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「農業×福祉」の可能性を探る
広報誌「厚生労働」2022年12月号とびラボ企画
今年8月に行われた「とびラボ企画~農福連携レストラン~」と題した勉強会。本勉強会に込めた企画委員の思いや勉強会の講演内容と、翌月に行われた農福連携レストランの様子を紹介します。
とびラボとは?
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわること及び厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者などと出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得および職務を行う意欲の向上を期待するものです。とびラボでは、職員が企画したこのような活動を発信しています。
<企画提案者の思い>
國信綾希
愛知県長久手市役所 市長直轄組織 地域共生推進監
(当時:社会・援護局地域福祉課生活困窮者自立支援室 室長補佐)
当時、農福連携を推進していく立場にありながら、私自身、農福連携の産品をほとんど食べたことがない、という状況に不全感を抱えていました。また、現場との距離が遠いことは、厚労省のなかでよく聞かれる声でもありました。これらを踏まえて、省内で農福連携の産品を使ったレストランを開催し、日常的な食を通じて現場とのつながりを感じられればと発想しました。
関係者と調整し始めたところで自治体出向となり、この企画もここまでか……と思っていたところ、とびラボの仕組みができ、その仲間たちが実現までこぎつけてくれました。こんな展開になるなんて、私も本当に驚いています。
講演:「これまでの農福連携とこれからの農福連携」
濱田健司さん
東海大学 文理融合学部経営学科 教授
◎担い手不足の農業と職場・賃金不足の障害者福祉
障害者福祉の世界では就労継続支援事業所も徐々に増え、さらに企業に「障害者雇用」の枠ができるなど雇用の機会・場も増え、「働きたい」と希望する障害者も10年前に比べ多くなっています。
しかし、障害者の賃金を見てみると、B型の就労継続支援事業所で時給が200円という驚くべき実情。「月に10万ももらえないなかで、生活できるわけがない」と感じたのが、私の正直な思いです。障害者の就労は1日3~4時間やっても600円から800円程度にしかならない、これでは障害者の自立になるわけがないと思いました。
そういうなかで気づいたのは、障害者福祉サービス事業所の周りに農地があるということ、そして農業は農家が全国的に高齢化し、基幹的農業従事者や専業の農家などがすごい勢いで減っており、深刻な状態にあるということです。周囲の農家が高齢化しているのであれば、障害者が農家の手伝いをしたらいいのではないかと考えました。
農家は繁忙期にパートタイム労働者を雇い、月5~10万円を払っています。パートの代わりに障害者を雇ってもらえば、障害者は月平均1万2000円よりも多い5~10万円得られる。
担い手・労働力不足の「農業」+職場・職域不足の「障害者福祉」、そうした課題のマッチングから「農福連携」構想が生まれました。ここで強調したいのは、障害者のための「障害者連携」ではなく、障害者と農家の双方にメリットのあるかたちで行う「農福連携」だということです。
◎農福連携の4つのタイプ 雇用型の障壁はまだ高い
農福連携の構想を相談した際に、専門家たちには「無理」と言われましたが、私は自分自身の目で現場を見て、「これはいける!」と確信できました。現場で見たことや考えたことをまとめ、地道に実績をつくるに従いだんだんと協力を得られるようになり、そして「農福(ノウフク)」という名称でブランディングするようにしました。「障害者がつくったから、かわいそうだから買ってくれ」はやりたくない、そうした思いを強く持って取り組んでいます。
農福連携のモデルは、大きく4つのタイプに分かれます。①事業所内型、②作業受委託型、③雇用型、④協同組合型です。
今広がっているのは①や②のタイプです。就労継続支援のA型やB型の事業所が自ら持っている農地や借りた農地で行うことが多く、農福連携の事例としてさまざまなものが取りあげられています。
