工学部生命化学科の良原栄策非常勤准教授を中心とする研究グループではこのほど、多剤耐性緑膿菌ならびに多剤耐性アシネトバクターに対する抗菌活性を有する化合物を見出すことに成功しました。近年、医療の現場において、抗菌薬に対する耐性を持つ多剤耐性菌が出現したことから、化学療法が難しくなるなど臨床上非常に深刻な問題となっています。中でも、緑膿菌とアシネトバクターは院内感染の主要起因菌に挙げられていますが、研究グループでは、この2つの多剤耐性菌に対して、これまでの抗菌薬とは異なる標的に作用して抗菌活性を示す低分子化合物を発見しました。この成果について、3月27日に岐阜県・長良川国際会議場で行われる第88回日本細菌学会総会S5セッション「細菌学会から発信する新規感染症治療薬創生の提案」で発表を行います。
今回発見した同化合物が標的としているのは、グラム陰性菌の外膜に存在するBAM(β-barrel assembly machinery)複合体です。BAM複合体は5つの異なるタンパク質の集合体(BamA、BamB、BamC、BamD、BamE)から構成されており、これらのタンパク質が適切に集合しないとグラム陰性菌は生育できません。良原非常勤准教授らのグループでは、これまでにBamAとBamBの相互作用を阻害することで抗菌活性を示すペプチドを発見しています。今回、このペプチドを模した低分子化合物を、コンピュータシミュレーションを用いて(in silico)探索することにより、有望な阻害剤候補となる低分子化合物を見つけることができました。見出した低分子化合物の抗菌活性を実際に測定した結果、複数の低分子化合物が多剤耐性緑膿菌と多剤耐性アシネトバクターに対して抗菌活性を示すことが確認できました。この結果、これらの低分子化合物はこれまでになかった作用メカニズムをもつ新たな抗菌薬開発につながる事が期待できます。
世界初の抗菌薬であるペニシリンが発明されて以来、数多くの抗菌薬が開発され、細菌感染症に対する治療は飛躍的な進歩を遂げてきました。その一方で、抗菌薬が多用されてきた結果、抗菌薬に対する耐性を獲得した薬剤耐性菌が出現し、その後複数の抗菌薬に対する耐性を有する多剤耐性菌が出現したことから大きな問題となっていましたが、さらに近年ではほとんどの抗菌薬に対して耐性を示す汎多剤耐性菌まで出現しています。多剤耐性菌の中でも、多剤耐性緑膿菌、多剤耐性アシネトバクターなどが、院内感染の主要起因菌として臨床上の大きな問題となっています。例えば緑膿菌の場合、抵抗力の低下している入院患者などに感染すると、肺炎や尿路感染症、術創部感染症、菌血症などを引き起こすことがあり、特に多剤耐性緑膿菌に感染した場合、その治療が困難となります。こうした多剤耐性菌への対策のため、これまでの抗菌薬とは異なる標的分子に作用することで多剤耐性菌に有効性を示す新規薬剤の開発が必要とされています。
■多剤耐性緑膿菌について
緑膿菌(pseudomonas aeruginosa)は、水回りなど生活環境中に広く常在し、健常者には病原性を示さない弱毒細菌の一つ。ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム薬に自然耐性を示し、テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質などの抗菌薬にも耐性を示す傾向が強く、感染防御能力の低下した患者において、術後感染症などの日和見感染症の起因菌として問題となってきた。最近、緑膿菌に効果が期待されるセフスロジン、セフタジジムなどのβ‐ラクタム薬のみならずイミペネムなどのカルバペネム系薬やシプロフロキサシン、レボフロキサシンなどのフルオロキノロン系抗菌薬、さらにアミカシンなどのアミノ配糖体系抗生物質などに幅広く耐性を獲得した臨床分離株が、散発的ではあるが各地の医療施設で臨床分離されるようになり、「多剤耐性緑膿菌」としてその動向が警戒されている。
■多剤耐性アシネトバクターについて
アシネトバクター(acinetobacter)は、土壌や河川水などの自然環境中に常在し、健常者の皮膚などから見つかることもあるなど通常は無害。多くの種類があり、人の感染症例からはアシネトバクター・バウマニが最も多く検出される。通常、感染症の流行は集中治療室の患者やその他の重症患者間で発生し、医療機関の外で起こることはほとんどない。多剤耐性アシネトバクターは、通常のアシネトバクター感染症の治療に使用する抗菌薬がほとんど効かなくなっている菌であり、日本での定義は、カルバペネム系、フルオロキノロン系、アミノグリコシド系の抗菌薬全てに耐性を示す株とされている。
(国立感染症研究所感染症情報センター ホームページより)