脂肪族フッ化物を用いたクロスカップリング反応 ―PFAS分解に向けた新たな道を開拓―|国立大学法人名古屋工業大学
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脂肪族フッ化物を用いたクロスカップリング反応 ―PFAS分解に向けた新たな道を開拓―

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カテゴリ:プレスリリース|2024年10月 4日掲載


発表のポイント

〇 脂肪族フッ化物と芳香族メタンのクロスカップリング反応(*1)を開発
〇 遷移金属触媒を用いることなく、フッ素を除去しながら、クロスカップリング反応を実現
〇 除去したフッ素は無機物として回収可能
〇 PFAS(*2)分解とフッ素資源を再利用する環境に優しいプロセスへの展開に期待

概要

 名古屋工業大学 生命・応用化学類の周軍特任助教(研究当時)、趙正宇研究員、柴田哲男教授らの研究グループは、バレンシア大学のJorge Escorihuela教授と共同で、環境問題に大きく貢献する画期的な化学反応を開発しました。
 本研究チームは、脂肪族フッ化物と芳香族メタンのクロスカップリング反応を、遷移金属触媒を使用せずに実現しました(図1)。この手法は、従来の遷移金属を使った反応に伴う不純物問題を解決し、さらに「永遠の化学物質」として知られるPFAS(ペルフルオロアルキル化合物)の分解にも新たな道を開くものです。PFASはその高い安定性から環境中に蓄積し、大きな環境問題を引き起こしています。しかし、今回の研究では、PFASの安定性の根幹である強固な炭素-フッ素結合を効率的に切断し、炭素-炭素間でのクロスカップリング反応を達成するもので、同時に切断したフッ素部位はフッ化カリウムとして回収できる技術を確立しました。この革新的な手法は、PFAS分解とフッ素資源を再利用する環境に優しいプロセスへの利用が期待されます。
 この成果は、持続可能な化学の未来を切り開くものであり、英国化学会の国際学術誌「Chemical Science」に2024101日にオンライン公開されました。

pressshibata1.jpg

1.開発したクロスカップリング反応

研究の背景 

 炭素-炭素結合の形成反応は、有機合成化学において基礎的かつ重要な反応で、機能性材料から農薬、医薬品まで私たちの身の回りにある様々な有機化合物の製造に使用されている必要不可欠な技術です。現在でも、より効率の良い新たな手法の開発に多くの研究者が取り組んでいます。例えば、脂肪族ハロゲン化物(またはその等価体)とアルカリ金属化合物とのSN2型の炭素-炭素(Csp3-Csp3)結合形成反応がありますが、収率や基質の官能基耐性の問題など改善の余地があります(図2a)。最近では、SN2型反応ではなく、汎用性に優れた遷移金属触媒による脂肪族ハロゲン化物(またはその等価体)と有機金属試薬や有機ホウ素化合物を用いたクロスカップリング反応が注目されています(図2b)。

pressshibata2.jpg2a,b.これまでに報告されているCsp3-Csp3 結合の構築手法、
c.
今回開発したCsp3-Csp3 結合の構築手法

 遷移金属触媒によるクロスカップリング反応は、適応範囲が広い一般的な手法として物質製造に定着していますが、遷移金属触媒の使用は、しばしば深刻な問題を引き起こします。例えば、医薬品の金属不純物に対する規制及びガイドラインでは、その検査法および許容値が厳しく定められています。また、電池関連材料合成の場合も、微量金属の混入は電池に致命的な影響を与える可能性があり、金属異物の混入を防ぐことは重要な課題です。したがって、図2aに示したような遷移金属触媒を使用せず、かつ、図2bのように基質汎用性の高い手法を開発することが重要です。
 今回本研究グループは、遷移金属触媒を必要とせず、脂肪族フッ化物(1)と芳香族メタン(2)から、より複雑な構造の芳香族メタン(3)を、一挙に構築する新たな分子変換手法を開発しました(図2c)。

