北海道大学獣医学部の野外実習を行いました【2024年】
今年も2024年9月25日~9月27日の3日間、北海道大学獣医学部の学生実習を行いました。
北海道大学獣医学部の学生実習では、毎年学生が班ごとに自らテーマを設定しそのテーマに沿って調査研究を行います。
今年のテーマは
1班:『ヒグマの食性と行動調査』
2班:『動物の感染症』
3班:『知床の植生調査』
となりました。
限られた時間の中で調査から解析、報告までを熱心に取り組んでいる姿が非常に印象的でした。
大学に戻った後はさらに解析を加え、知見を深めたようです。
その結果を含めブログという形で報告させていただきます。
ブログへの投稿は2013年から毎年行っていますので、よろしければ過去の記事もご覧ください。
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以下が、今年の学生の皆さんのレポートです。
~1班『ヒグマの食性と行動調査』~
私たち1班はミズナラの双眼鏡カウント、GPSを用いた動物の痕跡のマッピング、ポイントフレーム法によるクマ糞の分析を行いました。拾った糞内容からミズナラの堅果の豊凶とサケの豊凶や、GPSポイントを行った痕跡と周辺の環境との相関を調べたり、捕殺個体の腸管内容と調査時の糞内容の違いからわかる季節変化や行動の差を調べたりすることで、ヒグマの食性と行動について調査・分析しました。
<ヒグマの痕跡>
まずは調査中に見られたヒグマの痕跡についてご紹介します。
こちらがヒグマの爪痕です。
計2カ所で見つかりました。爪痕が見つかった木にはサルナシの木がツルの様に巻き付いており、このサルナシの実をヒグマは食べようとしていたと思われます。
これはヒグマの背こすり木です。
樹液の多い木を好むことが多いらしく、このような木は「天然背こすり木」と呼ばれるそうです。今回見つけたこの木には、ヒグマの毛が付着している様子もみられました。クマ類の調査でよく用いられるヘアトラップ調査では、誘引餌等を使用するため、「天然背こすり木」はとても珍しいそうです!
こちらはセミの幼虫を掘り返した後です。
ヒグマがセミの幼虫を食べるって、知ってましたか?今年の夏はセミが非常に多かったそうで、こちらの痕も多数見つかりました。
ハチの巣、アリの巣を食べた痕も見つかりました。
ハチとアリ、どちらの巣も合わせて3カ所でみられました。写真のすごく大きなハチの巣も容赦なく廃墟とされてしまったようです、、、、。
<ミズナラの堅果の豊凶調査>
次に、ミズナラの堅果の豊凶調査についてです。今回は「双眼鏡カウント法」を用いて調査を行いました。
「双眼鏡カウント法」の詳しい方法については以下の通りです。双眼鏡を用いて、1本の指標木に対して2人以上で30秒間ミズナラの堅果数を数えます。この時、別角度からのカウントを行うことがポイントです。今回は2地点において5本ずつ、計10本のカウントを行いました。
結果は以下の通りです。
2地点の平均値は昨年、一昨年の結果を上回っています。昨年は凶作、一昨年は豊作であると言われていましたが、今年はこれを上回る実りでした。調査中も、30秒間で数え切れない木があるなど、実りの良さを実感しました。散策している時も、実が落ちてくる音も良く聞こえ、地面に落ちている実も多かったです。
知床で観察できるヒグマやキツネ、エゾシカなどの動物の痕跡を探し、見つけた場所をGPSで記録しました。歩いたりトラックで移動した軌跡に関しても記録し考察を行いました。
1日目ではヒグマの糞や痕跡は海近くの一部でのみ確認でき、キツネの糞は森のなかよりも道路沿いで多く見られました。エゾシカの糞は歩いている範囲ほとんどすべてで見られたため、ヒグマがいる地域でエゾシカが少ないということはないみたいです。シカは思ったより図太く生きているようですね。
2日目は車に乗って少し遠くの森に向かいました。そこでは9個のヒグマの糞を採取することができました!その中には2~3時間前にしたとみられる新しい糞もありました。糞の内容もミズナラやサクラの実、セミなど様々でした。残念ながら魚が含まれていそうな糞をみつけることはできませんでした。
多くは人の作業道に落ちていて、ヒグマは歩きやすいところを好んで使うことが多いようです。
今回は斜里町で捕殺された個体の位置情報もいただき、プロットしたところ斜里町の市街地近くで捕獲された個体が多かったです。
基本的に捕獲された個体はその付近の食物を食べていることが多いので、腸管内容物と位置の関係を見つけるのは難しそうです…
<ポイントフレーム法>
現地で採集した糞と、7-8月に斜里町で捕殺された個体の直腸糞について、ポイントフレーム法による内容分析を行いました。(これらの捕殺個体の胃及び腸管を、知床財団の方々に保存して頂いていました。)
