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史料や記録がつなぐ援護行政の歴史 戦争を忘れない
今年の8月で終戦から79年が経ちます。長い年月の経過に伴い、戦争経験者の減少などにより、日本の社会のなかで戦争への関心が薄れ、戦争について語り合う・学び合う場や機会が減ってきています。
本特集では、戦争を風化させないため、厚生労働省や資料館・博物館が所蔵する「資料」や「記録」にスポットを当て、今、私たちが資料や記録から学び、考えるべきことについて伝えます。
援護行政とは
厚生労働省では、終戦に伴う引揚者への対応に始まり、戦傷病者および戦没者遺族等の援護、遺骨収集や慰霊巡拝事業など、戦争によって残された多くの問題の解決に取り組んでいます。
厚生労働省設置法(抄)(平成11年法律第97号)
(任務)
第3条 (略)
2 前項に定めるもののほか、厚生労働省は、引揚援護、戦傷病者、戦没者遺族、未帰還者留守家族等の援護及び旧陸海軍の残務の整理を行うことを任務とする。
<Part2>社会・援護局「調査資料室」をのぞいてみよう
厚生労働省 社会・援護局 援護・業務課に設置されている「調査資料室」。
同室が管理している資料や、それらを活用した業務、同室が担う役割について担当職員が解説します。
戦地に行った人たちの足跡を伝える資料を軍から引き継ぐ
厚生労働省の社会・援護局は、昭和21(1946)年に厚生省に外局として設けられた引揚援護院を前身としています。
その後、昭和23年に旧陸海軍省の後身である復員局を吸収して引揚援護庁、さらに集団引き揚げの完了とともに昭和29年に内局たる引揚援護局、昭和36年に援護局となり、平成4(1992)年7月に社会局と統合して社会・援護局となりました。
同局にある「援護・業務課調査資料室(以下、調査資料室)」では、旧陸軍の昭和20年当時に外地にあった部隊別の連名簿(留守名簿など)や、旧海軍の履歴原表などの人事等資料を引き継ぎ保管しています。
「当室にある資料のほとんどは旧陸軍・海軍から引き継がれているものです。当時の軍はしっかりとした人事資料をつくっており、すべて手書きでまとめられています。今の時代からすると手書きってすごいことですね。陸軍の資料には外地に行った方たちの名前、階級、復員年月日等、ご家族の名前などが記されています。また、陸軍については都道府県に連隊区司令部があったことから、軍歴等身上に関する資料(兵籍、戦時名簿等)は旧陸軍から引き継がれ、現在も都道府県で管理しています。そのため、陸軍の場合は、国が保管する資料と都道府県が保管する資料があります」と、前野めぐみ室長補佐は説明します。
一方、海軍の資料はすべて国が引き継いでおり、軍歴証明や照会対応は調査資料室で行っています。個人の資料として入隊から復員まで記録されている履歴原表などを引き継いでいます。
「終戦間際の記録は、物資が乏しいこともあり紙がボロボロだったりしますが、それでもきちんと読める形で残っています。陸軍の資料は表紙・裏表紙を厚紙にして紐でくくられているのに対して、海軍の資料は製本されているなどの違いもあります。陸軍と海軍は別の組織であったことが資料の書き方やまとめ方、保存の仕方からもわかります」と、海軍資料を担当する神しのぶ室長補佐は言います。
戦後80年が近づきご家族の問い合わせが増加
同室で扱っている資料にはさまざまな個人情報が掲載されているため、遺族・家族から問い合わせがあった場合もしっかりと身元を確認してから情報を提供しています。
「当室に一番多い問い合わせは、ご遺族からの『(戦争で亡くなった身内の)何か当時の記録がないか』『最後をどこでどのように迎えたのか教えてほしい』などというものです。ご本人から聞くことができなかった当時のことを知りたいというご遺族の問い合わせが増えています」と、早見聡子室長補佐は話します。
戦後80年が近づき若い世代が自分の家族が戦争に行った記録を残しておきたい、知りたいということでの照会が多いのかもしれません。
問い合わせには専用の申請書の提出が必要です。提出後、すぐに情報が出てくるケースもあれば、調べるのに時間がかかってしまうことも。現在は、回答まで概ね3カ月程度、時間が必要とのこと。
「当室の資料の多くがシステム化(電子化)され、システム化が終わった資料の原本は国立公文書館に順次移管しています。ご遺族の方々などからの問い合わせがあった場合は、このシステム化されたものを活用して調査します。以前は資料を実際にめくって探していたうえ、当時は同姓同名の方も多いため、回答するまでに時間がかかっていましたが、システム化により調査時間の削減ができています」と前野室長補佐。
陸軍関連は過去5年間の平均で年間で約900件、海軍関連は資料をすべて引き継いでいるのでもっと多くて約2,000件の調査申請書類などを受け付けています。個人照会の依頼を受けるたびに、資料をシステムに落とし込んだものを利用して職員が調べて、提供できる資料をお送りします。同室への資料の照会は現在では家族がルーツを調べるものが多数を占めますが、軍人恩給の支給等にも活用されていました。
シベリア抑留者の資料は照合・翻訳を進め公表
「シベリアで抑留された方については、ロシア政府などから提供された抑留地での死亡者の資料の写しと日本側の資料を照合しています。提供資料には亡くなった方の名前や、生年月日、死亡日、死亡場所、埋葬地などが書かれています。これと日本側の帰還者から聞き取った資料とを照合して、この資料のこの人が誰かというのを特定して今でも毎月公表しています。ロシア語で書かれており、名前の読みが違っていることも多いのですが、当室にはロシア語の翻訳者がおり、日々照合作業を進めているところです」と早見室長補佐。
シベリアに抑留されて亡くなった人はモンゴル地域も含めて約5万5,000人おり、7月5日発表の資料によると、特定された人は4万996人になりました。
現在は、ウクライナの情勢があって渡航中止勧告が出ており、ロシアには行けていない状況ですが、モンゴル地域については出張をして現地の国立中央公文書館などで調査し、日本人の資料があれば提供してもらうように働きかけているそうです。
記録は生きた証 ご家族にとって唯一無二の情報
同室には、問い合わせをした遺族・家族から、お礼の電話や手紙が届くことがあります。そうした声を受け取りながら、大切な資料を扱うことへの思いを前野室長補佐、神室長補佐、早見室長補佐の三人は次のように語ります。
「私たちが扱っているのは、ご遺族からすると唯一無二の資料なのだと、お礼の連絡をいただくたびに思います。資料の写しを受け取られるときのご遺族の思いを考えながら調査業務に取り組んでいます」(前野室長補佐)
「私たちにとっては、日々接している資料ですが、とても貴重なご家族が生きた証だとおっしゃるご遺族が非常に多いです。お礼状をいただくと、これらの資料はとても大切な資料だということを改めて実感させられます」(神室長補佐)
「抑留中に亡くなったのは知っていても、どんな亡くなり方をしたのかがわからないと、ご遺族から問い合わせをいただくことがあります。その方の資料をお調べしてお送りしたときに、『病院でちゃんと治療されていた記録があり、墓地に埋葬されていたことがわかって安心しました』と、ご遺族からお礼の連絡をいただきました。自分の父や祖父など肉親の最期を知る手掛かりとなる資料をご遺族の方は待ち望んでいるということをご遺族の言葉で実感します。ご遺族の高齢化が進むなか、シベリア抑留の場合は一日でも早く一人でも多くの方を特定して資料をご遺族に届けたいと思っています」(早見室長補佐)
出典 : 広報誌『厚生労働』2024年8月号 発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト) 編集協力 : 厚生労働省 |