広報誌「厚生労働」2021年5月号 特別連載|厚生労働省

Approaching the essence─「社会のリアル」に学ぶ─


子ども・若者の貧困には
多くの「困難」が複雑に絡み合っている


厚生労働省は、国民生活に最も身近な省庁と言われますが、日々の業務で、一人ひとりの暮らしという視点を意識することが減っています。暮らしを支える社会のセーフティネットも弱まるなか、厚労行政の将来を担う職員が「社会のリアル」から学ぶ勉強会を、人事課と広報室で定期的に開催しています。今回は第四回勉強会の様子を紹介します。


<エピソード1>
絡み合った困難を解きほぐす
個別化された支援


子どもたちを支える包括支援のモデルづくりに取り組むNPO法人Learning for Allの支援現場の統括責任者である入澤さん。子どもの貧困やさまざまな困難の背景にあるリアルを通じて問題提起します。




子どもの貧困の実態とは?

 私どもの団体Learning for Allは、「子どもの貧困に、本質的解決を。」というミッションを掲げて、2010年から、質の高い個別指導を行う学習支援や、小学生向けの学習・食事のサポートや中高生向けのフリースペースなどを提供する居場所支援の活動を行っています。活動エリアは東京都と埼玉県、茨城県で、これまで延べ10自治体以上で、延べ9,500人以上の子どもに対して、2,500人以上のボランティアの皆さんと一緒に支援を行ってきました。

 現在、日本では7人に1人の子どもが貧困状態にあります。子どもの貧困というと、経済的困窮の問題と考えがちです。もちろん経済的困窮も深くかかわっていますが、それだけの子どもはほとんどいません。相談できる人がいない、SOSが察知されないなど生活のなかで他者とのつながりを喪失している、衛生的な生活習慣の欠如や虐待、DVなどにより、育まれる環境を喪失している、日本語の読み書きに難がある、学習のつまずきを取り戻す機会がないなど学びの環境を喪失している、こうした困難が経済的困窮と複雑に絡み合っているのが子どもの貧困だと、私たちは考えています。


多様な背景やニーズに応える

 実際、支援現場にはいろいろな子どもが通ってきます。児童相談所が介入しなければならないレッドゾーンの子どももいれば、一見問題がなさそうでも、家庭の影が見え隠れするグレーゾーンの子どもや、市町村の児童福祉部署と連携して支えていかないとレッドゾーンに行ってしまうイエローゾーンの子どももいます。支援につながる経路も、自治体の福祉部局、学校、ほかのNPOなどさまざまです。

 支援につながった子どものうち、半数以上が生活保護世帯やひとり親世帯です。しかし、抱えている困難が複雑に絡み合っているケースばかりで、経済的困窮だけの子どもはほとんどいません。このため、子どもたちのニーズは多様で、一人ひとりに合わせて、オーダーメイドで支援していかなければなりません。


代表的な事例から

 支援現場に通う子どもの代表的な事例を紹介します。

事例①
 育まれる環境が極端に不足しているケースのなかには、特定の食事しか与えられていないために、たとえば、小学生でも、海苔を見て食べ物ではなく黒い紙と勘違いするといったこともありました。
 また、遊んだり学んだりするなかでの生活経験が不足していて、一つのことをやり切れなかったり、鉛筆を使うのも苦痛だったりする。こういうケースでは、学校に適応するのが難しく、勉強も遅れて、長期の不登校になってしまうこともあります。

事例②
 発達障害を背景に複雑化するケースもあります。ほかの子どもとうまく付き合えず孤立しがちになる。それでも、たとえば、好きな先生だと通えたのが、先生が替わると不登校になってしまうことも。
 また、なかには、親子ともに障害があるケースで、親は自分の障害も子どもの障害も認めないために、理解を得て必要なサービスにつなげるのが難航したケースもあります。
 ほかにも、発達障害がある子どもを養育するひとり親が子育ての負担感のために自殺願望を持つに至ったケースや、ストレスから異性に依存してしまった結果、養育が難しいと児童相談所に子どもが保護されてしまったケースもあります。もっと早く、いろいろな機関が途切れずに支援していれば、別の可能性があったのではないかと残念に思います。

事例③
 虐待を受ける子どもは、貧困世帯に多い傾向があります。実際のケースでも、たとえば、親の新しい恋人の行為によって身の危険を感じ、それが突然子ども自身の問題行動に表れたことがありました。また、親の暴力をおどけて話す子どもがいたので、家庭に入ると暴力が常態化しているのがわかったこともあります。
 子どものSOSの形はさまざまですが、虐待による心理的な苦しさは必ず表に出てきます。大人を信頼できず試す行動をしたり、虐待される立場をあえて続けようとしたりもします。そのSOSをしっかりキャッチして支援につなげる必要があります。
 もちろん、子どもの命を守ることは第一です。しかし、多くの子どもはまた家に戻って生きていきます。そういう子どもをどう守り向き合っていくかも含めて、虐待対策を考えていかないといけません。


