『ウクライナのサイバー戦争』 松原実穂子 | 新潮社
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ウクライナのサイバー戦争

松原実穂子/著

880円(税込)

発売日:2023/08/18

  • 新書
  • 電子書籍あり

受刑者IT人材を活用《ロシア》vs.「サイバー義勇兵」が結集《ウクライナ》。これが、戦争の新しい形だ。サイバーセキュリティの専門家による、リアルタイムの戦況解説。

ウクライナは、国内で人気のSNSがロシアのサーバーにホストされているほど「サイバー意識低い系」だったが、2014年にクリミアを奪取され、その後もロシアによる攻撃が止まない現実を前に徐々に覚醒していった。政府データのクラウド化など防御策と、米軍や大手IT企業との連携、IT軍の創設などの攻撃策を組み合わせ、ロシアと互角以上に戦っている。サイバー専門家によるリアルタイムの戦況分析。

目次
はじめに
第一章 「クリミア併合」から得た教訓
国内で人気のSNSがロシアのサーバーを使っていたほど「サイバー意識低い系」だったウクライナ。ロシアは情報戦を駆使して二〇一四年にクリミアを併合した後も、インフラへの攻撃をしかけてきた。併合の翌年、翌々年には大規模な停電も発生。自らの脆弱性を自覚したウクライナは、サイバー防衛の構築を急いだ。
第二章 サイバー戦の予兆:二〇二一年秋~二〇二二年二月
二〇二一年秋、米軍のサイバー部隊がウクライナに送り込まれた。彼らは重要インフラのウイルスを虱潰しにし、危機を未然に防いだ。それでも激しくなるロシアのサイバー攻撃。ウクライナ政府は、脆弱性に対処するため政府データのクラウド化を決定し、AWS(アマゾン ウェブ サービス)と手を組んだ。
第三章 サイバー戦の始まり:軍事侵攻前日~二〇二二年六月
軍事侵攻の直前から、複数のサイバー攻撃が始まった。政府機関を対象にした DDoS 攻撃とワイパー攻撃。欧州をカバーする米通信衛星もやられた。侵攻直後には国境管理システムもダウンし、紙と鉛筆の世界に逆戻りさせられた。ロシアの攻勢を前に、直接の参戦を控えていたはずの米サイバーコマンドも反撃に転じる。
第四章 重要インフラ企業の戦い
通信サービスの提供を続けるため、技術者たちは戦闘地域に残った。身の危険を顧みず、ケーブルが破損した場所や破壊された基地局に赴く。占領地域では、ロシアへの協力を強要され、拒むと暴力にさらされることもあった。それでも「オンラインの戦争」を続けるためには、彼らの英雄的献身が必要だったのだ。
第五章 ロシアは失敗したのか
ロシアのサイバー攻撃は、数は多いものの、「成果」はそれほどでもない。事前の見込み違いがあったのは間違いないが、その真意は見えない。「やりすぎ」によるNATOとの直接対決を避けたいという意志の表れという見方もあれば、「ウクライナを消耗させること自体が目的だから成果にはこだわっていない」との見方もある。
第六章 発信力で勝ち取った国際支援
ロシアによる侵略の初期段階から、ウクライナはサイバー分野での国際的な発信を続けてきた。「無法者国家の手口を共有し、国際社会に貢献したい」という国家意志の表れは、人々の心を打った。そして、役立つ情報を提供し続けることが、存亡の瀬戸際にあったウクライナへの協力を取り付けることに繋がっていった。
第七章 ハッカー集団も続々参戦
この戦争の特徴の一つは、それぞれの陣営に参戦してきた「ハクティビスト」集団の多さである。ウクライナ政府の呼びかけで「サイバー義勇兵」が結集したが、その四割は外国人だった。また、若きデジタル担当相によって創設されたIT軍もロシアへの攻撃を担った。「戦闘」が続く中、平時なら違法とされる行為をめぐる法的整合性の議論も生じた。
第八章 細り続けるロシアのサイバー人材
IT人材の流出に直面したロシアは、服役中のIT人材受刑者を国内企業へ「リモート勤務」させる奇策まで打ち出した。サイバー犯罪者たちの生活も細り、ダークウェブ上には彼らの嘆き節も溢れている。ウクライナは、顔認識技術を使ってロシア人捕虜や戦死者の認定を開始したが、法的・倫理的にグレーな部分があり、批判に直面した。
第九章 台湾有事への影響
侵攻の情報を事前に知っていたとおぼしき中国は、戦闘開始の前から活発にウクライナ、ロシア両国からの情報収集に努めた。海外との通信の九割以上を海底ケーブルに依存する台湾では、その海底ケーブルの不可解な切断が続く。ウクライナから中国は、どのような「台湾有事への教訓」を得たのか? そして欧米、日本は?
おわりに 日本は何をすべきか
謝辞

書誌情報

読み仮名 ウクライナノサイバーセンソウ
シリーズ名 新潮新書
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-611007-8
C-CODE 0231
整理番号 1007
ジャンル 政治、思想・社会
定価 880円
電子書籍 価格 880円
電子書籍 配信開始日 2023/08/18

