広報誌「厚生労働」2023年2月号 特集|厚生労働省

「令和4年版 労働経済白書」が示す 主体的なキャリア形成と転職についての課題

2022年9月に発表された「令和4年版 労働経済白書」は、今後の労働市場を見据え、労働移動の重要性や、主体的なキャリア形成を行うための環境整備とその課題について分析しています。

今後、労働力需要の高まりが見込まれるITや介護の業界では、業界内からの「転職(=労働移動)」だけでなく、業界外からの「転職」も強く求められていることや、「転職」が活発化することで、労働生産性等の上昇を通じ、賃金増加等につながる可能性があることなどがわかります。

そうしたなかで、キャリアチェンジを伴う転職や主体的なキャリア形成に向けた課題は何かについて、最新の労働経済白書から読み取っていきます。


労働経済白書はこちら



<Part1>
「転職者数」は2年連続で減
2021年の労働経済を振り返る


Part1では、「転職」を取り巻き、その質と量に大きな影響を与える、日本の労働経済の全体的な状態について、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえながら確認していきます。

【Part1のポイント】
●1~9月、一進一退の動きとなった雇用情勢は10月以降、回復をみせた
●女性の正規雇用労働者数は堅調に伸びたが、対人サービス業では回復が弱い
●転職者数は2020年に続き大幅に減少し、労働市場に停滞がみられた
●労働時間は持ち直して前年比プラス、実質賃金は3年ぶりに前年比プラスに



●経済社会活動の活性化により回復に向けた動き

2020年春に始まった新型コロナウイルス感染症の拡大下における雇用情勢は、図表1をみるとよくわかります。同年3月から4月にかけて、「労働力人口」は93万人減の6,845万人、「就業者数」は94万人減の6,664万人、「雇用者数」は89万人減の5,976万人となる一方、「非労働力人口」は87万人増の4,254万人となりました ※1。

その後、雇用調整助成金の下支えもあり、労働力人口・就業者数・雇用者数は2020年末にかけて漸増を続けました。2021年に入り、緊急事態宣言等の発出された1~9月の間は一進一退の動きとなりましたが、10月以降は、経済社会活動の活発化に従い、回復が見られました。

図表2をみると、雇用者数は男女ともに非正規雇用労働者の回復は弱いですが、女性の正規雇用労働者数は新型コロナウイルス感染症の影響にかかわらず堅調に推移し、増加傾向にあるのが特徴的です。

「雇用者数」について感染拡大前と比べた動向を産業別にみると(図表3)、2020年4月以降、「宿泊業、飲食サービス業」「卸売業、小売業」「生活関連サービス業、娯楽業」などの減少幅が大きいことがわかります。また、2021年は、「情報通信業」「医療、福祉」では2020年に続き増加がみられた一方で、減少幅の大きかった「宿泊業、飲食サービス業」「生活関連サービス業、娯楽業」では依然として2019年同月を下回る水準となっており、減少幅の拡大する月もみられました。

「転職者数」は、2008年のリーマンショックの影響で2010年に283万人、前年差37万人減という落ち込みを経験した後、継続的に増加し、2019年には過去最高の353万人となりましたが、感染症拡大の影響で2020年には前年差32万人減の321万人となり、さらに2021年には290万人にまで減少しました(図表4)。



※1
労働力人口=15歳以上の人口のうち、就業者と完全失業者を合わせた人口。
就業者数=「従業者数」と「休業者数」を合わせた人数。
雇用者数=会社・団体・官公庁または自営業主や個人家庭に雇われて給料・賃金を得ている者および会社・団体の役員の人数。
非労働力人口=15歳以上の人口のうち、就業者と完全失業者以外の人口。


●現金給与総額(実質)は3年ぶりに増

転職者数の推移を理由別にみると(図表5)、リーマンショック期と同様に、「より良い条件の仕事を探すため」が2020年に続き2年連続で大幅にマイナスとなっており、前向きな転職が減少していることがうかがえます。

月間総実労働時間の推移をみると、所定内労働時間は、一般労働者の所定内労働時間の減少やパートタイム労働者比率の上昇等の影響で2018年以降の減少幅がやや大きくなっています。所定外労働時間は、2013~2017年はおおむね横ばいで推移していましたが、「働き方改革」の取り組み(2018年6月に「働き方改革関連法」が成立、翌年4月から順次施行)の進展等から2018年以降は減少傾向がみられます。新型コロナウイルス感染症の影響が大きかった2020年には、所定内および所定外労働時間が減少し月間総実労働時間は前年差3.9時間減と大幅に減少しましたが、2021年は持ち直し、136時間と前年比プラスとなりました(図表6)。

現金給与総額(実質)の推移をみると、2013年以降、「名目賃金」はおおむねプラスに寄与していますが、「物価上昇」によるマイナスへの寄与により、2016年、2018年を除き、いずれも実質賃金はマイナスで推移してきました。2021年には名目賃金、物価ともプラスに寄与し、実質賃金は3年ぶりに対前年比プラスとなりました(図表7)。




