機械式時計には、手巻き式と自動巻き式があります。
読んで字のごとくゼンマイの巻き上げ方法の違いですが、具体的にどのように違うのか、そしてどちらが自分に合っているかをご存知の方は少ないでしょう。
そこでこの記事では、手巻き式と自動巻き式の違いや仕組み、そしてそれぞれのメリットデメリットを解説いたします!
目次
自動巻き式時計の仕組み
自動巻き式時計の仕組みを知るには、機械式時計がどのように動いているかを知らなくてはなりません。
機械式時計の動力源はゼンマイ。巻き上げられたゼンマイがほどけていく力を利用し、時計が動く仕組みとなります。
例えばチョロQはゼンマイを巻き上げていない状態では動きません。しかし、巻き上げを完了したチョロQを机に置いて離すと勢いよく進んでいきます。これは巻き上がったゼンマイがほどかれるエネルギーを利用して動いているからです。
ただゼンマイをほどけるに任せると、チョロQのようにあっという間にほどけ切って止まってしまいます。
そこでゼンマイを巻き上げた後、そのほどける力が一定の間隔になるよう調整する「調速機構」が備わっており、ここが振り子時計で言う振り子のように一定間隔で振動することで正確な時を刻みます。
こうして調整されたゼンマイのほどけるパワーが輪列機構に伝わり、時針・分針・秒針を動かしていくのです。
これが、簡易的ではありますが、機械式時計の仕組みです。
では、自動巻きとはどのようなものか。
自動巻き式時計は、腕に着けているだけ(厳密には腕の振り)でゼンマイを巻き上げてくれることが最大の特徴です。
上述した機械式時計は、17世紀にオランダ人時計師クリスチャン・ホイヘンス氏が振り子時計および調速機構を発明してより、基本原理は大きくは変わっていません。しかしながらかつてゼンマイを巻くには、リューズを使って手動で巻く必要がありました。
そこで後年、伝統的な機械式時計に、人間の腕の振りだけでゼンマイ巻き上げを行う機構をモジュール的に追加した機構が誕生し、以降手動での巻き上げが必要な機構を手巻き、自動巻き上げ機構を自動巻きと区別するようになります。
ちなみに自動巻き式のプロトタイプには諸説がありますが、基礎を確立したの1780年。かの有名な天才時計師ブレゲによる発明でした。
この「モジュール的に追加」というのがミソです。
自動巻き式時計には、ムーブメントにローター(回転錘/上記画像であれば、ゴールドの部分がこれに当たる)というおもりが搭載されており、腕時計が動くと重力に引かれてローター自身回転することで、ゼンマイを巻き上げてくれるのです。
また、ほとんどの自動巻きにはリバーシング(切替車)がついており、ローターが回ると一緒に回転します。リバーシングが回転することでローターの回転がゼンマイ巻き上げエネルギーへと変換されることとなります。ちなみにリバーシングが二つ付いているものは、ローターの回転が右回りにしろ左にしろ、機能するためのものです。
そしてこの動きが切替中間車から角穴駆動車に伝わりエネルギーを増幅し、角穴車を回転させ、香箱車に収められたゼンマイを巻き上げるという仕組みです。
自動巻きは理論上は手を動かし続けるとずっと巻き上げが続くため、巻き止まりを設けることはできません。
そのため、手巻きとは異なり香箱に3つの溝を作り、ある程度巻かれるとゼンマイの端が次の溝へとスリップしゼンマイが切れないようになっているのです。
手巻き式のゼンマイの先端と香箱
自動巻き式のゼンマイの先端と香箱
ちなみにこの自動巻き機構をきわめて実用的にし、市販化によって時計業界に急速に普及させたのがロレックスとなります。いわゆるパーペチュアル機構ですね。
ロレックスの現行モデルを始め、現在、多くのブランドで主力となるのが自動巻き式となります。
自動巻きのメリット
自動巻き式は現在の機械式時計の主流となっているムーブメントです。なんといっても利便性が高く、実用性に富んでいることを特徴とします。
①日常的に腕に着けていれば止まらない
自動巻きのメリットといえばやはりこれ!