③の農家による雇用型はまだハードルが高いようです。障害者を受け入れる農家の人は、そもそも農業の専門家であり、障害者福祉について知識がないので不安を感じています。問題が起きた際に、どのように対応すればよいのか、障害者に任せることで何かリスクがあるのではないか、正直怖いという気持ちが、ハードルを上げてしまっています。そうした場合は、たとえば一部の農作業を切り出し雇用することやトライアル雇用制度を利用するのも有効です。
④は、障害者が農業にかかわる団体に対して出資し、経営し、労働に従事する、農福連携の究極の形です。全国的に数は多くありませんが、事例としていくつか見られます。
◎「障害者だから」ではなく商品の質で勝負する
では、実際の農福連携の事例について紹介します。
①の事業所内型の事例の一つに、三重県松阪市にある社会福祉法人まつさか福祉会の八重田ファームがあります。ここでは、障害者が農業用の機械を使って作業に当たっています。さらに、農業用ハウスの建て方を友達の農家に聞いて、障害者と事業所のスタッフが自力で建設してしまいました。その結果、地域の農家から「うちのハウスを使ってくれ」と声がかかり、合計13棟を管理するまでになりました。
同法人の農福連携ではイチゴをつくっています。もともと周辺地域はイチゴの産地だったのですが、担い手がだいぶいなくなったこともあり、農福連携でつくることにしました。ただ、講演の序盤で話したとおり、「障害者だから」「かわいそうだから」でアピールしない、商品の中身で勝負をすることにこだわりました。そして、「売れなきゃだめだ」という強い思いから、すぐに商談会に出るようにしました。そこでの交渉が功を奏し、県内に30店舗くらい展開しているスーパーに全部買い取ってもらえることに。
工賃は約2倍になり、ボーナスも一人当たり3~10万円出せるほど収益をあげ、障害の程度が改善する利用者も出てきました。また、地域で行うお祭りなどイベントを運営する人たちも高齢化しており、近年は障害者と事業所のスタッフが支えるようになっています。
◎農作業を担ってもらう際にさまざまな工夫を凝らす
②の作業受委託型の事例として、香川県では県の健康福祉部が共同受注窓口を設けて、2010年より県内の就労継続支援のA型・B型の事業所と農家をマッチングしています。この事業の委託先はNPO法人香川県社会就労センター協議会。
同センターのコーディネーターが、県やJAの生産部会などを経由して情報を集め、それをセンターや県の障害福祉課が就労系A型・B型の事業所につなげます。農業者とセンターが受委託契約を結び、次にセンターから事業所に再委託するというかたちです。コーディネーターは、互いの困りごとや作業などを調整しています。年に1回は、県や事業者の方、農業者の方が集まって、困っていることがないかなどの協議も行っています。
ニンニクの収穫からスタートしたのですが、その5年後には玉ネギ、ジャガイモ、青ネギ、キャベツ、レタス、小松菜、ブロッコリーのほか、さまざまな野菜の収穫・定植などができるようになりました。
農作業を障害者に担ってもらう際の工夫も多々されており、たとえば苗を定植するときに「10㎝間隔で植えてください」と言っても10㎝がわかりづらいため、線を引いて10㎝間隔の位置に赤い点で印を示すことでスムーズに作業に当たれるようにしています。
小さなことですが、これは障害者の、そして農業現場の働き方改革、労働改善だと思います。「誰が行ってもできる作業」「リスクをなくして行える方法」にすることで、その仕事を担う人材が増えます。
そのほか、全国の農福連携で初めてのことですが、香川県のJAの長ネギの選果場で水洗いして選別・箱詰めをしているのは就労継続支援のB型事業所の知的障害者です。これはずっと高齢者が担っていたんですが、高齢化により人手がなくなったときにJAから最低賃金で働きませんかという話があり、B型で働いている人でできるか試験的にやったみたところ成功。この結果、時給制でB型の人が働くことになりました。