<Part5>
「令和4年版 労働経済白書」のポイント

本特集のまとめとして、本白書の分析内容とポイントについて、厚生労働省の担当責任者に聞きました。

経済活性化の起爆剤としての「転職」と
それを促す「キャリアコンサルティング」



政策統括官(総合政策担当) 付政策統括室 労働経済調査官
古屋勝史


●重要になる“即戦力”の転職者

今回公表した労働経済白書では「労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題」として、働く人のキャリア形成支援と労働移動にフォーカスして分析をしました。

労働経済白書では、第1部で、2021年の労働経済の動向について分析をしています。

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)による影響を分析した昨年に引き続き、感染拡大前の2019年との比較ができるよう、主要な指標をまとめています。

また、第2部では、転職やキャリア形成についての分析をしています。

特に、失業した際のセーフティネットの一つである公共職業訓練について、労働経済白書としては初めて、行政評価手法であるEBPM(Evidence Based Policy Management)の手法を使って、雇用保険データを活用して分析しており、その結果については、令和5年度予算案にも反映されています。

我が国は、人口減少となっており、生産年齢人口も当面減少していく見通しですが、介護・福祉分野やIT分野など労働力需要の高まりが見込まれる分野もあります。このため、労働力がますます貴重となっていきます。

これまで、女性、高齢者など多様な方の労働参加を促してきましたが、経験やスキルのある即戦力である転職者も、企業の労働力の確保の点から、さらに重要となっていくものと考えられます。

●誰もが自分の意思で仕事が選択できる社会に

白書では、2019年まで増加傾向にあった転職者数を取り上げ、新型コロナの影響で「よりよい労働条件を求める」というポジティブな理由での転職者が減ったことを示しています。

一方、これまで転職入職者の割合が少なかった大企業では、転職入職者の割合が増加する傾向にあります。

ポジティブな理由での転職が増えていくことで、組織が活性化し、生産性の向上につながる可能性もあります。

企業における転職者の待遇などの受け入れ体制をしっかりと整えることや、労働者のスキルやキャリアが見える化されるよう、ジョブカードの普及やハローワークのマッチング機能の充実なども重要になっていくと思います。

また、白書では、キャリアコンサルティングや自己啓発と労働移動の関係を分析していますが、スキルやキャリアの見通しは転職のためだけに重要なわけではありません。

これらを企業が支援することにより、働く人の主体的なキャリア形成意識が高まり、目的意識を持って日々の業務等に取り組むことにもつながります。

ハローワークや人材紹介会社などにもキャリアコンサルタントは配置されますが、企業内にも配置していくことが考えられます。

自己啓発については、自己啓発やOff-JTを実施している企業は全体の半数程度にとどまっており、生産性の向上のためには、こうした人的投資も重要となっています。国としてもさまざまな支援策に取り組んでおり、自分の意思で仕事が選択できる社会に向け、働く皆さま、働きたい皆さまをしっかりと支えていく必要があると考えています。

●「転職者を多く受け入れている企業」などコラムも充実

今回の労働経済白書では、本誌で扱っている分析結果や情報に加えて、12のコラムを掲載しています。

そこでは、「従業員の主体的なキャリア形成に取り組む企業(「今回の労働経済白書に収められたコラム例」日置電機株式会社参照)「転職者を多く受け入れている企業」「社員の能力開発に力を入れている企業」「介護のスペシャリスト養成に力を入れている法人」「非正規雇用や女性向けのIT関連就職支援講座を設置している大学」など、さまざまな具体例を紹介しています。

また、日本の賃金が上がらない理由や、価格競争と賃金の分析もしていますので、まずは、興味のあるコラムからご覧いただいても多くのことが得られるかと思います。

さらに、白書の内容を簡単にまとめた動画版も作成しておりますので、白書本体とあわせて、ぜひご覧いただければと思います。


<今回の労働経済白書に収められたコラム例>
従業員の主体的なキャリア形成を
目的とした取り組みについて


日置電機株式会社

長野県上田市に本社を置く電気計測器の開発、生産、販売・サービスを行う日置電機株式会社(従業員数1,007名(2022年12月31日現在、連結))は、2021年6月、同社の掲げる「ビジョン2030」の下、戦略的に組織が連携しスキルを高めることなどを目的とした、新たなキャリア形成制度を設計した。この制度は全従業員を対象とし、従業員は自主的に、または所属長の推薦を得たうえで応募できる。

この制度には、部署を異動して新たな役割に挑戦する「社内ジョブチェンジ」や、異動せず現状業務との兼務で社内のプロジェクトに参加する「社内プロジェクト」など、4つのカテゴリーを設けている。

これまでに海外販社への出向など、23のテーマを公募して74名の応募があり、2023年1月現在のべ56名が制度を利用している。制度利用者は次につながるモチベーションや納得感が高いというデータがあり、人事担当者は制度により「自立的かつ納得のいくかたちでの人事異動が図れていると感じている」と語る。



動画(令和4年版労働経済白書の分析)はこちらから
 

出  典 : 広報誌『厚生労働』2023年2月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省