東アジアのメタン放出分布をボトムアップ手法で詳細にマップ化|2019年度|国立環境研究所
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2019年6月17日

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東アジアのメタン放出分布をボトムアップ手法で詳細にマップ化(お知らせ)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

令和元年6月17日(月)
国立研究開発法人 国立環境研究所
地球環境研究センター
 室長     伊藤 昭彦
 主任研究員  平田 竜一
 主任研究員  齊藤 誠
 主任研究員  寺尾 有希夫
環境計測研究センター
 室長     遠嶋 康徳
 主任研究員  斉藤 拓也
 研究員    梅澤 拓
国立研究開発法人 海洋研究開発機構
 グループリーダー代理 羽島 知洋
 

   国立環境研究所と海洋研究開発機構の研究グループは、東アジア地域におけるメタン放出量の分布と時間変化を、データとモデルを積み上げるボトムアップ的な手法により明らかにしました。独自の放出モデルや統計データを用い、自然と人為の各放出起源について分布を詳細にマップ化しました。その結果、この地域の総メタン放出量(2000〜2012年平均)は年間約67.3百万トンで、近年の増加傾向が顕著なこと、石炭採掘や農業・家畜飼育など人為起源が約89%であることなどが明らかとなりました。東アジア地域の温室効果ガス収支の実態に迫り、温暖化の予測や対策への貢献が期待されます。
   本研究の成果は環境省環境研究総合推進費「2-1710:メタンの合理的排出削減に資する東アジアの起源別収支監視と評価システムの構築」プロジェクトによるものであり、Science of the Total Environment誌に掲載されました。

研究の背景

   喫緊の課題となっている地球温暖化は、人為起源の温室効果ガスが大気中に蓄積していることが主な原因であり、そのため温室効果ガスの動態と収支を正確に把握することは非常に重要です。地球温暖化への寄与が最も大きい二酸化炭素(CO2)については、長年の観測データに基づく詳細な分析が行われ、それを用いた炭素循環モデルが開発・利用されてきました。しかし、メタン(CH4)など、CO2以外の温室効果ガスに関する研究蓄積は比較的少なく、温暖化の実態解明や予測において大きな不確実要因となっています。
   CH4は大気中での寿命が12年程度と比較的短い割に、同じ重量のCO2と比較して強い温室効果を持つ特徴があります(CO2比で20年間で84倍、100年間で28倍相当)。大気中CH4濃度は、産業革命以降2.5倍以上に増加しており、これはCO2(約1.4倍)と比較して著しく高い増加率となっています。また、1990年代までの急速な増加の後、2000年代に増加が目に見えて停滞し、2007年頃から再び増加に転じるなど、予期しない不規則な変動が観測されています。しかし、グローバルなCH4収支に関する現在の理解と情報は不十分で、このような実態を十分に説明できていないのが現状です。
   東アジア(日本、中国、韓国、モンゴル、北朝鮮、台湾を含む地域)は、CH4収支の観点で注目すべき地域です。東アジアは森林から乾燥地まで多様な生態系を含むことから、自然起源のCH4収支の特徴をつかむ上で好都合なためです。また、日本・中国・韓国のように経済・工業活動が盛んな国では、産業活動や都市活動に伴う人為起源放出が増加していると考えられるため、それらを精度良く把握することは温暖化対策に有用な情報をもたらします。

研究の目的

   東アジア地域のCH4収支を把握し今後の温暖化対策に貢献することを目的に、環境研究総合推進費「2-1710:メタンの合理的排出削減に資する東アジアの起源別収支監視と評価システムの構築」が実施されています。本課題の特徴として、ボトムアップ的手法により、放出源(ソース)・吸収源(シンク)の分布を詳細にマップ化することがあげられます。それにより、放出量が大きい領域、人為起源の寄与が高い領域、近年の増加/減少傾向が顕著な領域などを明確にすることを目的としています。また、環境省・国立環境研究所・航空宇宙研究開発機構の共同で実施されている温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT-1および-2)事業など、リモートセンシングによるCH4動態の分析にデータを提供することも目的に含まれます。

研究手法

   本研究が対象とするのは主に日本、中国、韓国、モンゴル、北朝鮮、台湾を含む東アジア地域の陸域です(船舶や航空機からの海上での放出に関するデータもありますが、総量に占める寄与は大きくありません。) 1990〜2012年は自然起源と人為起源の両方のデータが揃う主要な解析期間とし、2013〜2015年は人為起源のデータが不足するため、簡便な手法で期間を延長して推定しました。表1にまとめた放出・吸収源を対象として、空間分解能が緯度経度0.25度(約25km)、時間分解能1年または1ヶ月でマップ化し、集計・解析を行いました。