これら全国に広がる農福連携の効果により、農地も4年間で25%増え、委託した農業者の8割は売り上げが増えるなど、農家の所得向上にもつながっています。また、私が行ったアンケート調査では、農作業を通して精神障害、知的障害の程度が改善したと回答した事業所は26%あります。
◎農福連携を起点に「何ができるのか」考えよう
農福連携は、障害者にとって地域住民と交流できたり、自信が持てたり、他者とコミュニケーションが取れたり、就労のやりがいを感じられたりする機会になっています。障害者のためにと始めたことも、結果として障害者から学ぶことが多く、一緒に働くと生き方そのものを考えさせられます。
前に述べた成果からもわかるように、彼らがいるから農業が成り立っているとすれば、彼らは私たちにとって必要な存在になります。ともに生きている、協働(キョードー)していると捉えることで、教科書的な「社会的弱者」だという思い込みから「キョードー者」に変わっていきます。
農福連携のはじめの目的はあくまで農業と障害者の課題解決だったわけですが、これからの農福連携がめざすものは、多様な人々が共生する「マチ」を、自然と人間が共生する「里マチ」をつくることでしょう。そしてこれを、超高齢社会を迎えている日本が世界中に発信していくことで、世界のあり方も変わっていくと感じています。
農福連携だけでなく、今後注目しているのは「介護」と農業をつなげること。介護予防では、「健康体操をしましょう」とか「健康の話を聞きましょう」とか「みんなでものづくりをしましょう」が主です。もっと主体的に高齢者が社会参加できるような機会をつくっていかなければいけないと思っています。高齢者の能力ややる気を引き出すこと、自分でできることは自分でするようにすること、健康でいられること、居場所をつくること——農福連携を通じて、これをやろうと思っています。
さらに「共生」や「地方創生」という言葉はあれど、実際には誰が何をすればよいのかわからないのが実情。農福連携は手段の一つ、これを起点に「何ができるのか」「厚生労働省とともにできることは何か」を一緒に考えていきたいです。
<質疑応答>
厚生労働省で取り組めることの模索
~講演を聞いて思うこと~
職員は、農福連携の講演を聞いて何を思ったのか、どのような発見があったのか――。講演後の質疑応答の様子をお伝えします。
◎農福連携推進室の設立や「ケアファーム」づくりを
職員A●障害者福祉を担当していないこともあり、事業所の就労継続支援A型、就労継続支援B型という言葉の認識が曖昧です。改めて教えていただけないでしょうか。
濱田●就労継続支援A型は、支援を受けながら働ける事業所です。ここで働いている障害者の人たちは、事業所と雇用契約を結ぶので、最低賃金以上の賃金をもらえます。
それに対して就労継続支援B型は、雇用契約を結ばずにまた、就労訓練をすることで賃金を得られる事業所ですが、A型ほどはお金をもらえません。ここには、障害の程度が重度の人たちが多いです。
障害者の人は一般企業で働けなかった場合、A型やB型などで就労や訓練をすることができます。
職員B●今、厚生労働省に対して「これをやってほしい」「相談をしているけど、動きが悪い」などということはありますか。
濱田●厚生労働省にやっていただきたい施策の一つは、最終的には農福連携の課や室をつくってほしいということです。多様な人々の福祉の情報も農・林・水産業を含む就労の情報も、全部入ってくるのが厚生労働省だと思っています。農福連携は、いろいろな人たちの就労の機会になり、地域産業の活性化にもつながります。そうした将来を見据えて、農福連携推進室のようなものをつくって対応していただくのが理想です。
二つ目は、福祉の幅を広げていくことが大切だと思っているので、農福連携を高齢者の介護予防や、生活困窮者・刑余者などの就労の機会につなげてほしいということです。
三つ目は「ケアファーム」づくりです。ここでは、法人だけに介護報酬を払うのではなくて、個人にも払えるようにしてほしい。介護で仕事をやめている家族が多くいます。障害者や高齢者、生活困窮者などの家族を支援する親族、あるいは個人事業主の農家、そして農業法人にも報酬を払えるようにしてほしい。そういう場や仕組みをぜひ考えていただきたいです。
職員C●仕事場をあてがうだけのアリバイづくりをしているというニュースを見聞きしたこともありますが、実態はいかがでしょうか。
