大人を惹きつける「水塊」のつくり方サンシャイン水族館「天空のオアシス」[後編] | INSIGHTS | 株式会社三菱地所設計

2021.03.23

R&D DISCUSSION Vol.31

大人を惹きつける「水塊」のつくり方
サンシャイン水族館「天空のオアシス」[後編]

中村元 水族館プロデューサー

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トップ画像:新クラゲエリア「海月空感」(2020年)

Q : 10階でエレベータを降りた瞬間から、その世界観に一気に引き込まれる「天空のオアシス」は、進化をし続けています。新しい展示の着想は、どのように得ているのですか?

A : 僕自身が海に潜った時に見た光景がヒントになることもあります。「サンシャインラグーン」のグラデーショナルな海の色や、「サンシャインアクアリング」の仰ぎ見るアシカの姿も、僕が体感した水中世界の一部を表現したものです。「天空のオアシス」へのアプローチ空間は、爽やかな滝の音と、生い茂った緑で包み込まれる世界に仕立てました。実は、このプロジェクトの途中から音響クリエイターに加わってもらうことになり、音響計画のための「地図」を描きました[図1]。このゾーンはどんな自然環境で、こんな虫や鳥の鳴き声がするとか、こんな花が咲いているとか、僕のイメージを書き込んだもの。それを3D音響とハイレゾシステムを組み合わせた世界初の音場環境で実現し、順路に沿って歩くと、さまざまな自然の音が、場所によって変化して聞こえる仕掛けとなっています。「草原のペンギン」の背後にある大きな滝に近づくとごう音がしますが、実はこの音響システムで音を重ねているので、実際の水量はすごく少ないんです(笑)。

また、植栽も屋上ゆえに十分な深さの土を運び込めない中でも、本物にこだわり、できる限り立体的な庭園を目指しました。ペンギンの展示の隣に設けた「カワウソたちの水辺」は、渓流に暮らすコツメカワウソの生態を見せる展示ですが、自然に近い植生を一面に再現しました。カワウソたちは草で体を拭いたり、かじったり。いつも駆け回って賑やかな一角です。その反面、スタッフは植物の手入れもしなければならないので大変です。この水族館は当然ながらバックヤードが狭く、水槽を掃除するにも、給餌するにも、日々窮屈な思いをしているはずですが、それでも不満を言う人が一人もいないところがスゴい。彼らの「お客さんを楽しませたい」、「生き物たちを見てもらいたい」という熱い想いがなければ、これらの展示は実現しなかったかも知れません。

天空のオアシス第二章「草原のペンギン」(2017年)
[図1]「天空のオアシス」地図(提供:中村元氏)

Q : 最新プロジェクト、2020年夏に誕生した新クラゲエリア「海月空感くらげくうかん」について伺わせてください。

A : 「天空のオアシス」をさらに発展させるべく今回取り組んだのが、屋内エリアにもともとあったクラゲ展示の拡充です。今、どこの水族館もクラゲブームに沸いていますが、クラゲこそ癒しを求める大人ウケする展示。その浮遊感・非日常感をいかに演出するかにかかっています。クラゲ専用水槽としては国内最大級の横幅14mにも及ぶ「クラゲパノラマ」の奥行きは、わずか約1m。その中に縦回転する水流をつくって約1,500匹のミズクラゲを漂わせ、手前のクラゲだけに照明を当て、クラゲ以外のものは一切見えないようにしています。観覧空間の照明もかなり抑えて、水槽の上下に設置した鏡面にクラゲを映り込ませ、ただただ暗闇に無数のクラゲが浮かび上がる、まるで宇宙空間をゆらゆらと漂っているかのような浮遊感を生み出しました。僕はこの水槽を天の川のようにして、「天空のオアシス」を宇宙にまで拡げたいと思っていました。クラゲに包み込まれるような錯覚は、大きな弧を描くパノラマ水槽に加え、この暗闇がつくり出す効果です。映画館で暗転前は小さく感じられるスクリーンも、いざ上映が始まると大きく見えますよね。その効果を利用した、いわばクラゲのシアター空間。これもまた圧倒的な水中世界への没入感を体験できる「水塊」です。

海月空感「クラゲパノラマ」「クラゲスクリーン」(2020年)

Q : 観覧空間に置かれたソファに腰を掛けると、夜の静寂な海に潜ったような感覚に浸りますね。

A : クラゲは漢字で「海月」とも書きます。観覧空間の天井に丸窓を設けて水を張り、揺らぎを与えて青い光を落とすことで、月光が差し込む幻想的な水中世界を表現しました。また水槽の背景の壁自体に照明が当たると、奥行きも宇宙の漆黒感もなくなってしまうので、照明の調整にはずいぶん時間をかけることになりました。さらにバックヤードとの取り合いも考えなければなりませんが、クラゲエリアの水槽も、天井高さの制約ゆえに全てのメンテナンスを水槽上部から効率よく行える訳ではない。これも、スタッフの協力があってこそ実現した展示なのです。

展示に必要なのは、対象を理解する力と表現する力です。例えば画家は、観察力を養うと同時に、筆使いなどの技法も研究しますよね。水槽の画家になったつもりで、毎回、表現方法を思案します。例えば前後に置いた2つの擬岩が重なって見えないように置き方を調整するだけでなく、その間に光を当てて立体感を出すといった工夫を施したりします。また、水を入れると光が拡散されるため、擬岩の色は実際よりも薄く見え、安っぽい印象になってしまいます。そこで濃い目の色を使い、影にしたいところに黒色の塗料を塗って立体感を出したりしています。最後の仕上げに青色の塗料を全体的に塗り、海の青色の反射を表現しています。ある程度の水深がないと、海の青色は現れないからです。

また、背景の壁にグラデーションをつけて奥行き感を表現するため、初期は「ホリゾントスペース」を設けて下からライトアップすることを考えました。奥の壁をアクリル板にして、裏に青と乳白のシートを重ねます。そこに蛍光灯を当て、青く浮かび上がらせて海の奥行き感をつくりました。当時は上部からの水槽照明も、安価で全方向に光を発散する蛍光灯を使うのが一般的でした。やがて水中でも強い直進光を放つスポット照明が登場し、少しずつ、キラキラとした光と影が織りなす水中世界を表現できるようになっていきました。しかし、この照明も最初の頃は光の色が暖色系で、その調整にも苦労しました。今でこそLED光源が主流で表現の幅も広がりましたが、ペンキの微妙な色や特性などのさまざまな要素が、最後、水を入れた時にどう見えるかは、実際にやってみないと分かりません。1つ水槽をつくっては検証し、次の水槽に活かす、の繰り返しです。

PROFILE

水族館プロデューサー

中村 元

なかむら はじめ

1956年三重県生まれ。成城大学(マーケティング専攻)卒業後、鳥羽水族館に入社。飼育係から企画室長などを経て副館長となり、鳥羽水族館のリニューアルに成功。2002年に鳥羽水族館を退社し、日本初の「水族館プロデューサー」となり、新江ノ島水族館(神奈川)、サンシャイン水族館(東京)、北の大地の水族館/山の水族館(北海道)、マリホ水族館(広島)など、数々の水族館のリニューアルを手がけるほか、水族館に関する著書多数。また、全国の観光地再生アドバイザーでもあり、日本バリアフリー観光推進機構および伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの理事長を務めている。


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