Google翻訳を超えたというDeepLについて元翻訳者が言いたいこと - 経済的自由のススメ ~そのあと~

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Google翻訳を超えたというDeepLについて元翻訳者が言いたいこと

こんにちは~、今村です。

今日は、投資にもアメリカにも経済的自由にも関係ない話をします。

なぜって、これを見たから。

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翻訳・通訳学/翻訳テクノロジー論を専門とする大学教授が、この画像にある翻訳を「しっかり訳せている」と褒めてます。

えーっ!?先生、訳せてませんよ……って感じなんですが、ツイッタランドでも、この記事に言及して「DeepLすごい!」と言っている人を見かけたし、このミルクボーイのネタの英訳自体を「流暢ですごい!」と褒めてる人も見かけました。

えーーーー。

元翻訳者としてはですね、これはちょっと見て見ぬ振りできないです。

……てことで、言いたいこと書いときます。

まず前提

まずですね、この記事でGoogle翻訳についてコメントしたときにも言ってますが、機械翻訳はニューラルネットを使うようになってから大きく進歩しました。

だいぶ正確になってきているので、ざっくり分かればいいだけなら十分使えます。また、直訳が減って訳文自体もこなれた感じになってきているので、訳された文を更に解読しなければならないケースも減ってきています。

実際、イチから翻訳する業務でなくて、機械翻訳された原稿を直して仕上げるという業務が翻訳業界では増えています*1

なので、DeepLやGoogle翻訳なんてダメ、と言いたいわけではありません。

どんなツールについても言えるように、良い所と悪い所を理解してうまく利用すべき、というだけです。

ちなみに、巷の「最近出てきたDeepLがGoogle翻訳より優秀」という評価に関しては、「まあそうかもね」というのが現時点の今村の意見です。

ただ、プロの翻訳者さんたちが「流暢に間違うので間違いを見つけにくい」とか「ちょっと難しい箇所などがバッサリ抜けていることがある」と言うのは聞きます。Google翻訳では、少なくとも訳抜けはない気がします。

記事の内容について

上の記事はAERAから抜粋されたものですが、こちらにも別の抜粋があります。

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教授の名誉のために述べておくと、ちゃんと「主語の取り違えなど人間が犯しづらい単純なミスは時折起こる」などの指摘はなさっています。

また、その他の内容についても、これと言って反対したい箇所はありません。

この辺とかは、まあ案件にもよるけどね……と思いますが

「最終的なジャッジをできない機械翻訳では、このようなミスを100%防ぐことはできません。一方で全体的な精度はかなり高くなっており、最終チェックができる人間と組み合わせればものすごい速さで正しい情報を出すことができるはずです」

この辺とかは、むしろ強く同意します。

「“かっこいい先生の自転車”のように元の文章があいまいでは、訳文を正しく評価できません。機械翻訳が日常的に使われる社会になりつつあるいま、ユーザーの側にも基本的な言語リテラシーがこれまで以上に必要になってくると思います」

あえて言えば、「DeepLを文法や語彙など純粋な英語力はTOEIC950点程度のレベルがあるのではないかと評価する」という部分がちょっとズレている気がする*2というくらいです。

ミルクボーイのネタの英訳

さて、ここまでDeepLとこの記事を認めたうえでもう一度言いたいのは、このミルクボーイのネタの英訳は褒められるものではない、ということです。

英語がある程度わかる人は、日本語の原文を読む前にまず英語の訳文だけ読んでみてください。

They say it’s sweet and crunchy, and that you can eat it with milk.
Ooh, it’s cornflakes, even though it’s totally cornflakes.
No, I think it’s cornflakes too.
No, you don’t.
My mom says that’s what she wants for her last meal before she dies.
Oh, yeah, it’s different with the cornflakes. I don’t see why we shouldn’t end our lives on cornflakes.

どうですか?

