衛星観測が捉えた南米亜熱帯地域のメタン放出量と気象の関係 ~温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」によるメタン推定値と降水データの解析~
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)
2021年12月14日(火) 国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室 高度技能専門員 髙木 宏志 室長 伊藤 昭彦 主任研究員 齊藤 誠 衛星観測センター センター長 松永 恒雄 高度技能専門員 シャミル・マクシュートフ 東義大学(大韓民国)環境工学部 主任研究員 金 憲淑 |
ブラジル南部からアルゼンチン北東部へと南米大陸中央を縦断するパラグアイ川・パラナ川の流域は、世界最大級の2つの湿原に加え、大小の湿地が無数に存在する世界有数の湿地帯です。この地域の湿原は主に川の氾濫により形成される氾濫原(はんらんげん)と呼ばれるもので、その形状や面積はこの地域で起こる洪水の規模や頻度に依存しています。今回、国立環境研究所らの研究グループは、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)のデータに基づいて南米亜熱帯地域から大気へ放出されるメタンガス量を推定し、2009年から2015年にかけてその変化を解析したところ、この地域からのメタン放出量の年々変動は降水量・冠水面積の変動によって引き起こされていることが明らかになりました。さらにこの地域からのメタン放出量の年々変動が全球メタン排出量の年々変動にも影響を及ぼすことも示唆されました。本成果は、気候変動を引き起こす重要な温室効果ガスでありながら依然としてその変動に多くの不明点が残るメタンの動態について新たな知見を与えるとともに、メタン動態の把握には降水量・冠水面積などをより詳細な時空間スケールで明らかにすることが重要であることを示しました。 |
湿原は二酸化炭素に次いで重要な温室効果ガスであるメタンの主要な発生源(注釈1)であり、湿原からのメタン放出量は自然界から放出されるメタン全体の6~8割、人為的排出を含めたメタン総排出量のおよそ3分の1を占めています。湿原由来のメタンは大気中のメタン濃度の変動に大きな影響を与えることが知られていますが、その年々変動を生じさせる要因・メカニズムの全貌については未だ明らかにされていません。
南米大陸の亜熱帯地域を縦断するパラグアイ川・パラナ川の流域(図1A:青線で囲まれた地域)は、世界2大湿原であるパンタナル(ポルトガル語で「沼地」)とイベラ湿原に加え、大小の湿地が無数に点在する世界有数の湿地帯です(図1Aの濃い水色)。この地域の湿原は主に川の氾濫により形成される氾濫原(はんらんげん(図1C))であり、その形状や面積はこの地域での降水量および洪水の規模や頻度に依存しています。これまでこの地域では幾つかの湿地を対象にメタン放出量の測定が行われてきましたが、湿地帯全域でのメタン放出量やその年々変動については知られていませんでした。
今回、国立環境研究所を中心とした研究グループは、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の全球観測データに基づいてこの南米亜熱帯地域の湿原から大気へ放出されるメタン量を推定し、2009年から2015年にかけてその変化について解析を行いました(図1A:赤線で囲まれた地域での推定)。その結果、この地域のメタン放出量は降水量・冠水面積と共に増減することが明らかになりました。この地域では南半球の夏季にあたる11月から翌2月にかけて降水量が最も多くなりますが(図2A:月ごとの時系列)、2009年から2015年にかけては2年ごとに地域の平均降水量が【高→低→高】と推移し(図2A内横点線)、これに沿うように冠水面積も変動しました(図2B)。これに対し湿原からのメタン放出量推定値の月変動(図2 C2 赤折線)は降水量・冠水面積の変動と1~3か月の時間的ずれがあるものの、降水量・冠水面積と同様に2年ごとに【高→低→高】と推移していることがわかりました。また降水量、冠水面積、メタン放出量それぞれの年平均値からは、この地域のメタン放出量は降水量・冠水面積と非常に強い正の相関関係があることが示されました(図3 A・B)。また南米亜熱帯地域の湿原からの年間メタン放出量は、全球の湿原からの年間メタン放出量の5~9%(表1)ですが、南米亜熱帯地域の冠水面積と全球の湿原メタン放出量、および南米亜熱帯地域の湿原メタン放出量と全球の湿原メタン放出量の両方に強い正の相関が見られることから(図3 C・D)、この地域の降水量・冠水面積の変動が引き起こすメタン放出量の変動が全球の湿原メタン放出量の変動の一因になっていることも示唆されました。
