エンタテインメント
歌舞伎考第2回花道のダイナミズム
歌舞伎を見ていていちばんテンションの上がる瞬間はいつでしょう。
人によってさまざまだとは思います。
ただ、チャリンという音とともに揚幕が上がり、花道に人気俳優が現れたときのトキメキは何ものにも代え難いものがある、ということには、多くの方が同意してくださるのではないでしょうか。
登場した俳優は、さらに客席の間を舞台へとまっすぐに伸びる花道を歩いていきます。あるときは颯爽と、あるときは沈鬱に、またあるときには時間をかけて自己紹介をすることも。
この「出」と呼ばれる間も、こちらの胸はますます高鳴っていきます。
花道というのは、つくづく歌舞伎を歌舞伎たらしめるマジカルな舞台機構だと思うのです。
歌舞伎を見るようになってまだ間もない頃は、この花道に、プロレス会場を思い出したりもしました。
東京ドームのような大きな会場では、選手の入場ゲートからリングまで長い花道が設置されることがよくあるのです。
あれは歌舞伎座で『壽曽我対面』という演目を見たときのことでした。
富士の巻狩りの総奉行を仰せつけられることになった源頼朝の重臣・工藤祐経。その工藤の屋敷に諸大名や遊女(大磯の虎&化粧坂の少将)が祝いに来ています。
するとチャリンと揚幕が上がり、二人の若者が花道に登場します。かつて工藤の討った河津三郎の忘れ形見、曽我十郎・五郎の兄弟です――。
いざ、敵討ち。
宴へ乱入するぞとばかりに花道を練り歩く曽我兄弟は、揃って浅葱色の着物。このコスチューム感がまた、プロレスのタッグチームのようでもあります(実際は「若くてみすぼらしいなり」を意味する色なのですが)。
荒ぶる弟(五郎)と、それをいなしつつ冷静な兄(十郎)という組み合わせで思い出されるのは、俄然、テリー・ファンクとドリー・ファンク・ジュニアの兄弟タッグチーム「ザ・ファンクス」です。
片足をグンと伸ばした五郎の派手な見得は、まさにリングインといった趣き。
リングアナのコールのような大向こうが掛かると、
「オイッ! オイッ! オイッ! 工藤!!」
……とは、さすがに五郎も叫びませんが、そんなマイクパフォーマンスまで聞こえてきそうなダイナミズムが、花道での五郎・十郎の「出」に凝縮されていました。
まるでプロレスのドーム興行のような盛り上がり。
でも、実際は逆なのです。
プロレスの花道こそが、歌舞伎から影響を受けているのでした。
歌舞伎の花道では、揚幕から舞台までのキョリが「7:3」となる場所を「七三」と呼び、多くの演目において、俳優は登退場する際に、そこで何らかのしぐさや見得をします。
この「七三」、かつては逆に揚幕から「3:7」となる、現在よりももっと揚幕寄りの位置を指したという話もあります。その場合、あえて言葉にするなら「三七」ですね。
いずれにせよ俳優は、花道の途中で一度、観客の視線を集めることにより、舞台との空間的な緊張関係を作りだし、文字どおりテンション(緊張)を高めるのです。
思い起こせば、人気プロレスラーで「プロレスリングマスター」と呼ばれる武藤敬司も、「100年に1人の逸材」と呼ばれる棚橋弘至も、入場時には、長い花道の「三七」に当たる場所で一度ポーズをとるではないですか。
舞台と観客席に一体感をもたらす花道という装置。
古びないどころか、他ジャンルにまで飛び火するこうした劇空間を、より盛り上げるための技術が、歌舞伎には詰まっているのです。
文:九龍ジョー
1976年生まれ、東京都出身。ライター、編集者。主にポップカルチャーや伝統芸能について執筆。編集を手がけた書籍、多数。『文學界』にて「若き藝能者たち」連載中。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DU BOOKS)など。
画:高浜 寛(Kan Takahama)
熊本県天草生まれ。筑波大学芸術専門学群卒。著書に『イエローバックス』『まり子パラード』(フレデリック・ボワレとの共著)『泡日』『凪渡りー及びその他の短編』『トゥー・エスプレッソ』『四谷区花園町』『SAD GiRL』『蝶のみちゆき』など。『イエローバックス』でアメリカ「The Comics Journal」誌「2004年ベスト・オブ・ショートストーリー」を受賞。海外での評価も高い。