表1. 本研究で扱った放出源・吸収源とデータのまとめの画像

■自然起源:湿原からの放出については、生物や環境条件を考慮して微生物によるCH4の生成と大気への輸送プロセスを考慮したモデル(VISIT: Ito and Inatomi, 2012)によるシミュレーションで評価を行いました。実際の湿原分布や気象条件が考慮されています。森林や草原・沙漠では、土壌中のメタン酸化菌の働きで大気中のCH4を吸収することが知られています。上記モデルでは、温度や水分条件に応じたメタン酸化菌の活動や大気との間のCH4の輸送過程を考慮して、乾燥した土壌でのCH4吸収量を評価しています。白アリは腸内に植物繊維を分解する微生物を共生させており、それがCH4の放出源となります。ここでは、生息数が多い亜熱帯草原からほとんど生息していない亜寒帯林までの土地利用を考慮して、白アリ起源の放出量を評価しました。さらに、火災に伴う不完全燃焼もCH4の放出源となります。ここでは人工衛星による火災で焼失した領域の観測と、燃焼による微量物質の放出量からCH4放出量を見積もりました。
■人為起源:化石燃料採掘や都市活動などの産業起源、水田や家畜などの農業起源、および埋立などの廃棄物起源については、ヨーロッパのJoint Research Centerなどが開発した代表的な人為排出インベントリであるEDGARデータベース(version 4.3.2)を使用しました。これはエネルギー使用や農業に関する統計情報を、いくつかの補助的なデータを用いて空間分布が分かるよう細かいメッシュに割り付け(ダウンスケーリング)したものです。参考データとして、水田にVISITモデルを適用した推定結果や、国連・食糧農業機関による統計データも使用しました。
■収支の評価:自然起源の放出源(正の値)は湿原、白アリ、火災、吸収源(負の値)は土壌酸化であり、それらの合計が自然起源の収支となります。人為起源は、化石燃料、工業、農業、廃棄物の各セクターによる排出量の合計が収支となります。0.25度メッシュの各点で自然+人為の収支を計算し、さらに国・地域別に集計と解析を行いました。

研究結果と考察

   近年(2000〜2012年)の東アジア地域の正味CH4放出量は、平均して年間67.31百万トンであることが分かりました(表2)。地表にある唯一の吸収源である土壌酸化は2.35百万トンであり、放出量のうち約3.4%を打ち消していることが示唆されました。国別に見ると、人口が圧倒的に多く産業活動も盛んな中国の寄与がやはり大きく、人為起源と自然起源の内訳では、人為起源が88.8%という結果となりました。これらの集計結果は、国連の気候変動枠組み条約において報告されている国別値とおおよそ整合するものでした。
   放出量のうち最も大きな割合を占めたのが、石炭や天然ガスなどの化石燃料採掘に伴う放出(24.9%)で、農業(22.7%)、埋立など廃棄物(15.5%)、家畜飼育(14.9%)がそれに続きます。自然起源の放出は、湿原がほとんど(自然起源放出のうち95.5%:年間9.43百万トン)を占め、白アリや火災の寄与は小さいこと(合計で年間0.44百万トン)が分かりました。

表2. 東アジアにおけるCH4収支推定結果のまとめ(2000-2012年平均)の画像

   放出・吸収源のマップ(図1)は、その総量だけでなく、起源別にそれぞれ特徴的な偏った分布を示していました。湿原では、中国中部の河川下流や内陸に点在する湿地が強い放出源となる一方、乾燥した土壌による吸収は、比較的広く分布して温暖な南方の寄与が大きいことが示されました。東アジアは湿潤なモンスーン気候下にあるため、火災の発生は周囲の東南アジアや東シベリアよりも少ないのですが、モンゴルや北朝鮮、中国の一部に発生源が見られました。人為的な排出は、産業活動が盛んな都市域、水田・畜産など農業活動の盛んな地域、化石燃料採掘が盛んな地点で特に強いことが明らかでした。場所ごとに自然起源と人為起源の寄与率を評価してみると、多くの地点で人為起源が量的に多くを占めていることが分かりました。 ただし、湿原が多く分布する中国中部やチベット高原では、自然起源の寄与が大きい領域も見られました。
   年々の変化を見ると(図2)、東アジア地域の総放出量は、1990年代には年間61.2百万トンでしたが、2012年には年間78百万トンと約30%も増加していました。その多くは化石燃料採掘に伴うものであり、廃棄物や家畜飼育に伴う放出にも相当な増加が見られました。解析を行った期間に、日本では概ね放出量が減少していましたが、中国では都市域、農地・放牧地、化石燃料採掘地点での増加が顕著でした。放出の季節変化に関する解析も行いましたが、人為起源、特に農業起源のデータについては今後の改良が望まれる結果になりました。
   今回の解析では、できる限り新しく信頼性の高いデータを使用しましたが、それでも誤差や偏り(不確実性)が残されている点は否めません。湿原放出については、複数のモデルによる放出量の推定を比較すると40%以上のばらつきがあることが分かっています。人為的な放出量にも、基礎となる統計データや放出量に換算する際の手法の違いにより、かなりの差違が見られました。全体的な不確実性の幅は±14百万トン程度と見積もられました。

