今月の『教育科学国語教育』はちょっと変わったタイトル。
最近、少しずつ聞くようになった単語ではあるけど、あまり馴染みのある単語ではない。最近の『教育科学国語教育』はかなりチャレンジングですよね。数年前までは全然違う雑誌だったなぁと思うのですが。
そもそもエンゲージメントとは?
あまり聞き慣れていない単語であるので、本書で紹介されているエンゲージメントの定義を引用しておこう。
本書は巻頭言として慶應義塾大学の鹿毛雅治先生のインタビューを掲載している。そこでエンゲージメントは次のように説明されている。
「エンゲージメント」とは一言で言うと、没頭している心理状態のことです。(P.4)
また、エンゲージメントは一瞬一瞬の没頭状態を表しており、意欲とは少し意味合いが異なります。(中略)やる気(意欲)の原型には、やりたいからやる、やるべきだからやるという2つの側面があります。やる気にとって一番よい状態は、この2つの要素があるということです。この2つの側面を刺激された一瞬一瞬の心理状態がエンゲージメントと言えます。(P.4)
また、本書には奈須先生の記事も載っているが、そこにあるように「エンゲージメント」はもともとは社員研究などの方から来ている概念らしい。
らしいと歯切れが悪いのは自分がよく分かっていないからです。
教育の文脈だとこの本が二年前に出て来て印象に残っている感じ。(読んでいない…気がする)
なかなか概念としてはっきりと自分も理解できていない。
本書には実践例も多く載せられているが、それは「エンゲージメント」とというよりは「主体的に学ぶ」「意欲的に学ぶ」ということに力点があるように見える。なかなかエンゲージメントとは何かは自分にはよく分からない。
学びに向かうために…
何が「エンゲージメント」なのかは今後学ぶことにして、授業において子どもが真剣に学びに「没頭する」ということは目指したい境地である。
わざわざ教員が強く声かけをしなくても子どもたちが熱中するような単元を作りたいとは誰しも思うことだろう。
国語科教育の単元学習では「実の場」という概念がよく言われるし、最近であれば「オーセンティックな課題」の重要性が強調されている。「実の場」であったり「オーセンティックな課題」は、実際の生活や複雑な問題を扱うことになるため、授業自体が大がかりにやりやすいし、授業者の力量が問われるようなものになりやすい印象がある。
今号で掲載されている実践例を眺めていると、子どもの生活に寄り添って、子どもたちが思わず熱中してしまうような単元になっている、つまり「実の場」に立たせるような実践になっているようなものもあれば、ツールや手段で子どもたちを刺激して走らせるような実践もある。
個人的には後者のような実践は好みではない。同じように熱中しているように見えても、その主体性はたぶん長続きしないだろうなと思う。
ただ、課題に取り組むこと自体が難しい場合だって往々にしてあるし、乗せられてやっているうちに段々と学びの質が変化してくるという場合ももちろんある。一概に否定されることではない。
だからこそ、ちゃんと授業者としてある方法がどういう授業観、生徒観なのかということはちゃんと見極めておきたい。
高校の実践が難しい
今回も例によって小中の実践のみで、高校がない。やはり高校の実践は相当難しいように思う。高校入試によって学校ごとの差がかなり大きいことも議論が難しい理由になっているように思うし、高校生にとっての「実の場」や「オーセンティックな課題」というものは、非常に社会に接近してくるために、ナイーブなケースが増えてくるし、準備しなければいけない資料の量も莫大なものになりやすい。
また、大学入試の問題で高校の学びが語られすぎである気もしている。共通テストの出題の仕方だけで、高校の学びの全てが語られるような論調になりがちであるしね。
社会に近い分だけ、本当にちゃんと「エンゲージメント」を語らなければいけないのは高校だと思っていますが……よい形が自分にも見えない。