広報誌「厚生労働」2024年8月号 特別企画|厚生労働省

「住まい支援」を強化する

「生活困窮者自立支援法」&「住宅セーフティネット法」ダブル改正

貸す側と借りる側が互いの「困りごと」を理解し合い、「資源」やアイデアを持ち寄るために

誰もが安定した住まいを得られる社会をめざして、今年の通常国会で厚生労働省の「生活困窮者自立支援法」と国土交通省の「住宅セーフティネット法」をそれぞれ改正する2つの法案が可決・成立しました。

本特別企画では今回の法改正の背景と内容、意義について、厚労省と国交省の各担当者、そして、住まい支援を行う居住支援法人の代表が語り合いました。


◎参加者

米田隆史
厚生労働省
社会・援護局 地域福祉課生活困窮者自立支援室室長(当時)



津曲共和
国土交通省
住宅局安心居住推進課課長



立岡 学
一般社団法人パーソナルサポートセンター業務執行常務理事

◎司会
丸山祐里枝
厚生労働省
社会・援護局地域福祉課生活困窮者自立支援室室長補佐(当時)

 

両省がタッグを組んで住まい支援を進める
――このタイミングで厚労省・国交省がそれぞれ改正法案を提出した背景を教えてください。

米田●もともと「生活困窮者自立支援制度」では、生活にお困りの方を対象に「住まいの支援」を行ってきました。ただ、国立社会保障・人口問題研究所が今年4月に発表した将来推計では「単身高齢者世帯が2050年に全世帯の20.6%、1,084万世帯になる」とされており、今後、単身高齢者世帯が急増することが確実です。加えて、近年、50歳代以下の世代において持ち家率の低下が顕著で、今後、持ち家がなく家を借りなければならない方が増加することも予想されています。

それに対して、家を貸す側(=大家側)のうち、高齢者や障害のある方の入居に拒否感のある方が7割程度いるとの調査結果もあり、大家の不安解消の面での対策も求められています。
そうした背景から今回、「住まい支援強化のための措置」を盛り込む形で生活困窮者自立支援法の改正法案を提出しました。

津曲●国土交通省は「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律(住宅セーフティネット法)」の改正法案を提出しました。
この改正の背景には、米田さんからご指摘があったように、大家さんの住宅確保要配慮者(以下、要配慮者)への拒否感があります。実際、高齢者や低所得者の方に入居してもらったものの、入居後に大変な状況となり、その解決に大家さんが苦労したという話はよく聞きます。

たとえば、身寄りのない高齢の方が孤独死され、特殊清掃が必要になった結果、資産価値が減じた、あるいは入居された方がご近所とトラブルになり、他の入居者が転居して空室になっていった、といったケースです。こうした経験をしたり、見聞きしたりした大家さんは、要配慮者の入居を躊躇するようになります。また、その対応を負担に感じ、「空室のままでいい」と考える大家さんもいます。

現在、全国の賃貸用の空き家・空室は約440万戸にのぼる一方、住まいを求めている方は数多くいらっしゃるというミスマッチな状況が生まれています。「賃貸住宅ストックの活用」の観点からも、こうした課題に対応しなければと考えています。実際に「居住支援法人」を運営されている立岡さんはどう考えますか。

立岡●私どもは、居住支援法人であり、また、仙台市や宮城県から委託を受けて「生活困窮者の相談窓口」の運営もしています。加えて、宅地建物取引業免許を取得し不動産業も行っており、住まい支援を福祉の視点と不動産業の視点の双方から進めています。
米田さんと津曲さんのお話にも出てきたように、私どもの相談窓口には、単身高齢者の方からの相談が数多く寄せられます。たとえば、「生活が苦しく生活保護を受給することになったが、今住んでいる家の周辺の家賃相場は『住宅費の補助上限額』を超えるので、上限額程度の家賃のところに転宅しなければならない」といったものです。この場合、保証人がいれば新しい家を借りることは難しくありませんが、いなければ家賃債務保証会社に保証人をお願いすることになります。ただ、家賃債務保証会社に断られることもあり、結局保証人がいないということで借りられないケースもあります。