支援の資源を地域に増やす

 大人たちが連携できないことで、子どもたちが課題を抱え込まされていると思います。私たちは、子どもたちのニーズに沿った包括支援をめざして、これからも、地域の支援の資源を増やし、地域、学校、行政など子どもにかかわる大人たちの連携をつくっていきます。



<エピソード2>
「貧困」は一様ではない
線引きしない包括的支援が必要


岐阜県で貧困家庭の子どもたちの学習支援に取り組む「ぎふ学習支援ネットワーク」の佐藤さん。地方と都市での子どもの貧困の内容、支援の違いについて事例をもとに解説します。




支援者だけでかたまらない

 私が理事を務めているぎふ学習支援ネットワークは、岐阜県内の学習支援団体が集合し2015年に発足。以来、貧困家庭の子どもたちの学習支援活動を中心に、居場所の提供や子ども食堂、子ども見守り宅食などの活動をしています。

 今年1月には、喫茶店のオーナーの友人と協働し、「ごろごろ」という居場所をつくりました。これは、コロナ禍により精神的に不安定な子どもが増えてきたためです。支援者だけではやりたくなかったので、喫茶店のオーナーと協働しています。福祉の支援者だけでかたまらないことが必要です。

 私たちは地方で活動しており、生活様式が異なる首都圏と同様の支援は成立しません。そもそも多様性のある各地域をひとつの施策でまとめあげることは困難で、一部の団体のヒアリングから全国の貧困家庭の子どもの実情をつかもうとするのは非常に危うい。たとえば、東京から岐阜に大量の物資を送っていただきます。もちろん物資は助かるのですが、地方では材料だけでは支援にならないため、倉庫に物資があふれています。その地域には何が必要なのか丁寧なアセスメントが必要ですし、それぞれの地方に合った取り組みがあることを理解してほしいと思います。


「貧」と「困」を分ける

 一般的に認識されているのと異なり、低所得だけで貧困を語る危うさがあります。低所得だけど周囲の支えで暮らせている家庭もあります。一方、低所得でなくても困難を抱えている子どももいます。「貧」(低所得)と「困」(子どもが直面するリスク)を分けて考えないといけません。

 そして、「困っている」「困っていない」は連続しているため、明確な線引きはできないのです。私たちは線引きをせずに、すべての子どもへの包括的支援をめざしています。


自己決定を強いられて

 子どもたちを取り巻く環境について、主に18歳以上の若者が直面した実例をいくつか紹介しましょう。

事例①
 ボランティア活動に参加しているある若者が、「大学に行かないなんて信じられない……」と話しました。一方、私たちが支援している子どもは、中学生のころから高校卒業後は就職するというルート。スタートから分断しています。ある子どもは、全国大会に出られるほどの実力でしたが、挑戦したいときに、いつもその環境がありませんでした。

事例②
 生活保護世帯の子どもが大学進学をするときには、現在の制度上は世帯分離をしなければなりません。また、その若者は進学に伴い自宅を出て、自立した生活を送る必要もありました。自活準備中の若者と一緒にカーテンを買いに行ったときに、「カーテンって、鍋って、こんなに高いの?」と言われました。社会生活にかかる経費を18歳の若者が切実に計算しなければならないことのしんどさがあるのです。

事例③
 学習支援をずっと行っていると、子どもたちの成長にも付き合っていくことになります。出会った当初は高校進学を視野に入れていなかった中学生の子どもは、ボランティアの学生や大人と接するうちに高校進学をめざして受験、その後は迷いながらも大学、大学院進学をして、学習支援の現場で出会った大人の影響で社会科の教員として働いています。

 彼らは児童相談所の対象年齢である18歳を過ぎているため、誰も助けてくれず、自己決定を強いられています。そして、自己決定ができないと、次は自己責任化され、彼らは追い詰められていきます。

 来年4月1日に18歳成人が施行されれば、18歳になるとアパートの契約も借金もできますが、だからといって突然社会に放り出すのは、かなり暴力的と言わざるを得ません。社会的養護が必要です。

 児童自立支援施設出身のある若者は、「虐待が理由で保護された子もいるし、虐待があったのに発見されず、本人に問題があると捉えられて保護された子もいる。いろんな経験者がいるから、ひとまとめに考えないでほしい」と。「つらいよね」と共感し、丁寧にケアしていくことが彼らには必要です。


行動する若者への支援を

 一方で、社会的弱者とされる子どもには、実は強さもあります。貧困や環境問題などの社会課題の解決をめざすソーシャルビジネスに自ら取り組みたいという児童養護施設出身の若者もいます。ある若者から皆さんへの伝言を預かりました。「私たちの意見を聴くだけでなく参加させてほしい」と。

 こういう行動する若者を、大人がどうサポートしていくのか、それも考えなければならないと思っています。


支援現場のリアル

 最後に問題提起をしたい。かかわっている地域で直面しているのが、行政の単年度の委託契約の問題。私たちは入札で負けたため、何人かの支援者がハローワークに並ぶことになりました。

 支援の現場では、少しずつ状況を改善していくことが必要で、1年だけで改善できることは少ない。支援者の経験の蓄積も無効になる。それに、そもそも地域の支援団体同士は、競合ではなく協働する関係。本来は手を取り合っていくはずなのに、なぜ入札で争わないといけないのか。

