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情報の大波を乗りこなせ!

化学物質の環境リスクと関連情報の公開

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環境リスク・健康

2024/10/258分で読めます

#研究紹介 #化学物質 #環境リスク #リスク評価 #データベース

化学物質の環境リスクを評価するときに必要となる情報を収集・公開しているウェブサイトを紹介します。その前に「化学物質の環境リスク」とは何かについても簡単に触れます。そして、本ウェブサイトの構築・運用の難しさと、それでもこの業務を進めている理由・意義についても述べたいと思います。

化学物質の環境リスクとは?そして、その評価とは?

我々は多くの化学物質に囲まれて生活しています。基本的に、それらの化学物質は我々の生活を豊かに、便利にしてくれるモノたちです。しかし、一部の化学物質は人や生態系に悪影響を及ぼす(及ぼしている)可能性があります。

化学物質の悪影響を一定程度に抑え(許容範囲内に保ち)、上手に利用していくには、環境リスクを評価することが必要です。やや厳密性には欠けますが、分かりやすく言うと、環境中に存在する化学物質が人や生態系に悪影響を及ぼす可能性があることを「化学物質の環境リスクがある」などと表現します。環境リスクがあるかどうかを調べることを「リスク評価」と呼びます。リスク評価の中心になるのは、その化学物質にどの程度さらされるか・取り込むか(曝露評価)とどの程度さらされるとどのような悪影響がどの程度生じるか(有害性評価) です。両者を比較して、さらされる濃度や量に対して有害性(危険性)が十分低い(許容範囲内)と考えられる場合は「リスクなし(リスク懸念なし)」と評価します。有害性の中には発がん性のような、どんなに低い濃度や量であっても有害性がゼロにならないと考えられているものもあり、許容範囲内かどうかを判断して評価します。 また、はじめに行うどういった化学物質を評価するか(対象物質の選定)という範囲・境界の整理や、考慮する影響が人の健康なのか生態系なのかを選定することも必要です(図1)。これらの選定によって、リスク評価に必要な情報が変わるため、重要な要素になります。

曝露評価では、体内に取り込む化学物質の量(ヒト健康の場合)や生息環境中の濃度(生態系の場合)を測ったり推定したりします。有害性評価では、生物を用いた毒性試験、より迅速に実施できる培養細胞などを用いた毒性試験、コンピュータのプログラムを利用して推定する場合などがあります。

また、化学物質を適切に管理するために、上に述べた流れではなく、化学物質だけの特性で使用を禁止するなどの対応をする場合もあり、様々な観点での評価を組み合わせて賢く・適切に化学物質を利用するように努めています。

リスク評価の概要図
図1 リスク評価の概要

環境リスクに関連する情報って何?

このように化学物質の環境リスクに関する情報には様々な種類のものがあります。例えば、化学物質自体の特徴も大切です。その物質が環境中でどのように動いていくかは、例えば水に溶けやすいかどうか、粒子にくっつきやすいかどうかなど、化学物質が持つ特徴によって変わってくるからです。また、その化学物質が社会でどの程度利用されているかも、環境中に出てくる量を推定するために重要になります。

環境試料の分析法についても沢山の情報があります。そもそも環境といっても、大気(空気)や河川、土壌など化学物質が存在する場所(それを媒体といったりします)が様々で、その一部を採取する方法も、そこから化学物質を取り出す方法も様々です。分析する装置も化学物質の量を測るための仕組みがそれぞれ違うため、得意な化学物質と不得意な化学物質があります。

化学物質は数万種以上流通していると言われており、必ずしも全ての物質についてリスク評価に必要な情報が全て揃っている訳ではありません。そのため、分かっている情報を公開し、誰でも利用可能にすることが重要だと考えています。

Webkis-plusとは?

化学物質データベース「Webkis-Plus(https://www.nies.go.jp/kisplus/)」では、これまで述べてきた化学物質の環境リスクに関連する情報の中で、特に信頼性が高い情報について収集し、国立環境研究所の公式HPから公開しています。多くの出典から物質を収集しているため、特に検索機能に力を入れてサイトを開発しました(図2)。名称による検索をはじめ、農薬(薬効を有する化学物質名称とは別に、農薬としての名前や商品としての名称もあり特殊)に特化した検索機能、分析法についての検索なども備えています。また、例えば“環境中で観測されたデータがあり、かつ規制の対象となっている物質“など情報源で絞り込む機能などもあります。

それぞれの物質の情報を載せているページでは、大量の情報から利用者が探しているものを素早く見つけるために、情報の分類別に表示するように工夫しています(図3)。また、情報を一覧表の形で載せるだけでなく、グラフによる表示を可能にしたものも一部あり、利用者が使いやすくなるように開発しています。