また、せっかく空いている家屋がありながら老朽化したままの状態で住まいとして使えないといった問題や、あるいは精神障害のある方が入居すると近隣トラブルが起きやすいと思われていてなかなか借りられないなど、問題は多種多様です。

そのため、住まい支援の現場では、さまざまな方の理解を求めていくことが大切です。生活困窮者の相談窓口としても、借りる側だけでなく、貸す側の困りごとも理解する必要があるのです。そもそも貸す側は何でもかんでも拒否するというわけではなく、前述したような経験を経て「二度とご免だ」となるわけです。入る側の支援を行う立場としては、その気持ちを理解し、一つひとつの入居案件について貸す側に丁寧に説明していくことが求められます。そういうなかで今回の法改正で借りる側への支援を所管する厚労省と、貸す側への支援を行う国交省がタッグを組んで「住まい支援」を進めていることには大きな期待が寄せられるのではないでしょうか。



福祉部局と住宅部局でつくる「住まいの総合相談窓口」
――今回の法改正は、どのような未来につながっているのでしょうか。

米田●
実は、厚労省の法改正では、生活困窮者の相談窓口が「住まいの相談を受ける」ということを明確化しただけです。とはいえ、これにより、各自治体が「住まいの総合相談窓口」を置くことにつながってほしいと考えています。この窓口がなぜ必要かというと、住まいに困った方が街の不動産屋さんに行って物件が見つからなかった場合、その先どこに行ったらいいのかわからないのが現状だからです。

また、今も福祉の現場では支援を行うなかで住まいに関する困りごとに直面していますが、その場しのぎの対応になっているのではないか、との問題意識があります。そこで、一つの窓口で情報を収集しノウハウを集約することで、今よりもっと多様で有効な課題解決の道を見つけたり、自治体レベルでの政策的対応にまで発展させてほしいと考えています。
加えて、今回の国交省の「住宅セーフティネット法」改正により、「居住支援協議会」の設置が市町村の努力義務となりました。生活困窮者自立支援制度は、福祉部局で運用されているため、不動産業界に関する知識が不足していました。この協議会で住宅部局・不動産事業者と顔の見える関係をつくり、情報交換やノウハウ共有を通して知識やノウハウを補っていければと考えています。

津曲●改正法では居住支援協議会に福祉関係者が構成員として含まれることを明確化しました。さらに、福祉関係の各種会議と連携することとしており、各自治体で居住支援の取り組みを深化させるための関係者のプラットフォームとなります。不動産の関係者もこの会議に広く参画し、連携・活用してほしいと思います。

また、大家さんは福祉には詳しくないので、入居後の出来事を心配して慎重になります。今回の改正では、居住支援法人などが入居後の安否確認や見守りを行ったり、福祉的な支援につなげる住宅を「居住サポート住宅」として認定する制度を設けています。この住宅の入居者の生活保護による住宅扶助は原則として代理納付とすることも法定されました。この住宅は福祉事務所を設置する自治体が認定します。厚労省と連携して住宅と福祉の視点を活かした「緩やかなサポート」のある住宅を増やし、地域の住まいの選択肢にしていきたいと考えています。

先ほど立岡さんが触れた家賃債務保証については、要配慮者も利用しやすくするため、国土交通大臣が家賃債務保証業者を認定する仕組みを新たに設けました。このほか、「終身建物賃貸借契約」の利用を円滑に進める見直しも行っています。
こうした制度の実施に当たっては、都道府県が指定する立岡さんら居住支援法人の存在が非常に大事になります。今回の改正ではその役割を広げていますので、地域にとってますます重要な存在になっていくのではないかと思います。

立岡●居住支援法人を運営する人間からしますと、自治体に住まいの総合相談窓口ができることは、「住まいに困っている人がまず訪ねる場所が明確になった」という意味で大きな前進だと思います。また、今回の改正で居住支援協議会に福祉の関係者も入ることになり、より現実的に機能しそうだと期待しています。高齢者や障害者の生活に詳しい人間と、住居・不動産の事情に通じた人間がタッグを組むことで、困っている方々に対して、より多様なアクションの選択肢を提供できると思います。

