おととい書いたこれに
わけのたかまろさんが
何故日本がそんな風になったのか?。思うに、仏教と言う宗教的な思想と、海と言う最強の要塞に守られ極端に外敵に脅かされると言う脅威が少なかった事に一つの原因があるのでは無いかな?と個人的に解釈しています。
とブコメしてくれた。確かにそれもあるなぁと思った。
それで、ちょっと話は日本からそれるけど、宗教的思想の影響という件で思ってたことがあるから書く。
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これはイスラエルが虐殺を始めて以来ずっとなんとなく感じていたことなんだけど、旧約聖書に書いてあることを踏まえたら、彼らの行動は全然不思議じゃないんじゃないか。
一応おさらいしておくと、旧約聖書のみを聖典としているのがユダヤ教。イスラエルにはユダヤ人じゃない人も25%くらいいるみたいだけど、もともとはユダヤ人の国として作られてるし、だから最初から周囲との対立があったわけで。
で、旧約聖書については以前ここで書いたけど、
内容を読んでいくと神様がかなりヒドイ。
- イスラエル人を選ばれし民としていて、他の民をみんな敵と位置づけている
- 他の民を理不尽に苦しめることを全く厭わない
- 一神教を強制していて、他の神や思想は信じてはいけないことになっている
- イスラエル人の信仰心を常にテストしていて、ちょっとでも気に入らないと罰を下す
- 約束の地にたどり着くまで、何度もイスラエル人に途中の街を侵略・略奪させている
こういう内容を聖典として一心不乱に信じてたら(そして一心不乱に信じてないと罰が下って恐ろしいから信じないわけにはいかないという仕組み)、そりゃあ他の民の虐殺なんて厭わなくなるでしょ。
「ホロコーストみたいな恐ろしい目に遭ってるくせに自分たちも虐殺するのか」みたいなことを言われたって、彼らからしたらしょせん選ばれし民じゃない人たちが言ってることでしかないんじゃないか。そんなことより神の教えに従って約束の地を完全に奪い返すことの方が大事、そのためには手段は選ばない、と思っていても全然不思議じゃない……という気がして仕方ない。
ったく、モーセ、あんた、何考えてたの?あんたが人々に植え付けた思想のせいで、大変なことになってるんですけど!
まあ、これだけが要因ってわけじゃないだろうけど。
信念を持って生きるためには、人には何か拠り所というか、思想の枠組みになるようなものが必要だと思う。でも、最初から思想を持って生まれてくる人なんていないから、信念を持って生きる云々を言う前になんらかの思想の枠組みを構築しなくちゃならない。そういうときに宗教みたいなものがあると足がかりに使えて便利だし、宗教のもともとの意図も多少なりともそういうところにあったのではないかと個人的には思っている。
でも、宗教が善くない思想を推奨したり、思想をさらに発展・向上させることを禁じたりした場合、百害あって一利なしになる。そういう意味で、イスラエル人のユダヤ教には問題が多いと思う。
でも、一番厄介なのは、ユダヤ教が彼らのアイデンティティになっていることじゃないか。
だって彼らは「ユダヤ人」だもん。キリスト教徒は自分たちのことをキリスト人とは言わないし、仏教徒も自分たちのことを仏人と言ったりしない。でもあの人たちは「ユダヤ人」なんである。ユダヤ教を否定することは自分のアイデンティティを否定することになってしまう。
だから、外からいろいろ言ったり圧力をかけたりしても、彼らの思想は簡単に変わらない気がする。こういうのは中の人たちが疑問を持つようにならないと変えられないんじゃないか。
世界各国に散らばっているユダヤ人たちはどう思っているんだろう?