ポイント

  • 生命科学・医学の研究に有用な顕微鏡画像の色ズレ補正法を開発
  • 超解像顕微鏡に不可欠な色収差補正精度を従来の約10倍に向上
  • 本技術を用いたソフトウェアを無償で公開、バイオ分野における超解像顕微鏡法の利用を促進
NICTは、未来ICT研究所において、超解像顕微鏡のための高精度色収差補正ソフトウェアを開発しました。大阪大学、オックスフォード大学と共同で開発した本技術により、生命科学に用いる高度な蛍光顕微鏡における色収差補正精度を従来から約10倍向上させ、3次元で約15 nm(nmは1 mmの百万分の1)の精度を達成しました。これまで障壁となっていた観察対象の生体試料が引き起こす色収差を計測する技術を開発し、生命科学・医学研究にとって不可欠な多色観察の高解像度化を推進できるものと期待されています。この技術を使用できるソフトウェアを公開しました。
なお、この成果は英国オープンアクセス科学誌「Scientific Reports」に2018年5月15日に掲載されました。

背景

図1: 蛍光顕微鏡の多色観察の例
図1: 蛍光顕微鏡の多色観察の例
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NICTでは、生命進化の成果に学び、未来社会を拓く新しい情報通信パラダイムの創出につながる基礎となる研究を実施しています。バイオ研究の基盤技術である蛍光顕微鏡の開発は、バイオ分野の研究の進展を左右する鍵となる重要な技術開発です。そのような開発の一例である超解像顕微鏡法(2014年ノーベル化学賞)の開発により、蛍光顕微鏡の分解能は飛躍的に向上しました。しかし、その結果、これまで無視することができた色収差(光の色ズレ)が問題として浮上してきました。超解像顕微鏡法では、異なる生体分子を多色で染め分けることによって、異なる生体分子を別々の色で観察できます(図1参照)。分解能が低ければ多少の色ズレは気になりませんが、分解能が向上すると僅かな色ズレでも、同じ場所にあるのか別々の場所にあるのか、全く異なった結論を導きかねません。

今回の成果

図2: 今回開発した高精度の色収差補正ソフトウェアのスクリーンショット
図2: 今回開発した高精度の色収差補正ソフトウェアのスクリーンショット
本研究は、顕微鏡のレンズなどが引き起こす色収差に加え、観察対象の生体試料により引き起こされる色収差も計測し、補正できる手法を開発し、超解像顕微鏡法の色収差補正精度を従前から約10倍向上させることに成功しました。従来は、人工的な校正用サンプルの色収差を計測し、その色収差を補正していたため、観察対象の生体試料により引き起こされる色収差を補正できませんでした。
本研究では、画像取得法と計算方法の両面から開発を行いました。画像取得法では、観察試料の中にある同一の対象物を多色で染め分ける方法や、通常はフィルターでカットしてしまう余分な蛍光を使って観察するなど複数の方法によって、観察試料の色収差により色ズレした画像を取得することに成功しました。このように撮影した画像と、今回開発した新しい計算方法である「四象限位相相関」(補足資料参照)を用いて、複雑な色収差量を高精度に測定することに成功しました。
観察試料により変化する色収差のため、従来は3次元で約100-300 nmの補正精度しか得られませんでしたが、本研究の方法を用いれば、3次元で約15 nmの色収差補正精度を達成することができました。この方法により、近年飛躍的に分解能が向上した超解像顕微鏡の画像を正しく解釈できるようになります。
バイオの研究進展に役立てるため、開発した高精度色収差補正ソフトウェアを無償で公開しています。

https://github.com/macronucleus/Chromagnon/blob/master/README.md

<ダウンロードの仕方>
https://github.com/macronucleus/Chromagnon/releasesから、最新版(v0.6)パッケージをダウンロードできます。

※ 特開2015-216495、特願2014-097942

今後の展望

色ズレのない顕微鏡画像を用いれば、生体分子間の距離を高精度で計測できるようになります。従来は電子顕微鏡でしか行えなかった計測が、蛍光顕微鏡で細胞を生かしたまま簡単に行えるようになります。NICTでは、色収差補正精度を更に高めるとともに、色ズレのない顕微鏡画像を用いた応用研究を行う予定です。
 
Resonance Bio
◇本研究は、JSPS科研費 JP16H01440の助成を受けて行ったものです。
MEXT/JSPS KAKENHI Grant Number JP16H01440 “Resonance Bio”