濱田●一部の企業は、障害者を雇用し、場だけをつくって、ほとんど仕事をさせていない。それで社会貢献、SDGs、農福連携をうたっている企業があるのも事実です。
農福連携推進の立場からすると、企業に関心を持ってもらえることは喜ばしいですが、農福連携はみんながハッピーであることが理念なので、障害者雇用をするためだけに農福連携をアピールするのは残念でなりません。農福連携は、働いている人、地域の人、食べる人たちみんながハッピーになるものであってほしいです。
障害者が農業をしていれば農福連携だと捉えている向きもありますが、それは違います。多くの人たちが本当に一緒に生きていけるマチ、互いに支え合っていく社会をつくるのが、農福連携がめざしていることです。そこから外れている企業はやはりよくないと考えています。
<ランチに訪れた 堀井奈津子 高齢・障害者雇用開発審議官にインタビュー!>
――農福連携の取り組みについてどう思いますか。
障害者雇用対策の担当をしていることもあって、農福連携について勉強したいと思いました。講演も聴いたのですが、講師をされていた東海大学の濱田先生のお話が興味深く、印象に残っています。
そもそも農業自体が、担い手の高齢化などにより非常に厳しい状況に置かれており、その現況の打開という観点もあったのかもしれないですが、障害者の方とのマッチング、さらには商業や教育と結びつけるなど、いろんなところに発展させて境界を超えていくような、発想が広がっていく部分に面白さを感じました。
労働行政に携わる者として、障害者雇用もそうですし、それ以外の労働の分野でも、一人ひとりのできることや能力に着目していったり、能力を伸ばしていったりというところがすごく大事だと思っています。
――農福連携と中華料理店(龍幸)のコラボについてはいかがでしょうか。
省内の職員の農福連携に対する関心をさらに高めるきっかけづくりになると思いました。職員が企画して、勉強して、学んだことがいろんなかたちで仕事に結びついていく、そういう意味でも興味深い企画ですね。
私も、今日のお昼はせっかくなので、友人を誘ってきたところです。
<企画委員から>
とびラボとは?
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわること及び厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者などと出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得および職務を行う意欲の向上を期待するものです。とびラボでは、職員が企画したこのような活動を発信しています。
<企画提案者の思い>
國信綾希
愛知県長久手市役所 市長直轄組織 地域共生推進監
(当時:社会・援護局地域福祉課生活困窮者自立支援室 室長補佐)
当時、農福連携を推進していく立場にありながら、私自身、農福連携の産品をほとんど食べたことがない、という状況に不全感を抱えていました。また、現場との距離が遠いことは、厚労省のなかでよく聞かれる声でもありました。これらを踏まえて、省内で農福連携の産品を使ったレストランを開催し、日常的な食を通じて現場とのつながりを感じられればと発想しました。
関係者と調整し始めたところで自治体出向となり、この企画もここまでか……と思っていたところ、とびラボの仕組みができ、その仲間たちが実現までこぎつけてくれました。こんな展開になるなんて、私も本当に驚いています。
講演:「これまでの農福連携とこれからの農福連携」
濱田健司さん
東海大学 文理融合学部経営学科 教授
◎担い手不足の農業と職場・賃金不足の障害者福祉
障害者福祉の世界では就労継続支援事業所も徐々に増え、さらに企業に「障害者雇用」の枠ができるなど雇用の機会・場も増え、「働きたい」と希望する障害者も10年前に比べ多くなっています。
しかし、障害者の賃金を見てみると、B型の就労継続支援事業所で時給が200円という驚くべき実情。「月に10万ももらえないなかで、生活できるわけがない」と感じたのが、私の正直な思いです。障害者の就労は1日3~4時間やっても600円から800円程度にしかならない、これでは障害者の自立になるわけがないと思いました。
そういうなかで気づいたのは、障害者福祉サービス事業所の周りに農地があるということ、そして農業は農家が全国的に高齢化し、基幹的農業従事者や専業の農家などがすごい勢いで減っており、深刻な状態にあるということです。周囲の農家が高齢化しているのであれば、障害者が農家の手伝いをしたらいいのではないかと考えました。
農家は繁忙期にパートタイム労働者を雇い、月5~10万円を払っています。パートの代わりに障害者を雇ってもらえば、障害者は月平均1万2000円よりも多い5~10万円得られる。
担い手・労働力不足の「農業」+職場・職域不足の「障害者福祉」、そうした課題のマッチングから「農福連携」構想が生まれました。ここで強調したいのは、障害者のための「障害者連携」ではなく、障害者と農家の双方にメリットのあるかたちで行う「農福連携」だということです。
◎農福連携の4つのタイプ 雇用型の障壁はまだ高い
農福連携の構想を相談した際に、専門家たちには「無理」と言われましたが、私は自分自身の目で現場を見て、「これはいける!」と確信できました。現場で見たことや考えたことをまとめ、地道に実績をつくるに従いだんだんと協力を得られるようになり、そして「農福(ノウフク)」という名称でブランディングするようにしました。「障害者がつくったから、かわいそうだから買ってくれ」はやりたくない、そうした思いを強く持って取り組んでいます。
農福連携のモデルは、大きく4つのタイプに分かれます。①事業所内型、②作業受委託型、③雇用型、④協同組合型です。
今広がっているのは①や②のタイプです。就労継続支援のA型やB型の事業所が自ら持っている農地や借りた農地で行うことが多く、農福連携の事例としてさまざまなものが取りあげられています。
③の農家による雇用型はまだハードルが高いようです。障害者を受け入れる農家の人は、そもそも農業の専門家であり、障害者福祉について知識がないので不安を感じています。問題が起きた際に、どのように対応すればよいのか、障害者に任せることで何かリスクがあるのではないか、正直怖いという気持ちが、ハードルを上げてしまっています。そうした場合は、たとえば一部の農作業を切り出し雇用することやトライアル雇用制度を利用するのも有効です。
④は、障害者が農業にかかわる団体に対して出資し、経営し、労働に従事する、農福連携の究極の形です。全国的に数は多くありませんが、事例としていくつか見られます。
◎「障害者だから」ではなく商品の質で勝負する
では、実際の農福連携の事例について紹介します。
①の事業所内型の事例の一つに、三重県松阪市にある社会福祉法人まつさか福祉会の八重田ファームがあります。ここでは、障害者が農業用の機械を使って作業に当たっています。さらに、農業用ハウスの建て方を友達の農家に聞いて、障害者と事業所のスタッフが自力で建設してしまいました。その結果、地域の農家から「うちのハウスを使ってくれ」と声がかかり、合計13棟を管理するまでになりました。
同法人の農福連携ではイチゴをつくっています。もともと周辺地域はイチゴの産地だったのですが、担い手がだいぶいなくなったこともあり、農福連携でつくることにしました。ただ、講演の序盤で話したとおり、「障害者だから」「かわいそうだから」でアピールしない、商品の中身で勝負をすることにこだわりました。そして、「売れなきゃだめだ」という強い思いから、すぐに商談会に出るようにしました。そこでの交渉が功を奏し、県内に30店舗くらい展開しているスーパーに全部買い取ってもらえることに。
工賃は約2倍になり、ボーナスも一人当たり3~10万円出せるほど収益をあげ、障害の程度が改善する利用者も出てきました。また、地域で行うお祭りなどイベントを運営する人たちも高齢化しており、近年は障害者と事業所のスタッフが支えるようになっています。
◎農作業を担ってもらう際にさまざまな工夫を凝らす
②の作業受委託型の事例として、香川県では県の健康福祉部が共同受注窓口を設けて、2010年より県内の就労継続支援のA型・B型の事業所と農家をマッチングしています。この事業の委託先はNPO法人香川県社会就労センター協議会。
