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HarmoNIES No.3

マングローブー海に生える森

Published on September 2021

マングローブ
− 海に生える森

 「海に森があるって?!そんなことあるはずがない。漂流物が森にでも見えたんじゃないか?」
でも実際には、海に木が生えて森になっている場所がこの地球には存在しているそうだ。
この海に生える森はマングローブというらしい。



キーワード:
生態系機能、地上根、熱帯・亜熱帯、バクテリア、干潟、マングローブ植物

 

”まるで玉乗りをしながら、ジャグリングと手品とパントマイムをしている大道芸人のようだ。”



 海に森があると聞いたら思わず、(何を言っているんだ?森は陸にある。漂流物が森にでも見えたんじゃないか?)と思ってしまう。でも実際に海に木が生えて森になっている場所がこの地球には存在しているそうだ。その森はマングローブというらしい。そう言われれば聞いたことがある。それにしても、海に森が生えるってどういうことだろう。そんなことが可能なのか。
マングローブに詳しい井上智美さんにお話を伺い、マングローブの謎について教えて頂くことにした。


マングローブの謎

 マングローブの森は、熱帯や亜熱帯の地域の、海水と淡水が混ざりあう沿岸に見られる。
沿岸に生えているということはつまり、潮が満ちると塩水に浸かってしまうし、潮の流れもある。そんな不安定な環境でなぜ同じところにとどまって、立派な幹を維持し、根をはり、葉っぱをつけ、可憐な花を咲かせられるのか。井上さんも研究を続けていくうちに、そんな不思議いっぱいのマングローブにすっかり魅了されていったそうだ。確かにこれまで干潟に木が生えているのは見たことがなかった。それなのに、マングローブの森ではどうしてたくさんの「木」が成長できるのだろうか。井上さんによれば、その秘密は独特な形の根にある。

写真1: タケノコのような根 (Pneumatophore)ポンペイ、ミクロネシア
写真2: ヒザを曲げたような根(Knee root)、ベトナム


多才な根

写真3: 海の中に立つマングローブの木々、キリバス

 南国の森といえばタコの足のような絡まった根のイメージがある。マングローブの木々もまさにそうで、根の一部が地上に伸びて絡まり合っている。井上さんによれば、それは干潟のような不安定な足場で「木」という体を支えるためなのだそうだ。また木の種類によって、根の一部が地上に伸びてタケノコがたくさん生えているように見えるもの、膝を曲げたような独特な形で広がっていくものもある(写真1、2、3)。(なるほど。不安定な足場の上に安定して立っているためにいろんな方法で工夫しているんだな。)またそれらの根を輪切りにして断面を見てみると、空気が通る隙間を観察できる。どうやら空気を取り入れているらしい。でもそれだけではない。地下に伸びた根もしっかり仕事をしている。井上さんは、マングローブの木の根が地中の泥の中で、自分の周りに好みのバクテリアを引き寄せて集めているということも確認した。木はこのバクテリアを通して窒素を受け取っているが、詳しいプロセスはまだ謎のままだそうだ。このようにマングローブの根は、奇抜な形で伸びて注目を集めるだけでなく、地上でもしっかり仕事をし、さらに地下でも効率よく仕事をこなしているのである。

 しかも、と井上さんは続ける。マングローブの木々にはこれらの仕事とは別に、24時間休まず続けている仕事がある。海水中の塩分を体に取り入れないように排出したり濾過したりするという、重要で骨の折れる作業だ。これはすごい。かなりのエネルギーを消費するはずだ。柔らかい泥の中で体勢を維持するだけでも大変なのに、地上に伸びた根からも空気を取り入れ、地中でも機能し、体全体で塩分を濾過したり排出したりしている。
まるで玉乗りをしながら、ジャグリングと手品とパントマイムをしている大道芸人のようだ。


恵みの森と共に生きる

写真4と5: マングローブの木は良質の薪である。火力が強く火の持ちも良い。地元の人々はマングローブの薪を炊事に使ってきた。

 このように逆境と言えるような場所でも精力的に成長していくマングローブの森は、たくさんの生き物の命を支えている(写真6−12、4ページ)。そして人間も例外ではなく、この恵の森からたくさんのものをもらっている。
多くの生き物にとっては住処であり揺りかごでもあるが、そこに暮らす人間にとってはマングローブの森は豊かな漁場であり、薪(写真4、5)や薬も得られ、高潮からの保護ともなる。しかし生き物にも人にも優しいこのマングローブの森が、宅地開発、プランテーションやエビの養殖池への転用、鉱物の採取、また戦争など様々な理由で失われているらしい。心が痛む。とは言っても少し希望はあって、マングローブによって津波から守られた経験などからこの森の価値が世界的に認識され、植林などの保全活動も実施されるようになってきたという。共存がうまく機能することを心から願っている。


マングローブにまつわる研究のこれから

 海に生える森として、独特な方法で根を成長させて「木」という身体を維持しているマングローブ。根を見るだけでも、とても不思議で魅力がいっぱいだ。井上さんによると、百種類近いマングローブの木のそれぞれの機能についても、詳しいメカニズムについてはまだわかっていないことも多いとか。もっともっと知りたくなる。

 井上さんは、もっとマングローブについての研究が進んでマングローブの「声」が聞こえる
くらいになれたらいいなと、そしてその「声」が現地の人々にも伝わっていって、これからもマングローブと人間が、そしてたくさんの生き物が隣り合って仲良く共存することを望んでいる。魅力いっぱいのマングローブから目が離せない。

マングローブの森の生態系

マングローブの森は幅広い種類の生き物の命を支えている。これらはマングローブの森の生態系のほんの一例にすぎない。
 
 6 :  ヒルギモドキ、キリバス
 7 :  ハマザクロ、日本、西表島 
 8 :  テングザル、マレーシア
 9 :  海ヘビ、フィジー
10 : 大トカゲ、マレーシア
11 : シオマネキ、フィジー
12 : トビハゼの仲間、ベトナム
 

Tropical Coastal Ecosystems Portal

このポータルサイトには、熱帯・亜熱帯に見られるマングローブ、藻場、干潟、サンゴ礁といった生態系の 分布情報、植物種リスト、生態系の機能等の情報が集約されており、熱帯、亜熱帯生態系への理解を深めることができる。 

http://www.nies.go.jp/TroCEP/index.html

関連論文

  1. Inoue T., Shimono A., Akajji Y., Baba S., Takenaka A., Chan H. T. (2020) Mangrove-diazotroph relationships at the root, tree and forest scales: diazotrophic communities creates high soil nitrogenase activities in Rhizophora stylosa rhizospheres. Annals of Botany, 125(1), 131-144.
  2. Inoue T., Khozu A., Shimono A. (2019) Tracking the route of atmospheric nitrogen to diazotrophs colonizing buried mangrove roots. Tree Physiology, 39(11), 1896-1906.
  3. Inoue T. (2018) Carbon Sequestration in Mangroves Kuwae T. and Hori M. eds Blue carbon in Shallow Coastal Ecosystems: Carbon Dynamics, Policy, and Implementation, Springer, pp.373

表紙写真: 国際マングローブ生態系協会 (ISME)、写真 1-9、11-12: 井上智美、10: 貝沼真美、13: 安達寛

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