ミルクボーイのネタのパターンを知っている人が、ミルクボーイのネタの英訳だと言われて読めば、何が言いたいのかは想像できるかもしれません。

でも、ミルクボーイのネタの英訳だと知らずに読んだ場合、ミルクボーイのファンでもない限り、はあ?という反応になるはずです。

ちなみに日本語に訳し直すとこんな感じです。

 

「あいつら、甘くてカリカリしてて、牛乳かけて食べられるやつやって言うねんな」

「うおー、そらコーンフレークや、でも完全にコーンフレークやけどな」

「ちゃうわ、俺もコーンフレークと思たんや」

「いや、お前そんなこと思てないやろ」

「オカンは死ぬ前の最後のご飯はそれがいいって言うねんな」

「あーそうやろ、コーンフレークの場合は違うで。コーンフレーク上の人生を終えたらアカン理由なんてないやろ」

 

そして日本語の原文はこちら。

「あのー甘くてカリカリしてて で 牛乳とかかけて食べるやつやって言うねんな」
「おー コーンフレークやないかい その特徴はもう完全にコーンフレークやがな」
「いや俺もコーンフレークと思うてんけどな」
「いやそうやろ?」
「オカンが言うには 死ぬ前の最後のご飯もそれで良いって言うねんな」
「あー ほなコーンフレークと違うかぁ 人生の最後がコーンフレークでええ訳ないもんね」

当たり前ですが、原文ではちゃんと意味が通じてます。

解説

では、何がおかしいのか見ていきましょう。

以下、英訳に番号を振って、おかしいところを赤字にしました。

  1. They say it’s sweet and crunchy, and that you can eat it with milk.
  2. Ooh, it’s cornflakes, even though it’s totally cornflakes.
  3. No, I think it’s cornflakes too.
  4. No, you don’t.
  5. My mom says that’s what she wants for her last meal before she dies.
  6. Oh, yeah, it’s different with the cornflakes. I don’t see why we shouldn’t end our lives on cornflakes.

【機械ではわかりにくく、人間であればわかる箇所】

  • 1行目の「They」は、記事の中で指摘されていた主語の取り違えです。人間であれば、5行目に「オカン」が出てくるので「She」だと判断できるところですが、機械だとやはり難しいようです。
  • 2行目の「Ooh」も、人間ならこの場合の「おー」は、驚きや期待などのニュアンスがある「Ooh」でなく「あ、」とか「あっ」みたいな相づち的な「Oh」だとわかりますが、機械には判断しにくいかもしれません。

【出来ていなければおかしい箇所】

  • 1行目の「牛乳とか」の「とか」が訳されていません。訳抜けです。
  • 2行目では「やがな」を「even though (~だが)」と訳しているので「コーンフレークだ、完全にコーンフレークではあるけど」みたいな禅問答になってしまっています。Even thoughと来てit's totally cornflakesと続くところがそもそもおかしいです。It's cornflakes, even though it's totally oatmealのように、cornflakesじゃないものが挙げられていないとeven thoughの意味が成り立たないからです。
  • 同じく2行目で「その特徴は」も訳抜けになっています。
  • 5行目の「that's what she wants」は「それが良い」という意味になっています。原文は「それで良い」なので間違いです。

【直訳していて間違っている箇所】

  • 3行目の「No」は「いや」を直訳しています。この場合の「いや」は「まさに自分もそう思ったのだ」という文脈なので、否定ではなく合意です。
  • 4行目の「No」も「いや」の直訳です。これは「な、そうだろ?」という同意を求める「いや」なので、ここも否定で訳すのは間違いです。
  • 5行目の「last meal before she dies」は直訳です。英語では「last meal」自体に人生最後の食事という意味があるので、「before she dies」は要らないです。
  • 6行目の「it's different with the cornflakes」は「違う」+「と」+「コーンフレーク」という完全な直訳です。「コーンフレークの場合は違う」という意味になってしまっています。