毎日に着け続けていれば止まりづらく、手動でのゼンマイ巻き上げはいりません。手で巻くことを不便に感じている方にはこのメリットは大きいのではないでしょうか。
デスクワークが多い方などはあまり腕を動かさないことが多いため止まってしまうこともありますが、最近の機械は巻き上げ効率が非常に優れているため、比較的その心配は少なくなりました。
ちなみに自動巻きにはローターの左右回転どちらでも巻き上がる両方向と左右どちらかの回転で巻き上げる片方向巻き上げとがあり、両方向巻き上げ式が主流になりつつあります。
しかし実際は設計者によって巻き上げ効率やローター回転のショックの強さなどに賛否あり、ジャガールクルトやジラールぺルゴなど敢えて片方向巻き上げを採用するブランドもあります。
また、高級機の中ではローター外周にプラチナなど貴金属をあしらい、重みで巻き上げ効率を向上させるものなどもあります。
ただ、素材や設計によってローター回転が腕に伝わる感覚が全く異なるので、機械式腕時計を買う時は一度腕に試着してみてその感覚を味わってみると、その時計をよく知ることができますね。
②時間が狂いづらい
ゼンマイを巻かないとほどける一方の手巻き式に比べ、自動巻き式は腕の動きに合わせゼンマイが安定して巻き上げられるため、時間が狂いづらいというメリットがあります。
手巻き式のところで後述しますが、ゼンマイの駆動力が常に十分なエネルギーを持っていないと、各パーツへ伝わる力にばらつきが出たり精度を司るテンプが規則的な往復運動を行えなくなります。
自動巻き式は1日10時間程度装着していれば、そのエネルギーが安定して保持され、その時計本来の正確性を発揮してくれるのです。
③選択の幅が広い
現在、多くのブランドでは自動巻き式が主流のため、購入の際の選択肢は手巻式に比べ格段に広いと言えます。
パテックフィリップなどの超高額ブランドからロレックス、オメガ、タグホイヤーなどの人気ブランド・・・とブランドや価格に縛られることはありません。
また、かつて手巻き式は「巻かなければ止まる」といった特性から、日付表示すら持たない、シンプル機能のモデルがほとんどでした。
今では手巻き式も日付を始め様々な多機能モデルがラインナップされていますが、やはり自動巻き式は圧倒的にその数が多いのが事実です。
④楽しいローター鑑賞
稀に自動巻き式時計は、「ローターの存在によって機械(ムーブメント)の鑑賞を妨げている」と言われることがあります。
確かに素材の加工技術が進んでシースルーバックが主流となった今、「せっかく機械式時計を買うならムーブメントを心行くまで鑑賞したい」と思っている方もいらっしゃるでしょう。
でも、最近はローターも様々。最小化したマイクロローターやローターの真ん中部分を肉抜きしたものなど、各社の工夫で自動巻きであろうと手巻きであろうと、機械の美しさをより身近に感じられるようになりました。
また、高級ブランドだとローターの装飾や仕上げにも非常にこだわっており、機械はもちろんローター自体を好みで選ぶ・・・なんていう通な楽しみ方も、自動巻きのメリットの一つと言えるでしょう。
自動巻き式のデメリット
自動巻き式のデメリットを二つ紹介しますが、いずれも人によっては利点と捉えられることばかりです。
性能面や実用面で大きなデメリットは無く、飽くまで「個人の好み」に拠るものとなります。
①パーツが多いので大きく厚くなる
シンプルな手巻式に比べ、ローター等自動巻き式機構が搭載されているためパーツ数が多く、どうしても大きく厚くなりやすい特徴があります。
薄くシンプルな時計をお探しの方は手巻きのほうが良いかもしれません。
ただ、「パテックフィリップ ノーチラス」や「ジラールペルゴ ロレアート」、「ブルガリ オクトフィニッシモ」などなど・・・自動巻きでありながらも薄型設計されているモデルも存在するので、必ずしも自動巻き=厚みがあるというわけではないです。
②メンテナンス代が高くなる可能性がある
パーツ数の多い自動巻き式は、メンテナンス代が高くつく可能性があります。
というのも、パーツ同士が摩耗しやすい、パーツ数が多いため修理代がその分高くなる、シンプルな構造の手巻き式に比べ故障の可能性も高くなる、といったものです。
