夫の仕事の都合で、再び新宿周辺で暮らすことになった(“夫の仕事の都合で”と書いたが、引っ越しに大それた理由はない。単純に、夫が通勤嫌いなだけである)。
0〜20歳まで「青梅」という自然豊かな場所で過ごしてきた影響か、わたしはあまり新宿が好きではない。繁華街は人が多くて騒がしく、常にほんのり下水臭い。夜はビカビカと無駄に明るく、星が見えない。最近、新宿を出歩くたび野ネズミを見かけている。どうせなら自然豊かな場所に静かに暮らすカモシカやタヌキを見たいものだ。
が、困ったことに嫌いとも言えない。
昨日のことだ。
引っ越し先に必要なものを買い揃えた帰り道、遠くからジャズの音色が聞こえてきた。そこには人だかりができていて、近づくと5人の男性が楽しそうに演奏していた。人々は彼らの演奏に魅了されていた。じっと聴き入る人。スマホで動画を撮る人。彼らの音楽をBGMにお酒を飲む人。彼らの演奏に足を止めない人ももちろんいたが、その何人かは彼らの演奏に向けて笑顔を見せていた。
演奏する彼らの真ん前ではビルの工事が行われていて、夜11時を過ぎているにも関わらずドカンドカンと騒がしい。だが、その騒がしい音すら音楽の一部になっていた。ドラムとベースとギターとサックスと、工事音。その音楽は、少なくともわたしのふるさとでは味わえない芸術だった。
もちろん青梅には青梅でしか味わえない芸術があるはずだし、それはどの地域であっても同じだろう。例えばわたしがふるさとで過ごす夜は、川のせせらぎやフクロウの鳴く声が聞こえ、星が見える。静かで夜らしい夜だ。森や川に囲まれているから、深呼吸をしてもむせ返るようなことはない。
ただ、それとはまったく別の夜を「嫌い」と言うことができなかった。
彼らの音楽、それを見つめる人々、ビカビカと明るい夜、真夏らしい熱気。そのすべてから「新宿」を感じた。
「ああ、これだから新宿が嫌いになれない」と思った。
相変わらず新宿は好きな街ではない。一番嫌いな季節「夏」に越してきたこともあり、好感は持てていないままだ。
だが、視覚的にも聴覚的にも嗅覚的にも騒がしいこの街だからこそ出会えるものもあるのだと知った。