研究の内容

 本反応の革新性は、従来の脂肪族ハロゲン化物(またはその等価体)に代えて、脂肪族フッ化物を反応基質として用いた点にあります。従来のSN2型反応や遷移金属触媒を用いたクロスカップリング反応では、結合解離エネルギーが低い脂肪族ヨウ化物、臭化物、塩化物が主に使用されてきました。しかし、炭素-フッ素(C-F)結合は炭素が形成する中で最も強固な共有結合であるため、脂肪族フッ化物の分子変換反応やカップリング反応においては、その結合の切断は非常に困難であるとされてきました。遷移金属触媒を使用しても、C-F結合の切断には高いエネルギーが必要であるため、効率的な変換方法は限られていました。
 本研究グループは、遷移金属を一切使用せず、ホウ素、ケイ素、カリウムを組み合わせた独自の反応プロセスを開発し、この困難なC-F結合と芳香族メタンのC-H結合を選択的に切断し、クロスカップリングを実現しました。具体的には、脂肪族フッ化物と芳香族メタン化合物をジグライム溶液中で、triethylsilyl-tetramethyl-dioxaborolanEt3SiBpin)およびカリウムtert-ブトキシド(tBuOK)とともに60℃3時間攪拌することで、クロスカップリング生成物とフッ化カリウムを得ることができます。この簡便な手法により、フッ素資源の効率的な再利用も可能です (3)。

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3.今回開発したクロスカップリング反応の基質例(一部抜粋)

 

 さらに、本手法は脂肪族フッ化物の構造に依存せず、幅広い基質に対して応用可能であることが示されました。また、汎用されている脂肪族ヨウ化物、臭化物、塩化物にも適用できるため、応用範囲が広いことも大きな特徴です。
 今回の研究で解明された反応機構は、C-F結合を温和な条件下で切断するプロセスに新たな光を当てるものであり、フッ素化合物を利用した革新的な分子変換反応の開発に道を開くだけでなく、環境問題として注目されるPFASの効率的な分解法およびフッ素資源の再利用に直結する重要な成果です。本研究グループは、これまでホウ素、ケイ素、カリウムを用いた独自のプロセスによるフッ素結合切断反応をいくつか報告してきましたが(*3)、その反応機構の詳細な解明は今回が初めてです。
 従来の知見では、遷移金属触媒を使わずに、室温付近でC-F結合を切断する手法は極めて異例で、類似した報告はありませんでした。本研究グループは、電子スピン共鳴(ESR)実験(*4)によりラジカル反応の可能性を示唆していましたが、今回、バレンシア大学のJorge Escorihuela教授の協力のもと、密度汎関数理論(DFT)計算(*5)を行った結果、C-F結合および芳香族メタンのC-H結合の切断は、ラジカルではなくイオン反応による可能性が高いことが示されました(図4)。

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4.密度汎関数理論(DFT)計算結果に基づく推定反応機構

社会的な意義

 本手法は、脂肪族フッ化物と芳香族メタンとのクロスカップリング反応であり、双方の基質は市販の誘導体が数多く存在するため、容易に入手可能です。この2つの基質を自由に組み合わせることで、より複雑で多様性に富んだ芳香族メタン化合物を効率的に合成することができます。芳香族メタン構造は、医薬品や農薬、特殊材料にしばしば見られる重要な構造要素であり、本手法はそれらの化合物製造において大きなインパクトを与える可能性があります。
 さらに、今回の研究でC-F結合切断の反応機構について詳細に解明され、イオン反応が深く関与している可能性が明らかになりました。この新たな知見は、従来のESR実験結果を覆し、今後のPFASの分解技術に大きく貢献することが期待されています。C-F結合の切断は、PFAS分解の基幹技術となる可能性があり、今回の反応機構の解明は、環境問題の解決に向けた重要な一歩です。この発見は、持続可能な化学の発展においても大きな意義を持ち、環境調和型の技術として注目されると考えられます。