捕殺個体では、小麦やビートなどの農作物が多く見られ、アリやハチなどの昆虫も含まれていました。昆虫類は、7月下旬から8月上旬までに多いので、これは季節性のものだと考えられます。ミズバショウが検出された個体は知床五湖の高架木道付近で滞留して利用者に威嚇突進を繰り返したため捕殺されたとのことでした。
一方採集した糞ではミズナラが多く、サクラなどの果実も見られました。また、サケ・マス類は見られませんでした。これについて私たちは、ミズナラが豊作であったことと、サケ・マスの遡上数が少なかったことによる可能性があると考えました。
<胃内容物>
捕殺個体について、肉眼で胃内容物も調べました。8個体中6個体の胃内容物は小麦やもち麦を中心としており、農作物を食べてしまった個体が多いことが分かりました。また3個体の胃内容物にはアリ等の昆虫類が数%含まれており、直腸糞の分析と同じく、夏場の昆虫食が確認できました。写真は、秋蒔き小麦約80%、アリ約10%、ハチ幼虫約8%、セミ約2%の胃内容物の例です。その他、箱わなで捕獲された個体の胃では、箱わなの餌だったエゾシカ肉が大きな塊のまま見られ、こんな大きさの餌を飲み込むんだなあと驚きました。
<まとめ>
今回の実習を通して、事前に調べたヒグマの食べ物の季節性変化と、糞内容物には矛盾のないことがわかりました。9月の糞では見られると推測していた魚類が見られなかったことは、今年のサケ・マス類の遡上数が少なかったこと、ミズナラが豊作であったことが影響していると推測できます。捕殺個体については、農作物を多く食べていたことが確認できました。また、広範囲に自生するミズナラとは異なり、生息環境が河川などに限定されるサケマスなどの餌資源が見られなかったことで、GPSを用いたクマの糞やクマの痕跡のあった場所の位置情報では、糞内容物との関連を見つけることはできませんでした。
この3日間私たちの調査にご協力、ご指導いただいた知床財団のみなさま本当にありがとうございました。
~2班『動物の感染症』~
2班では知床の市街地、観光地における、エキノコックスをはじめとした人獣共通感染症の感染状況を調査するために、市街地や山道で採取したキツネ、クマの糞を用いた虫卵検査を行いました。さらに中間宿主である野鼠のエキノコックス感染状況を調べるために、野鼠の捕獲を試みました。
- キツネとヒグマ糞の採取と糞便検査
知床自然センター近くの道路や道の駅「うとろ・シリエトク」近くでキツネの糞を、針広混交林内の林道上でクマの糞を採取しました。(図1)
見つけた糞を採取し、直接塗抹法および、ショ糖液浮遊法で虫卵検査を行うと、キツネからは寄生虫卵は検出されませんでしたが、クマ糞からは回虫卵と鉤虫卵、吸虫と線虫の虫体が検出されました。(図2)
2.野鼠の捕獲と解剖
ウトロスキー場近くの藪に野鼠捕獲のためのシャーマントラップを約30個設置しました(図3)。翌朝に確認したところ捕獲数が0匹であったので、そのまま仕掛けを継続、さらに翌朝確認しましたが、またも捕獲はできませんでした。野鼠を捕獲後、解剖によって感染症の病原体を検出する予定でしたが、残念ながら実施することができませんでした。
野鼠の餌となるミズナラが前年度凶作であったため、それに影響を受け野鼠の個体数が減少し、捕獲がかなわなかったと考察しました。
今回の実習で、知床の野生動物が感染していると予想していたエキノコックスは見つかりませんでした。しかし、これらの結果だけではエキノコックスが知床に存在しないとは言えません。キツネは市街地にも姿を現すことが多く、また野鼠もエキノコックスをはじめとした感染症に感染している可能性があります。そのため、野生動物の糞を触らない、近づかないといった対策が引き続き重要です。
~3班『知床の植生調査』~
私たち3班では、知床周辺地域での植生について、主にエゾシカによる採食が植物種の構成や外来植物の生息状況に影響を及ぼしているのではないかと考え ①防鹿柵内外での植生の違い②知床の外来植物 の2点に着目し調査しました。
①防鹿柵内外の植生調査
知床の自然環境を大きく草原系・森林系の2種類に分け、それぞれの環境にある防鹿柵内外の植生を調査しました。
調査方法として、各地点で5m×5mの調査区画を2か所設定しました。草原系と森林系でそれぞれエゾシカの嗜好性・不嗜好性が分かりやすそうな植物を先行論文(*1)より予め選びリストを作成し、調査区画内の株数(ササは植被率)をカウントし地点ごとに合計株数(被植率の平均)を算出しました。
またエゾシカによる採食痕が観察された際は、その植物全体における採食痕がみられた割合(被食度)も記録しました。
これらの植物の識別には、植物図鑑『北海道の野の花』(*2)を使用しました。
【草原系】
草原系で見られた植物は以下のようでした。
草原 |
防鹿柵内 |
防鹿柵外 |
今回の結果 |
先行研究の結果 |
クマイザサ |
90% |
75% |
嗜好性 |
嗜好性 |
オオヨモギ |
184株 |
4株 |
嗜好性 |
