広報誌「厚生労働」2022年5月号とびラボ企画|厚生労働省

とびラボ企画~女性に寄り添う、命に寄り添うことは~ 女性が働きやすく、子育てしやすい社会をめざして


今年2月に行われた、「とびラボ企画~女性に寄り添う、命に寄り添うことは~」と題した勉強会。本勉強会に込めた企画委員の思いや勉強会の講演内容、そこでの職員の気づきを紹介します。


<とびラボとは?>
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわることおよび厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者等と出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得および職務を行う意欲の向上を期待するものです。とびラボでは、職員が企画したこのような活動を発信しています。


<企画提案者の思い>
コロナ禍で見えた社会の脆弱性
個人の努力だけでは解決できない


髙橋 淳
社会・援護局 障害保健福祉部
障害福祉課 障害児・発達障害者支援室 発達障害者支援係



 女性が働きやすく、子育てもしやすい世の中にする」というメッセージは、常に発信されてきました。しかし、解決すべき課題は多くあります。
2020年の新型コロナウイルスの蔓延により、女性の生き方・働き方が個人の努力だけではどうにもならないという、社会の脆弱さが浮き彫りになりました。

 そのなかで、看護師、助産師、経営者、母、そして女性と多様な立場を経験してきた野口様からお話を伺い、その場でディスカッションすることで、厚生労働行政に活かせる新たな知見や考え方が生まれるのではないかと企画しました。


<講演>
自分自身を大切にできるように
出産や育児での女性のSOSに応える


看護師や助産師の経験をもとに、女性特有の悩みや子育てに関する情報発信や相談、研修、講演を行っている野口和恵さん。活動を通して見えてくる出産・育児の現場の課題を解説します。



野口和恵さん
NPO法人きびる代表理事



●出産・育児の現場は笑顔ばかりではない

私は福岡県で生まれ育ち、現在は群馬県で活動をしています。これまで看護師や助産師として病院などで勤務し、出産や育児において女性がさまざまな悩みを抱えている姿を目の当たりにしてきました。

看護師として勤めていたとき、父を亡くし、職場である病院でも患者さんのさまざまな死に直面し、死とは真逆の「生」にかかわりたいと思い助産師になりました。出産の現場は、生まれてくる赤ちゃんや、待ち望んだ赤ちゃんと対面する母親やその周囲の人たちなど、笑顔と幸せであふれていると思っていました。

しかし、実際はさまざまな出産があり、幸せなものばかりではありませんでした。死産に立ち会うこともあれば、これからの育児に不安でいっぱいの母親たちの暗い表情を見ることもありました。生まれたあとも病気や障害、発達の悩み、ネグレクトや虐待の問題など、多くの課題があることを痛感したのです。

不安や悩みを抱えるお母さんたちには、家のなかでほかの人とかかわることなく過ごし、誰かに助けを求めることもできずに自分を責めてしまう人が大勢いました。そんな女性たちを支えたい、そのためには病院のなかからだけでは足りないと思い、訪問看護ステーションを開設し、その後さらに現在の情報発信・相談などを行うNPO法人きびるを立ち上げました。医療的ケア児※のお母さんたちが、保育所に入ることもできず子どもと家にこもっている状況を何とかしたかったのです。訪問看護ステーションを運営しつつ、医療的ケア児コーディネーターとしても活動しています。

●「みんなが支えてくれるから大丈夫だ」と思える社会に

多くのお母さんたちは、赤ちゃんは大切にしつつも、自分自身のことを蔑ろにしてしまっています。他人の命と同じくらい自分の命を大事にしてほしい、私の活動の根幹にはそんな思いがあります。さまざまな家庭や子ども、母親を見るにつけ、今ある支援の周知と、よりいっそうの支援が必要だと強く感じています。

虐待の肯定はできませんが、虐待は誰もがしてしまう可能性があるものだと、現場を見ていて思います。失われる命が減るように、そしてお母さんたちが思いつめないようにしていかなければなりません。

特に今はコロナ禍で、立ち合い出産や長期の入院ができない状況になっています。お母さんたちのなかには、「何が不安かわからないけれど、不安だ」と、涙を流して退院を拒む人も少なくありません。生まれたばかりの子どもとの生活を、「みんなが支えてくれるから大丈夫だ」と思える社会をつくっていかなければなりません。

私は、そのために必要な情報を発信しつつ、医療者として直接、現場の支援も続けていくつもりです。現状を知っていただくこと、一緒にお母さんたちを支えていく人を増やしていくことが、女性が子育てしやすい、子育てから復帰して働きやすい社会をつくっていく第一歩だと思います。


※日常生活及び社会生活を営むために恒常的に医療的ケア(人工呼吸器による呼吸管理、喀痰吸引その他の医療行為)を受けることが不可欠である児童(18歳以上の高校生等を含む)


<ワークショップ + 振り返り>
私たちにできること
~講演を聞いて思うこと~


第二部で行われた、講演を聞いて気づいた課題やその解決策、政策や日々の取り組みに活かせそうなことについてのディスカッションの様子をお伝えします。


職員●子どもが発達障害の疑いで療育に通った経験があります。保育園と違って保護者の同伴が必要なので、時間の確保が非常に大変でした。こうした状況を改善できればと思っています。野口さんのご意見をいただけないでしょうか。

野口●以前よりは減ったのかもしれませんが、今も保護者同伴を義務付けているところが多くあります。これは働く人たちにとっては死活問題ですよね。小さい子どもと一緒というだけで別室で待機したり、バスに乗れなかったりした経験があるという保護者の話を多く聞きます。そこに医療的なデバイスがあったりするとハードルはさらに高くなります。訪問看護や同行援助などがもっと柔軟に使えるような制度になればいいなと思います。私たちは医療専門職ですし、私自身は児童発達支援管理責任者という資格も持っているのですが、そうした人材を活用できるようになっていけばいいですね。

職員●医療的ケア児を子育てする家族の負担を軽減し、医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職を防止することを目的に昨年、「医療的ケア児支援法」ができました。これによって、国や地方自治体が医療的ケア児の支援を行う責務を負うことが法律に明文化されました。法律ができたことについてはどうですか。

野口●法律が成立し、中心となった方々の発信もあったので、周知はできたのかなと思いました。しかし、実際に対象者(医療的ケア児の親)が「どこに相談したらいいですか」と聞くと、特別支援課や発達支援課などさまざまな担当をたらいまわしにされてしまい、困惑し、疲弊していました。

こうした状況を問題視し、各自治体で「医療的ケア児コーディネーター」が続々と増えてきています。看護師や障害福祉の現場の勤務経験のある人が医療的ケア児コーディネーターになれ、私もこの資格を持っています。私たちがもっともっと地域で活躍できるようになっていけば、担当者につながれず困ってしまう人が減るのではないでしょうか。

「私たちがいるから、お母さんたちは今目の前のことをやって大丈夫ですよ」って言ってあげたいと思いながら活動しています。

職員●この人に聞けば大丈夫、と思える存在は子どもを持つお母さんたちにとって大きいですね。


<企画担当者から>




 
出  典 : 広報誌『厚生労働』2022年5月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省