 構造的な問題であり、これでいいのか、真剣に考えなければいけないと思います。



<意見交換>
支援者が相談者に寄り添いながら
一緒に生き抜く道筋を考えていく


南●支援する側で児童福祉、障害福祉が分かれていて、支援する人が違うことが課題だと感じています。これを連携させるにはどういう仕組みが必要だと思いますか。

入澤●子どもの分野は領域の分け方が難しい。今日の事例で出なかった話でいうと、外国籍の子どもの問題とか。それら全般をわかっている人がいないというのがそもそもの課題です。

佐藤●領域全体を横断的に動けて、さばけるソーシャルワーカーは少ないですね。

野﨑●ソーシャルワーカーなど、公的な資格の養成で、どこまでできるのかという疑問もあります。そこをクリアしないとよくなっていかないという感じがします。

佐藤●実習に関しても施設実習がメインです。もっと人と触れ合ったり、「人間って何なの?」「死生観って何なの?」とかを考えることが抜け落ちてしまっています。どこで担保するかを考えてみましたが、資格を取った後では難しい。取った後ではケアできないからこそ、養成課程でしっかりやらなければいけないなと思います。

入澤●対人職全般に言えますが、あるべき育成の姿は、理論・制度論と実践を往還することです。その点、日本の実習はうまくいっていません。うちの団体で実習生を受け入れたくても、NPOなのでできません。中身のあるソーシャルワークができる現場自体が少ないので、ちゃんと見いだして養成機関に紐づけていく形をつくらないといけないと思います。



藤本●支援者にとって、家族以外の人とのかかわりが少ない子どもの信頼を得るのは難しいのではないでしょうか。
 子どもを支援するために、どのようなスキルが一番必要だと思いますか。

佐藤●支援者として接する大人って、子どもは嫌じゃないですか。「私はあなたを助けてあげる」という接し方は対等性がないなと思っていますし、「寄り添う」でもまだ対等性はないですね。最近は「共に生きる」ということを掲げています。子どもや若者とどこまで一緒に生きることができるかの腹のくくり方かもしれません。

入澤●「かかわり」と「支援」の二つがポイントだと考えています。「かかわり」では、大人と子どもの権力構造に敏感であることが大事です。そういう上下の関係では素直な声が出てこないので、敏感に自らの行動を振り返り、変えていく必要があります。「支援」では、深い専門性よりも、気づく力が大事だと思っています。その子の気になる点に気づくかどうかで、支援のあり方は変わります。

吉田●支援が途切れる、関連機関の不連携、マンパワー不足などさまざまな課題があります。これらの問題は、専門職と子どものように支援者と支援される側という関係だけではなく、地域の力(ボランティア)など支援の幅を広げることで打開の糸口が見つかるのではないでしょうか。

入澤●私たちも取り組みをオープンにして地域に入っています。事前に説明会もやるし、お祭りや運動会にも参加します。支援しながら、地域のリソースを巻き込んでいくべきだなと感じます。

佐藤●地方で学習支援、生活支援を12年やってきて、プレイヤーである地域の人たちが疲弊してきていると感じています。安定的な収入が得られていてボランティアで動ける、かつ余力がある人でとなると、参加のハードルはとても高いですよね。

野﨑●最後に、私たちへのメッセージはありますか。

佐藤●民間は動きやすくてお金もあるが、権限がありません。「私たち現場は頑張りますので、支えてください」、それに尽きます。

入澤●現場で子どもの声を聴いていただきたいです。一緒に活動できる機会があるといいですね。

吉田・野﨑●活動してみて気づくこと、見えることがあると思いますので、勉強会のスピンオフとして、ぜひ、具体化したいと思います。





勉強会を終えて

<オンライン参加者から>




<主催者から>
 二人のお話で印象的だったのは、子どもとの対等性への強い意識でした。「支援者」の顔で接することで、かえって子どもの心を遠ざけてしまう、その体感ゆえの信念なのだと感じました。「多くの子どもはまた家に戻って生きていく」、「『貧』と『困』を分けて考えないといけない」という言葉も深く心に残りました。いずれも、一人ひとりの子どもが直面する現実をありのまま受け止め、オーダーメイドの支援を届けるというお二人の姿勢につながっているのだと思います。
 勉強会への関心の輪も少しずつ広がっており、毎回100名を超える職員が申し込んでくれています。今回は、厚生労働省への入省に関心のある学生約30名も参加してくれました。参加者だけでなく学生の皆さんからも、社会のリアルを重く受け止め、意識が変わったとの感想が多く寄せられました。
 新型コロナの状況によりますが、意見交換の最後で話題に上ったように、いつか実際に現場にお邪魔することができれば、勉強会での気づきを深め、新しい発見にもつなげることができます。勉強会の場と現場を行き来しながら、これからも学びを続けていきたいと思います。

野﨑伸一:大臣官房総務課 広報室長
吉田 慎:大臣官房人事課 企画官



 
出  典 : 広報誌『厚生労働』2021年5月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省