ選任する方法の概要
(2) 社員総会において、理事長を理事から解任する方法
4. 解任された(元)理事長側の対応
(1) 理事会決議及び社員総会決議が無効であると争う場合
ア 理事会決議の有効性を争う場合
イ 社員総会決議の有効性を争う場合
(2) 理事会決議及び社員総会決議が無効であると争えない場合
ア 将来の理事報酬の支払いを求める
イ 出資金の払戻しを求める
5. 小括

1. はじめに

病院(特に医療法人)を巡る紛争といえば、まず医療過誤を想起するのが一般的かもしれない。しかし、通常の株式会社と同様、理事ないし理事長等の地位に関する紛争、社員総会や理事会の決議の有効性に関する紛争、社員の持分(株式会社における株式に相当)に関する紛争、退職金や理事報酬等に関する紛争など深刻な内部対立に基づく紛争も多数生じており、これらの紛争では株式会社とは異なった医療法人の特性等を踏まえた対応を行うことが必須となる。
すなわち、医療法人は、営利を目的としない、いわゆる非営利法人であって(医療法(以下「法」という。))7条7項、54条参照)、株式会社とは異なり、出資額如何にかかわらず、社員は一人一議決権となっているため(法46条の3の3第1項)、出資額の少ない社員らであっても社員の多数派を形成することができれば、多額の出資をした創業者でもある代表者(社員)を医療法人の経営から一方的に排除することが可能である。その結果、深刻な訴訟に発展することも十分あり得ることであるし、実際、そのような事例も散見されるところである。さらに、近年、戦後の医療拡大期に設立された多くの医療法人は、経営者が退任し、医療法人を後継者に承継させる時期を迎えており、国も医療法人の次世代への承継を後押しするために医療法人の承継に関する税制措置を整備するなど、今まで円満に経営をしていた経営者においても、医療法人の支配権を意識せざるを得ない状況が生じている。そのため、医療法人の経営者の一部が、医療法人を安定的に後継者に承継させることを重視するあまり、他の医療法人の経営者等をその功労に報いることなく医療法人の経営から排除する事例も散見される。特に、戦後の医療拡大期に設立された多くの医療法人は、後述する持分のある医療法人であるため、持分を巡って紛争が生じやすい状況にある。
本稿は連載であり、第1回である今回は、医療法人の支配権をめぐる紛争が、法的にどのような経過を経るのか、医療法人の多数を占める社団である医療法人(社団医療法人)を念頭に置いて説明することとする。

2. 医療法人の支配権をめぐる紛争~第一次的には理事の選任または解任に関する紛争が中心となる

医療法人の経営権・支配権をめぐる紛争は、医療法人の支配権の獲得又は維持を望む社員ないし理事が、社員ないし理事の過半数を掌握し、自身らの意向に沿った者を理事長(代表者)に選任することで、自身と意見が対立する社員ないし理事を理事長(代表者)から排除しようとすることによってはじまることが多い。したがって、医療法人の支配権を巡る紛争としては、第一次的には理事長(代表者)の選任または解任に関する紛争が中心となる。
理事長(代表者)は、理事会において選定・解職される(法46条の7第2項)とされていることから、理事会において理事長(代表者)を解職し、新たな理事長(代表者)を選任することになる。さらに、理事の選任及び解任は、社員総会で決定するとされているため(法46条の5第2項、法46条の5の2第1項)、解職した元理事長(代表者)を理事会から排除するためには、社員総会において理事を解任する必要がある。
したがって、社員の過半数を掌握し、自身らの意向に沿った者を理事に選任することができれば、法律及び定款により定められた特に重要な事項以外の医療法人の業務を独自に決定・実行することができるとともに、役員報酬を受領することができるが、理事から排除されてしまった元理事長は、社員としての地位を持ち続けたとしても、社員として医療法人から剰余金の分配等を得ることができない。かかる意味においても、医療法人の支配権を巡る紛争として、第二次的には理事の選任または解任に関する紛争に如何に対応するかが重要となるのである。