インタビュー/対談/エッセイ

ウクライナのサイバー防御の秘密

松原実穂子

 この一年半、ウクライナは驚異的なサイバー防御能力の高さを示してきた。2022年2月24日の軍事侵攻の直前から、ロシアはウクライナに対して、あの手この手の業務妨害型サイバー攻撃を続けている。それにもかかわらず、被害は予想以上に小さい。
 2014年のクリミア併合、その後二年連続で真冬に発生した停電をはじめ、ウクライナがどれだけロシアのサイバー攻撃で苦汁をなめさせられてきたか。過去の事例を見てきた専門家たちは、一様に驚きを隠せない。
 ウクライナの善戦を支える三つの柱がある。クリミア併合以降の徹底的な重要インフラ防御強化、他国からの支援、そして情報発信力だ。
 英米等の政府だけでなく、マイクロソフト等の大手ハイテク企業も、サイバー攻撃に関する情報や製品・サービスの提供を無償で続けている。尚且つウクライナは、一方的な支援に甘んじていない。政府高官や民間企業の経営者が戦禍の中、命がけで海外の国際会議に足を運ぶ。戦争での学びを共有し、世界のセキュリティ強化や企業防御に貢献する意思を行動で示している。
 これら全ての活動の土台となっているのが、通信や電力、エネルギー、鉄道など民間企業の社員たちが現地に残り、サービスの提供を続けていることだ。ミサイルが降り注ぎ、サイバー攻撃が続く激戦地でも、名もなき一般社員たちが経済を回し、国民の命と生活、安全保障を支えている。
 軍事侵攻から一年が経った頃、ウクライナの軍や民間企業によるサイバーを巡る戦いについて本を書きたいと思うようになった。かつて防衛省に一時身を置き、現在は重要インフラ企業で働いている者だからこそ見える人間ドラマを掘り下げられれば、今後の日本や台湾が有事に備える上で新たな視点を提供できるのではないかと考えた。
 実際、中国もウクライナで続く戦争に着目している。教訓を今後の台湾有事に使う可能性があり、欧米の政府高官は昨年6月から企業経営層も対象に、具体的な対応策の取り方について警鐘を鳴らし始めた。
 幸い、日本も台湾も、現時点ではまだ有事に巻き込まれていない。しかし、台湾は、少なくとも2021年から年次軍事演習に重要インフラ企業を招き、有事の際に台湾軍が企業を守れるよう備え始めた。一方、人民解放軍は今年、サイバー戦を含む新領域に詳しい人材の登用に力を入れ始めた。台湾有事をにらんだ動きと見られる。
 ウクライナは、八年かけて重要インフラの防御能力を高めた。情報共有をはじめとする官民連携の進め方、国際支援を取り付けるための努力、民間企業の矜持等、日本が学ぶべき点は多い。本著が少しでも参考になれば幸いである。

(まつばら・みほこ NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト)
波 2023年9月号より

蘊蓄倉庫

中国によるウクライナへのサイバー攻撃

 ロシアによるウクライナ侵略に関しては色々な面から台湾有事への影響を問う声がありますが、サイバー分野でも気になる点があります。2022年2月24日のロシアによる侵略に先だって、中国からウクライナへのサイバー攻撃が激増していたのです。中国によるサイバー攻撃は、同年2月4日~20日に行われた北京冬季オリンピックの終了前に始まり、侵攻開始前日の23日にピークに達していました。この事実は、中国がロシアのウクライナ侵攻を「事前に知っていた」可能性を示唆しています。
 ただ、中国によるウクライナへのサイバー攻撃は、ロシアを助けるものというより、情報収集目的だったと見られています。台湾有事に向け、そこからどのような「教訓」を中国が学び取っているのか、気になるところです。

掲載:2023年8月25日

担当編集者のひとこと

「サイバー意識低い系」の逆襲

 ウクライナはもともと、それほど「サイバー強国」だったわけではありません。2014年、ロシアにクリミアを奪取された時点で、国内で人気のSNSはロシアのサーバーにホストされていたくらいです。ロシアは盗聴も情報窃取もフェイクニュースの拡散もやり放題。そうした下地があった所にサイバー攻撃を仕掛けられたウクライナは、戦わずして領土の一部を失うことになりました。

 ウクライナはそこから覚醒します。政府データのクラウド化、米軍サイバー部隊との協力、重要インフラの抗堪化などを次々に実行。今般の戦闘が開始された後も、就任時28歳だった若きデジタル転換大臣の主導でIT軍を結成し、サイバー義勇兵の力も借りてロシアと互角以上の戦いを転換しています。

 さらに注目すべきは、ウクライナが自国のサイバー戦争の様子を、積極的に国際社会に発信していることです。そこには、自国への支持を集めるという「ナラティブの戦い」の側面もありますが、同時に「ならず者国家のやり口」に関する情報を積極的に共有して国際社会に貢献したいという、国家意志もあります。台湾有事を睨んでの対応を迫られている日本にとっても他人事ではありません。

 著者はサイバーセキュリティの専門家であり、国際シンポジウムでの登壇経験も数多くあります。オンライン上で展開される「見えない戦争」の攻防と、背後に潜む人間ドラマ。ぜひご一読頂ければ幸いです。

2023/08/25

著者プロフィール

松原実穂子

マツバラ・ミホコ

NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト。早稲田大学卒業後、防衛省に勤務。フルブライト奨学金を得て、米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)に留学し修士号を取得。シンクタンク勤務などを経て現職。著書に『サイバーセキュリティ』。

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