インタビュー(対談)
第72回日経広告賞から紐解く、
BtoB企業広告の潮流と真の役割
一般消費者とは接点の少ないBtoB企業も、近年では人材採用やオープンイノベーションなどの向上を目指し、自社の社会貢献やパーパスを伝えて知名度を上げる企業が増えている。第72回日経広告賞では、様々な業種の企業の中からBtoB企業である株式会社ニチレキ(以下、ニチレキ)が大賞に選ばれた。BtoBの企業広告に見られるトレンドや広告戦略、その役割などについて、審査員長である早稲田大学商学学術院教授の嶋村和恵氏に聞いた。
目次
大賞企業が語った、「知る人ぞ知る企業ではいけない」の真意
平井美英子(以下、平井): 今回の日経広告賞では地球環境に配慮し、道路や橋梁の「長寿命化」を目指す自社の取り組みを、著名な文学作品や聖書の1文と重ねて紹介したニチレキが大賞を受賞しました。また、次点となる最優秀賞には、赤城乳業とルイ・ヴィトン ジャパンといった業種や広告表現が全く異なるものが選ばれました。審査委員長としてご覧になった印象は、いかがでしたでしょうか。
嶋村和恵氏(以下、嶋村):日経広告賞の特徴は、受賞企業がバラエティに富むことです。その中からBtoB企業のニチレキが注目され、部門賞ではなく大賞を受賞したことに、大きな意味があると感じています。
実は、今年の日経広告賞は今までと審査方法が少し変わりました。最終審査の前に事前に絞り込まれた全対象作品をWeb上でチェックするのですが、単にビジュアルだけでなく、広告の目的や反響など、各作品の全体像を伝える解説が付いていました。広告主がどのような意図でこの広告を企画し、媒体を選び、どのような成果につなげたのか。審査員は、その戦略から効果までを知ることができました。日経広告賞は、単に広告のビジュアルだけで選ぶべき賞ではないと考えていますから、理に適っていると思います。
Webで見た段階では、ニチレキの広告は特に強く印象には残りませんでした。ところが、審査会場で実際の新聞紙面の広告を見た時、写真の迫力がWebで見た時と大きく違っていましたね。見る者を釘付けにする強さを感じ、企業メッセージや意志がしっかりと30段の紙面に込められていました。
平井:ニチレキは、2019年から企業広告を始めました。2020年から部門賞を取り、着実にステップアップされて今回の大賞に至っています。審査の講評で「広告を通じて成長する企業」と評されていましたね。
嶋村:ニチレキの小幡社長は「知る人ぞ知る企業ではいけない」という実感のこもったお話をされていました。BtoB企業が陥りがちな状況は「多くの人が関わっているのに、その存在が見えづらいこと」です。「縁の下の力持ちで良い」という考えもありますが、知名度がないと人の採用で不利になるという課題があります。世界的に優秀な企業なのに、学生やその親御さんに知られていない。そうした状況から、BtoB企業でも広く社会に向けて発信しようと思い至ったそうです。
BtoB企業の技術は社会に溶け込んでいます。だからこそ、改めて自分たちの存在をもっと主張すべきだという同社の発想は、多くのBtoB企業に影響を与えるでしょう。
従来のBtoB広告とは、取引先や顧客に向けて自社製品の魅力を伝える、いわばカタログ的な内容がほとんどでした。しかし最近では、人材採用や社会的な評価につながるBtoB広告が増えています。短期的視点も大切ですが、コミュニケーションをそれだけで捉えず、自社が社会に対する長期的約束として考えることの両方が必要になってきていると言えます。
平井: BtoB企業の価値を一般消費者や広く社会に伝えるためには、どのような工夫が必要だとお考えでしょうか。
嶋村:難しい課題です。ニチレキはアスファルトや道路の技術を突き詰めてきた企業ですから、社員や社長の思いを起点にメッセージを発想されたのでしょう。「その企業が無かったら、社会はどうなるのか」といった観点から、存在意義を伝えるメッセージを工夫していくと良いと思います。
一般消費者向けの広告ではタレントを起用することが多いですが、最近はBtoB企業でもそのような傾向が見られ始めています。タレントを使えば衆目を集めることはできます。しかし、自社のポリシーやメッセージの発信をタレント任せにして良いものかどうか、改めて吟味する必要があるでしょう。
「らしさ」と「らしくなさ」の2つの戦略
平井:今回は、業種・業態や、広告表現が全く異なる企業の広告が受賞をしていました。そして、それぞれが違う特色を持っていましたね。日本経済新聞らしいものとそうでないもの、納得させるものと驚きを与えるものがあったように思います。
嶋村:広告では、「らしさ」と「らしくなさ」の2つの戦略が考えられます。媒体選びについても、「日経らしさ」を活用する手法と、「なぜこれを日経に?」という驚きを利用する手法があり得ます。
