広報誌「厚生労働」2023年2月号とびラボ企画|厚生労働省

たとえ加害者とされる人でも支援が必要とされるとき――紛争・テロ解決の現場から――

広報誌「厚生労働」2023年2月号とびラボ企画

昨年11月8日に行われた、とびラボ企画の「誰一人取り残さない、たとえ加害者とされる人であっても―深刻な問題解決の現場から―」と題した勉強会。企画委員の思いや講演内容、質疑応答の様子とそこで得た職員の気づきを紹介します。

とびラボとは?
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわることおよび厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者などと出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得および職務を行う意欲の向上を期待するものです。とびラボ企画では、職員が企画したこのような活動を発信しています。

<企画提案者の思い>

高橋 淳
社会・援護局 障害保健福祉部障害福祉課障害児・発達障害者支援室 発達障害者支援係


厚生労働行政のために学び、活かしたい「対話の姿勢」

私は厚労行政を担うなかで「本当にこの政策や事業が国民のニーズに寄り添えているのか」を日々疑問に思っていました。そんなとき『共感という病』(永井陽右著)という本を読み、NPO法人アクセプト・インターナショナルを初めて知り、それから講演会に足を運ばせていただきました。そのなかで、高橋みづきさんのお話する「対話の姿勢」というものが、厚生労働省においてもとても大事なことなのではないかと思い、今回、企画を提案させていただきました。

この研修を通して、アクセプト・インターナショナルの活動から「対話の姿勢」を学び取っていただき、今後の厚生労働行政に活かしていただければと思っています。


<講演>
主義主張を否定するのではなくまず受け止めること


高校時代から「紛争解決」に強い志を持ち、現在、ケニアの若者過激化防止やソマリアのテロ組織投降兵支援に取り組む高橋さん。とびラボで自らの活動の本質を語ります。


講師
高橋みづき さん
NPO法人アクセプト・インターナショナル海外事業局


●組織下にいる一人ひとりにアプローチする

私たちの法人は、解決に向けたニーズが高いものの、リスクの高さや難しさなどを理由に誰もが取り組めていない国・場所・対象者が抱える問題の解決をめざして活動しています。

特に、紛争・テロの解決のために、いわゆる「加害者」側を受け入れて、彼らが武器を置き社会に戻っていくことを支援しています。テロや紛争は死者や被害者を出すだけでなく、人々の生活基盤が脅かされ難民が発生したり、女性や子どもへの性暴力や人権侵害が起こるなどの間接的な被害ももたらします。これに対して支援をするNGOや組織は多くありますが、紛争やテロといった暴力自体を解決することへのアプローチが足りていないのが現状です。そこで、前例がないならつくるという姿勢のもと、私たちはテロや紛争の解決をめざして活動を行っています。

今回、数ある活動地域のなかからソマリアのケースを取り上げてお話します。ソマリアは紛争・テロが20年以上も続いている国で、特に南部や中部では「アル・シャバーブ(Al-Shabaab)」といういわゆるテロ組織が戦闘を繰り広げています。アル・シャバーブは世界でも特にアクティブな武装勢力で、アルカイダに忠誠を誓っており、「アフリカで最も人を殺している組織」とも言われています。彼らの目的は、「過激な解釈のイスラーム法に基づいた国家や世界を樹立する」ということ。



このように既存の国際社会秩序と全く異なる考え方を持ついわゆるテロ組織とは、話し合いをして和平合意を結ぶという従来的な紛争解決の手法が通用せず、国際社会は有効な解決策を見出すことができていません。そこで私たちは、憎しみの連鎖をほどいていく人権的な取り組みとして、いわゆるテロ組織の下にいる一人ひとりにフォーカスし、彼らにアプローチしています。彼らの多くは、経済的困窮や社会・政府への不満、組織からの強迫などの問題を抱えてアル・シャバーブに加入してしまった若者達であり、社会から取り残されてしまっている人々です。

こうした若者達に対し二つのアプローチをとっています。一つはテロ組織に若者が入らないようにすること。もう一つはテロ組織に入ってしまったとしても武器を置いて社会に戻れるよう、組織からの投降を促進する活動や、投降した人たちの社会復帰の支援を行うことです。

●現在や過去だけでなく 未来の展望に目を向けてもらう

そうしたアプローチで一人ひとりの思いを受け止めながら、彼らの考えや行動を変えていくこと。それによって、テロ組織の構成員が減っていき、地域社会との和解も醸成しながら紛争の強度が下がっていく。そして紛争自体が収まっていくことを、私たちはめざしています。

重視しているのは、彼らの主義主張を否定するのではなく、対立する当事者ではない“善き第三者”としてまず受け止めること。そのうえで、現在や過去ではなく、暴力ではない形で自身の未来を考えてもらうことです。そのために、教育や職業訓練、宗教セミナー、地域社会との和解セッションなど、さまざまなプログラムを提供し、長期的な支援を行っています。


