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脱炭素特集

”幻想“の上に成り立つ原発活用〈後編〉――安全への尽きぬ不安

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北村和也

Image credit: shutterstock

岸田前政権の方針転換で、いつの間にか原子力発電の最大活用がまるで当然のことのように語られている。しかし、本コラムの「”幻想“の上に成り立つ原発活用〈前編〉――欠けるコスト競争力」で示したように、“安い原発”は、幻想の世界にしか存在しないと言ってよい。

今回、後編の「安全への尽きぬ不安」では、福島原発事故の当事国である日本にとってさらに重要であり、国民の関心がいまだに高い、安全性の問題を取り上げる。
地震大国日本の抱えるリスク、決まらない「バックエンド=放射性廃棄物の処理」などに加え、脱炭素で果たす役割にも触れることにする。

原発、安全性と裏表一体のコスト増

世界の原発は、1954年に運転を開始したロシアの発電所を皮切りに一気に拡大を続けた。1984年、85年には30基以上が運転開始して系統接続され、活況を呈す。その後、ブームは去って運転開始と廃炉が同じ規模となり、1990年、2011年に2回の廃炉数のピークを記録している。

世界の原発、運転開始と廃炉数の推移(1954-2024.7) 出典:World Nuclear Industry Status Report

上のグラフは、まさに世界の原発の盛衰記となっている。
衰退の原因は非常にシンプルで、3つの大きな事故である。

1979年の米国スリーマイル島原発事故、1986年の当時ソ連のチェルノブイリ原発事故、そして、2011年の日本、福島第一原発の事故。特に後ろの2つの、事故の規模と与えた影響は強烈であった。1つの事故がここまで大きく取り上げられる技術は、原発以外にはない。

スリーマイル島の事故は、その後30年以上にわたって米国の新規原発建設をストップさせ、チェルノブイリ事故は、欧州のエネルギー政策に広く、大きな影を落とす。イタリアは脱原発に方向転換し、国民投票の結果、1990年に全基を閉鎖した(出典:資源エネルギー庁WEBサイト「世界の原発利用の歴史と今」)。1990年の廃炉数の突出の理由はそこにある。

ドイツでは、事故後の風向きと降雨の影響で南部での汚染が深刻化したとされ、子どもを外で遊ばせない、ヨウ素剤が売り切れになるなど市民はパニック状態となった。このことが、ドイツの脱原発を決定づけたとする説は今でも有力である。

そして、2011年の廃炉数25基の原因は、もちろん福島事故である。

これらの事故のたびに、原発の安全性が問われることになり、対策費はうなぎのぼりとなった。その結果、コスト競争力は急激に失われることになる。本コラム前編で書いた“コストの幻想”は、この安全性の幻想と直結しているのである。

福島事故などを機に、各種の安全技術が開発され、適用されつつある。
しかし近年、原発の新設は最低10年の期間がかかり、また、コストでは再生可能エネルギーを含めて既存の技術と太刀打ちできない。このため、運転の引き延ばしで当面をしのぐケースが増加し、運転延長での安全性が問われ始めた。実際に、フランスでは2022年を中心に原発の配管の腐食が次々と明らかになって、10基以上の原発がストップし、原発の稼働率が大幅に落ちる事態となった。日本が進める、60年まで延長、プラス「未稼働期間の除外」は当然未知の世界で、安全性はもとより実稼働の可能性やメンテナンスコスト増など、不安要素は尽きない。

解決の見えない、「バックエンド=放射性廃棄物の処理」問題

さまざまな課題を抱える世界の原発だが、最も解決されないものが放射性廃棄物の最終処分場、いわゆる“核のゴミ”の処理である。

世界で、実際に施設が形になっているのは、フィンランドのオルキルオトのみで、この9月に試験操業が開始されたばかりである。この他には、フランスで建設申請済み、スウェーデンで2020年代に建設の開始が見込まれている2例に過ぎない。
進まない理由は、何万年以上の長期にわたる安定した地層などの厳しい条件と地元の合意が得られないためで、世界最大の原発国米国ではいったん選定されたネバダ州ユッカマウンテンでの計画が地元の反対でとん挫した。

長くドイツの候補地だったゴアレーベンの最終処分場用の建設現場(2012年、筆者撮影)

