空気中でも実施可能な高速リビング/制御重合反応の発見 ―精密設計高分子を誰もが簡便に合成できる革新的重合触媒―
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カテゴリ:プレスリリース|2024年9月24日掲載
発表のポイント
〇 少量の水分や酸素では失活せず、大気下でも進行するリビング/制御アニオン重合を開発
〇 低温条件を要さず、数分以内で完結させることができ、精密高分子合成の低コスト化に貢献
〇 新しい重合活性種の創出と触媒の高い再利用効率を実現
概要
名古屋工業大学 生命・応用化学類の高分子合成化学を専門とする松岡真一准教授らの研究グループは、重合触媒開発と新構造高分子の合成・材料開発に関する研究を行っています。今回、松岡准教授と秋田理貴氏(研究当時:工学専攻生命・応用化学系プログラム 博士前期課程2年)は、数分以内で完結するほど高速で、かつ空気中でも実施可能なほど湿気や酸素に高耐性である前例のないビニルモノマーのリビング/制御重合反応(*1)を開発しました。この研究成果により、合成化学を専門としない研究者でも環境に左右されず精密な構造を有する高分子を合成できることとなり、次世代ソフトマテリアル創成の基盤技術として期待できます。
本研究成果は、2024年9月16日に「ACS Macro Lett.」オンライン速報版に掲載されました。
研究の背景
重合反応とは、数百以上の単量体(モノマー)を一つの分子(高分子)としてつなげる化学反応です。その中でも、二重結合を有する化合物をモノマーとして用いる連鎖重合においては、モノマーが反応する高分子末端(成長種)の反応性が、非常に高い必要があります。しかし、その高い反応性が様々な副反応を引き起こすために、重合反応を制御すること(所望の構造の高分子を合成すること)は容易ではありません。成長種が失活・副反応せず、どの高分子鎖も均一に成長反応が進行する理想的な重合反応をリビング/制御重合と言い、高分子の分子量や末端基構造制御、ブロック共重合体や様々な特殊構造高分子の合成を可能にし、高付加価値・高機能性高分子の合成や、高分子の構造-物性の相関を明らかにするために必要不可欠な技術です。約半世紀の間、高分子合成化学者は重合制御の難題に様々なアプローチで取り組むことで、各モノマーや成長種に対応した様々なリビング/制御重合系を開発してきました。その代表的な例であるリビングラジカル重合では、反応系に混入する酸素を極力除き、さらに、中性な成長ラジカル同士の停止反応を抑制するために、活性なラジカル種を低濃度で生じさせる必要があります。したがって、重合反応には最低でも数時間以上の時間を要します。一方で、成長末端が陰イオンであるリビングアニオン重合は高速で進行させることができますが、有機溶媒中に存在する極微量の水分により失活してしまいます。また、高分子の様々な極性部位への副反応も併発してしまいます。したがって、禁水条件下で行うことは必須であり、また、低温(室温以下)で実施するのが一般的です。以上のように、リビング/制御重合を達成するためには、重合速度、温度、不純物(湿気や酸素)などに細心の注意を払わなければならず、そのすべてを解決したいわゆる高温・高速・高耐性リビング/制御重合はこれまで報告がありません。
研究の内容・成果
これまで松岡准教授らの研究グループは、ルイス酸と塩基からなるルイスペア(*2)触媒に着目してきました。この触媒は、極性ビニルモノマーに対してルイス酸と塩基の両方が作用します。よって、反応性がそれほど高くない(すなわち空気中でも安定な)触媒でも、その三者を組み合わせることで活性な成長種を創出することができ、また、成長末端がルイス酸由来の化学構造となるため、耐水性の高いルイス酸を用いることで、成長末端の耐水性も確保することができると考えました。
今回、Zn(OTf)2をルイス酸、PPh3をルイス塩基として用い、ジアルキルアクリルアミド類のリビング重合を達成しました。この成長末端は副反応なく選択的にモノマーと反応することができ、60℃や100℃においても重合制御が可能で、数分以内にモノマーが完全に消費されました。さらに空気中、 60℃で重合を行いモノマーが完全に消費された後、さらにモノマーを添加したところ、すべての高分子末端から重合反応が進行しました。このことから成長末端が空気中においても反応性を保持したまま存在していることが分かりました。また、通常のアニオン重合では禁止剤となる水やメタノールを少量重合系中に添加したところ、重合速度は低下するものの、高収率で高分子が得られました。このことは、成長末端と水やメタノールとの間に平衡が存在することを示しています。さらに触媒の再利用も可能で、高温・高速・高耐性・触媒再利用のすべてを可能にする前例のないリビング/制御重合を達成することに成功しました。
社会的な意義
リビング/制御重合反応により精密な分子構造を有する高分子を合成するためには、一般に高度な合成技術が必要となります。用いる重合方法(重合の活性種の違い)によっても、試薬や溶媒の精製度、不純物の除き方、溶媒の種類や温度条件など、注意する点が異なり、熟練した研究者でなければ実施するのが難しいものです。これまで様々なリビング/制御重合を行ってきましたが、今回開発した方法は環境に左右されにくく、既存のどの方法よりも簡便にリビング/制御重合を実施することができます。すなわち、合成化学を専門としない研究者においても、容易にリビング/制御重合を実施でき、様々な高分子材料開発の発展に貢献するものです。
今後の展望
現状では今回開発したリビング/制御重合を達成できるモノマーはジアルキルアクリルアミド類に限られます。今後触媒の種類をさらに検討することで、様々なモノマーのリビング重合を可能にすることが期待されます。また、成長末端の独自の反応性(カルボニル基の高選択的な配位と付加反応)を利用して、これまで合成できていない異種ブロック共重合体の創製などにもつながります。さらに、本重合系は水分や酸素だけではなく様々な官能基(例えば活性プロトン)が存在していても選択的に重合性部位へと反応するものであり、既存の重合技術では合成できない様々な化学構造の高分子を合成できると考えています。それにより、エラストマー材料や自己修復性材料、高耐熱性材料など、各種新規ソフトマテリアル開発の基盤的技術となりえます。
本研究は科学研究費助成事業(科研費22K05211)および小笠原敏晶記念財団の支援を受けて行われました。
用語解説
(*1)リビング/制御重合:高分子の成長末端が、停止剤を加えない限り失活せずに生き続けている重合のこと。さらに生成高分子の分子量は、モノマーと開始剤のモル比により制御でき、その分子量分布は狭い。モノマーの転化率に比例的に分子量が増加することも特徴。
(*2)ルイスペア:ルイス酸とルイス塩基から構成される物質。2006年にトロント大学Stephanらが、かさ高い置換基を有するルイス酸・塩基の組み合わせ(Frustarted Lewis Pair)は安定な付加錯体を形成せず、様々な小分子の活性化や触媒反応に利用できることを提唱。近年では、有機合成化学の分野だけではなく、高分子合成や材料分野にもこの概念が応用されている。
論文情報
論文名: Highly Tolerant Living/Controlled Anionic Polymerization of Dialkyl Acrylamides Enabled by Zinc Triflate/Phosphine Lewis Pair
著者名: Riki Akita, Shin-ichi Matsuoka
掲載雑誌名: ACS Macro Letters
公表日: 2024年9月16日
DOI: 10.1021/acsmacrolett.4c00514
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsmacrolett.4c00514
お問い合わせ先
研究に関すること
名古屋工業大学 生命・応用化学類
准教授 松岡 真一
TEL: 052-735-7254
E-mail: matsuoka.shinichi[at]nitech.ac.jp
広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp
*それぞれ[at]を@に置換してください。
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