<質疑応答>
日本の非行少年更生保護
取りこぼしのない支援を


講演後に、質疑応答とグループワークが行われました。ここでは質疑応答の一部を紹介します。
回答は全て講師の高橋みづきさん。




●支援終了後もかかわる長期的フォローアップを重視

――ソマリアのテロ組織とは、どのような存在なのでしょうか。政府との関係は、たとえば戦国時代の織田信長が「自分たちがメインで、ほかはテロ組織だ」と言うようなイメージでしょうか。

前提として、「テロ組織」という言葉には世界的に統一された定義はなく、確かに各主体が自身に反対する勢力を恣意的にテロ組織・テロリストと呼ぶなど政治性が絡む言葉です。私たちも「いわゆる」を前につけるなどしてお話をしています。

ソマリアには、アル・シャバーブだけでなく、ご質問の織田信長のたとえのように血縁がベースになった武装勢力なども各地に点在しており、そうした武装勢力は地方や一部地域の自治や一定の政治的なパワーを獲得するために戦っていたりします。一方アル・シャバーブは、既存の秩序を塗り替えて厳格なイスラム法による国家の統治や、既存の国境線などに依らない世界の実現をめざすという、対話によって妥協点を見出すことが困難な目的を持つのが特徴です。

――支援した人は最終的に現地の団体や組織に引き継がれて、国が脆弱だとまた元に戻ってしまうのではありませんか?

私たちは、いわゆるテロ組織などからの投降兵や逮捕者の若者達が刑務所などから釈放される前から1年ぐらいかけてプログラムを提供していますが、たとえば釈放された後に故郷に戻った際に、家族がアル・シャバーブに賛同しているなどで組織に戻ってしまったケースも少ない事例ですが実際にあります。

ただ、私たちは支援期間が終わってからも、身元引受人と連携してその後の彼らの生活のことも把握し、オンラインで相談に乗ったり直接会いに行くなど長期的フォローアップを行っており、そこは大変重視している点です。

●個人の抱える問題が多様で複雑な日本

――ソマリアのケースと日本のケースの違いをどう感じていますか。

それぞれに難しさがあります。ソマリアの場合は、テロ組織が支配する地域に生まれて強制的に組織にかかわらざるを得なかったという人々もおり、また紛争やテロが続くなかでアル・シャバーブから投降しても社会の人々との和解を実現することが難しいといった、紛争地ならではの文脈があります。

日本国内の非行少年のケースは、精神・知的障害や彼らの家庭環境やこれまでの経験など、個人の抱える問題がとても多様で複雑なので、何か一つ問題を解決すればよいというわけではありません。だからこそ、いろいろな支援者の方々と連携して取りこぼしのないように支援していくことが必要です。


<ワークショップ>
複合的支援、重層的支援の重要性


講演と質疑応答の終了後に参加者が2グループに分かれ、講演の内容を踏まえた厚生労働行政における気づきについてディスカッションを行い、それぞれ発表しました。

●group1
お金よりも知識・技術の伝達による支援が必要


厚生労働行政として、ソマリアのような国に対する支援については、まず、現地の状況や人々のニーズについてを、詳細に把握しているNGOなどから適切に情報を提供いただき把握することが大切だと考えます。

日本国内の財政が厳しいこともあり、単なる金銭的支援は難しいですし、たとえ金銭的支援を行ったとしても、武器に使われてしまうなど間違った結果が引き起こされる可能性もあります。

その意味で、現地の実情をよく知ったうえで、たとえば、日本国内の灌漑技術を活用して用水などをつくる、学校をつくって教育の場をつくるといった技術の伝達が、厚生労働行政として最も効果のあることではないかと私たちは考えます。

●group2
厚労省内で局をまたいでの取り組みを


2020年の社会福祉法改正により、重層的支援体制整備事業が創設されましたが、高橋講師のように、海外での支援活動をされている方からも「複合的に支援が必要」という言葉を聞いて、改めて、重層的な支援の必要性を認識しました。

私たちのグループは日本国内の問題に目を向けて考えたのですが、重層的支援をするにあたっては、厚生労働省内の局をまたいで取り組む必要があるとの認識を共有しました。

また、ディスカッションのなかで、「理髪店が子どもの悩みを聞く運動をしている」という事例が出ました。理髪店は厚生労働省の管轄であり、このような地域に根づいた取り組みとうまく連携できれば、より効果的な支援を実現できるのではないかということを話し合いました。

<高橋講師のコメント>
現場同士の連携をどう実現していくか


「重層的支援が必要だ」ということは、私もアクセプト・インターナショナルの国内事業局担当者と話すなかでとても感じています。たとえば、障害がありながら非行に走ってしまった方の場合、非行関係は法務省の、障害など福祉的な部分は厚生労働省の管轄になります。

省庁間や、各省庁のもとで動く制度や施設間の柔軟な連携をどのように実現していくかということの難しさについて問題意識を持っています。私たちにできることも含めて、今後一緒に考えていきたいと思っています。



<企画委員から>


 
出典 : 広報誌『厚生労働』2023年2月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省