vol.11 撮影監督

映画・アニメの世界

vol.11 撮影監督

台本という印刷物をスクリーンに視覚化する
撮影監督 近森眞史

台本の中に広がる物語の世界。それらを画として映し出し、嘘の世界を現実としてお客様に届けるために、すべてをかける仕事がある。今回は、松竹撮影所より撮影監督・近森眞史さんをご紹介します。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』(監督・山田洋次)撮影風景

Q.撮影監督を志すようになったきっかけを教えてください。

近森:カメラに興味を持ったのは、兄貴の影響でした。当時中学2年生だったのですが、兄貴は大学に入った途端、難しいカメラを買って、私にカメラの明るさや絞りを教えてくれました。でも高校時代は、博物館の学芸員になりたくて、2浪の末志望していた美学方面に進む段になって、入学寸前になって急に気持ちが変わり、併願していた日大藝術学部映画学科に入学をしてしまったのです。入学してからは知らない世界が広がっていったというか、友人も結構気の合う仲間ができて、自主制作映画の制作にドップリ足を踏み入れました。製作費や生活費を稼ぐ為の撮影助手のアルバイトも忙しく、4年間はあっという間に過ぎていきました。4年生の時、官費で留学。帰国してきたら、就職試験は終わってしまっていて、いつのまにかフリーの撮影助手で生活してました。そんな時、大学の先生から電話がかかってきたんですよ。その先生と脚本の先生だった宮崎晃さんが江古田で呑んでいた時に、突然思い出したんですって、僕のことを。宮崎さんの古巣、大船撮影所の撮影監督・川又昂さんと高羽哲夫さんにお願いしておいたので、○月×日大船撮影所表門まで出頭せよ、という内容だったんです。翌日から撮影所に通い、村川透監督の『凶弾』(1982年公開)につきました。見習い助手生活のはじまりです。
『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』(監督・山田洋次)撮影風景
当時大船撮影所の撮影部には20人くらい在籍していました(川又・高羽さんなどは専属契約技師であり撮影部ではない)。半数以上の先輩がキャメラマンで、慢性的に若い人間が足らない。そういったことであっという間に見習い卒業、『疑惑』(野村芳太郎監督、1982年公開)で川又さんのピントマン抜擢となったようです。最後の見習いとして『男はつらいよ あじさいの恋』(山田洋次監督、1982年公開)で高羽さんの助手につきました。大船撮影所で13年間撮影助手。『サラリーマン専科』シリーズ、『釣りバカ日誌』シリーズ(14〜20)、山田監督とは『おとうと』『小さいお家』『家族はつらいよ』シリーズなどの撮影を任せてもらいました。フリーという立場ながら社員の先輩をさしおいてキャメラマンにしてくれた撮影所の度量の広さには感謝しています。その撮影所は今はありませんが……。
『疑惑』(監督・野村芳太郎)撮影風景
――一つの作品に対して、何人体制で映画撮影されているのでしょうか。
助手が4人と撮影技師の5人体制でした。まずはチーフ。昔はヘッド。この人は、Bカメラや実景を撮ったり、機材やフィルムの発注、会社とのやりとりをします。大船撮影所には特機部(※1)が無かったので移動車を押したりもしました。次にセカンドは、撮影技師の指示に従い、照明部の怖いお兄さん達を指図して決められた絞りになるように光の強弱を決めていきます。サードは、動く俳優さんにピントを目測で合わせていくピントマンの仕事です。その下のフォースは、フィルム係りです。暗室でフィルムをマガジン(※2)に入れて、キャメラに装着します。撮影が終わったら、皆の血と汗の結晶である撮影済みのフィルムを現像所に送ります。現在ではデジタルキャメラになって、フィルムの出し入れはないのですが全般的に機材が軽くなったせいか助手の数は減らされる傾向にあります。大変な仕事というのは変わりません。
『疑惑』(監督・野村芳太郎)撮影風景