3. 理事長(代表者)を解任し、新たな理事長(代表者)を選任するためのプロセスの概要

(1) 理事会において、理事長(代表者)を解職し、新たな理事長(代表者)へ選任する方法の概要

理事会において、理事長を解職し、新たな理事長を選任する場合、一般的には、以下の手続で行われることになる。

①理事会の招集

医療法の定めでは、理事であれば理事会を招集することができることとされているが(法46条の7の2、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」という。)93条1項)、実際には、定款において理事会の招集は理事長が行うこととされていることがほとんどである(※1)。したがって、理事は、まず理事長に対して、理事会の開催を請求する必要があり、理事長が理事会を開催しない場合にはじめて、理事が理事会を招集することができることになる(法46条の7の2、一般法人法93条2項及び3項)。もっとも、理事が理事長に対して理事会の招集を請求する場合、「理事会の目的である事項」(理事長の解職を議題とすること)を示す必要があるとされている(法46条の7の2、一般法人法93条1項)。したがって、理事長に解職を進めていることを知らせることになり、様々な対策を取られてしまうことから、理事長が他の目的で招集する理事会を利用して解職の議案を提出することも考えられる。

解職議案の提出

理事会の場において、理事長の解職の議案を提出する。理事会においては、理事長の解職について審議し、採決を行う。理事会においては、各理事は一人一議決権を有しており、理事会に出席した理事の過半数の賛成により決議を行う(法46条の7の2、一般法人法95条1項)。もっとも、理事長の解職の際には、理事長は特別利害関係人とされ、議決に参加することができない(法46条の7の2、一般法人法95条2項)。したがって、解職を求められた理事長を除く、理事会に出席した理事の過半数が理事長の解職に賛成すれば、理事長を解職することができる。

③理事長の選任議案の提出、審議及び採決

理事長の解職後、新しい理事長を選任することになる。理事長を解職後、その場で新理事長の選任議案を提出し、採決することになると考えられる。
なお、理事長は医師又は歯科医師である必要があるため(法46条の6)、新しい理事又は理事長を選任する場合には、留意が必要である。
(※1)厚生労働省は、医療法人の定款例を公開しているところ、平成18年医療法改正以前の当該定款例23条では、理事長が理事会を招集する旨が定められている。

(2) 理事会において、理事長(代表者)を解職し、新たな理事長(代表者)へ選任する方法の概要

理事会の理事の過半数の掌握することができず、理事会において理事長を解職することが難しいものの、社員の過半数を掌握できているような場合には、社員総会において、理事長を理事から解任する(理事の地位を失う結果、理事長の地位も失うことになる)ことが考えられる。このように社員総会において、理事長を理事から解任する場合、一般的には、以下の手順で行われることになる。

①社員総会の招集

社員総会の招集は、理事長が行う必要があるとされているが、総社員の5分の1以上の社員から社員総会の目的である事項を示して臨時社員総会の招集を求められた場合には、その請求のあった日から20日以内に招集する必要があるとされている(法46条の3の2第4項)。したがって、理事長は、総社員の5分の1以上の社員から、当該理事長を理事から解任すること目的とする臨時社員総会の招集を求められた場合には20日以内に同総会を招集する必要がある。
なお、株式会社と異なり、原則として、医療法人の理事は営利法人等の役職員を兼務できないので(平成5年2月3日付け「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」(最終改正平成24年3月30日))、留意が必要である。

②議長の選任

医療法人の社員総会の議長は、社員総会において選任され(法46条の3の5第1項)、特定の者(例えば理事長など)が議長に就任する旨の定款上の定めがないのが一般的である。議長は可否同数の場合に議案の成否を決定することができるところ(法46条の3の3第3項)、定款に議長の資格の定めがない限り、議長に社員以外の者を選出することもでき、賛否同数の場合は誰を議長に選出するかで、結論が変わることとなる。そのため、賛否が拮抗することが予想される社員総会においては、議長の選任には注意が必要である。

③議題及び議案の提出及び審議

社員総会が開催された際に、当該社員総会において、理事長側の理事を理事から解任したい旨の説明を行う。なお、社員総会の場及び社員総会の招集において、理事長側の理事の解任を求める社員は、株式会社の場合と異なり、必ずしも解任の理由を説明する必要はないとされている。