一方、気候変動シナリオに基づくシミュレーションからは南米亜熱帯地域の降水量が将来増加することが予想されており、それに伴う湿原面積・メタン放出量の増大も懸念されます。気候変動下での当地域からのメタン放出量をより精度高く予測するためには、湿原面積の詳細なモニタリングとその情報に基づく陸域シミュレーションモデルの精緻化が必要であり、更なる研究の進展が求められています。
本成果は、日本気象学会の電子論文誌 Scientific Online Letters of the Atmosphere に掲載されました(2021年12月14日)。
注釈1: 湿原におけるメタンは、メタン生成菌と呼ばれる微生物によって生成されます。湿原の底に堆積する泥の中などの酸素のない環境において、メタン生成菌は他の微生物が生成した酢酸やメタノールなどの低分子化合物からメタンを生成し、その反応で得られるエネルギーをもとに生育しています。このように生成されたメタンは、水生植物の根や地下茎から取り込まれ、植物体内の通気組織を介して大気中へ放出されるほか、湿原水面からの揮散や気泡として水面から放出される過程などが知られています。
研究に使用したメタンデータについて
国立環境研究所GOSATプロジェクトでは、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)によるメタン濃度全球分布と地上観測の濃度データを使用して大気輸送モデルを用いた逆解法解析(インバースモデル解析)を行い、全球43の地域(図1B)での月別メタン正味収支(自然起源と人為起源による吸収・放出・排出量の総和)を推定し、その結果をGOSATレベル4メタンプロダクトとして一般公開しています。(プロダクトはGOSATデータアーカイブサービス(GDAS)より入手可能(https://data2.gosat.nies.go.jp))。本研究の成果は、GOSATレベル4メタンプロダクト バージョン01.04(2009年6月~2015年9月)に基づきます。
「いぶき」シリーズについて
環境省・国立環境研究所・宇宙航空研究開発機構の3者は、主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの濃度を宇宙から観測することを専門とした温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(Greenhouse gases Observing SATellite: GOSAT)のミッションを共同で推進しています。「いぶき」シリーズ初号機は2009年1月に打ち上げられ、12年を経過した現在も観測を続けています。2号機は2018年10月に打ち上げられ、翌年2月より定常運用を開始しています。3号機は2023年度の打上げを目指し、現在開発が進められています。
http://www.gosat.nies.go.jp
http://www.gosat-2.nies.go.jp
論文情報
Takagi H., Ito A., Kim H-S., Maksyutov S., Saito M., and Matsunaga T. (2021) Meteorological control of subtropical South American methane emissions estimated from GOSAT observations. Scientific Online Letters of the Atmosphere, 17, 205-208,
doi:10.2151/sola.2021-037
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/sola/17/0/17_2021-037/_article【外部サイトに接続します】
【著者と所属】
髙木 宏志(国立環境研究所地球システム領域)
伊藤 昭彦(国立環境研究所地球システム領域)
金 憲淑(東義大学環境工学部(韓国)(執筆時は釜山国立大学))
シャミル・マクシュートフ(国立環境研究所衛星観測センター)
齊藤 誠(国立環境研究所地球システム領域)
松永 恒雄(国立環境研究所衛星観測センター)
本件問い合わせ先
国立研究開発法人 国立環境研究所
衛星観測センター
センター長 松永 恒雄 〒305-8569 茨城県つくば市小野川16-2
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