【意味不明な箇所・その他】

  • 1行目の「can」はどこから出てきたんでしょう?意味不明です。
  • 4行目の「you don't」もなぜそういう訳になったのか不明ですが、「No, you don't」で「いや、お前そんなこと思ってないだろ」という意味になってしまっています。
  • 6行目の「yeah」も意味不明です。「ほな」を「yeah」と訳したのかもしれませんが、「ほな」はこの場合「ということは」という意味です。上で指摘した「やがな」もそうですが、「方言もきちんと訳せている」という評価はおかしいです。
  • 6行目の「I don’t see why we shouldn’t end our lives on cornflakes.」は「コーンフレーク上の人生を終えてはいけない理由など見当たらない」みたいな意味になっています。ウケますが、意味不明です。

ぱっと見た感じは流暢な英語っぽいかもしれませんが、全然意味が通じてないのがわかってもらえたでしょうか。

今村の代案訳

以上を踏まえて、今村の代案を出しときます。

  1. "She says it's that sweet and crunchy stuff, the stuff you eat with things like milk."
  2. "Oh, that's cornflakes. The way it's described is totally cornflakes."
  3. "Yeah, I thought it was cornflakes, too."
  4. "Well, isn't it?"
  5. "But my mom says she wouldn't mind having that as her last meal."
  6. "Oh… then maybe it's not cornflakes. There's no way cornflakes would do when you are at the end of your life."

これなら、ミルクボーイのネタと言われなくても、ミルクボーイを知らなくても、意味が最初から最後まで通じます。

問題点

……とここまで、DeepLによるミルクボーイのネタの英訳が良いものでないどころか、意味が通じてないことを説明しましたが、問題はそこじゃありません。

問題は、これほどダメダメな英訳にもかかわらず、「しっかり訳せている」と大学教授から太鼓判を押されたり、「すごく流暢な翻訳だ!」と一般人に言わせてしまう、という点です。

DeepLが流暢になってきたせいで騙されやすくなったのか、英文の良し悪しの判断能力を過信する人*3が増えているのか、この手のサービスを全く疑わない人が多いのか、理由はよくわかりません。

でも、「良くないのに良いと思ってしまう」パターンはマズイでしょう……と思います。「どうせわからないからと言って切り捨ててしまう」のもあんまり良いことじゃありませんが、「わかってないのにわかった気になってしまう」のも結構危険です。

それに、日本人は特に周りが良いと言っていれば良しとしてしまう傾向があるので、大学教授が良いと言ったり、他の人がSNSなどで良いと言ったりしているのを聞いただけで良いと判断する人も多そうだなぁと心配になります。

また、この記事に書いたように、機械翻訳が出してくる文に慣れてしまうのも危険です。間違ったことを覚えてしまうかもしれないし、良し悪しの判断能力も低下してしまいます。

まとめ

日本の情報だけに触れていると、いろいろ偏りがちになります。それに日本のメディアやジャーナリズムの品質はお世辞にもあまり良いと言えません。

なので、DeepLでもGoogle翻訳でも、使えるものは使って外のニュースや情報を取り入れた方が良いです。多少誤訳があっても、ざっくりわかって得るものは十分あると思います。

でも、DeepLもGoogle翻訳も、少なくとも今のところは、お手本として使ったり、アウトプットのツールとして使ったりするレベルではないです。

DeepLやGoogle翻訳を鵜呑みにしたり、これで英語を学んだりしてはダメです。

そこだけ気をつけて。 

*1:そういうやり方では通用しない分野もあるので、どこもかしこもというわけではありませんが

*2:990点満点になるTOEICはリスニングとリーディングのテストなので、訳文を評価する文脈での「文法や語彙」のレベルを計るものとして?です。この場合は200満点で評価するTOEICのライティングで計るべき

*3:ちなみにこのタイプの人は以前から結構います。ネイティブだったら誰でも素晴らしい英文が書けると信じているタイプに多いです