脱原発を果たしたドイツであるが、長年の運転の残滓(ざんし)に苦しめられている。

ドイツ北部の小さな町ゴアレーベンは、1970年代後半に最終処分場の候補地に選ばれたが、その後、紆余曲折があって白紙に戻った。いまだにドイツでも最終処分場の場所さえ決まっていない。
筆者は、2012年秋に当地を訪れ、候補地や住民の集会などを取材したことがある。ゴアレーベンは、人口数百人の、のどかで、自然豊かな田舎で、原発は存在していないが、中間処分施設が作られ、ドイツ各地などから使用済み燃料をガラス固化した乾式のキャスク(使用済み燃料の輸送や貯蔵に使われる専用容器のこと)が運び込まれてきた。そのたびに大きな反対デモなどが起き、騒然となった過去がある。

ゴアレーベンは旧東ドイツとの国境に近い。また一方で、当時東ドイツは西ドイツとの境近くに同様に処分場を計画していたという。そこには、お互いに迷惑施設、危険施設として処分場を辺境地に押し付け合う構図がある。また、ゴアレーベン選定に際し、政府は地下の岩塩層が保存に適していると説明していたが、他の岩塩層で地下水が入り込んでいることが分かり、一気に住民らの不信を招くに至った。

原発が、脱炭素の主役になれない理由

もう一つ、あまり語られてこなかった問題が、原発の燃料となるウラン採掘での汚染である。
ウラン鉱石採掘後、最初の精錬を経た形状を知っているだろうか。黄色い粉末状で「イエロー・ケーキ」と呼ばれる。ウランは、1トンのウラン鉱石からわずか数グラムしか取れず、残りは放射性を帯びた有害物質である(出典:ドイツのドキュメンタリー映画「イエロー・ケーキ クリーンなエネルギーという嘘」2012年より)。

映画では、旧東ドイツ南部のウラン鉱山跡を取材している。東ドイツ時代には世界第3位のウランの生産量を誇り、100%旧ソ連に輸出していたが、ドイツの東西統一後に閉山となり危険地域に指定された。当時のウラン工場周辺などに残された2億トンもの放射性の汚泥や莫大な量の廃棄物は、1兆円を超える税金を使って、いまだに処理が続けられているという。

米国の生産地「フォー・コーナーズ」やアフリカのナミビアなど、問題が表面化している場所も少なくない。日本でも人形峠(岡山県)でのウラン採掘跡には、大量の土砂が放置されている。

バックエンドと同様に、その前のステップにも近年は厳しい目が向けられる。原発に限らず、中国ウイグル地区での太陽光発電パネルの生産を巡る人権問題やレアメタル採掘(蓄電池利用のリチウムなど)での環境汚染も含まれる。戦争を含めすべての環境破壊は脱炭素に反することを決して忘れてはならない。

ここまで原発の安全に関する各種の課題を見てきたが、日本では、これらに地震という決定的なリスクが加わる。今年7月、活断層の存在によって再稼働が認められず廃炉瀬戸際となった敦賀原発2号機は事前チェックの例である。また、福島事故の廃炉に向けての過程では、デブリ全体の1億分の1以下の量の取り出しにさえ、失敗している。バックエンドなども合わせて考えると、現在の人類に原子力を扱う資格があるのかとの疑問さえ湧いてくる。

2050年カーボンニュートラルに向けた電源構成(原発は黄色、風力発電は水色、太陽光発電はオレンジ色) 出典:IEA:Net Zero by 2050

コスト、安全性、そして原発の電気をRE100が認めないという脱炭素での不自由さなども含めた時、なぜ、わざわざ“面倒な”原発に日本が頼ろうとするのか、謎でさえある。

世界は、2050年のカーボンニュートラルに向けて、電源のわずか数%からせいぜい1割程度しか原発に期待していない。つまり、ビジネスのチャンスも同様にその程度ということである。一方、再生エネは9割の想定である。

何を優先して、何に注力するべきか、結論はすでに出ている。

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北村和也 (きたむら・かずや)

日本再生可能エネルギー総合研究所代表、日本再生エネリンク代表取締役、埼玉大学社会変革研究センター・脱炭素推進部門 客員教授
民放テレビ局で報道取材、環境関連番組などを制作した後、1998年にドイツに留学。帰国後、バイオマス関係のベンチャービジネスなどに携わる。2011年に日本再生可能エネルギー総合研究所、2013年に日本再生エネリンクを設立。2019年、地域活性エネルギーリンク協議会の代表理事に就任。エネルギージャーナリストとして講演や執筆、エネルギー関係のテレビ番組の構成、制作を手がけ、再生エネ普及のための情報収集と発信を行う。また再生エネや脱炭素化に関する民間企業へのコンサルティングや自治体のアドバイザーとなるほか、地域や自治体新電力の設立や事業支援など地域活性化のサポートを行う。