イベントレポート
パーパス経営がなければ、企業は生き残れない
パーパス策定と浸透の秘訣とは?
パーパス経営を導入したいが、何から始めたらよいかわからない。そんな経営者やビジネスパーソンの声に応え、日本経済社(以下、日経社)はエスエムオー株式会社(以下、エスエムオー)と共催で2023年5月12日にオンラインセミナー「パーパスが企業課題解決にどのような効果を与えるか!?」を開催しました。パーパス経営の実像に詳しい早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄先生にご登壇いただき、パーパス経営の必要性や効果、導入の勘どころなどを解説。続いて、2022年10月に日経社とエスエムオーが行ったパーパス策定の実態調査の報告と、パネルディスカッションを実施しました。その中で、パーパス経営を実践するために必要な取り組みや注意すべきポイントを紹介しました。同セミナーの概要をご報告します。また、本記事とは別に、パーパス策定に役立つ資料もご用意していますので、ダウンロードのうえ、併せてご活用ください。【ダウンロードはこちら】
目次
イノベーションには、知の「探索」と「深化」の2つが必要
まず早稲田大学の入山章栄氏が登壇し、第1部「世界の経営学から見る、パーパス経営への示唆」と題する講演を行いました。なぜ今パーパス経営が求められているのか、その理由について、日本企業の視点から解説しました。
「パーパスは企業にとって非常に重要で、これからの時代、不可欠なものだと考えています。パーパスに似た言葉としてミッションとビジョンがあります。ミッションはその会社の存在意義、ビジョンは未来に向かっての意思です。それらの上にくる最上位概念がパーパスです。ミッション、ビジョン、パーパスは無理に分けなくてもいいと思います。自社はどういう存在で、未来に何をしていきたいのか。会社の意思と行動こそが、ミッション、ビジョン、パーパスです」と入山氏は言います。
今なぜ、パーパスが必要なのでしょうか。入山氏によれば、その背景には2つの大きな変化があります。1つ目は、「事業環境の変化」です。「不確実性の時代」と言われる現代、検討すべき経営課題が増えている上、どこにも正解がありません。また、若い人たちはすでに1人ひとりが自身のパーパスを持ち、それを基準に人生を考えています。その結果、企業ブランドや待遇だけで就職先を選ばなくなりました。企業はしっかりとしたパーパスを持たなければ、人材採用が難しくなっているのです。
2つ目の変化は、「デジタル破壊」です。デジタルによってあらゆるビジネスの前提が崩れています。市場や消費者が変化する中で、企業も能動的に変化し、イノベーションを起こしていかなければ生き残れません。
イノベーションの原理は、「既存の『知』と新たな『知』を組み合わせること」だと入山氏は言います。インパクトの高い優れたイノベーションを起こすには、目の前にあるものだけではなく、なるべく遠く離れた場所にある「知」を求める必要があります。それらを、今自社が持っている「知」と組み合わせる。このような試行錯誤が求められています。
この活動は、「知の探索」と呼ばれています。実例としては、例えばトヨタ自動車の「トヨタ生産方式」があります。これを創設した大野耐一氏は、米国のスーパーマーケットのノウハウを日本へ持ち帰り、自動車の生産技術と組み合わせました。
「知の探索」と並び、もう一つ重要なのが「知の深化」です。「探索」によってイノベーションの種を見つけたら、次はそれを徹底的に深掘りします。それが「知の深化」です。
この「探索」と「深化」の2つを、高いレベルでバランスよく保持できる企業こそが、イノベーションを起こせると入山氏は語ります。これは米国の社会学者、ジェームズ・マーチ氏が1991年に発表した「Ambidexterity」という概念であり、入山氏が「両利きの経営」と訳して日本に普及させたコンセプトです。
