光学メタサーフェスを用いた小型高速光受信器を開発|2023年|NICT-情報通信研究機構

光学メタサーフェスを用いた小型高速光受信器を開発

——波長以下の微細構造で光の偏波成分を分離して受信——
2023年5月17日

国立大学法人東京大学大学院工学系研究科
国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 光の波長よりも小さな微細構造からなる光学メタサーフェスを用いることで、垂直に入射された光を偏波成分毎に分離して検出できることを初めて実証。
  • 複数の光学部品を必要とせず、全領域の直径が2 mm、厚さが約0.5 mmの薄い光学メタサーフェス素子を1枚挿入するだけで、強度のみならず光の偏波情報も高速に検出できる受信器を実現。
  • 2次元並列化も容易であり、将来のデータセンターやBeyond 5Gネットワークにおいて必要とされる高密度テラビット級光配線・光送受信器を安価に実現可能。
光学メタサーフェスを用いた高速偏波受信器のイメージ図

発表概要

国立大学法人東京大学大学院工学系研究科の種村拓夫 准教授、相馬豪 大学院生、中野義昭 教授らを中心とする研究グループ、浜松ホトニクス株式会社、および、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー)は、高速光受信器の新規構造を実証することに成功しました。光の波長よりも小さな微細構造からなる光学メタサーフェスを用いることで、垂直に入射された信号光を偏波成分毎に分岐すると同時に受光器アレイに集光し、高速に検出できることを初めて示しました。
偏波状態も含めた光の情報を高速に受信するには、これまでは、多数の光学部品を複合的に組み合わせたり、複雑な光回路を用いる必要があり、モジュール全体の低コスト化を妨げる要因になっていました。さらに、大容量化に向けて多数のチャンネルを集積することが求められますが、従来構造では1次元方向に並べるしかなく大規模並列化も困難でした。これに対して本成果では、光学メタサーフェス技術を用いることで、直径が2 mm、厚さが約0.5 mmの薄い素子を1枚挿入するだけで、強度のみならず光の偏波情報も高速に検出できる受信器を実現しました。垂直入射型素子のため2次元並列化も容易であり、将来のデータセンターやBeyond 5Gネットワークの構築に直結する技術だと期待されます。
本研究成果は、2023年5月15日に米国科学誌「Optica」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

〈研究の背景・先行研究における問題点〉
クラウドやAIサービスの普及を受けて、データセンター内の通信量が増大し続けており、高速な光トランシーバが必要とされています。また、5Gの次の世代の移動通信システムであるBeyond 5Gにおいても、無線基地局間をつなぐ光アクセス網を流れる情報トラフィックが大幅に増大すると予測されています。これらの要求に応えるために、大容量のデータを効率良く伝送できるコヒーレント光通信方式セルフコヒーレント光通信方式をデータセンターや光アクセス網にも導入することが考えられています。
セルフコヒーレント光信号を受信するには、光の偏波情報を受信する必要があり、多数の光学部品や干渉計からなる複雑な光回路を要するため、データセンターや光アクセス網のような短距離のネットワークに大量に導入するのは、大きさやコストの面で問題があります。また、将来的には、マルチコアファイバなどを介して多数の光信号を並列に伝送する必要性が指摘されていますが、そのような並列化された光信号を一括受信できるコンパクトかつ高速な偏波受信器は未だ存在せず、実現が望まれています。
 
〈研究内容〉
上記の課題を解決するために、従来構造とは異なり、コンパクトな光学メタサーフェスを用いた偏波受信器を新しく提案し、高速な光信号を受信できることを実験的に実証することに成功しました。
 本研究において提案した光受信器の構成を図1に示します。波長以下の構造からなる光学メタサーフェス素子を適切に設計することで、垂直に入射された光を6つの偏波成分に分岐し、それぞれ異なる位置に集光します。集光面に高速な受光器アレイを配置することで、光の偏波情報を高速に検出することができます。従来の偏波受信器と異なり、多数の光学部品や複雑な光回路を要しないため、超小型な光受信器が実現できます。
図1: 光学メタサーフェスを用いた垂直入射型偏波受信器の模式図と
試作したメタサーフェスの電子顕微鏡像

厚み0.5 mmの石英基板上にシリコンの微細構造を形成したメタサーフェス素子とインジウムリン基板上に作製された受光器アレイを用いて、セルフコヒーレント光信号の伝送実験を行った結果を図2に示します。変調レート50 Gbaudの4位相偏移変調(QPSK)信号や、20 Gbaud の16値直交振幅変調(16QAM)信号などの高速な光信号を受信できることを示しました。

