伊勢原キャンパスのメディカルサイエンスカレッジオフィス(生命科学統合支援担当)に所属する伊藤誠敏技術職員と大学院医学研究科先端医科学専攻(博士課程)の工藤海さん、医学部医学科の幸谷愛教授(基盤診療学系先端医療科学)らの研究グループが、EB(エプスタイン・バー)ウイルス関連リンパ腫由来の細胞外小胞に含まれる多様な炎症制御性分子を発見。その成果に関する論文が3月16日に、アメリカの科学雑誌『The FASEB Journal』オンラン版に掲載されました。この成果は、EBウイルス関連リンパ腫の病態解明や新たな治療法開発につながると期待されています。
がんウイルスの一種であるEBウイルスは、B細胞(リンパ球の1つ)に感染してもほとんどは潜伏感染で無症状ですが、免疫機能の低下や加齢により感染したB細胞が活性化すると、悪性リンパ腫などを発症します。EBウイルス関連リンパ腫は強い炎症を伴うため既存の治療薬が効きにくく、予後不良であることが知られています。
本研究グループでは2018年に、EBウイルスに感染したリンパ腫細胞から放出される細胞外小胞(さまざまな細胞から放出され、全身の細胞や臓器に情報を伝達する物質)が、がん細胞の生存と増殖を促進させる「がん微小環境」を形成することを明らかにするとともに、細胞外小胞に含まれるホスファチジルセリンと呼ばれるリン脂質の一種がその形成に関与することを見出しました。しかし、細胞外小胞に含まれるどのような分子ががん微小環境に関与し得るのかについては、まだ不明な点が残っていました。細胞外小胞は多くのリン脂質やタンパク質といった生体分子を含んでいることが世界中の研究者たちによって明らかにされていますが、これらの分子を精度よく調べることは技術的ハードルが高く、責任分子の特定には至っていませんでした。
こうした実績や状況を踏まえ、本研究グループは細胞外小胞の解析に挑戦。細胞外小胞に多く含まれるリン脂質やタンパク質に注目し、がん微小環境に影響を及ぼす物質の特定に取り組みました。臨床検査技師・細胞検査士としてがんの診断に携わってきた経歴を持つ工藤さんは、EBウイルス感染リンパ腫細胞を大量に培養し、その中から純度の高い細胞外小胞を精製する高度な手法を確立。伊藤技術職員は分子解析のエキスパートとして多くの医科学研究に携わってきた経験やノウハウを生かし、工藤さんが精製した細胞外小胞を質量分析(分子をイオン化して分子の同定や定量をする)という装置を使って網羅的に解析するシステムを構築しました。両者の連携により、「FGF2」「インテグリンαLβ2」の少なくとも2種類のタンパク質ががん微小環境の形成に関与していることを解明。さらに、多価不飽和脂肪酸と呼ばれる炎症反応にかかわる脂肪酸鎖が結合したリン脂質が多く含まれていることも明らかにしました。
伊藤技術職員と工藤さんは、「がん微小環境を標的にした効果的な新規治療法の確立を目指し、細胞外小胞の解明やがん微小環境形成機序の検証を進めたい」と意欲を語ります。幸谷教授は、「細胞外小胞の高精度の精製も質量分析による網羅的解析も、2名の研究者がそれぞれの持つ技術や能力を駆使し、既存の機器の組み合わせや使用法などについて試行錯誤を繰り返して構築した“東海大オリジナル”のシステム。今後も個性ある研究者が協力し合い、研究を引き継ぎ、発展させて、医学や治療に貢献できればうれしい」と話しています。
なおこの研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療創生研究事業「細胞外脂質代謝酵素によるエクソソームの脂質修飾を介したがん微小環境の制御(研究開発代表者:東京大学大学院医学研究科 村上誠教授)」などの採択を受けて進められています。
※『The FASEB Journal』に掲載された論文は下記URLからご覧いただけます。
https://doi.org/10.1096/fj.202002730R