インタビュー(対談) 社内外で“共感”を疾走させるクリエイティブとは?

第43回「2022日本BtoB広告賞 新聞広告の部」において金賞を受賞した日本貨物鉄道株式会社(以下、JR貨物)の30段広告には、企業ブランディングから社員エンゲージメントの向上まで、多方面に“効く”戦略が結集されています。広告に課せられるミッションが多様化・複雑化する時代にクリエイティブはどう呼応していくのか、数々の名だたる企業のブランディングを手掛け、今回のクリエイティブ制作でもご一緒していただいた、株式会社ビジュアルメッセージ研究所 代表取締役 クリエイティブディレクター/グラフィックデザイナー 山本洋司氏をお迎えし、受賞クリエイターとともに語っていただきました。

“等身大”の魅力を探せ!

Fact!Real!Honest!

上田)広告は企業にとってビジネス戦略のひとつです。ですから、世に出るすべての広告には、商品の売上を増大させる、自社ブランドを浸透させるなど、何らかのミッションが課せられています。さらに最近では、パーパス広告や環境広告も登場し、広告が背負うミッションがより多様化、複雑化しているように感じますが、山本さんはどのように受け止められていますか?

山本)広告は確かにビジネス戦略のひとつですが、一方で「広告は文化」とも言われます。広告は企業の経済活動のために生まれますが、ひとたび世に出ると文化として市民権を得てひとり歩きを始めます。それは、広告が常に時代を見つめ、先取りしながら制作されているからではないでしょうか。
私は1970年代から長く大手自動車メーカーの広告制作を担当してきましたが、クルマが日常を輝かせる“装置”であった頃にはそんな時代のマインドに刺さる広告を、90年代後半に地球温暖化への懸念が高まってきた頃には「エコ」を切り口とした広告を制作しました。 いま、パーパス広告や環境広告など確かに多様な広告が掲載されるようになりましたが、広告はいつの時代も社会の動きや人の想いの“写し鏡”です。つまり、広告の多様化は必然だった。そう私はとらえています。

上田)なるほど。想いのあるところに広告は生まれる、というわけですね。そんな「想いの伝え方」について、山本さんのお考えをお聞かせいただきたく思います。昨今のパーパス広告や環境広告は「世の中のためになにができるか」をお題目のごとくアピールしていますが、私はその伝え方に疑問を抱いています。
いま欧米のマーケティング業界では「オーセンティシティ(authenticity)」が注目されています。オーセンティシティとは、真実性や信憑性を意味するワードです。マーケティングの文脈で言えば “企業の本質”とでも訳せばいいのでしょうか。パーパスでどんなに立派なことを語っていてもふるまいが追いついていない企業は「オーセンティシティ」ではありません。裏表がなく、信頼できる企業、それが「オーセンティシティ」な企業です。ですから、パーパス広告や環境広告、もちろんブランディング広告にも“等身大の企業の魅力”を伝える誠実な表現がこれまで以上に求められるようになるのではないでしょうか。

山本)私が企業のブランディングを監修する際に大切にしているのは、「Fact=事実を伝える」「Real=現実を伝える」「Honest=嘘をつかない」です。私は今でもこの3点を大切にしながらアイデアを考えますし、表現に迷った時には「Fact」「Real」「Honest」に立ち返って内容を吟味します。いま上田さんから「等身大の企業の魅力」という言葉がありましたが、私も「Fact」「Real」「Honest」のフィルターを通すことで、誇張のない誠実な表現を追い求めてきたと言えるかもしれません。
最近の企業広告を見ていて少し気になっているのは「こんなことをやります」「こんなことを目指しています」というメッセージを安易に発信しすぎているのではないか、ということです。「こんなことをやります」「こんなことを目指しています」というのは、まだ“思っている段階”つまり「Think」の段階です。まだ何も成し得ていないのですから「Fact」でも「Real」でもありません。もちろん夢を語る、という表現手法もありますが、より強いインプレッションを残すのは、やはり「Fact」であり「Real」であると私は考えています。

山本 洋司(やまもと ようじ)JRグループのマーク、JR各社のロゴタイプを制作。住友林業、商船三井をはじめとする多くの企業のブランディングやVI(ビジュアルアイデンティティ)を手がける。受賞歴多数。http://www.visual2004.com/