④採決

理事長側の理事の解任について審議した後に採決を行う。なお、理事長の解職の際には、理事会においては、理事長は特別利害関係人とされ、議決に参加することができない(法46条の7の2、一般法人法95条2項)が、社員総会においては、特別利害関係人に該当せず、議決に参加できるとされていることに注意が必要である。

4. 解任された(元)理事長側の対応

医療法人の現経営者としては、突然解任等をされないようにするためには、医療法人における業務執行、理事及び社員の構成やその意向等に対して常日頃から気を配っておく必要がある。
しかしながら、株式の過半数を有していれば一人で株主総会の議決権の過半数を有し、会社を支配することができる株式会社と違い、医療法人は、社員一人につき一議決権であり、一人で議決権の過半数を得ることはできないため(法46条の3の3第1項)、対策には限界がある。
仮に(元)理事長側が理事を解任された場合、以下の方法で争うことが考えられる。

(1) 理事会決議及び社員総会決議が無効であると争う場合

理事会決議の有効性を争う場合

(元)理事長を理事長から解職する決議の手続きに手続等の瑕疵がある場合当該理事会決議の無効の確認等を求める訴えを提起することができる。当該訴えが認められた場合、(元)理事長は理事長としての地位を回復することができる。

社員総会決議の有効性を争う場合

(元)理事長を理事から解任する社員総会決議の手続等の瑕疵がある場合、当該社員総会決議の無効の確認等を求める訴えを提起することができる。当該訴えが認められた場合、(元)理事長は理事としての地位を回復することができる。さらに、(元)理事長は理事としての地位を回復することに伴い、仮に後任の理事長が選任されていたとしても、(元)理事長が参加しない理事会は(元)理事長に対する招集手続がなされておらず原則無効となるため、(元)理事長は理事長としての地位が回復できる場合が多いと考えられる。

(2) 理事会決議及び社員総会決議が無効であると争えない場合

新理事長側が社員ないし理事の過半数であり、上記(1)の方法等で争うことが難しい場合は、理事長の地位の回復等は諦め、以下の方法で金銭の支払いを求める方法を検討することとなるのが一般である。

将来の理事報酬の支払いを求める

理事が理事から解任された場合において、当該解任に正当な理由がないとき(例えば単なる医療法人の支配権争いを理由に解任された場合など)は、解任された理事は医療法人に対して、任期中の役員報酬相当額等の支払いを求めることができる(法46条の5の2第2項)。

出資金の払戻しを求める

(元)理事長側が、医療法人の社員であり、医療法人に対して出資を行い、かつ当該医療法人が持分のある医療法人(※2)である場合には、(元)理事長側は、医療法人を退社する(社員を辞める)ことで、医療法人に対して出資持分の払戻しとして、金銭を請求することができる。
判例上(最判平成22年4月8日第64巻3号609頁)、持分を有する(元)社員が医療法人に対して請求できる金額は、当該社員が持分の払戻しを請求した時点における当該法人の財産の評価額(時価純資産)に,当該社員が持分の払戻しを請求した時点における総出資額中の当該社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができるとされている(※3)。例えば、例えば、AとBが各1億円出資して医療法人を設立し、その後医療法人が成長し純資産が20億円となった場合、原則として、Bは、医療法人の社員資格の喪失時に10億円を医療法人に対して請求することができることになる。
(※2)持分のある医療法人とは、定款に持分に関する規定(定款の所定の事由が生じた場合に持分を払い戻す規定、解散時の残余財産の持分に応じた分配に関する規定)を設けている社団法人を指す。
(※3)定款の定めにより、請求できる金額を出資した金額に限定している医療法人も存在する。

5. 小括

以上のとおり、医療法人の支配権をめぐる紛争においては、法令、定款等に定められた多数の手続きを適法に履行する必要がある。当該手続きが違法である場合、理事の選解任自体が無効であるとして事後に争われることも考えられる。

次回「医療法人の経営権・支配権等に関する内部紛争(2)」へ