Q.作品が決まってから終了するまでの一連の仕事の流れを教えてください。

近森:最新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』の場合、2016年12月上旬に山田さんが「こんな話しを考えているんだけど、どう思う?」と最新作のおおまかな構成を伝えてきたのが最初。『家族はつらいよ2』(2017年公開)の撮影が終わった時に、「次はシネスコで撮ろう、シネスコに慣れておかないと」なんていうんで、変なこと言うなと思っていたのが、これで合点がいったのです。男はつらいよ50周年記念事業で、4Kデジタル修復版を全作作る事になっていたので、フィルムで撮影された旧作をデジタル化し、その旧作と新撮影分をくっつけるということは、撮影はデジタルにしないと無理だなと思い、次の『家族はつらいよ3 妻よ薔薇のように」(2018年公開)でのラストシーン撮影にデジタルキャメラを実験的に使ってみました。
撮影開始の約3カ月前の2018年7月11日、山田監督より作品の最新作の概要と希望を拝聴。翌週には脚本と助監督を務める朝原さんと、成田空港へシナリオハンティング兼ねたロケハン、そのまた翌週には現像所や撮影機材屋の方々を交えてデジタルワークフロー、使用機材の選定などを行いました。待ちに待った台本を受け取ったのが、8月15日でありました。
クランクインまであと2カ月。4ページ(1ページは約1分)の長い夕方のシーンが書いてあったりしているのでいかに撮り上げるかの研究、未だ見つからない老人ホームを探したり、右往左往の毎日が過ぎていき、9月27日にはテスト撮影。翌28日決定稿が完成。コンテは、山田監督は以前にもまして忙しく、なかなか打ち合わせの時間を持てないため、描いてご自宅へ送り、検討材料にしてもらう事で考えを引き出したうえで現場に臨むことが多いです。あっという間に迎えたクランクインは10月20日。1969年から撮り貯めたフィルムがデジタル化され、既に5分の2ほどの分量を占めるので、通常山田監督作品だと約50~55日間の撮影日数があるところ、今回新しく撮影されるのは実働約35日間の分量です。12月17日メインタイトルバックの合成ショットの撮影で全ての撮影は終了。そこから約3カ月半後の3月29日、CGショットも音も入った完成品の試写、問題が無ければ会社に納品して私の仕事は完全にお終いとなります。
『男はつらいよ お帰り 寅さん』(監督・山田洋次)撮影風景

――クランクアップ後は、どのような作業があるのでしょうか。

近森:映画というモノが監督や撮影監督の作家性というものによると考えた場合、一人一人表現方法は違うものになります。その為に撮影前にテストとか繰り返すわけですが、自然光相手に奮闘しても、色はどうしても統一されずに定着してしまいます。これを修正して一貫性を持たせる、クランクアップ後はこの作業に終始するのです。色をRGB3原色(※3)に分けて数値化したもので色を操り、デジタルではコンピューターを使ってスクリーンを見ながらカラーコレクションを行います。最近ではVFX班の作成したカットのチェックもアップ後の仕事です。

――フィルムからデジタルへと変化をしていく中で、撮影監督に求められるものはどのように変わっていかれたのでしょうか。

近森:撮影自体は、デジタルであろうとフィルムであろうと、人間をレンズを通してとらえ、お芝居を撮る姿勢は何一つ変わりません。しかし、被写体にキャメラを向けて写っているだけ、写っちゃったではないのです。撮影という行為は単に記録していくこととは違うのだ、ということが分かっていなければいけないと、最近の映画を観ていて思います。編集後の処理で自由に編集段階でなんとでも変えることができますが、撮影という行為は、考え抜いた末の「このカットが必要だ」という想いを持つことが重要です思いつきで簡単に加工できてしまうと、最初に映画として一本の一貫性を保つために決めたはずのモノを無視し、歯止めがきかなくなってしまう。自分でも知らない間に作品が変わってしまう可能性もあるし、騙された方向にいっているのではないかと、振り返ることが必要です。 映画業界は今、1960年代から70年代にかけてと同様のものすごく大きな変革期を迎えていると思います。機材が軽量化され自由にどんなところにも行けるようになりました。また、大きくて重いライトがなくても、思い通りの映像が簡単に狙った通りに作れる、そんな時代がやってきました。だからこそ、最初に考え抜いたことをやりきることが大事になると思います。

Q.最後に日頃から撮影監督として心がけていることを教えてください。

近森:日常生活の中での観察、光、人間、空気、水、自分の周りの物全てを見つめる。そんなことかな。撮影監督の仕事は、台本という印刷物をスクリーン上に視覚化することですから。映画を観るということでは、気に入った作品は何回でも観た方がいいと言いたい。あと川又さんがよく言っていました。「あのキャメラは品がない」って。撮影する側の人間の品性が作品の品性を左右するのならば、己れの品性について問い続けることが大事であり、物事に兎に角、誠実に立ち向かうことではないでしょうか。

(※1)特機部:撮影において撮影用の大型クレーンなどの特殊機械を操作する部門
(※2)マガジン:露光する前の生フィルムと露光済みのフィルムが収納されているカメラの一部 (※3)RGB3色:Red(赤)、Green(緑)、Blue(青)の3原色

近森眞史(ちかもりまさし)
1958年高知県生まれ。82年より大船撮影所にて川又昂・高羽哲夫両氏に師事。助手として『疑惑』、『迷走地図』、『黒い雨』、『男はつらいよ』などに参加。95年朝原雄三監督作品『サラリーマン専科1〜3』、『釣りバカ日誌14〜20』、2010年公開『おとうと』以降の山田洋次監督作品の撮影を担当。

<おまけ>教えて!撮影監督さんお勧めの一作



『ローサは密告された』(ブリランテ・メンドーサ監督、2016年公開) デジタルの変革期だな、と思った作品です。社会から見捨てられる存在を描いており、ドキュメンタリーのように見えてしまいます。

2019年12月18日公開

取材:松竹株式会社 経営企画部広報室