嗜好性 |
エゾノキツネアザミ(在来のアザミ) |
22株 |
0株 |
嗜好性 |
嗜好大型? |
ワラビ |
17株 |
591株 |
不嗜好性 |
不嗜好性 |
ヤマハハコ |
68株 |
0株 |
嗜好性 |
|
ススキ |
47株 |
0株 |
嗜好性 |
嗜好性 |
クマイザサ、オオヨモギ、エゾノキツネアザミ、ヤマハハコ、ススキでは柵内に比べ柵外で植被率が低下し、ワラビでは植被率が増加しました。つまり前者では鹿の嗜好性が高い可能性が、後者では嗜好性が低い可能性があると考えられます。
また柵外ではクマイザサの採食痕がみられ、その被食度は平均して6.67%でした。後述する森林系での調査よりクマイザサの被食度が低かった理由として、植物種の多様性が低くクマイザサの区画内の割合が非常に高かったため、相対的に採食痕がみられた割合が低くなったのではないかと考えられます。
【森林系】
森林系でみられた植物は以下のようでした。
森林 |
防鹿柵内 |
防鹿柵外 |
今回の結果 |
先行研究の結果 |
クマイザサ |
6.50% |
20.50% |
?? |
嗜好性 |
マイヅルソウ |
131株 |
7株 |
嗜好性 |
優占型 |
ミミコウモリ |
1株 |
40株 |
不嗜好性 |
不嗜好性 |
チシマアザミ |
1株 |
0株 |
|
嗜好大型 |
シダ? |
4株 |
9株 |
不嗜好性? |
|
クルマバソウ |
363株 |
72株 |
嗜好性 |
|
サラシナショウマ |
5株 |
0株 |
嗜好性 |
嗜好大型 |
ハンゴンソウ |
1株 |
0株 |
|
不嗜好性 |
エゾボウフウ |
137株 |
0株 |
嗜好性 |
|
オシダ |
1株 |
0株 |
|
優占型 |
柵外の調査地でクマイザサは32.25%以上被食されているという結果となりましたが、クマイザサの植被率は調査地の選び方に依存しすぎたため、嗜好性の判断については微妙な結果となりました。ミミコウモリは柵外に多く、かつ被食も見られなかったので、嗜好性が低いと考えられます。マイヅルソウやクルマバソウは株数と草丈が減少する傾向が見られ、サラシナショウマやエゾボウフウも柵外では見られなかったことから、これらはエゾシカの嗜好性が高いと思われます。このあたりはほとんど先行研究によるエゾシカの好みと一致する結果となりました。他にも防鹿柵内外で比較する予定だったチシマアザミやハンゴンソウ、オシダなども多くはないものの柵内では発見でき、柵外ではエゾシカにより食べられている可能性も考えられる結果となりました。
また、当初は予定になかったものとして、ツタウルシやムカゴイラクサも柵外で食痕が観察され、ムカゴイラクサにおいては、食痕があるものを数えたところ被食度は42%でした。調査中にたまたま茎だけ残っていたものを見つけられたのですが、そういったものが他にもあるとすると50%近く被食されている可能性もあります。事前に調査対象に入れていなかったムカゴイラクサも、実は柵内外を比較する指標になるのではないかと考えました。
草原系と森林系の考察として、鹿の採食圧により、植生への変化がみられました。また、嗜好性の高い植物は鹿により植被率が低かったり、低成長であったりしたため、不嗜好性の植物が高植被率になっていると考えられます。今回の研究の反省点は、 調査地の選定がやや恣意的であった可能性があることと、被食度やクマイザサの植被率について主観的な評価が多かったことが挙げられます。
②外来種の調査
外来植物であるアメリカオニアザミやセイヨウタンポポの生息状況、およびシカの採食圧との関連を調査しました。どちらもエゾシカの嗜好性は低いとされています。
知床財団によるアメリカオニアザミ駆除活動が行われているフレペの滝遊歩道、知床自然センター付近にある防鹿柵の内外を調査場所に選びました。フレペの滝遊歩道および防鹿柵の外側ではシカの糞や食痕がみられ、シカが活動していることが示唆されていました。
アメリカオニアザミはフレペの滝遊歩道・知床自然センター付近の防鹿柵外でみられ、駆除活動のされたフレペの滝遊歩道では防鹿柵付近の1/10ほどの密度で生えていました。防鹿柵内ではアメリカオニアザミは見られず、在来種のエゾノキツネアザミが生えていました。エゾノキツネアザミは他の場所では見られなかったため、エゾシカが好んで食べている可能性があります。
またセイヨウタンポポは、フレペの滝遊歩道・防鹿柵内外すべてで道や他の植物が踏み倒された明るい場所に多くありました。どの場所でも周りに背の高い植物があまりなく日当たりがいい所に多くみられたことから、シカの採食圧よりも周辺の環境に強く影響されていると考えられます。
*1:令和3年度 知床生態系維持回復事業 エゾシカ食害状況評価に関する植生調査等業務
株式会社三共コンサルタント
*2:『北海道の野の花』谷口 弘一、三上 日出夫・編 北海道新聞社