図2: 試作した素子を用いたセルフコヒーレント信号光の受信結果
〈社会的意義・展望〉
今回は直径が2 mmのメタサーフェス素子を実証しましたが、焦点距離を短くすることで、専有面積をさらに縮小することが可能です。その結果、2次元アレイ状に高密度に並べることで、並列化した超小型かつ大容量の光受信器が実現できます。このような素子は、将来のデータセンターやBeyond 5Gネットワークにおいて大量に必要となるテラビット級の光トランシーバを安価に実現するための有効な手段になります。

研究グループの構成

国立大学法人東京大学 大学院工学系研究科

種村 拓夫(准教授)
相馬 豪(博士課程)
中野 義昭(教授)

浜松ホトニクス株式会社 中央研究所第2研究室
野本 佳朗(専任部員)

国立研究開発法人情報通信研究機構 ネットワーク研究所フォトニックICT研究センター
梅沢 俊匡(主任研究員)
吉田 悠来(研究マネージャー)
赤羽 浩一(研究室長)

各機関の役割

  • 東京大学: 本手法の提案、及び、メタサーフェス構造の設計、作製、実験全般
  • 浜松ホトニクス: メタサーフェス構造の作製
  • 情報通信研究機構: 高速受光器アレイの作製

論文情報

〈雑誌〉 Optica
〈題名〉 Compact and scalable polarimetric self-coherent receiver using dielectric metasurface
〈著者〉 Go Soma, Yoshiro Nomoto, Toshimasa Umezawa, Yuki Yoshida, Yoshiaki Nakano, and Takuo Tanemura
〈DOI〉 10.1364/OPTICA.484318

研究助成

本研究の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究「Beyond 5G 研究開発促進事業(採択番号: 03601)」により実施されました。

用語解説

光学メタサーフェス

波長よりも細かい構造体を平面上に高密度に配置することで、垂直に入射された光の波面を変換する素子。例えば、石英基板上にシリコンの微細構造を形成することにより実現される。


偏波

光の電界成分の向きを表したもの。偏光とも呼ばれる。x/y直線偏波成分、±45°直線偏波成分、および、左右円偏波成分の計6つの偏波成分を検出することで、光の偏波情報を完全に求めることができる。


光回路

半導体や誘電体の基板内において、ある領域の屈折率を高くすることで、光をその領域に閉じ込めて伝送する線路をつなぎ合わせた集積素子。


光アクセス網

光ファイバ通信システムにおいて、ユーザーに近い領域をカバーする比較的短距離の光通信網。すなわち、複数の有線加入者や無線基地局とこれらを集約するセンター局との間を結ぶ光ネットワークのこと。


コヒーレント光通信方式

光の強度に加えて位相にも情報を載せて伝送する方式。強度のみを用いる方式に比べて、信号の帯域利用効率や受信感度の面において優位性がある一方で、光の位相を検出するためのコヒーレント光受信器などが必要になり、一般的には高価になる。


セルフコヒーレント光通信方式

光信号と一緒に干渉光も伝送することで、コヒーレント光通信方式に比べて簡易に大容量の情報を送る方式。干渉光として直交偏波成分を用いる場合は、受信側において光の偏波情報を検出するための受信器が必要になる。


マルチコアファイバ

1本のファイバの内部に、光の通り道である「コア」を複数本配置したファイバのこと。コア数を増やすことで伝送容量を拡大できるため、次世代の光通信システムにおいて使用されると期待されている。


4位相偏移変調(QPSK)信号

光の複素振幅において、位相が90°ずつ離れた4つの状態を用いて信号を伝送する方式。一度の変調で4値(2ビット)の情報を送ることができる。


16値直交振幅変調(16QAM)信号

光の複素振幅において、複素平面上で等間隔に離れた16個の状態を用いて信号を伝送する方式。一度の変調で16値(4ビット)の情報を送ることができる。

問合せ先

研究に関する問合せ

東京大学 大学院工学系研究科
電気系工学専攻

准教授 種村 拓夫(たねむら たくお)


情報通信研究機構
ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター

主任研究員 梅沢 俊匡(うめざわ としまさ)
研究マネージャー 吉田 悠来(よしだ ゆうき)
研究室長 赤羽 浩一(あかはね こういち)

報道に関する問合せ

東京大学 大学院工学系研究科
広報室

Tel: 03-5841-0235


情報通信研究機構
広報部 報道室