気候変動は、世代間不公平の問題だと言われます。世代間不公平とはどういうことか。あなたとあなたの家族にとって何を意味するのか。実感してもらうために行った研究を紹介します。
気候変動は、世代間不公平の問題だと言われます。世代間不公平とはどういうことか。あなたとあなたの家族にとって何を意味するのか。実感してもらうために行った研究を紹介します。
「なんだか自分のこととして実感できないんです」
気候変動の科学を伝えるための講演を行った後で、ご年配の男性からいただいた一言が印象に残りました。講演では、2100年までに気候変動によってどのような変化が起きるのかを、洪水や海氷、海面水位、人間社会への影響など様々な側面から紹介したのですが、「興味深かったが、その頃には自分は生きていない」とのことでした。
講演会にわざわざ足を運んでくださるくらい環境問題に関心のある方にも他人事のように感じられるとしたら、これは伝える側の問題なのでは? そのように考えて論文1)2)を探してみると、「遠い先の気候変動の予測情報は、自分事として実感しにくい」という問題が、気候変動の科学コミュニケーションにおける主要な課題として認識されていることが分かりました。
これは、気候変動対策にとって大きな障害になりかねません。なぜなら、世界平均気温上昇量は二酸化炭素の累積した排出量に比例する性質があるためです3)。現世代が「そんな先のことを言われても」と考えて温室効果ガス排出量の削減を先延ばしにすればするほど、将来の世界の平均気温は上昇し、将来世代の受ける影響は大きくなっていきます。
突然ですが、あなたやあなたの家族、親族に2020年に子供(または孫)が生まれたと想像してみてください。その子が80歳まで生きるとしたら、何年までの気候変動を経験するでしょうか?
答えは、2100年です。 現世代、将来世代という単語だと他人事のように感じられるかもしれませんが、あなたに子供や孫がいるなら、彼らがどんな世界で生きていくのかを、あなたの世代が決めてしまうという話なのです。
多くの方々に、そのような将来の世界がどういう世界なのかを分かりやすく示すにはどうしたらよいかと考えた結果、「祖父母がその人生の間に遭遇しないような暑い日を孫は何度経験するか」という指標を提案することにしました4)5)。暑い日に着目したのは、ご自身の経験から想像しやすいだろうと考えたからです。
この研究では話を簡単にするために「1960年から2040年まで生きる祖父母のもとに、2020年に孫が生まれ、孫は2100年まで生きる」というケースを考えました。気候モデル6)による気候変動予測データを用いて、祖父母が一生の間(1960-2040年)で一度も遭遇しないような極めて暑い日を、孫が2100年までの生涯に何日経験するかを調べてみました。
先に述べたように、私たちが温室効果ガスをどれだけ排出するかによって将来は変わります。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書でも使用されている将来の社会経済の発展の傾向を仮定した共有社会経済経路(SSP)シナリオに基づき、世界平均気温上昇量が4.8℃(SSP5-8.5)、4.0℃(SSP3-7.0)、2.9℃(SSP2-4.5)、2.0℃(SSP1-2.6)になる四つのケースを考えます。
温室効果ガスの排出削減が進まない場合の結果を図1aに示します。アフリカ北部や南米の熱帯域などでは、孫世代は祖父母世代が生涯に経験したことのないような暑い日を1000日以上も経験しうることが分かりました。一方、世界的気温上昇量を2℃に抑える目標7)が達成できた場合(図1dをご覧ください)、孫世代が直面する暑い日は、アフリカ北部や南米の熱帯域でも25日程度になり、暑い日の増加数がかなり減ります。
このように、あなたの世代がどれだけ温室効果ガスの排出量を削減できるかで、あなたの子供や孫が体験する暑い日の回数は大きく変化します。日本でも、対策が進まない場合は孫世代が経験する暑い日は400日程度になり、対策が進んだ場合は20日程度まで抑えられる計算になります。
単純な気温上昇の情報と比べて、気候変動の影響の世代間の違いをイメージしやすくなったり、より自分事として実感しやすくなったりしたでしょうか?
温室効果ガスの排出削減が進まない場合は、各国ごとに平均すると、図2の赤い点で示される日数の暑い日を経験することになります。赤い線の傾きから、「祖父母が経験しないような暑い日」を孫がより多く経験する傾向は、左側に位置する国々、すなわち一人当たりGDPとCO2排出量が少ない国々でよく見られることも分かりました。
豊かでない国々は気候変動の影響を低減する対策を行うことが難しく、またCO2排出量が少ない国々は気候変動に対する責任も小さいと考えられています。つまり、「祖父母が経験しないような暑い日」を孫が何回経験するのかという指標を使えば、世代間の不公平性だけでなく、地域間の不公平性も存在することが分かります。もし私たちが、2℃目標を達成できれば、図2の青い線(SSP1-2.6)の傾きが小さく水平に近いことが示すように、地域間の不公平性の問題についても軽減させることができます。
ここでは、暑い日を取り上げましたが、私たちの論文では大雨に関しても分析を行っています。詳しくはプレスリリースをご覧ください。
この論文を発表したわずか3カ月後に、サイエンス誌によく似たアイデアの論文が発表されました8)。その論文では、暑い日だけではなく、河川洪水、干ばつ、穀物の不作などについても分析しています。結果はホームページ 9)上で見ることができます(英語のみ)。
その論文の主著者であるブリュッセル自由大学のWim Thiery准教授とやり取りしましたが、お互いに知らずに研究を行っていました。公表された多くの論文を読んで次のテーマを考える(巨人の肩の上に立つ10))ため、同じ時期に同じことを思い付くというのは、プロの研究者なら誰でも経験している「あるある」です。チャールズ・ダーウィンと同時期に(むしろちょっとだけ早く)進化論の論文を書いたアルフレッド・ラッセル・ウォレスの逸話などが有名ですね11)。
「自分のこととして実感できない」というご意見のおかげで、気候変動問題の伝え方に関する問題点に気付くことができ、現世代が将来の気候変動をより「自分事」として感じられるような、温室効果ガス排出量削減の効果を示す指標の研究につながりました。
本研究の指標は、単に暑い日の日数を数えただけというシンプルな設計です。一般的に、研究者は複雑で難しい問題に取り組むときほど燃える性質を持っていますが、そういった問題の隙間で、単純だけど大事な問題が見落とされていることがあります。そのようなニッチな視点に気付くことができるのは、一般の方や他分野の研究者と話しているときだと思うので、今後も対話を大事にしていきたいと考えています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。ご意見などをからお寄せ下さい。
今回の執筆者から皆様への質問:暑い日や大雨以外に、どんな気候変動現象の世代間不公平性を知りたいと思いますか?