199_歴女

平成の世に登場した「歴女」ですが、一時的なブームで終わらず、今や一般的な用語として定着しました。女性らしい感性で歴史というジャンルに新しい展開をもたらした歴女は、歴史愛好家に留まらず、経済的にも文化的にも大きな成果を生み出してきました。歴女の誕生とこれまで彼女達が残してきた軌跡について、ご紹介していきます。

歴女という言葉が使われだしたのは2000年代

歴史好きの女性は昔からいましたが、歴女という言葉自体はそれほど古くからあるものではありません。まずは、歴女の歴史を紐解いてみましょう。

もともと歴史好きの女性は存在した

歴女という言葉が使われるようになったのは、2000年代に入ってから。しかし、それ以前から幕末や三国志の女性ファンは少なからず存在していました。

中国史がテーマの三国志は、1939年(昭和14年)に連載がスタートした「吉川英治」(よしかわえいじ)の小説が大ヒット。後年は漫画化され、さらにアニメ化されたことで、多くの女性を魅了してきました。

また、幕末ブームの火付け役となったのは、司馬遼太郎(しばりょうたろう)の小説です。なかでも新選組の「沖田総司」(おきたそうじ)は爽やかな好青年として描かれ、昭和期にテレビドラマ化されたことで熱狂的な女性ファンを生むこととなります。

もっとも、こうしたブームはあくまで幕末や三国志といった特定のジャンルに留まっていました。

歴女ブームに火を付けた「戦国BASARA」

歴史ファンのなかでも、もっとも人気が高いのは、やはり戦国時代です。大河ドラマや歴史小説を見ても戦国武将を扱った作品は数多くあり、その人気の高さが伺えます。

歴史ファンの主戦場とも言える戦国時代に初めて女性の目を向けさせたのは、2005年(平成17年)に発売されたゲームソフト「戦国BASARA」(せんごくばさら)です。

主人公格の「伊達政宗」(だてまさむね)や「真田幸村」(さなだゆきむら)をはじめ、登場する戦国武将の多くが現代的な美形として描かれ、また素人でも楽しめる操作性と爽快なアクションが女性ファンを獲得する大きな要因となったのです。

大河ドラマも歴女人気の後押しに

2000年代には大河ドラマでも女性層獲得のため、女性を主人公にするといった試みが行われるようになっていきます。実際、2008年(平成20年)からの10年の間に、女性が主役の作品が5本も放映されているのです。

また、イケメン俳優を多数起用するといった傾向も見られるようになり、大河ドラマをきっかけに歴史に興味を持つ女性が次第に増えていくようになりました。

もともと日本史は「源義経」(みなもとのよしつね)や「平敦盛」(たいらのあつもり)、「天草四郎」(あまくさしろう)といった薄幸の美少年にスポットがあたりやすいジャンルでもあり、新選組の沖田総司もその系譜と言えます。

そのため、イケメンが登場しても歴代ファンが大きな違和感を抱くことなどはなく、大河ドラマは順調に女性層の獲得に成功。歴女の裾野を広げる後押しをすることとなり、今なおその傾向は続いています。

歴女の種類

ひと口に歴女と言っても歴史上の人物に興味があったり、刀剣が好きだったり、イチ推ししているものは人によって異なります。

最近では、アイドルファンなどの間で一番のお気に入りを「推し」と呼ぶことがありますが、歴女の推しも種類は様々。その中の代表的な推しをご紹介します。

武将推し

戦国武将はドラマや小説、ゲームなどで取り上げられる機会も多く、歴史に興味のない人でも名前を聞いたことがあるという人は数多くいます。それだけに武将推しの歴女は少なくありません。

なかでも伊達政宗や真田幸村はもともと知名度が高い上に、戦国BASARAの影響もあいまって高い人気を誇っています。また、伊達政宗の側近「片倉小十郎」(かたくらこじゅうろう)も人気武将のひとり。