「探索」と「深化」は両方とも必要であり、バランスよく実行しなければなりません。しかし、課題は「探索」にあります。時間とコストがかかるため、一見、無駄なことのように思えてしまうのです。その結果、多くの企業が「探索」を忘れて「深化」ばかりするようになり、バランスが崩れていきます。
縦軸に「知の探索」、横軸に「知の深化」を取ると、バランスの良い斜め45度の直線を進むのが理想的です。しかし、多くの企業は「探索」を怠り、直線が「深化」の方へ倒れてしまうわけです。探索と深化のバランスが崩れていることが、イノベーションを起こせない大きな要因になっていると入山氏は指摘します。
「知の探索」は新たな組み合わせの試行錯誤になるため、多くの失敗を伴います。「日本企業は失敗を受け入れることが苦手です。だから、知の探索が難しくなるのです」(入山氏)。
また、探索すべき「知」は人に属しているので、組織の中になるべく多くの価値観を持つ人がいる方が、イノベーションを起こしやすくなります。今盛んに言われている「ダイバーシティ経営」とは、この視点から見ても、理にかなっているわけです。
企業に求められるのは「正確性」ではなく「納得性」
今後、市場の変化はますます激しくなり、ビジネスの先行きは不透明になっていきます。そこで重要になるのが、米国の組織心理学者、カール・ワイク氏が提唱した「センスメイキング理論」という経営理論だと入山氏は言います。
同理論によれば、企業経営者が今一番やってはいけないことは「正確な分析に基づく将来予測」です。しかし、日本の大手企業はこれが大好きだと入山氏は指摘します。「日本の経営者は、すぐに数字や根拠を出せと言います。しかし、先のことは誰にもわからないので、適当な数字を創り始めます。それを信じてしまうから、経営を間違えるのです」(入山氏)。
入山氏によれば、今重要なのは「正確性」ではなく「納得性」です。「平たい言葉で言えば、『腹落ち』です」(入山氏)。
「現状をいくら分析しても、未来予測は外れます。企業経営にとって重要なのは、予測ではありません。自社が30年先、50年先に創ろうとしている未来を明示し、周囲に納得してもらうことです。自社がどのような祖業で始まり、どういう思いで事業をしてきて、どんな従業員がいるのか。だからこそ、未来に向かって社会にどう貢献し、どのような価値を創出しようとしているのか。それを明確な言葉で表現し、従業員や顧客、取引先、銀行、株主などを含むすべてのステークホルダーに納得してもらうことです。それがあれば、未来予測が変わっても、経営の方向性は変わりません。知の探索が可能になるわけです」(入山氏)
知の探索は、多くの失敗を伴います。しかし、ステークホルダーの納得があれば、失敗しても投資を続けられます。そのために必要なのが、パーパスだと入山氏は語ります。
「これから伸び悩んでいくのは、ビジョンやパーパスのない企業です。さらに問題なのは、パーパスを創ったものの、社員や顧客の納得を得ていない会社です。経営者は明確なビジョンを語り、腹落ちさせるストーリーテラーであるべきです」(入山氏)
「両利きの経営」、「センスメイキング理論」に続いて必要になるのが、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が提言した「SECIモデル(知識創造理論)」です。「簡単に言えば、暗黙知を形式知化することです」(入山氏)。企業の真のパーパスは暗黙知として存在しています。これを言語化するためにSECIモデルを活用します。「時には新たな言葉を創る必要もあるでしょう」(入山氏)。
「両利きの経営」「センスメイキング理論」「SECIモデル」。この3つをうまく使うことで、実効性の高いパーパス経営が可能になります。
最後に、入山氏は日本の経営者がパーパス経営を実践するためのポイントを2つ挙げました。一つは「自分の死後の未来を考えること」です。「10年先は未来ではなく、今の延長線に過ぎません。最低でも30年後、できれば50年後、100年後を考える必要があります」(入山氏)。