東アジアにおけるCH4放出(自然+人為起源の合計)分布とその内訳(2000-2012年平均)を表した図
図1:東アジアにおけるCH4放出(自然+人為起源の合計)分布とその内訳(2000-2012年平均)
東アジアにおけるCH<sub>4</sub>放出・吸収の年々変動とその内訳を表した図
図2:東アジアにおけるCH4放出・吸収の年々変動とその内訳.2013−15年の人為起源放出はCO2とCH4の放出比に基づく推定のため総量のみ表示

科学的意義・波及効果・今後の展望

   本研究で推定された東アジアの総CH4放出量は、全世界の約13%に相当するものであり、この地域の重要性が改めて示されました(注3)。東アジア地域における温室効果ガス収支の実態に迫り、今後の気候変動緩和策の検討に資する新しく重要な成果が得られました。現在(2019年5月)作成が進められている、気候変動に関する政府間パネルによる第6次評価報告書や、グローバル炭素プロジェクトによるCH4統合解析など、多くの国際的な活動に貢献することが期待されます。パリ協定において各国が掲げた排出削減目標の達成状況を把握する上でも、今回のような地域スケールのCH4収支評価は高い有用性を持ちます。さらには、今回得られた排出削減状況に基づく将来シナリオを作成すれば、気候モデルを用いた温暖化抑制効果の評価(注4)にも貢献することができます。
   なお東アジア地域では統計値や観測データが比較的多く得られていますが、それでも推定結果に大きな不確実性が残されていたことは、今後更なる研究が必要であることを示唆しています。また今回の結果は、統計データと放出モデルの結果を積み上げたボトムアップ的手法によるものでした。温室効果ガスの広域収支を推定するもう1つの手法であるトップダウン的手法(大気中の温室効果ガス濃度の変動から地表の収支を逆推定する手法)と連携することで、さらに信頼度の高い結果が得られるはずです。例えば、GOSATシリーズなどの温室効果ガス濃度を観測する衛星リモートセンシングや、地表近くでの大気濃度・同位体比の精密観測(注5)の結果と比較することで今回の結果を検証し、精度向上を進めていきます。

謝辞

   本研究の成果は2017〜2019年に実施されている環境省および独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費「2-1710:メタンの合理的排出削減に資する東アジアの起源別収支監視と評価システムの構築」プロジェクトにより得られました。

発表論文

Ito, A., Tohjima, Y., Saito, T., Umezawa, T., Hajima, T., Hirata, R., Saito, M., Terao, Y., 2019. Methane budget of East Asia, 1990–2015: A bottom-up evaluation. Science of the Total Environment 676, 40–52.
https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2019.04.263【外部サイトに接続します】

問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所 地球環境研究センター
物質循環モデリング・解析研究室 室長 伊藤昭彦
電話:029-850-2981
E-mail: itoh(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

注釈

注1:グローバルなCH4循環に関する解説として国立環境研究所ニュース36巻3号掲載の記事「グローバルなメタン収支」をご覧下さい。
http://www.nies.go.jp/kanko/news/36/36-3/36-3-04.html
注2:経済産業活動などの統計データに基づいて人為起源の温室効果ガス放出量を評価し、国地域別または起源別に集計したものを「(排出)インベントリ」と呼びます。
注3:グローバルなCH4放出・吸収に関する詳細な分析結果はグローバル炭素プロジェクトによって公表されています(Saunois et al., 2016)。推進費2-1710プロジェクトの参画者もデータ提供などにより貢献しています。
注4:地球システムモデルと呼ばれる大気海洋の物理化学的プロセスだけでなく、温室効果ガス動態に関わる生物地球化学的プロセスを組み込んだ気候モデルを用いることで、CH4放出の削減効果などを評価することが可能です。日本で開発された地球システムモデルとして、文部科学省・統合的気候モデル高度化研究プログラム等により海洋研究開発機構が中心となって開発を進めてきたMIROC-ESMがあります。推進費2-1710プロジェクトでも、MIROC-ESMを利用した研究を進めています。
注5:国立環境研究所では、国内外に複数ある観測拠点や航空機観測などによって大気中成分の長期モニタリングを実施しています。推進費2-1710プロジェクトでは、主に沖縄県・波照間ステーションにおける大気中CH4濃度とその安定炭素同位体比を観測することで、東アジア地域のCH4放出量とその放出源別の寄与を実測的に把握しようとしています。

参考文献

Ito, A., Inatomi, M., 2012. Use of a process-based model for assessing the methane budgets of global terrestrial ecosystems and evaluation of uncertainty. Biogeosciences 9, 759–773.
Saunois, M., et al., 2016. The global methane budget: 2000–2012. Earth System Science Data 8, 697–751.

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