下剋上の乱世にあって固い絆で結ばれた主従関係や男同士の友情は、男女を問わず日本人の心に強く訴えかけるものがあります。

さらに、敗者の味方をしたくなる日本人特有の判官贔屓は歴女にも受け継がれており、「直江兼続」(なおえかねつぐ)や「石田三成」(いしだみつなり)といった悲運の武将も人気があるのです。

刀剣推し

2015年(平成27年)に配信されたオンラインゲーム「刀剣乱舞」(とうけんらんぶ)は、歴女の勢力図を大きく書き換えることとなりました。

日本の刀剣を擬人化した男性キャラ「刀剣男士」を育成するゲームは、そのファンタジックな設定と美しいキャラクターデザインで女性をたちまち虜にし、刀剣女子と呼ばれる歴女達を数多く生み出しました。

もともと日本刀の芸術性の高さは世界的に知られていましたが、刀剣乱舞の登場により、ファン層はさらに大きく拡大されることとなったのです。

歴史上の人物や事件と異なり、刀剣の多くは、今なおその姿を実際に観ることができます。悠久の時を越え、その美しい造形を目の当たりにできるのは、刀剣推しの最大の醍醐味でもあります。

城推し

199_城を愛する城ガール
城ガール

歴史の舞台として城を訪れる歴女は大勢いますが、建造物である城そのものに関心を持つ人も少なくありません。「城ガール」、「お城女子」と呼ばれる彼女達は、文化として受け継がれ、現存する歴史的建造物に心惹かれる歴女です。

設計図を見ながら築城当時を想像して楽しむのも一興ですが、眼前に聳え立つ城は長い歳月を乗り越えて今に伝わる歴史そのものです。当時の建築技術の集大成であり、芸術の粋を集めた壮麗な装飾は権威の象徴でもあります。

時代ごとの変遷、築城主の思いやその生きざま、当時の人々の暮らしなど、ありとあらゆるものが凝縮された城は、読み解くほどに新たな姿を見せてくれます。

歴女に人気の「城」、「城下町」、「史跡」、「宿場町」、「神社」についてご紹介します。

仏像推し

歴女という言葉が巷に浸透しつつあった2009年(平成21年)、「東京国立博物館」(東京都台東区)で「国宝 阿修羅展」が開催されました。

阿修羅(あしゅら)とは「興福寺」(こうふくじ:奈良県奈良市)に安置されている仏像で、その端正な顔立ちと若々しい立ち姿に多くの女性が魅入られました。そんな彼女達は、当時「アシュラー」と呼ばれたほどの人気を博したのです。

同時期に作家「みうらじゅん」さんと「いとうせいこう」さんの共著「見仏記」も話題となっており、仏像を信仰の対象や美術品としてではなく、異なる視点で鑑賞しようというコンセプトは、仏像推しの歴女を数多く誕生させることとなりました。

歴女に人気の「城」、「城下町」、「史跡」、「宿場町」、「神社」についてご紹介します。

歴女ブームの影響

一気に火が付いた歴女ブームですが、その勢いは留まるところを知らず、個人の趣味の範疇を超え、やがて社会現象化していきます。歴女ブームがたどった軌跡は、歴史との新しいかかわり方を世に示すものとなりました。

拡大するメディアミックス

歴女ブームの火付け役となった戦国BASARA、刀剣ブームを牽引した刀剣乱舞は、いずれもゲームとして世の中に登場してきました。その爆発的な人気を受けて、様々なメディアミックスがさらに展開されていくことになります。

そのゲームの物語がアニメや映画になることで、ゲームをしない女性達にもアピールする機会が増え、歴女の裾野は以前にも増して広がっていきました。

戦国BASARAがアニメ化されたのが2009年(平成21年)4月で、続編が作られるほどの人気を博し、2011年(平成23年)には劇場版が公開されています。

また、アニメ化と同時期の2009年(平成21年)7月に上演された舞台も大好評で、今なお愛される息の長い演目となっています。

刀剣乱舞は2016年(平成28年)にアニメ化され、こちらも続編が作られています。2015年(平成27年)にはミュージカル、2016年(平成28年)にはストレートプレイ(セリフに音楽を使用しない舞台演劇。セリフ劇)が上演され、その後も続々と新作が発表される人気コンテンツとなりました。