ただ、これまた各社ムーブメントにチューンアップを加えており、耐久性や耐衝撃性を備えた堅牢な機械がラインナップされています。また、ケース自体を堅牢にする、といった手法もありますね。
加えて、手巻きにしろ自動巻きにしろ、ある程度のデリケートな取扱いが望まれます。自動巻きだけが突出してマメなメンテナンスが必要・・・などと言った事実はありません。
手巻き式時計の仕組み
ゼンマイの巻き上げを、リューズを使って手で巻く方式が手巻き式です。方式とは言いますが、この区別ができたのは自動巻きが誕生してから。伝統的な機械式時計と言えば、手巻きを指すことが一般的です。
そう、昔ながらの機構と言えば、手巻きです。
現在は自動巻きが主流となりつつありますが、18世紀・懐中時計の時代から続くのが手巻きで、自動巻きはそこにモジュール追加されたシステムとなります。
リューズを優しく巻いてあげるとそれに伴ってゼンマイが巻き上がり、さらに「巻き止まり」があることが特徴です。巻き上がったゼンマイはほどけていくエネルギーが調速機構によって調整され、輪列を通って時分針へと繋がっていきます。
手巻き式時計のメリット
手巻き式時計は古典的な機械式ムーブメントであり、伝統的な時計のギミックが用いられています。
自動巻きが主流となった現代においてもその人気は衰えることなく、世界中の時計ファンから愛されています。
①毎日巻く味わい深さ
手巻き式のメリットはなんといってもこれ!
手巻きでなくてはならない、という方はこの理由に拠るところが大きいのではないでしょうか。
手巻き式と自動巻き式の最大の違いは、巻き上げ方法。
理論上、ずっと身に着けていれば止まることのない自動巻きと異なり、手巻き式はリューズで巻き上げを行う必要があります。
毎日巻くことで、使うほどに時計に対する愛着が沸く。
また、毎日時計と向き合うことで、固着の回避やコンディションのチェックになる。
こういった理由から、18世紀の誕生から今に至るまで「この機構でなくてはならない!」という根強いファンが多いのです。
ちなみにパーツに採用される素材や設計などにもよりますが、手巻きの方がカチカチと巻く際の音がするため、よりいっそう味に深みが出るものです。
なお、自動巻きにも言えることですが、近年「パワーリザーブインジケーター」と呼ばれる、ゼンマイの持続時間を文字盤上に表示させる機構が登場しています。
一目でパワーリザーブを確認できるため、「気づいたら時計が止まってた」と言った事態をぐっと減らせる嬉しい機構です。
②シンプルな美しさ
左:手巻き式 右:自動巻き式
自動巻き式には必ずローターが搭載されます。
このローターが腕の動きに合わせて回転することによってゼンマイの巻き上げが行われるのが自動巻きの特徴。
手巻き式はローターがないため、内部構造がよく見えるといったメリットがあります。
前述の通り、各ブランド素晴らしい装飾をローターにも施しており、それはそれで好きといった方も多いため、一長一短といったところではあります。ただ、より機械の動きを楽しめるのは手巻きでしょう。
また、自動巻き式に比べパーツが少なくシンプルなため、厚みが抑えられ薄型時計を製造することが可能です。
上品な薄型は洗練された見栄えだけでなく、フィット感や毎日装着することへの負担がより少なくなります。
③メンテナンスコストが低い
手巻き式はパーツが少ないためパーツ同士の摩耗が少なく、機械式時計に欠かせないメンテナンスコストを抑えることができます。
また、おもりとなるローターもないため、衝撃に強いといったメリットもあります。
オーバーホール代を少しでも安くしたいという方は、手巻きを検討するのがよいでしょう。
④手巻きならではのストーリーを感じられる
何度か繰り返しているように、手巻きは昔ながらの機械式時計です。
それゆえ、「時計は手巻きでなくては!」という声が、実は結構あります。
そして、ブランドにとっても、あえて手巻きを採用してストーリー性を打ち出している、ということが少なくありません。
例えばオメガのスピードマスター プロフェッショナル。
同社のフラグシップですが、月面着陸に傾向されたムーンウォッチとしても有名ですね。