もう一つは「バトンタッチの感覚」です。30年後、50年後の未来は「創業者の思い」とつながっている必要があります。「皆さんの仕事は、創業者から続くバトンをつなぐことです。未来を創るには、どのようなバトンタッチが必要か。それを考えれば、重要なヒントが見つかるはずです」と述べ、入山氏は講演を終えました。
パーパス経営の実態調査を踏まえた「3つの提言」
第2部では、日経社とエスエムオーによる共同調査「パーパス策定に関する実態調査」(2022年12月)の概要を、当社パーパスブランディング・ストラテジストの小澤聡が解説しました。同調査は、中小企業から大企業まで、パーパス策定の関与者400人を対象に行ったものです。
「パーパス策定に費やした時間」で一番多かった回答は、「3カ月以上6カ月未満」でした。規模の大きな企業ほど、時間をかけている傾向が見られます。
策定プロセスでは「外部の協力会社を活用した」と答えた人が全体の57%と過半数を占めています。
策定時に大変だったことを聞くと、「最終的な文言の決定」が38%で1位、「社員からの理解獲得」が36%で2位となりました。社内への浸透で苦労した点は、「社員からの評価」が36%でダントツでした。
パーパスの導入効果としては、多い順に「社員間での一体感が高まった」が25%、「社会貢献意識が高まった」が24%、「自律的に動く社員が増加した」が20%となりました。パーパスの策定は苦労が多いようですが、効果も実感できているようです。
以上の結果を踏まえ、小澤から3つの提言を行いました。
1. 策定は巻き込み型で、早くから社内理解や関心を高めることが重要
2. 社外にも積極的に発信すると、人材採用やSDGsにプラスの効果
3. 目的に合わせて外部パートナーを活用することも有効
「パーパス経営の参考にしていただけると幸いです」と述べ、講演をまとめました。
パーパスの策定と発信が、自社の未来を支える
第3部では、「今パーパスが求められる意義と企業価値に与える効果」と題したパネルディスカッションを行いました。モデレーターを務めた当社パーパスブランディング・アドバイザーの平井美英子の進行で、入山氏とエスエムオーの齊藤三希子が、パーパス経営の現状と課題について語りました。
平井 美英子(以下、平井):先生がお話しになる<祖業>は、老舗の多い日本企業に適していると思います。その一方で、外資系企業に比べてビジョン策定が弱いと指摘されていますが、日本におけるパーパス経営の現状をどう見ていますか。
入山 章栄氏(以下、入山):創業者の思いや言葉が、家訓として残っている日本企業は少なくありません。それらを大切にし、活用していくのは良いことです。しかし、グローバル企業のように、パーパスによってそれを内外に発信する必要があります。
齊藤 三希子(以下、齊藤):当社の昨年の調査では、パーパス経営を明言している日本企業は5%程度でしたが、今年の調査では9%に急増しています。パーパスを策定して企業の存在意義を明確にしないと人材を採用できないし、企業として成長できないという実情が理解され始めています。
入山:急激に増えすぎている点が、少し気になります。実効性の高いパーパスを、短期間に創れるものでしょうか。
齊藤:「次の株主総会までに」とか「3カ月で創れ」などと焦っている企業はあります。「取りあえず創っておこう」という考えもあるでしょう。しかし、実効性の高いパーパス経営を実現するには、時間をかけてパーパスに織り込む言葉を見つけていく作業が必要です。良いパーパスの条件は3つあります。「シンプルでわかりやすいこと」「ワクワクすること」「自社らしいこと」です。
平井:今回の共同調査によれば、パーパスをトップダウンで創る企業が多いようです。
入山:パーパスは経営トップが創るべきです。しかし、条件がもう一つあります。トップが、未来に責任を持つことです。
平井:パーパスの策定では、中間管理職が経営トップと現場の板挟みになるケースが見られます。
入山:パーパスを組織に浸透させるのは、主に中間管理職の仕事です。まずは、経営トップが決めたパーパスを中間管理職が腹落ちできなければ、始まりません。経営トップは常に中間管理職と対話し、中間管理職はそれに納得した上で、現場の従業員が理解しやすい言葉で浸透させていくことが重要です。
