No. 13 グループの特長生かしFPCの細胞分離デバイスを開発 | NOK×日刊工業新聞Journagram 技術コラム | NOK株式会社

NOK×日刊工業新聞Journagram
技術コラム
technical column

NO.132024/10/28

グループの特長生かしFPCの細胞分離デバイスを開発

NOKは2041年に創立100周年を迎える。その時期に花開くような重点テーマの一つとして生命科学や医療などのウェルネス分野を定めた。同分野の中で、NOKグループ各社の得意な技術を生かし、シナジーを生み出せる製品としてフレキシブルプリント基板(FPC)を使った細胞分離技術の実用化を目指している。FPCはNOKグループで電子部品の製造販売を手がけるメクテック(東京都港区)の主力製品であり、グローバルでもリーディングカンパニーとして知られる。FPCの利点を生かした細胞分離デバイスの研究開発を進める。

メクテックのFPC

産学連携で実用化目指す

FPCはポリイミドなど、絶縁性を持った薄く柔らかいベースフィルムと銅箔などの導電性金属を貼り合わせた基材に電気回路を形成したもの。極めて薄く、自在に曲げることができるのが最大の特徴で、携帯電話のヒンジやハードディスク駆動装置(HDD)のアームのような繰り返し屈曲する部分に多く採用されてきた。近年は薄く軽量である点が評価され、スマートフォンやウェアラブルデバイスなど数多くの電子機器に使われ、小型化、薄型化に役立っている。

NOKグループは現在、東京大学工学部でバイオ医療マイクロシステムを研究する金秀炫講師と連携し、誘電泳動法による小型細胞分離デバイスの開発を進めている。開発を担当するNOKグループR&D Mobility製品開発部 Solution開発一課の上田敬祐氏は「金講師のバイオ医療マイクロシステム研究は世界的にも優れたもの。NOKグループの技術と組み合わせて他社に負けないものにしたい」と意気込む。

細胞を傷つけず分離可能

現在開発中の細胞分離デバイスは、3センチメートル×6センチメートルほどの大きさ。真ん中にマイクロメートル(マイクロは100万分の1)単位の幅の流路があり、流路の途中に電極が四つある構造となっている。流路の端はY字型に二つに分かれている。流路に血液を通し、がん細胞など、研究や治療に必要な細胞とそうでない細胞を電極部分で発生した電界(注)によって分ける。Y字で言えば下方向から液を流し、上の2方向の片方に必要な細胞、不要な細胞を別の方に流す、というやり方で細胞を分離する。

(注)電界:電圧がかかっている物体の周りに存在する、電気力が及ぶ範囲・空間のこと

FPCを使った細胞分離デバイスの構造概略図

例えば、患者の血液からがん細胞だけ抽出したいとする。流路にある電極の二つで全ての細胞が中心を流れるようにする。残る二つの電極に血液が通る際は、通常の細胞とがん細胞の形状や表面積などの違いから電界での反応が違うことを利用し、がん細胞だけを電極側に引き寄せる。この制御は周波数の制御によって行う。ターゲットの電気的性質の違いを使って分けるため、がん細胞だけでなく、特定の菌の抽出や、人工多能性幹細胞(iPS細胞)とその他の細胞とに分ける、といった用途にも応用できるという。

樹脂粒子と細胞での実験の様子(動画)

マイクロ流路を使った細胞分離デバイスは通常、ガラスの基板に電極を付けて制作する。FPCは薄いフィルムと銅箔を貼り合わせてつくるので、流路と電極を一度につくることができる。そのため大量生産に向いているという。製造上の課題としては、FPCの流路から液が漏れないよう、高圧に耐えるゴムの層で密封(シール)する必要がある。さらに、生体を扱うため、接着剤が流路にもれださないようにしなければならない。NOKは主力のオイルシールやOリングで培ったゴムや接着剤の知見とノウハウがあるため、最適で安全な構造と材料を使うことができる。

近年、細胞分離の世界市場は右肩上がりになっている。細胞分離にはマーカーや磁気を使う方式があるが、サイズが同じ細胞同士を傷つけずに分離できる技術は誘電泳動法のみ。それだけに実用化への期待は大きい。

課題克服し実用化急ぐ

ただ、FPCの細胞分離デバイスの実用化には課題がある。一つが大量の処理に向かないこと。流路の幅はマイクロメートル単位以上に広くできない。広いと電極からの力を強いまま保つことができない。現状、NOKはデバイスの流路を増やすことで解決しようとしている。

もう一つは、細胞を分離する際の精度が他の手法に比べてまだ低いことだ。この課題に関してNOKは、FPCが多層構造であることを利用して、3次元的に電極を配置することで改善しようとしている。すでにこの手法は特許を取得済みだという。

現状、「製品化を100とするとまだ50あたり」(上田氏)とのことだが、実験を繰り返し、2025年の研究用試作品の完成を目指している。その先の製品化には、検査機器メーカーなど販路やノウハウを持つ企業との連携を模索する。

上田 敬祐

NOK株式会社 NOKグループR&D Mobility製品開発部 Solution開発一課

大学院で有機材料工学を専攻し、NOKに入社後は新商品開発部にてマイクロ流路型PCR装置やナノポアデバイス等のライフサイエンス分野の開発を担当。2022年から現在の細胞分離デバイスの研究開発に携わる。

※記事内のデータ、所属・役職等は2024年9月現在です。