広がる気候市民会議の現在とこれから
1.はじめに
「気候市民会議」という取り組みが、じわじわと日本の各都市に広がっています。日本での最初の事例は2020年の11月から12月にかけて開かれた札幌市の会議です。次いで21年5月から11月にかけ川崎市で実施され、その後首都圏の多くの都市や仙台市でも実施されています。このような取り組みは、名古屋大学の三上直之教授の調査によると、24年3月現在、全国で15件にのぼります(表1、図1)。
24年3月14日には各地の取り組みの経験を共有し、先行した英国の事例からも学ぶ会合「気候市民会議 実践ワークショップ〜日本と英国の地域における開催事例を中心に〜」が、横浜で開催されました(詳細はhttps://www.iges.or.jp/jp/events/20240314参照)。このワークショップでは、「英国と欧州における気候市民会議の最新動向」、「日本における気候市民会議の開催の動向」、「神奈川県の複数地域での気候市民会議の展開」、「マチごとゼロカーボン市民会議(埼玉県所沢市)」、「あつぎ気候市民会議(神奈川県厚木市)」、「かながわ気候市民会議 in 逗子・葉山(神奈川県逗子市・葉山町)」、「気候市民会議つくば(茨城県つくば市)」などの報告があり、その後ワークショップ参加者によるグループ討論やパネルディスカッションを通じて経験の共有と今後の課題についての議論が展開されました。
本稿では広がる気候市民会議の現在と今後について考えてみます。
2.注目されるようになったきっかけは?
気候市民会議が世界的に注目されるようになったきっかけは、フランスのマクロン大統領のイニシアチブによって2019年10月から実施された、国レベルでの脱炭素移行に向けた市民参加の熟議です。無作為抽出のくじ引きで選ばれた150人のフランスの市民が8カ月に及ぶ討議を続け、20年6月21日に政策提言を大統領に提出しました。6月29日には大統領が提言を受けた基本姿勢を表明し、その実現に向けた道筋を示しています(詳細については、(一社)環境政策対話研究所「欧州気候市民会議~ 脱炭素社会へのくじ引き民主主義の波 ~」(2021年4月)https://cdn.goope.jp/61503/210428131110-6088e05e991b5.pdf参照)。
マクロン大統領がイニシアチブを取った背景には、気候変動対策としてフランス政府が掲げた燃料税引き上げ案への反発から2018年11月に始まった「黄色いベスト運動」の広がりがありました。
同じころ英国議会下院超党派の6つの委員会は、2019年6月に気候市民会議創設を提案しました。これは、イギリス全土から無作為抽出で選ばれた108人の市民で構成され、2050 年にネットゼロを達成するための手段や政策を熟議し、下院6特別委員会に対して具体的な提言をすることを目的としていました。気候市民会議に参加した108人は、年齢・ジェンダーなどの英国の人口構成、気候変動問題に対する関心度合い、所得階層、教育レベル、居住地の分布などを反映していました。この気候市民会議は、20 年1 月末から5 月末にかけて6回、週末に開かれました。英国の目標達成方策に関して専門家から広範でバランスの取れた見解を聴いた上で、参加者の間で丁寧で徹底的な議論が行われ、その結果は、6月23日に「COVID-19、復興・ネットゼロへの道筋」と題した中間報告として取りまとめられました。
そして9月10日、最終報告書「英国気候市⺠会議報告書:ネットゼロへの道筋」(https://www.climateassembly.uk/report/read/final-report.pdf)が公表されました。
3.「気候市民会議」とはどのようなものか、日本での実践
以上の仏英の事例がきっかけとなり、欧州を中心として国や自治体レベルで多くの気候市民会議が開催されました。気候市民会議では、社会の縮図を表すように一般から無作為に選ばれた人たちが、バランスの取れた情報提供を受けて熟議し、政策提言をまとめます。会議メンバーの抽出に関しては、年齢、ジェンダー、居住地域などが考慮された層別抽出が適用されることが多く、会議の規模としては十数人から150人程度で構成され、全体で数回の会合が開催されます。専門のファシリテーターが議論をサポートし、最終的には政策提言(あるいはアクションプラン)をまとめます。その効果としては、参加者の行動変容につながり、政府や自治体の政策に関する市民の関与が高まり、提言が政策に反映されることも期待されます。
日本の多くの地方自治体は気候危機宣言を行い、「地方公共団体実行計画」も作成しています。しかしながら気候変動問題を根本的に解決していくためには、そこに暮らす市民が自らの課題としてとらえ、賛同して取り組みに参画していくことが不可欠です。また、気候変動については様々な情報が氾濫していますが、正しい理解を深めるためには、科学に基づいた正確な情報を得ることが重要です。そのため気候市民会議では、まず市民会議開催の目的が提示され、専門家から分かりやすい説明が行われた後、市民の理解を深めるための熟議が行われ、提言が作成されます。
三上教授によると、これまでの日本における市民会議は、行政主導型、市民主導・協働型、研究機関主導・モデル開発型の三つのタイプに分けられます。市民主導・協働型の代表例として「あつぎ気候市民会議」が挙げられます。「あつぎ気候市民会議」の報告書では、参加市民の方が「脱炭素化したあつぎのイメージ」をわかりやすいイラスト(図2)で描き、市民の理解を助けています。
4.市民会議の成果と今後の課題
これまでの各地の気候市民会議の成果として、提言が自治体などの政策に反映され、市民の理解を得た政策の実行につながっている例が報告されています。また市民会議自体が話し合いや学習の場となり、気候変動に対する市民の理解が深まり市民活動の拡大につながる効果もみられます。
各地で展開されている気候市民会議の動向は、今後の気候民主主義に示唆を与えるものです。ただし現状は個別の自治体レベルでの取り組みにとどまり、国レベルでの気候政策やエネルギー政策への市民の参加や熟議の深化、そしてそれが新たな民主主義の形につながるかどうかは今後の課題です。また、提言やアクションプランを実施しフォローアップするために、地域で持続的に取り組める主体や組織をつくっていくことも重要です。
脱炭素で持続可能な社会への速やかな移行を進めるためには、経済、社会、技術、制度、ライフスタイルを含む社会システム全体の転換が必要です。そしてそれは、科学的な知見に基づき民主主義的でオープンなプロセスを経て着実に進められなければなりません。
ところが、日本のエネルギー・気候政策決定プロセスは、国民参加や情報公開が不十分なまま、行政サイドと一部の産業界主導で政策や予算が決定され、決定内容が国民に一方的に伝えられる傾向が強いのが現状です。このような政策決定プロセスを構造的に改革し、脱炭素で持続可能な社会へと移行することが何より求められています。各地で広がっている気候市民会議の動きが、今後の 国や地域における気候・エネルギー政策の革新と、⺠主主義のイノベーションにつながっていくかどうかが注目されます。
松下 和夫 (京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー)