広報誌「厚生労働」2022年3月号とびラボ企画|厚生労働省

とびラボ企画~まちづくり系医師から学ぶ~

人口減少・超高齢社会における「健康づくり」と「まちづくり」を考える


2021年12月に行われた「とびラボ企画~まちづくり系医師から学ぶ~」と題した勉強会。本勉強会に込めた企画委員の思いや、勉強会の講演内容やそこでの職員の気づきを紹介します。


<とびラボとは?>
厚生労働省では、職員が今の担当分野にとらわれず、自分自身の関心で新しい出会いや学びを求めてチャレンジすることを応援する提案型研修・広報制度があり、通称「とびラボ」(とびだす“R”ラボ)と呼ばれています。これは、職員が関心のある政策分野に継続的にかかわること及び厚生労働行政の政策分野における現場の支援者、当事者等と出会い、現場での実践に関する学びを深めることを支援することで、職員の厚生労働行政に関連する幅広い実践的な知識の習得及び職務を行う意欲の向上を期待するものです。とびラボでは、職員が企画したこのような活動を発信しています。


<企画提案者の思い>
地域とのかかわり方を
考えるきっかけに


新型コロナウイルス感染症対策推進本部 戦略班
河合篤史

講師・井階友貴氏は、自ら「まちづくり系医師」と名乗り、医師としてだけでなく、地域住民とともに「いろいろな人がつながるうちに健康になるまちづくり」に取り組んでいます。専門職のみならず、住民、NPOや行政など地域社会を構成するあらゆる立場の方々が一堂に会し対話することで、気づきや協働が生まれ、地域課題の解決にもつながり、まち全体が元気になるといった好循環を生み出しています。
  「一人ひとりの健康づくり」と「まちづくり」がどのように結びついているのかを知り、「誰もがより長く元気に活躍できる社会の実現」のために何をすべきかを考える。また、地域で暮らす住民でもある職員一人ひとりが、地域とのかかわり方を考えるきっかけにつながると思い、提案しました。




<講演>
専門職と住民と行政が一緒に取り組む「地域の健康づくり」のあり方

地域で医療活動からまちづくりにまで携わる「まちづくり系医師」の井階友貴さん。
その取り組みの背景と内容、そして取り組みへの思いについて語っていただきました。


まちづくり系医師・医学博士
福井大学医学部 地域プライマリケア講座
(高浜町国民健康保険和田診療所/JCHO若狭高浜病院)教授
井階友貴さん


医療づくりだけではダメ
 町をよくしていかなければ


 私は、総合診療医と言われる医者をやっています。健康と地域のあり方に関心を寄せて活動している医者だと思っていただければと思います。町に入り込んで活動していた結果、「まちづくり系医師」として報道をされ、それを気に入ったので自分でも名乗るようになりました。

 福井県大飯郡高浜町は、ビーチの国際環境認証「ブルーフラッグ」をアジアで初めて取得したきれいな町です。町内には医療機関が4つ(JCHO=独立行政法人地域医療機能推進機構の小さな病院が1つ、開業医が2つ、公立の診療所が1つ)あります。

 当町では、かつて非常に医師不足の時期がありました。私が赴任した2008年は最も少なく、町内に常勤医は5名しかいませんでした。町民は困っているかと思いきや、意外とそんなこともなく、足がある人は隣町の中規模病院に通っており、町内の医療には関心がないという状況でした。「それではいけない、まず医師を増やそう、関心のある住民を増やそう」と思い、学生・研修医を受け入れて地域で医師を育てる試みや、地域医療に関する住民活動の支援を行いました。幸い多くの研修生が訪れ、減っていた医師も現在は13名まで回復、住民有志団体も立ち上がっています。

 ところが、2014年に「消滅可能性都市」ということが言われはじめ、「人口減少で100年もしないうちに当町がなくなってしまう」可能性が出てきました。「医療はよくなったけれど、町はなくなりました」では元も子もありません。

 また、冷静に医療の現状を見てみると、医療や介護の現場が病院や施設からどんどん地域に下ろされ、視点も医療や介護というよりは暮らしへと移り変わり、フォーマルなサービスよりもインフォーマルなサービスが注目される時代になっていると思いました。医療づくりという視点の限界のようなものを感じ、「当町を全体的にエンパワメントしていくなかで、医療もほかの分野もよくなっていく必要がある」と考えました。

 これが、現在のように「町」にかかわり出した経緯です。


取り組みを支える3つのプリンシプル

 次に、プリンシプル(何を心の支えにしているのか)をお伝えします。

 私は「町」のことは素人ですので、地域と健康とのかかわり方について勉強しつつ、つなぐ(ソーシャル・キャピタル)・楽しむ(行動経済学)・動かす(地域社会参加型研究)の3つのプリンシプルをもとに取り組んでいます。

 一つ目の「つなぐ」は、ソーシャル・キャピタル、社会関係資本です。社会において人々のさまざまなつながりや交流、社会参加、信頼関係があると、健康にいい影響が出ます。たとえば、互いに信頼できる関係がある地域ほど死亡リスクが減ったり、人との交流が週1回未満になると健康リスク(要介護や認知症や死亡)に影響が出たりするという報告もあります。肥満や喫煙、多量飲酒、運動習慣よりも、つながりのほうが健康に大きな影響を与えているという報告すらあるのです。健康にパワフルに効果があるソーシャル・キャピタルは教育や治安、経済にもいい効果があり、まさに人口減少社会において重要になってくる概念ではないかと考えています。