2019年(平成31年)1月には、実写映画版「映画刀剣乱舞」が公開され、その人気は衰えることなく続いています。

歴女ブームが牽引する地域おこし

歴史の楽しみ方はいろいろあります。歴史小説を読んだり古文書を紐解いたりするのも楽しいものですが、歴女には比較的フットワークが軽い人が多いです。

彼女達が出かけていくのは、推しの映画や舞台だけではありません。推しゆかりの歴史的スポットへ足を運んでは、ご当地グルメを楽しんだり、近隣の観光地まで足を伸ばしたり、歴史だけでなく地元の食や観光もともに楽しむスタイルが主流です。

特に城ガールや刀剣女子は、イチ推ししている城や刀剣が現存していることが多いため、憧れの城郭や寺社仏閣を訪問したり、刀剣が収蔵されている博物館を訪れたりするのは、ひとつの目標でもあります。こうした推しゆかりのスポット巡りは「聖地巡礼」と呼ばれ、多くの歴女の来訪が地域の活性化に繋がるケースも少なくありません。

例えば大河ドラマでは、地域への経済波及効果を日銀各支店が試算して発表するといった試みが行われており、2010年(平成22年)放映の「龍馬伝」の際には長崎支店が長崎県への経済効果を210億円、同じく高知支店が高知県への経済効果を234億円と発表しています。

また、2022年(令和4年)放映の「鎌倉殿の13人」について横浜支店が試算すると、神奈川県に260億円の経済効果があるとしており、その影響の大きさが伺えます。

歴史コンテンツを観光資源として自治体が旅行会社とタイアップする試みも多く見られ、歴女の聖地巡礼は過疎化した地方の観光産業に貢献し、地域おこしの一助ともなっているのです。

歴女の力により現代に蘇った幻の名刀

歴女ブームは経済面だけでなく、歴史的、文化的にも大きな成果を残しています。

刀剣乱舞に登場する名刀のひとつ「燭台切光忠」(しょくだいきりみつただ)は、1923年(大正12年)に関東大震災で焼失し、現存しないと長らく思われていました。

しかし、2015年(平成27年)に刀剣乱舞が配信されると、「徳川ミュージアム」(茨城県水戸市)に刀剣女子達からの問合せが殺到したことが、この名刀の運命を大きく変えることとなります。

問合せを受け、徳川ミュージアムが改めて罹災美術品の目録を照合したところ、倉庫内に燭台切光忠が保管されていたことが判明。震災より実に92年ぶりの現存確認となったのです。

発見のニュースが発表されると、保護を求める声とともに300万円もの寄付金も集まり、燭台切光忠の写しを作刀するプロジェクトがスタートします。その際、差裏(さしうら:刀を腰に差したときに体側になる面)にとして「光」の一文字が残っていたことが判明しました。

199_燭台切光忠
燭台切光忠
燭台切光忠
燭台切光忠など、様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

また、同じく刀剣乱舞に登場する「蛍丸」(ほたるまる)の復元計画が始まったのは、奇しくもゲーム配信と同じ2015年(平成27年)でした。

阿蘇神社」(熊本県阿蘇市)大宮司の阿蘇家に代々継承されながら、戦後の1945年(昭和20年)の刀狩りで接収されてしまった幻の名刀を復元し、阿蘇神社に奉納することを目的としたプロジェクトで、クラウドファンディングには数多くの刀剣女子が参加。その結果、目標額550万円を大きく上回る4,512万円が集まり、蛍丸は見事に復活を遂げたのです。

歴女は推しへの熱い思いと行動力で歴史を掘り起こし、ときにその真の姿を現代に蘇らせます。コンテンツを消費するだけでなく、歴史を未来に繋いでいこうとする彼女達の心意気は、歴史との新しいかかわり方を示唆してくれるのです。

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