M&AにおけるESGデュー・ディリジェンス(DD)の留意点|牛島総合法律事務所|Ushijima & Partners

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2024.08.21

M&AにおけるESGデュー・ディリジェンス(DD)の留意点

<目次>
1. はじめに(M&AにおいてESGに留意する必要がある)
2. M&AのESG DDにおいて調査・検証されるべきリスク
(1) ①M&Aを断念すべき致命的なリスク
(2) ②取引価格や契約条件への反映によって対応可能なリスク
3. ESGリスクの調査・検証手法
4. 発見されたESGリスクへの対応

1. はじめに(M&AにおいてESGに留意する必要がある)

 近時、ESG(Environment・Social・Governance)に対する関心の高まりを受けて、M&Aの場面においても、ESGの観点からデュー・ディリジェンス(DD)を実施する必要性が認識されつつある(ESG DD)。また、不動産取引のみならずM&Aの実行後においても、対象会社の保有不動産から想定外の環境汚染が発覚し、その対策費用や周囲に拡散した場合の賠償費用が発生するケースも少なくない。もっとも、日本においては、このようなESD DDが一般に行われるには至ってはおらず、その具体的な対応方法が確立されているとも言い難い。そこで、本稿においては、M&AにおけるESGへの留意点について、実務的な観点を踏まえつつ解説することとしたい。

2. M&AのESG DDにおいて調査・検証されるべきリスク

 ESG DDにおいて調査・検証されるべきリスクには、大きく分けて、①M&Aを断念すべき致命的なリスク(下記(1)参照)、②M&Aにおける取引価格や契約条件への反映によって対応可能なリスク(下記(2)参照)がある。

(1) ①M&Aを断念すべき致命的なリスク

上記①のM&Aを断念すべき致命的なリスクとしては、典型的には、以下のとおりである。

(i) 環境(E):放射性物質、過剰な危険化学物質の製造・取引
(ii) 社会(S):強制労働、児童労働、反社会的勢力との関わり
(iii) ガバナンス(G):贈収賄

 以上のとおり、上記①のリスクとしては、重大な法令違反等が存在する場合や危険性の高い有害物質による環境汚染の拡散によって重大な影響が生じる可能性がある場合が典型的であるが、上記①のリスクの具体的内容については、各社のESGポリシー等や、機関投資家、取引先の考え方によっても大きく異なりうる。法令違反の重大性や環境被害による影響のほか、自社のESGポリシー等との整合性を踏まえて、上記①のリスクをベースとしたDDを実施する必要がある。
 一定の環境汚染リスクが実現した場合の影響が重大であり、またかかるリスクの低減が困難な場合には、当該M&Aを断念するという判断をすることも考えられるであろう。

(2) ②取引価格や契約条件への反映によって対応可能なリスク

 上記②のようにM&Aを断念するまでではないリスクにとどまる場合には、取引価格や契約条件への反映によって対応することを考えることになる。たとえば、確認すべきリスクとしては以下のようなものがある。

(i) 環境(E):環境法規(条例を含む)・ガイドライン等の遵守状況、環境汚染によるリスクの有無・程度(定量的な検証が必要となる)、地域住民の反応、行政との協議状況 など(※1)
(ii) 社会(S):労働法規違反の有無、人権DDの実施状況およびその結果 など(※2)
(iii) ガバナンス(G):マネーロンダリング・データセキュリティ法規、ガイドライン等の遵守状況、役職員のハラスメント等の有無 など

(※1)環境DDで留意すべき国内法規制については、猿倉健司「事業会社の盲点となる環境有害物質・廃棄物・温室ガス等の法規制」(Business & Law・2023年9月24日)、「不動産・M&A取引におけるアスベスト・石綿のリスクと実務上の留意点(2020年法改正対応)」(BUSINESS LAWYERS・2020年9月28日)、「環境汚染・廃棄物規制とビジネス上の盲点」(牛島総合法律事務所特集記事・2023年6月15日)、「環境リスクと企業のサステナビリティ(SDGs・ESG)」(牛島総合法律事務所特集記事・2022年3月29日)なども参照されたい。
(※2)人権DDで留意すべき国内外の規範については、「「ビジネスと人権」の最新動向と日本企業に求められる具体的な対応策 ―日本版人権DD法の制定に備えるために-(第1回第2回第3回)」(牛島総合法律事務所・2023年7月5日、12日、19日)、「企業経営に直結する人権問題とその具体的事例を踏まえた対応策について―改訂CGコードも対応を求める「人権の尊重」への処方箋―」(牛島総合法律事務所・2021年12月13日)なども参照されたい。