上田)「オーセンティシティ」という言葉がない時代から、山本さんは「等身大の企業の魅力」を伝えることの重要さに気づき、実践されてきたのですね。しかも「オーセンティシティ」と言われるよりも、「Fact」「Real」「Honest」と言われた方が私たち日本人にははるかにわかりやすい(笑)。これから企業広告を発信しようとしている企業の宣伝部の皆さまには、広告作法のひとつとして「Fact」「Real」「Honest」をぜひ頭のどこかに置いておいてほしいですね。

広告が変える企業文化

企業価値と社員エンゲージメントを高めるために

上田)2022年のBtoB広告賞を受賞した「JR貨物」の広告に話題を移しましょうか。 山本さんをクリエイティブディレクター兼アートディレクターとする制作チームが組まれてもう5年以上になりますが、山本さんはそれ以前からJR貨物に企業理念の変更を進言されていたようですね。

山本)はい。ブランディングを考えるにあたって、コーポレートコンセプト、つまり企業理念から見直したらどうでしょう、と提案しました。以前の企業理念は、JR貨物発足当時から使われていた「価値を運ぶネットワーク」というものだったのですが、現場から「価値とはなに?どんな価値?」という声も聞こえていました。
企業ブランディングは、社員を巻き込んだ全員参加型で進めることが大切だと私は考えています。そこで各支社、各部署の方々から寄せられた多くの意見や提案を分析、チャート化して、社員が思う「JR貨物の未来像」を“見える化”し、最終的に社長に決断を委ねました。その結果、「挑戦、そして変革〜Challenge and Change〜」に決定したのです。
ブランディングを進めるにあたっては、現場を含めた全社員が「自分の会社が変わろうとしている」「トップが動き出した」と感じとれるようにすることを意識しました。社員に参加してもらうことでモチベーションが高まり、自分の会社にプライドが持てるようになればありがたいこと。JR貨物のブランディングを始めて6〜7年ほどが経ちますが、着実に成果があがってきていると感じます。

上田)そうですね。「Challenge and Change」は上意下達ではなく、社員の想いのボトムアップによって制定された、社員の血の通った企業理念だと思います。このような新しい風を吹かせることで、企業は風通しのよい、フラットでクリエイティブな組織に変わっていくのではないでしょうか。
そして、この新たな企業理念、「Challenge and Change(挑戦、そして変革)」をデビューさせるという目的で始まったのが、BtoB広告賞を受賞した広告シリーズでした。私たちが心掛けたのは、現場の熱量を伝えることを入口として、JR貨物の想いを社会にひろげていこうというものでしたね。コピーライティングにおいても、現場の想い、「鉄道魂」とも呼ばれるスピリットを感じ取ってもらえるよう意識しました。

山本)この広告シリーズは貨物車両をメインビジュアルとしていますが、これは他のトラック輸送を主とする物流企業との差別化のためでもあります。私たちが本当にフォーカスしたかったのは「現場の社員」です。現場の社員というと運転士を思い浮かべがちですが、雪の中、機関車の前方で運転士に無線誘導を行う社員、車両故障を未然に防ぐため機関車を分解し、部品のひとつひとつまで検査、修繕する社員、フォークリフトを自分の手足のように操り、安全かつ迅速に荷物を積みかえる社員。こうした熱い“鉄道魂”を持つひとりひとりの社員に支えられてJR貨物の企業価値は保たれているのです。現場にフォーカスしたこの広告シリーズは社員のモチベーションアップにも貢献していて、「次はぜひうちの現場を撮影してほしい」というリクエストも多く届いていると聞いています。

上田)制作した側からしたらうれしい限りですね。昨今の若い社員は社会貢献への思いを強く持っており、自分の会社が社会にどんな価値をもたらしていけるのか、そこに “やりがい”を抱きます。JR貨物だけでなく、社会の便利や快適、安全のために働いている現場の人たちはさまざまな業界にいることでしょう。そこにフォーカスした広告は、社員のモチベーションを高め「この会社で働き続けたい」という想いの醸成、つまり社員エンゲージメントの向上にもつながるはずですよね。

ブランディングの核心とは

企業価値の再発見

上田)山本さんは国鉄が民営化して誕生したJRグループのブランディングに関わり、誰もが目にしたことがあるJRロゴを制作したデザイナーでもあります。そんな山本さんに、最近のブランディング広告はどのように映っているのでしょうか?