平井:パーパスの組織への浸透については、何が重要でしょうか。
齊藤:パーパスの策定後、組織全体がそれを信頼できるかどうかが重要です。「信頼」には2つあります。まずは「共感」です。中間管理職や現場を含む従業員全員が共感できるパーパスでなければなりません。次に、「組織への信頼」です。組織としてパーパスを信頼し、本当にその基準で判断、行動していけるかどうかがポイントになります。
入山:「企業ブランド」の本質は「約束」です。「当社はこういうブランドです」という約束を顧客と交わした以上、裏切ってはなりません。パーパスも同様です。約束を守るからこそ、経営、従業員、顧客の間に信頼が生まれます。約束を守るには、透明性が不可欠です。パーパスの通りに判断、行動していることを、誰の目にも明らかにします。トップの行動が透明化するほど、従業員は会社を信頼し、ひいては顧客の信頼につながります。
平井:外部への情報発信については、どのようなポイントがありますか。
入山:投資家向けの「IR」、公衆向けの「PR」、社内向けの「ER」が統一されていることが重要です。一貫して発信し続ける必要があります。あるメーカーの広報担当者に、「知の探索によって会計上の減損が生じ、投資家への説明に困っています」と相談されました。私は「知の探索に減損はつきものです。それを説明できないのなら、あなたに問題があります」と答えました。「このパーパスで未来を創るために投資した結果、今年は減損が生じました。失敗も多いですが、こういうチャンスもあります」と説明しましょう。一番良いのは、パーパスを定款に明記してしまうことです。「定款に書いてあります」と言えば、大抵の投資家は納得します。加えて、経営トップがパーパスを語り続けることが重要です。それを動画にし、様々な場所で見せるとよいでしょう。
平井:中小企業や地方の企業から、パーパスに関する問い合わせが増えています。
入山:中小企業にはピンチもあるでしょうが、チャンスもあります。例えば、中小企業の多くがファミリービジネスです。長期経営が可能なので、時間をかけて良いパーパスを創り、大きく飛躍できる可能性が高いです。確かなパーパスがあれば、若く優秀な人材も採用できます。
齊藤:パーパスはすべてを前進させる原動力になると信じています。真剣に取り組んでいただければ、企業の未来にとって、大きな力となります。
入山:コンサルタントに丸投げしたり、形だけ取り繕おうとしてはいけません。パーパスは企業経営の本質ですから、真剣に取り組む必要があります。外部の協力先を良き相談相手として、うまく活用するとよいでしょう。
平井:当社もエスエムオーとともに、パーパスを言語化するための相談相手になれればと考えております。今後もパーパス経営に関する情報を継続的にお届けしていきますので、参考になれば幸いです。本日は、ありがとうございました。
当社では企業のパーパス策定および策定後の社内浸透・社外発信をご支援しております。現在パーパス策定をご検討されている企業のご担当者様やすでにパーパス策定に取り組まれている企業のご担当者様向けに、策定から浸透までをわかりやすく解説したお役立ち資料「パーパス・ブランディングの始め方」をご用意しています。詳しい策定・浸透プロセスや各フェーズでの取り組み内容など、パーパス・ブランディングのヒントをまとめていますので、ぜひダウンロードのうえ、ご活用くださいませ。【ダウンロードはコチラ】
講演者
入山 章栄 氏
早稲田大学大学院経営管理研究科
早稲田大学ビジネススクール教授
講演者
齊藤三希子
エスエムオー株式会社
CEO
モデレーター
平井 美英子
株式会社日本経済社
上席執行役員
経営企画室 室長
パーパスブランディング・アドバイザー
モデレーター
小澤 聡
株式会社日本経済社
統合マーケティング局
マーケティング3部 部長
パーパスブランディング・ストラテジスト
※内容および出演者の所属・肩書は2023年7月現在のものです。