Google検索機能などのウェブ環境の急激な発展によって、情報自体を集めることは誰でも容易にできるようになってきました。そんな中で、我々は信頼性の高い情報源に絞って、情報を収集・公開することで、情報があふれる現代社会の中で、必要な人に必要な情報を正しく届けることに注力しています。

Webkis-Plusトップページのキャプチャー画像
図2 Webkis-Plusトップページ(上部に様々な検索メニューを整備)
Webkis-Plusの一画面のキャプチャー画像
図3 Webkis-Plusの一画面(中央部のタブで情報の切り替えが可能)

その化学物質は同じ?違う?

“化学物質の情報を集めて整理して公開する”というのは、簡単に聞こえるかもしれませんが、日々の情報整理の作業はかなり大変です。例えば、ある物質Xの製造・流通量についての情報があったとして、その物質が水に溶けると形を変える(物質X’になる)場合、XとX’は同じ物質として扱って良いと思いますか?・・・実はこの問に正解はありません。全てのX’がXから変わったものだったとしたら、流通量と環境中濃度に関心がある人にとっては“同じ物質”となるでしょう。でも、XもYもZもX’になるような物質(実際にあります)の場合は、同じと考えない方がよいですよね。そもそも構造が異なるので、化学的には両者は違う物質です。分析法に関する別の例もあります。分析法と化学物質の組み合わせによっては、十分な分離能(異なる物質を区別する能力)が足りず、物質Aと物質Bを区別できないものの、両者の合計の濃度は測ることができる、という状況があります。この場合、AやBの存在に関する重要な情報であるにも関わらず、物質Aとも物質Bともイコールではないため、AやBに関する情報と直接結びつけることが難しくなります。一方で、合計の濃度であっても、物質Aの最大値と仮定してリスク評価の際に使用できる可能性もあります。

このように、立場や考え方が変われば利用可能な情報や利用方法が変わりうるようなデータ群を整理して公開しています。なお、Webkis-Plusではそういった情報は“関連物質”として整理することで、「情報がない!」と勘違いされないように工夫しています。

国の研究機関だからこそ

化学物質には、開発当初・直後は安全だと考えられていたのに、後になって悪影響が懸念される物質であったことが明らかになる、ということも過去に起きています。“全ての物質が危ない”とまでは考えていませんが、現状を過信せず、また、ブラックボックス化(途中経過が分からない状態)しないよう、関連情報を公開することは将来世代・将来の環境を守るためにも重要な活動だと考えています。もちろん、現在の環境保護にも役立っており、例えば、国の検討会などで化学物質のリスク評価に関わる際に、関連情報を素早く探せるWebkis-Plusは重宝しています。

国もウェブでの情報公開に力を入れています。しかし、複数の省庁や関連組織から必要と考える情報を集約し利用しやすいように公開することは、国直下の組織ではなく、独立行政法人の中でも国立研究開発法人の我々だからこそ出来ることではないかと考えています。また、上で述べたように、専門家だからこそ判断できる状況もあり、国の研究機関だからこそできる・やるべき仕事だと考えています。

日本では基本的に政府がリスク評価を実施しています。しかし、近年、企業側がリスク評価をするという流れもあり、実際にヨーロッパや韓国などでは主に企業がリスク評価を行っています。日々新たな化学物質が加速度的に開発される現状において、ある程度企業側にもリスク評価を実施してもらう必要があるかもしれません。その際に、情報を透明化し、第三者がリスク評価の中身を把握し、それが妥当かどうか検証できる世の中にすることが重要となります。

執筆者の日常風景の写真
執筆者の日常風景 Photograph by Seiji Narita/NIES

最後に

世の中に大量に存在する情報を賢く・適切に利用するためには、その情報が正しいかどうか判断する必要があります。我々はその一助となるべく、高い信頼性を維持することの重要性を常に意識して、Webkis-Plusを作成し、運用しています。また、私が所属する環境リスク・健康領域では、他にも環境リスクに関連する情報のデータベースやツールなどを公開しています(https://www.nies.go.jp/risk_health/database.html)。関心がある方に正しい情報を届けるべく、これからも日々精進していきたいと思います。

Webkis-Plusは20年以上の長い歴史の中で多くの関係者・協力者によって開発・維持されています。私自身、前任者から受け継ぐ形で現在担当者になっています。ここではお名前を記載しませんが、今まで様々な形で関わってくださった方々、この場を借りて感謝いたします。

   
環境リスク・健康領域 リスク管理戦略研究室 / 主幹研究員
※執筆当時

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