同センターのコーディネーターが、県やJAの生産部会などを経由して情報を集め、それをセンターや県の障害福祉課が就労系A型・B型の事業所につなげます。農業者とセンターが受委託契約を結び、次にセンターから事業所に再委託するというかたちです。コーディネーターは、互いの困りごとや作業などを調整しています。年に1回は、県や事業者の方、農業者の方が集まって、困っていることがないかなどの協議も行っています。
ニンニクの収穫からスタートしたのですが、その5年後には玉ネギ、ジャガイモ、青ネギ、キャベツ、レタス、小松菜、ブロッコリーのほか、さまざまな野菜の収穫・定植などができるようになりました。
農作業を障害者に担ってもらう際の工夫も多々されており、たとえば苗を定植するときに「10㎝間隔で植えてください」と言っても10㎝がわかりづらいため、線を引いて10㎝間隔の位置に赤い点で印を示すことでスムーズに作業に当たれるようにしています。
小さなことですが、これは障害者の、そして農業現場の働き方改革、労働改善だと思います。「誰が行ってもできる作業」「リスクをなくして行える方法」にすることで、その仕事を担う人材が増えます。
そのほか、全国の農福連携で初めてのことですが、香川県のJAの長ネギの選果場で水洗いして選別・箱詰めをしているのは就労継続支援のB型事業所の知的障害者です。これはずっと高齢者が担っていたんですが、高齢化により人手がなくなったときにJAから最低賃金で働きませんかという話があり、B型で働いている人でできるか試験的にやったみたところ成功。この結果、時給制でB型の人が働くことになりました。
これら全国に広がる農福連携の効果により、農地も4年間で25%増え、委託した農業者の8割は売り上げが増えるなど、農家の所得向上にもつながっています。また、私が行ったアンケート調査では、農作業を通して精神障害、知的障害の程度が改善したと回答した事業所は26%あります。
◎農福連携を起点に「何ができるのか」考えよう
農福連携は、障害者にとって地域住民と交流できたり、自信が持てたり、他者とコミュニケーションが取れたり、就労のやりがいを感じられたりする機会になっています。障害者のためにと始めたことも、結果として障害者から学ぶことが多く、一緒に働くと生き方そのものを考えさせられます。
前に述べた成果からもわかるように、彼らがいるから農業が成り立っているとすれば、彼らは私たちにとって必要な存在になります。ともに生きている、協働(キョードー)していると捉えることで、教科書的な「社会的弱者」だという思い込みから「キョードー者」に変わっていきます。
農福連携のはじめの目的はあくまで農業と障害者の課題解決だったわけですが、これからの農福連携がめざすものは、多様な人々が共生する「マチ」を、自然と人間が共生する「里マチ」をつくることでしょう。そしてこれを、超高齢社会を迎えている日本が世界中に発信していくことで、世界のあり方も変わっていくと感じています。
農福連携だけでなく、今後注目しているのは「介護」と農業をつなげること。介護予防では、「健康体操をしましょう」とか「健康の話を聞きましょう」とか「みんなでものづくりをしましょう」が主です。もっと主体的に高齢者が社会参加できるような機会をつくっていかなければいけないと思っています。高齢者の能力ややる気を引き出すこと、自分でできることは自分でするようにすること、健康でいられること、居場所をつくること——農福連携を通じて、これをやろうと思っています。
さらに「共生」や「地方創生」という言葉はあれど、実際には誰が何をすればよいのかわからないのが実情。農福連携は手段の一つ、これを起点に「何ができるのか」「厚生労働省とともにできることは何か」を一緒に考えていきたいです。
<質疑応答>
厚生労働省で取り組めることの模索
~講演を聞いて思うこと~
職員は、農福連携の講演を聞いて何を思ったのか、どのような発見があったのか――。講演後の質疑応答の様子をお伝えします。
◎農福連携推進室の設立や「ケアファーム」づくりを
職員A●障害者福祉を担当していないこともあり、事業所の就労継続支援A型、就労継続支援B型という言葉の認識が曖昧です。改めて教えていただけないでしょうか。