山本)最近のブランディング広告は机の上で考えたアイデアを紙面にそのまま移植したような、ダイナミックさに欠けるデザイン表現が多いように感じます。骨太感やスケール感で心を震わせてくれるビジュアルが少なくなりました。製品広告の場合、ビジュアルの主役は製品となりますが、ブランディング広告の場合、ビジュアルに“定番”はありません。理念という土台をしっかりとさせておけば、デザインはもっとジャンプできるはずです。
下の図は、約100社のCI・ブランド、事業戦略デザインを手がけた中西元男さんが体系化したブランディングの考え方です。この図が示しているのは、社員全員が理念(Mind)を共有し、その理念にふさわしい振る舞い(Behavior)をすることでより良い製品やサービスをつくりあげる。そして生まれたブランド力を、視覚(Visual)の面でも統一したトーン&マナーで世に出していく重要性です。シンプルにまとめられていて、私のバイブルとも言えるものです。これからブランディング広告を制作しようとされる企業の宣伝部の皆さまにも役立てていただける内容だと思うのでお見せしたいと思います。

◎CI(Corporate Identity)の中心となるのが、VI(Visual Identity)
制作:中西元男氏(CI&ブランド戦略コンサルタント) 提供:山本洋司氏

上田)貴重な資料をありがとうございました。 ここでクリエイティブの視点からちょっと離れて、広告に込められた「想いを伝える」場である媒体についてはいかがでしょうか。長きにわたってBtoB広告の主戦場であった新聞や雑誌だけでなく、今はネット媒体も多数存在しています。この先の広告と媒体の関係性に変化はあらわれると思われますか。

山本)ブランディング広告を新聞で展開するのであれば、私ならやはり日本経済新聞を中心に考えますね。多くの経営者が愛読している点、そして新たな取引相手となるかもしれない企業が目を通す確率が高いのは日経ですから。とはいえ、新聞だけではカバーできない時代になったことも事実です。JR貨物でも、新聞に掲載する広告シリーズを補完し、さらにストーリーをひろげていくためにYouTubeでの動画配信も行なっています。テーマは新聞広告と同様、現場にフォーカスするというものです。新聞広告は1日で消えますが、YouTube動画は長きにわたって残ります。いつでも、誰でも再生できるので、息の長いブランドコミュニケーションの助けとなってくれるものと思っています。

上田)そうですね。媒体が多様化しているからこそ、それぞれの媒体の特性や、その先でどんな人が見ているかを意識することが大事ですね。表現にしても、媒体にしても、広告は変化の波の中にいると思います。とはいえ、大切なことは、いつの時代も変わりません。クライアントの価値をともに発見し、そこに光を当て、適切な媒体に載せて世に出すこと。新たな価値を発見・拡散させることで、顧客、社会、そして社員とより強固なエンゲージメントを築くことができますから。広告会社の役割はこれからいっそう重要になるでしょうね。 山本さん、本日はありがとうございました。

今回は企業ブランディング広告のあり方から社員のエンゲージメントを高める広告表現まで、豊かな知見と経験にもとづく貴重なお話を山本さんにお伺いいたしました。
アウター(社会)、インナー(社員)の両者から共感を獲得し、新たな価値を生み出すコミュニケーションを設計するため、日本経済社のクリエイティブ部門はお客様の伴走者となって知恵を絞り、新たなコンセプト、表現を開発していきます。 次回は、「2022日本BtoB広告賞 新聞広告の部」で銀賞を受賞した株式会社ジャノメの作品について、深堀りしていきます。どうぞご期待ください。

出演者

山本 洋司氏
株式会社ビジュアルメッセージ研究所 代表取締役
クリエイティブディレクター/グラフィックデザイナー

出演者

上田 伸彦
株式会社日本経済社
クリエイティブ局 クリエイティブディレクター/コピーライター

※内容および出演者の所属・肩書は2023年5月現在のものです

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