今後の展望

 有機フッ素化合物は、その特異な性質から、現代社会に不可欠な役割を果たしています。例えば、テフロン®Teflon®)などのフッ素樹脂は医療分野や自動車産業、日用品であるフライパンに至るまで広範な用途に使用されています。エアコンや冷蔵庫に使用するフロン系冷媒や、医農薬品や液晶、有機ELといった機能性材料にも欠かせない存在です。しかしながら、フロン系冷媒は地球温暖化を助長する恐れがあり、そして難分解性や生体内での蓄積が懸念されるPFASなど、フッ素化合物の使用には環境リスクも伴います。そのため、これらの物質を規制する動きが進んでいます。
 本研究では、脂肪族フッ化物からフッ素を効率的に除去しつつ、非フッ素有機化合物を合成するカップリング反応を開発しました。この過程で除去されたフッ素はフッ化カリウムとして回収され、フッ素資源の循環利用が可能となります。この技術は、持続可能な「フッ素循環社会(*6)」の実現に向けた重要なステップとなることが期待されます。今後は、さらなるメカニズムの解明を進め、フロンやPFASなどの不要な有機フッ素化合物の分解・再利用技術の開発に取り組みます。環境との共存を目指したフッ素化学の新たな展開につながります。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)、研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括: 高原 淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授))における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者:柴田哲男)(課題番号JPMJCR21L1)の支援を受けて実施しました。

用語解説

(*1)クロスカップリング反応
2つ以上の有機化合物を結合させて新しい分子を形成する化学反応の一種。この反応では、2つの炭素原子の間に共有結合が形成される。パラジウムやニッケル、銅などの遷移金属触媒によって触媒され、新しい炭素-炭素結合の形成が促進されることが多い。医薬品、農薬、材料産業において、複雑な分子の合成に広く利用されている。クロスカップリング反応の例として、鈴木・宮浦カップリング、根岸カップリングが知られる。

(*2PFAS
Per- and Polyfluoroalkyl Substances(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)の略称。熱、水、油に強いという特徴を活かし、焦げ付きにくい調理器具、食品包装、汚れにくい布地など様々な製品に使用されている。しかしながら、近年になってPFASの中には環境中に残留し、時間の経過とともに人間や動物の体内に蓄積しうる物質があることがわかってきた。現在、世界中の多くの機関が、PFASの使用を規制しつつある。

(*3)
「全炭素四級立体中心の合成手法を開発 ―フッ素循環社会に向けた新しい合成技術―」(202435日)
https://www.nitech.ac.jp/news/press/2023/10980.html

「フッ素化合物とアミンとの脱フッ素化クロスカップリング反応 ―SDGsを指向した芳香族アミンの合成―」(202345日)
https://www.nitech.ac.jp/news/press/2023/10349.html

「遷移金属触媒不要のクロスカップリング反応を実現 ―SDGsを指向した新しい医薬品材料合成技術―」(2023324日)
https://www.nitech.ac.jp/news/press/2022/10301.html

(*4)電子スピン共鳴(ESR)実験
磁気共鳴現象を利用した測定手法の一つである。磁場存在下、測定試料にマイクロ波を照射することで、試料中の不対電子(ラジカル)を観測することができる。

(*5)密度汎関数理論(DFT)計算
量子力学に基づいた計算手法の一つである。原子や分子内の電子密度の分布をもとに、化学反応や物性を予測することができる。

(*6)フッ素循環社会
フッ素の源は、フッ化カルシウム(CaF2)などの無機フッ素化物で、それらは天然に存在する蛍石に含まれている。そのため、フッ素化合物を製造するには蛍石の採掘が伴う。しかし、蛍石の採掘を続けるといずれは天然の蛍石が枯渇してしまう恐れがある。そこで、現在使用されているフッ素製品を分解して無機フッ素化物に戻し、再利用することが重要視されている。この一連の流れがフッ素循環社会である。

※記載されている製品名などの固有名詞は、各社のサービス等の登録商標です。

論文情報

論文名:A silylboronate-mediated strategy for cross-coupling of alkyl fluorides with aryl alkanes: mechanistic insights and scope expansion
著者名:Jun Zhou, Zhengyu Zhao, Tatsuki Kiyono, Ayaka Matsuno, Jorge Escorihuela and Norio Shibata**責任著者)
雑誌名:Chemical Science
公表日:2024101
DOI: 10.1039/D4SC04357J
URL: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2024/sc/d4sc04357j

お問い合わせ先

研究に関すること

名古屋工業大学 生命・応用化学類
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp

広報に関すること

名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647       
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp

*それぞれ[at]を@に置換してください。


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