これは、無重力空間の月面においては、自動巻きのローターが巻き上げづらいこと。加えてまだ手巻き式が主流であった1950年代から続く歴史的名機であることを象徴するため、あえて今なおオリジナルの手巻きムーブメントが踏襲されています。
このように、手巻き自体が一つのステータスになっており、時計好きの心が揺さぶられる機構と言えます。
手巻き式のデメリット
次に手巻き式のデメリットを二つ紹介しますが、自動巻き式同様、いずれも人によっては利点と捉えられることばかりです。
「どんなライフスタイルか」「時計に欲しい機能」「時計に欲しい価値」を考慮しつつ、メリット・デメリットで検討してみてくださいね。
①毎日巻かなくてはならない
手巻き式のメリットでもありデメリットでもある最大の特徴は、定期的に巻かないと時計が止まってしまうこと。
また、ゼンマイがほどけるにつれ駆動力が落ちてくるとテンプの動きに狂いが出始め時間が正確でなくなるため、ゼンマイを巻くスパンを一定に保つのが理想です。
つまり毎日同じ時間に巻くことが好ましいのです。
しかしこれは時間の正確性への配慮であり、巻き忘れても機械への影響はありません。
また、「毎日巻く」といった行為は毎日自分自身の時計と向き合うこととなり、メリットの項でご説明したように固着の回避やコンディションのチェックに繋がります。
ちなみに毎日巻くのは面倒・・・という方はロングパワーリザーブを備えたモデルをお勧めいたします。一般的な機械式時計は完全に巻き上げた状態から48時間程度でゼンマイがほどけてしまいますが、モデルによっては5日~8日間持続するものもございます。IWCのポートフィノ 8DAYS、パネライ ルミノール 8DAYS・・・などが有名ですね。ランゲ&ゾーネにいたっては31日間パワーリザーブというものもあります。
ポートフィノ8DAYS IW510103 / ルミノールマリーナ 8DAYS アッチャイオ PAM00563
なお、過去手巻き式は「日付表示」が自動巻きに比べ少なかったですが、こういったロングパワーリザーブの実現から、日付表示搭載モデルも同じくらい多くなってきました。
②低~中価格帯のブランドにあまりラインナップがない
最近の主流は自動巻き式のため、一部の超高級ブランドをのぞき、自動巻き式と同じくらいの手巻きラインナップを揃えているブランドというのは多くありません。
機械式時計全体の流通量をみると自動巻きが7割、手巻きが3割といった感じでしょうか。ロレックスも昔は手巻き時計を作っていましたが、現行モデルの大半は自動巻きです。オメガもスピードマスターの一部のモデルに手巻きを採用している程度で殆どが自動巻きかクォーツになっています。
もちろんノモスやユンハンスなど、手に入れやすい価格帯で豊富に手巻き式を扱っているブランドもございます。
また、一世を風靡したデカ厚ブームから一転、薄型時計もまた流行りつつあるため、手巻きのシンプルな良さというのは改めて見直されてきています。
さらに言うと、アンティーク市場での主役は手巻きです。
ロレックスのデイトナにオイスタープレシジョン、パテックフィリップ カラトラバやグランドセイコーなど、人気ブランドの今は無い手巻き使用がアンティーク市場には溢れています。
そのため、現行ラインナップが少なくとも、選択肢が狭いことと同義ではありません。
まとめ
手巻き式の味わい深さ、自動巻き式の利便性・・・
一概にどちらがいいと言えるものではありません。
もちろん中古やアンティークだと、製造された年代によっては上述したメリット・デメリットが当てはまらないものもあります。
日用品だけど、嗜好品でもある。
腕時計はそんな特性があるので、「どちらがいいか」の結論は、オーナーの好み、に集約されるのではないでしょうか。
当記事の監修者
廣島浩二(ひろしま こうじ)
(一社)日本時計輸入協会認定 CWC ウォッチ コーディネーター
一級時計修理技能士 平成31年取得
高級時計専門店GINZA RASIN 販売部門 ロジスティクス事業部 メンテナンス課 主任
1981年生まれ 岡山県出身 20歳から地方百貨店で時計・宝飾サロンで勤務し高級時計の販売に携わる。 25歳の時時計修理技師を目指し上京。専門学校で基礎技術を学び卒業後修理の道に進む。 2012年9月より更なる技術の向上を求めGINZA RASINに入社する。時計業界歴19年