ニチレキの広告は、就活の学生やその親御さんを主要なターゲットに想定していたことから、日本経済新聞がベストだったように思います。「らしさの活用」ですね。また、赤城乳業の方は、「ガリガリ君を最もよく食べているのは日経の読者だ」と言っていましたから、これもターゲットと媒体をうまくマッチさせた事例と考えられます。一方、ルイ・ヴィトン ジャパンの広告は他媒体でも良かったように思えますが、「ラッピングを日経にする」という意外性で読者を驚かせました。「らしくない」部分を利用したわけです。
「らしさ」は重要ですが、それだけでは読者は飽きてしまいます。「らしさ」と「らしくなさ」の戦略は、両方あってよいと思います。新聞広告は記事と隣り合わせで見るものです。読者がどういうシーンや流れでその広告を見たか、どう思うか、が大事です。
企業広告とは「企業の人格」を伝えること
平井:今回の大賞を含めBtoBの企業広告について、何か変化を感じる点はありますか。
嶋村:企業広告は、時代ごとの社会テーマに沿って作られることが多いです。環境問題への対策が中心だった時期もありますが、最近ではそれがSDGsに広がり、グリーンエネルギーやダイバーシティなどへ拡大しています。しかし、あまりに意識しすぎた広告はウォッシュと批判されます。
その中で今回のニチレキは2019年から企業広告を始め、数年で自分たちの路線というものを確立してきたように感じます。これはBtoB、BtoC企業に関わらず、共通して言えますが、どのような会社なのか、企業の人格を明確にしていくことが重要です。
企業の人格が明確な例として金鳥(大日本除虫菊)があります。金鳥は、独自のカラーを持つ広告を長く続けてきました。その結果、今日では「金鳥だから許される」と自他共に認めるような独特の広告世界を確立しています。そういう点ではニチレキの5年間はまだこれからで、可能性を秘めています。日本経済新聞では有名な企業になり、学生やその親御さんにその存在を知られるようになりましたが、そこに留まらず、今後はもっと社会全体に向けてニチレキという企業が社会にどう役に立っているのか、そこで働く社員がどう考えているか、ゆるぎない人格を主張し続けていくと良いでしょう。「ニチレキらしさとは、こういうものだ」というイメージを確立することが、次のテーマになるはずです。
平井:先生は普段ゼミで学生たちと接していらっしゃいますが、若い人達は広告をどのように見ているのでしょうか。
嶋村:今日の学生たちは、新聞や雑誌で情報を得ていた私たちの世代とは、情報との接し方が大きく異なります。そのスタートは、SNSです。SNSで誰かが話題にしたことをきっかけに、テレビや新聞、雑誌、インターネットなどのメディアにさかのぼってコンテンツを見ていくわけです。BtoB広告でもBtoC広告でも、強い印象を与えてそれをSNSで誰かが共有すると、すばらしいコンテンツだということで話題になります。彼らに広告という意識は、あまりないかもしれません。話題になっているコンテンツを共有しますが、単に目立つだけではその先に興味はいきません。企業の存在意義を理解してもらうことと、コンテンツの共有を両立させる、という難しい問題ですね。
平井:そうした人たちが、数年後に社会人になることを想定してBtoB広告を考えていく必要がありそうですね。
広告は継続することで認知され、長期的な効果を生み出す
平井:企業広告に投資することの意義について、どのようにお考えでしょうか。
嶋村:効果をどう捉えるかですね。広告投資の効果として、まず期待されるのは売上の向上でしょう。そのためには、継続が重要になります。広告を1回出したぐらいで、急に売上が伸びることはありません。広告はひとつのやり方を継続していくことで、徐々に認知され、長期的な効果を生み出します。継続によって企業とステークホルダーの関係性を築いていくことに意味があるわけです。
もうひとつ重要な点は、広告の内容について社員が納得しているかどうかです。どんなに美しい企業メッセージでも、その内容に社員の多くが共感し、納得できるものでなければ、効果は期待できません。
平井:社員が納得できる企業の人格を社会に向けて長期的に伝えていくことが大切ですね。当社のような広告会社が企業の情報発信を支援していく中で、気を付けるべき点はあるでしょうか。
嶋村:最近、過去の広告事例を知らない業界人が増えている気がします。例えば、ジェンダー的な表現で批判を浴びるなど、過去に失敗事例がたくさんあるのに、また同じ失敗を繰り返す例が見受けられます。広告の仕事をしている人は、やはり過去の広告についてなるべく知っておいて欲しいと思います。
昭和や平成の広告事例をひと通り学んでいただけると、提案にも深みが出てくるし、過去の事例を語れるようになることで、クライアントへの説得力も高まります。
平井:同じ失敗を繰り返さないよう、過去に学ぶことは重要だと思います。今日は示唆に富むお話を伺い、刺激を受けることができました。どうもありがとうございました。
出演者
嶋村 和恵 氏
早稲田大学商学学術院 教授
聞き手
平井 美英子
株式会社日本経済社
上席執行役員
※内容および出演者の所属・肩書は2024年2月現在のものです。