認定級 3級
大澤 愛衣子 さん
ヴァイオリニスト
―― 大澤さんはヴァイオリニストとしてソロ、クァルテット、オーケストラなどさまざまな場で演奏をされています。世界遺産とヴァイオリン、一見意外な組み合わせのようにも感じますが、どのような動機で受検されたのですか?
ヴァイオリンは4歳から父の手ほどきで始めました。父は私にとって父親でもあり師でもあるとても大切な存在でした。その父を昨年亡くし気持ち的に弱ってしまい、はじめは気を強く持ってなんとか立ち直らないといけないと思っていたのですが、次第に自分は弱いと思い込むのではなく、もっと柔軟な生き方を身に付けたらどうか? と思うようになりました。
そのためには何か新しい知識を身につけることで柔軟性を身につけたい。できれば資格試験のように形のあることにチャレンジしたい。そう思っていたタイミングで知人から世界遺産の受検を薦められ、3級対応の『きほんを学ぶ世界遺産100』をプレゼントされたんです。
―― 世界遺産との思いがけない出会いでしたね。印象はいかがでしたか?
最初に「世界遺産とは」というテキストの前書きだけを読んでみました。そうしたら「世界遺産を知ることは多様性を理解する事」なんだということが良く分かり、それってまさに今の自分が必要としていることだと強く感じました。それまではずっとヴァイオリン中心の生活でしたが、初めて本気で、自ら進んで他のことにチャレンジしたいという気持ちになったんです。
目標を立てて勉強すれば自信にもつながると思い、「2020年の目標として必ず3級を受ける」と決めて、さっそく稽古や演奏の合間に勉強を始めました。合格を目標にするというよりは、知識を吸収すること、学生時代以来の「試験を受ける」という体験自体を楽しみました。
―― 世界遺産は大澤さんに、どんな影響や気づきを与えましたか?
私は生涯、音楽家としても人間としても作曲家たちは何を伝えたかったのか? また自分は彼らの曲をどう解釈してどのように表現したいのか? おばあちゃんになってもずっと研究を続けて、自分自身も成長しながら演奏活動をしていきたいと思っています。それにはまず、作曲家がどんな時代にどんな場所で曲を作ってきたか? また演奏を聴いてくださる人達にどのように自分の気持ちを伝えることができるか? そういうことを理解するのが大切で、それは結局「人間を理解すること」だと思うんです。
人間を理解しているからこそ、思いやりのある言葉をかけられるし、自分の気持ちもきちんと伝えられる。そのためにもっともっと豊かな人間になりたい、そう思っています。
自分で演奏をすること、誰かにレッスンをすること、それはすべてアウトプットです。それだけを続けていると枯渇してしまうので、常にインプットが必要です。そのために心がけているのは、人間の営みをきちんとしていくこと。映画を見る、本を読む、旅をする、美味しいものを食べる、山を歩く……。そして文化、歴史、自然、宗教、芸術などさまざまなことが学べる世界遺産も大切なインプットの1つです。世界遺産の持つ多様性が、私自身の豊かさを育む手助けになってくれていると実感します。
―― 具体的に気になる世界遺産はありますか?
勉強してから気がついたのですが、今まで夏期講習や演奏旅行で訪れたウィーン、ミラノ、モスクワなども世界遺産がある都市ですし、プライベートで訪れたシドニーのオペラハウス、広島の原爆ドームもみんな世界遺産なんですね。無意識のうちに自分は世界遺産を選んでいるような気がして、やっぱり世界遺産にご縁があったんだなって思います(笑)。
今ぜひ行ってみたいと思っているのは『屋久島』や『知床』などの自然遺産。モーツァルトやヴィヴァルディにゆかりのあるヨーロッパの文化遺産ももちろん気になりますが、地球の歴史や大自然の雄大な流れの中では、偉大な作曲家の存在も歴史のほんの1ページ。ヴァイオリンを弾くことは「木の振動と共鳴すること」です。栄養補給のように自然と触れ合うことで、表現者としての次につながる手助けになるのかなと思います。
―― 世界遺産を勉強したことで今後の活動に役立つことがありそうですか?
検定を受けてから「世界遺産コンサートやろうか」なんて、音楽仲間の話のタネになっています。世界遺産をバックに演奏となるとそれは壮大かもしれません(笑)。年に何回かサロンコンサートやカフェライブを開催していますが、曲の解説などのトークも入れて楽しんでいただいています。世界遺産をもっと勉強すれば曲の解釈や世界遺産と音楽の関わりなども含め、さらに深みのあるトークにしていけるのではと思っています。
私は短期講習以外では留学の経験もありません。海外で活躍したいというよりは、目指すのは日本にいても世界を知っている演奏家、ヨーロッパの香りを伝えられる演奏家でありたいと思っています。師でもある父は「こうしなさい」ということは何も言わない人でしたが、子供の頃に演奏旅行でドイツへ行った時に、「バッハに届くように弾くんだよ」という言葉をもらいました。日本にいても、世界中の文化や自然を届けられる表現者になれるよう、これからも世界遺産というアンテナを立てて、キャッチできるものを大切にしていきたいと思っています。
(2021年1月)