濱田●就労継続支援A型は、支援を受けながら働ける事業所です。ここで働いている障害者の人たちは、事業所と雇用契約を結ぶので、最低賃金以上の賃金をもらえます。
それに対して就労継続支援B型は、雇用契約を結ばずにまた、就労訓練をすることで賃金を得られる事業所ですが、A型ほどはお金をもらえません。ここには、障害の程度が重度の人たちが多いです。
障害者の人は一般企業で働けなかった場合、A型やB型などで就労や訓練をすることができます。
職員B●今、厚生労働省に対して「これをやってほしい」「相談をしているけど、動きが悪い」などということはありますか。
濱田●厚生労働省にやっていただきたい施策の一つは、最終的には農福連携の課や室をつくってほしいということです。多様な人々の福祉の情報も農・林・水産業を含む就労の情報も、全部入ってくるのが厚生労働省だと思っています。農福連携は、いろいろな人たちの就労の機会になり、地域産業の活性化にもつながります。そうした将来を見据えて、農福連携推進室のようなものをつくって対応していただくのが理想です。
二つ目は、福祉の幅を広げていくことが大切だと思っているので、農福連携を高齢者の介護予防や、生活困窮者・刑余者などの就労の機会につなげてほしいということです。
三つ目は「ケアファーム」づくりです。ここでは、法人だけに介護報酬を払うのではなくて、個人にも払えるようにしてほしい。介護で仕事をやめている家族が多くいます。障害者や高齢者、生活困窮者などの家族を支援する親族、あるいは個人事業主の農家、そして農業法人にも報酬を払えるようにしてほしい。そういう場や仕組みをぜひ考えていただきたいです。
職員C●仕事場をあてがうだけのアリバイづくりをしているというニュースを見聞きしたこともありますが、実態はいかがでしょうか。
濱田●一部の企業は、障害者を雇用し、場だけをつくって、ほとんど仕事をさせていない。それで社会貢献、SDGs、農福連携をうたっている企業があるのも事実です。
農福連携推進の立場からすると、企業に関心を持ってもらえることは喜ばしいですが、農福連携はみんながハッピーであることが理念なので、障害者雇用をするためだけに農福連携をアピールするのは残念でなりません。農福連携は、働いている人、地域の人、食べる人たちみんながハッピーになるものであってほしいです。
障害者が農業をしていれば農福連携だと捉えている向きもありますが、それは違います。多くの人たちが本当に一緒に生きていけるマチ、互いに支え合っていく社会をつくるのが、農福連携がめざしていることです。そこから外れている企業はやはりよくないと考えています。
<ランチに訪れた 堀井奈津子 高齢・障害者雇用開発審議官にインタビュー!>
――農福連携の取り組みについてどう思いますか。
障害者雇用対策の担当をしていることもあって、農福連携について勉強したいと思いました。講演も聴いたのですが、講師をされていた東海大学の濱田先生のお話が興味深く、印象に残っています。
そもそも農業自体が、担い手の高齢化などにより非常に厳しい状況に置かれており、その現況の打開という観点もあったのかもしれないですが、障害者の方とのマッチング、さらには商業や教育と結びつけるなど、いろんなところに発展させて境界を超えていくような、発想が広がっていく部分に面白さを感じました。
労働行政に携わる者として、障害者雇用もそうですし、それ以外の労働の分野でも、一人ひとりのできることや能力に着目していったり、能力を伸ばしていったりというところがすごく大事だと思っています。
――農福連携と中華料理店(龍幸)のコラボについてはいかがでしょうか。
省内の職員の農福連携に対する関心をさらに高めるきっかけづくりになると思いました。職員が企画して、勉強して、学んだことがいろんなかたちで仕事に結びついていく、そういう意味でも興味深い企画ですね。
私も、今日のお昼はせっかくなので、友人を誘ってきたところです。
<企画委員から>
出 典 : 広報誌『厚生労働』2022年12月号 発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト) 編集協力 : 厚生労働省 |