全国の自治体にとって待ったなしの課題
――今後、今回の2つの法改正を実のあるものにするためには何が必要でしょうか。


立岡●私は、目の前の住民が「住まいがない」と困っている状態は、全国の自治体にとって待ったなしの解決すべき課題だと捉えています。その一方で、冒頭の津曲さんのお話にもありましたが、これだけある空き家=住宅のストックをどうしていくのか、自治体は本気で考えていかなければなりません。その意味で、誰にとっても「わがこと」の問題なのです。

たとえば、東京一極集中の状況下、地方から東京に出てきた人たちが、故郷にある空き家を要配慮者向けに活用するとか、空き家バンクへの登録を促進するとか、あるいは、首都圏と地方の2地域居住生活をする拠点として使ってもいいでしょう。
いずれにせよ、空き家をうまく活用する方向に進んでいってほしいと思います。

津曲●立岡さんは、空き家になったご自身の実家を改修し、困った方への居住支援用に活用していますね。この物件のビフォーアフターの写真を見ると、「なるほど、これなら入居したいと思うだろうな」と納得できます。「田舎にあるうちの空き家なんか使えないよな」と思っている方は多いでしょうが、こうした空き家でも「居住サポート住宅」などに位置づけられると、上限はありますが住宅改修費の一部に補助が出ます。それぞれの関係者にとってメリットとなる情報をわかりやすくPRしなければと思います。


立岡●この空き家の改修は、親から古い物件を相続して「どうしよう」となって、私がたまたまこういう仕事をしていますから、「改修して困っている人に使ってもらったほうがいい」となったわけです。同じような問題に直面している人は本当に多いと思います。

米田●立岡さんから、自治体にとって待ったなしの問題とのご指摘がありましたが、行政の観点で言えば、来年4月からの改正法施行に向け、自治体の皆さんにはまず、その地域でどんな住まい支援のニーズがあるのかを調べてほしい。困っている人が実はもうたくさんいるかもしれないし、この問題はきっと将来、どんどん大きくなっていきます。そうなってから慌てて取り組みを始めても間に合いませんから、今のうちから準備を進めてほしいと思います。私たちも喫緊の課題として、その解決のための材料を提供しつつ、予算面での支援も行っていきます。

津曲●福祉と不動産の関係者はそれぞれモノの見方や仕事の仕方が異なるので、互いに違いを受け入れ、リスペクトし合って連携してほしいと思います。国交省も厚労省とタッグを組んで、来年秋の改正法施行に向け、都道府県や市町村と連携しながら、全国の不動産関係者、福祉関係者に関心を持って参画してもらえるようしっかり準備していきます。

【用語集】
●生活困窮者自立支援制度:生活にお困りの方の自立を支援する制度。全国に相談窓口を設置し、就労、家計や住まいなどの支援を行う。
●住宅セーフティネット制度:住宅セーフティネット法に基づき、高齢者や低額所得者、障害者などの、住宅の確保に配慮が必要な方が安心して暮らせる住まいの確保に向けた支援を行う制度。
●居住支援法人:入居支援や入居中の見守り、家賃債務保証、残置物処理等の住まい支援の担い手として都道府県が指定する法人。令和5年度末時点で851のNPO法人や社会福祉法人、不動産事業者等を指定。
●居住支援協議会:地域で住まいの相談・支援が効果的に行われるよう、地方自治体・不動産関係団体・居住支援団体等が連携し、情報交換や地域の支援体制の検討、不動産・福祉関係団体への働きかけやネットワーク形成などを行う会議体。令和5年度末時点で全都道府県・100市区町が設置。
●終身建物賃貸借契約:更新がなく、賃借人死亡時に賃借権が相続されない終身の契約。なお、普通の賃貸借契約は、更新があり、死亡時でも賃借権が相続されるため直ちに解約とならない。



 

 

出典 : 広報誌『厚生労働』2024年8月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省