 この「自由で対等な地域のつながりで人も町全体も健康で元気にしていきたい」というのが、一つ目のプリンシプルになります。

 次の「楽しむ」は、いわゆる行動経済学の話になります。人は一見合理的でないような目の前の利益や楽しさ、かっこよさみたいなものに動かされます。合理性よりも直感とか感性で動くことがあります。特に私は、「楽しさ」を大事にしています。健康分野については関心のある人とない人の差が結構ありますが、直感に訴えかけるようなアプローチは関心のない人にも届きやすいし、届けば関心を持たないままかかわっていただけます。

 この「直感に訴える楽しい取り組みで、多くの関心のない人も動かす」が、二つ目のプリンシプルです。

 最後の「動かす」は、CBPR(地域社会参加型研究)と呼ばれるものです。地域課題が次から次へと出てくるなかで、一つひとつを助言者に頼るシステムで解決していくのは大変です。そこで、地域のメンバーと専門職(あるいは行政)とが対等なメンバーシップを築いて、そもそも何が問題かというところから議論を始めるというのが、CBPRの特徴です。「問題の所在がどこにあるのかというところから一緒に考える」ことを大事にしながら、医療・介護系の専門職と住民、行政の皆さんが一緒に取り組んでいます。




住民の主体性を引き出し 楽しむことにこだわる

 これまで、「たかはな地域☆医療サポーターの会」や「けっこう健康!高浜☆わいわいカフェ(健高カフェ)」「健康のまちづくりアカデミー」「赤ふん坊や体操」「世界最大ちらし寿司プロジェクト」「協働創出ワークショップ“コラボ☆ラボ”」など、さまざまな取り組みを、専門職だけでなく住民や行政と一緒に楽しみながら行ってきました。

 交流したり、参加したり、支え合ったり、地域に出てみると、いろいろな気づきがあるもので、まずは、そこからすべてが始まるというのが経験から言えることです。

 こういう活動をするのが私のような医者である必要はないと思います。ただ、いろいろな思いを持って同じ方向を向ける仲間は必要で、出会いと気づきの場所の創出、つまり、「きっかけ出し」をやっているつもりです。あくまで地域の皆さんの主体的な活動を惹起することにこだわっています。こういう取り組みもある、と知っていただければうれしいです。






<ワークショップ + 振り返り>
私たちが考えるまちづくり


勉強会の後半には、仮想の高浜町の状況を設定し、町を良くするための議論を職員と、井階さんが集めたファシリテーターとで議論しました。当日のワークショップと勉強会後の振り返りの様子をお伝えします。



ワークショップでまちづくりを具体的に考える

 井階さんの講演後、高浜町の仮想の状況を設定し町を良くするためのワークショップを実施。ボランティアで参加する民間の方々(ファシリテーター)をオンラインでつなぎ、現場の職員とのグループを組み、議論を進めました。

 ワーク①では「原因」を、ワーク②では「手段」を議論。ワーク①と②では、席替えをして参加職員がファシリテーターを変えて2回議論する形で行いました。

 「医師不足の問題から、どのようにすれば問題を解決できるかを議論しました。大きな病院がないなかでの専門医の取得や、在宅医療提供が浸透していないなどの地域の問題が原因として挙がりました。解決の手段としては、今頑張っている医療者を大切にし、医師になる人を増やす、という点に地域で取り組んでいくという案がでました」「生活習慣病や飲酒量が多く、食生活に問題があるので、食生活改善の啓発にナッジ(行動経済学)を活用したり、がん治療をしながらできる漁仕事をつくる」など、参加した職員から発表がありました。




人と人のつながりで長く過ごせるまちを実現

 勉強会後、今回の企画委員と講師、ファシリテーターで振り返り会も実施し、勉強会を通じて得た気づきや課題について共有しました。

 企画委員の職員は、「ワークショップでは高浜町を例題に、まちづくりや健康問題について原因と手段(対策)を考えましたが、健康問題といっても、そこにかかわる問題はいろいろなモノがあるのだと考えさせられました。たとえば『個人の身体の問題』であったり、『インフラの問題』であったり、『病院の数』であったり。まちづくりや健康はさまざまな要素がかかわっている問題だと改めて感じました」と話します。

 また、今回の企画提案者は「井階先生と話をしていると、体の数値がいいことだけが健康じゃないなと強く感じます。人とのつながりが大切で、それで元気になり健康になっていく、満足感を得られて、その地域で長く過ごしていけるようになっていく、各自治体が、そうした舞台を頑張ってつくっていくというのが一つのゴールなんじゃないかと思いました。次はファシリテーターの皆さんと現地で会ってお話を聞きたいです」と、コロナ後の再会への期待を伝えました。

*ファシリテーターは井階さんの声掛けで、高浜町、千葉市、市原市、大間町、延岡市でまちづくりに取り組む皆さまにご協力いただきました。






<企画担当者から>




 
出  典 : 広報誌『厚生労働』2022年3月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省