掲載論文

掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-018-25922-7
掲載論文名:Accurate and fiducial-marker-free correction for three-dimensional chromatic shift in biological fluorescence microscopy
著者名: 松田厚志、Lothar Schermelleh、平野泰弘、原口徳子、平岡泰

補足資料

今回開発した高精度色収差補正法

図3: 同じ色ズレ量の比較
図3: 同じ色ズレ量の比較
蛍光像の見え方を比較すると、従来の顕微鏡に比べて超解像顕微鏡では像がシャープになっている。そのため、従来の顕微鏡では緑色と赤色の像が重なって見える色ズレでも、分解能が向上した超解像顕微鏡法では緑色と赤色が重ならない。
図3に示すように、従来は無視することができた僅かな色収差も、超解像顕微鏡法では大きな問題になり、結果の解釈を誤る可能性が増大します。
 
図2: 今回開発した高精度の色収差補正ソフトウェアのスクリーンショット(再掲)
図2: 今回開発した高精度の色収差補正ソフトウェアのスクリーンショット(再掲)
公開するソフトウェアはパラメーター設定を自動で行うため、顕微鏡に不慣れなユーザーでも使用できます。プラットフォームを問わず使用できます。多くの顕微鏡のファイル形式に対応しています。
 
 
図4: 四象限位相相関法の原理と従来法との比較
図4: 四象限位相相関法の原理と従来法との比較
本手法の鍵となる発明が四象限位相相関という計算方法です。色収差を正確に計測するためには、平行移動に加え、倍率や回転を計測する必要があります。蛍光顕微鏡画像のように特徴に乏しい画像から倍率や回転を計測するためには、ログポーラー法や最適化法が知られていますが、これらの方法では計測エラーが大きく、超解像顕微鏡法への適用は困難でした。特徴に乏しい画像を用いて高精度な計測が可能な「位相相関」という方法も知られていましたが、この方法で得られる解は平行移動量に限定されます。
今回開発した四象限位相相関は、画像を四つの領域(四象限)に分割し、それぞれの領域に対して位相相関を計測し、四つの平行移動量を算出します。この四つの平行移動量から、画像全体の平行移動量、倍率、回転を計算できます(図4左参照)。この手法では、従来法に比べて計測エラーを一桁低くすることができました(図4右参照)。また、従来法よりもノイズに対する耐性が高く、計算時間も短くなりました。

用語解説

超解像顕微鏡法
超解像顕微鏡法
試料を、光学顕微鏡の分解能よりも高い分解能で観察できる顕微鏡法の一種。従来法の空間分解能の限界が平面方向に約250 nm, 垂直方向に約600 nmであるのに対して、超解像顕微鏡法の分解能は、平面方向に約15-150 nm、垂直方向に約5-300 nmとなる。
右図は、超解像顕微鏡の例。顕微鏡本体は右奥に見える。手前には複数台のカメラやコントローラーが見える。
色収差
光の屈折率は波長により異なるため、レンズを通った光は波長により異なる焦点面に結像する。また、レンズだけでなく光の通り道にあるすべての媒質の影響を受けるため、観察試料によっても色収差が引き起こされる。このような色収差のために3次元的に複雑な色ズレが画像に引き起こされる。バイオ研究に用いられる蛍光顕微鏡では、異なる生体分子の一つ一つを異なる色で染め分けることによって、色の数だけ異なる生体分子を観察できる。このように色によって被写体が異なる場合には、観察試料自身による色収差を計測する方法がなかった。
蛍光顕微鏡
試料を蛍光色素で染め分け励起光を照射すると、染色した部位だけが暗い背景の中に蛍光を発し観察することができる。見たい物だけを見られる蛍光顕微鏡は、生物のように無数の微細構造がある観察対象に適している。また、可視光を使用しているので、生物を生かしたまま観察できる。
分解能
顕微鏡においては二点を見分けることのできる距離を分解能と呼び、光の波長、屈折率、観察対象から対物レンズへの光の入射角に依存する。

本件に関する問い合わせ先

未来ICT研究所
フロンティア創造総合研究室

松田 厚志

Tel: 078-969-2111

E-mail: a.matsudaアットマークml.nict.go.jp

広報

広報部 報道室

廣田 幸子

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Fax: 042-327-7587

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