 ESGに関連する基準・規範は多岐に亘っており、また国の法令以外にも各自治体の条例・指導要綱なども網羅する必要があることに加え(※3)、ソフトローを遵守することの重要性も高まっている(※4)。
 また、調査対象も広範であり、対象会社やそのグループにとどまらずサプライチェーン全体について調査することも検討しなければならない。単に企業が負の影響の原因となる場合のみならず、負の影響を助長しまたは負の影響が企業の事業、製品またはサービスに直接結びついている場合にも、企業は適切な是正措置等を実施することが求められている(OECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」2.3等参照)。
 もっとも、実務的には、あらゆる基準・規範に照らし、サプライチェーン全体について網羅的に検証をすることは、M&Aのタイトなスケジュールや守秘性の要請に鑑みれば、必ずしも現実的とはいえないため、ESG DDのスコープをどのように限定するのかが非常に重要である。

(※3)猿倉健司「法令と異なる各自治体ごとの環境条例規制と法的リスク」(Business & Law・2023年9月13日)
(※4)ソフトローは、法的拘束力が無いものの、実際の企業行動に与える影響は看過できず、場合によっては法令と同等以上の拘束力を有することがある。また、ソフトローの内容は、①実定法解釈に取り込まれる可能性、②不法行為、役員の善管注意義務、公序良俗を構成する可能性、③契約に入れ込まれるないし契約解釈で加味される可能性、④将来的にハードローに格上げされる可能性などが想定されるため、企業としても十分に尊重することが求められる。

3. ESGリスクの調査・検証手法

 ESGに関するリスクについては、対象会社の業種・地域・事業構造等も踏まえて対象会社について特に調査・検証すべき事項は何かを検討し、ESG DDのスコープを限定する必要がある。たとえば、以下の点について検討することが考えられる。

(a) 内部規程、ガバナンス体制
 ・サプライチェーン全体を適切に管理するような仕組みが構築されているか
(b) ESG関連法令・コンプライアンスの遵守状況
 ・法令・条例、コンプライアンスの違反がないか(違反や行政処分、行政指導の有無含む)
(c) 開示状況
 ・開示されているESG項目、開示方法
(d) 契約内容・契約の履行状況
 ・求められるESG対応の内容、ESG対応に必要な条項の有無(※5)
 ・契約違反・紛争の有無
(e) 通報制度等の救済手段
(f) ステークホルダーとのやり取り
 ・NGO、行政機関等から指摘を受けているか、意見交換をしているか、指摘された事項について改善に取り組んでいるか
(g) 対象会社のESGリスクに関する認識、評価、対応内容

(※5)ESG遵守を求める契約条項については、「ESG遵守を求める契約条項の留意点」(牛島総合法律事務所特集記事・2024年7月24日)なども参照されたい。

 なお、環境DDのその他の留意点については、猿倉健司「M&A・不動産取引における環境デュー・ディリジェンスの重要性」(BUSINESS LAWYERS・2021年12月24日)も参照されたい。また、人権DDのその他の留意点については、「「ビジネスと人権」の最新動向と日本企業に求められる具体的な対応策 ―日本版人権DD法の制定に備えるために―(第3回)」(牛島総合法律事務所・2023年7月19日)も参照されたい。

4. 発見されたESGリスクへの対応

 ESG DDの結果、発見されたESGに関するリスクについては、M&Aを断念すべき致命的なリスクが存在する場合を除き、取引価格への反映や契約条件への反映によって対応することになる。
 まず、取引価格への反映に際しては、ESGリスクを定量的に評価することが必要になる。例えば、ESGリスクが現実化する可能性、是正や損害賠償等に要する費用等を定量的に検証するとともに、かかる検証を踏まえて一定の金額を取引価格から差し引くことや、特別補償条項その他リスクが現実化した場合にこれを填補するために必要となる条項を設けることを検討すべきである(※6)。
 また、契約条件への反映としては、誓約事項(是正を求めるもの)、前提条件(取引実行の前提とするもの)、補償(リスクの現実化に対処するもの)を定めることや、表明保証(内容が真実かつ正確であると表明保証するもの)の対象とすることが考えられる。この点、例えばESGリスクが一切存在しないとの表明保証をすることについては、対象範囲が広範であり(全てのESG項目についてサプライチェーン全体に亘り網羅的に確認することは困難である。)、事実に反する事態も十分に生じ得る。また、仮にかかる表明保証が規定されたとしても、ESGに関する具体的な対応を保証するものではなく、ESGリスクを真に解決することには必ずしもつながらないとの指摘もありうる。 
 なお、環境リスクが疑われるような場合には、M&A実行後を見据えて、売主側を介して行政への相談を行い、一定のクリアランスを確保することも考えられる(※7)。

(※6)他方でESGの観点からのシナジーが生じるかを検討するとともに、取引価格の加算要因として織り込むことも検討されるべきである。
(※7)猿倉健司「不動産取引・M&Aをめぐる環境汚染・廃棄物リスクと法務」(清文社、2021年8月)368頁以下、猿倉健司「環境有害物質・廃棄物の処理について自治体・官庁等に対する照会の注意点」(BUSINESS LAWYERS・2020年5月22日)

以 上