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Approaching the essence─広報室長がめぐる厚生労働と“ひと”─
第7回・テーマ
生活困窮者への支援
厚生労働省の政策にかかわるさまざまな場所を広報室長が訪れ、現場の生の声を届ける本企画。今回は、就労や社会参加への不安がある方、ひきこもりの方たちに対して、オーダーメイドのプランでサポートする、「豊島区生活困窮者自立支援制度」の取り組みを紹介します。
<生きづらさを抱える人たちへの 自立に向けたオーダーメイドの支援>
生活困窮者自立支援制度」は2015年4月から始まった制度です。これは経済的に困窮し、最低限度の生活を維持することができない恐れのある方に対し、一人ひとりの状況に応じた支援を行い、自立の促進を図ることを目的にした制度です。
東京都豊島区では、就労支援・生活支援・居住支援の専門家集団である「NPO法人インクルージョンセンター東京オレンヂ」と連携し、多くの住民を支援してきました。「仕事をしたことがない」「人とのコミュニケーションがうまく取れない」などの理由で就労に不安のある方を支援する「就労準備・社会参加支援事業」では、就労支援対象者数151人に対して、113人(14年度~19年度累計)の就労を実現しています。
その背景を、「特定の通所場所や決め打ちの時間割がなく、ご本人の状態像に応じた支援メニューをオーダーメイドできるからです」と述べるのは、東京オレンヂ主任就労準備支援員の八木孝道さん。具体的には、「体験就労」「セミナー」「個別相談」「地域参加」の4つの支援をベースに利用者に「勇気」を与え、自信回復・自己肯定感・自己有用感の醸成をめざしています。八木さんは「各プログラムを通じて自発的な好奇心やコミュニケーション力などを養ってもらいます」と言います。
たとえば、履歴書講座は単なる書き方指導ではなく、企業担当者として履歴書を選考するワークを通じて、作成のポイントを体験するといった工夫を凝らした内容。地域の盆踊りへの参加や、支援利用者たちが「部活動」を企画するといった社会参加も豊島区ならでは。「まずはワクワク感を持ってもらうのが大切です。就労がゴールだと一歩を踏み出せない方も多いので、就労準備として社会参加支援も重要だと位置付けています」(八木さん)
今年度からは、ひきこもり支援を強化します。「昨年末に調査を実施したところ、40代・50代のひきこもりの方が多いなど、多くのことがわかりました。これを受け、支援を強化する次第です」と、豊島区保健福祉部福祉総務課・自立促進係長の鈴木寛之さんは話します。専用のホームページの開設・SNSでの相談受付・対応、行政における連携強化、官民連携の支援体制づくりなどを行い、周知活動も徹底。手厚いサポートで自立支援を加速させる方針で、今後の成果に期待が高まります。
<座談会>
支援者が相談者に寄り添いながら
一緒に生き抜く道筋を考えていく
(聞き手:大臣官房総務課広報室室長 野﨑伸一)
社会の接点は自分だけ
そんな気持ちで接する
──鈴木さんと八木さんは、ひきこもりをはじめとする今の社会に生きづらさを抱えた多くの方々とかかわっておられます。どのような思いをもって相談者の方と向き合われているのですか。
八木●自分は、その方にとって、唯一の社会との接点かもしれないという意識で接しています。そんな存在である私が暗かったり、嫌々仕事をしていたりすると、「社会に出よう」とは思わないでしょう。相談者の方と接する際は「この人、楽しそうに生きているな」と映るように努力しています。社会参加活動の一つとして、盆踊りもやったりするのですが、そのときにも、「八木さんが一番よく踊っていて本当に楽しそうですね」とよく言われます。
話を聞く際には「障害」「ひきこもり」などの属性を一旦横におき、人と人としてフランクに接するようにしています。ひきこもりや障害という固定のイメージに囚われてしまうと相談しづらくなるからです。「くだらないけど何か笑えるのでまた来るか」という程度でいい。この人と話をしてみよう、また相談に来ようと思われる雰囲気づくりも大切にしています。
鈴木●私は困窮者やひきこもり状態の方が、コンプレックスを感じないような対応を心がけています。そもそも「困窮者」という言葉が嫌いです。元々「困窮者」という属性の人がいるのではなく、自分もちょっとしたことがきっかけでそうなっていたかもしれないからです。何かしらの名称が必要なのは事実ですが、コンプレックスを生み出すような言葉は使いたくありません。
逆に言うと環境の改善やちょっとしたきっかけで変わることもできます。そのため、SOSを発している方はもちろん、SOSを出したくても出せない方にも何とかアプローチし、その人たちがやりたいことをできるように支援したい。常にそんな気持ちで仕事をしています。
最初の対応によって
その後のすべてが決まる
川久保●ひきこもり状態の方も家族の方も、自分で何とかしないといけないとの思いに囚われ、誰にも相談できず、どんどん孤立してしまうことがあります。話ができる相手がいれば、自分の状況を見つめ直す機会になり、新しい選択肢が生まれるきっかけになることもあります。ただ、自分だけでなんとかしなければいけないと思っている人につながるのは簡単ではないと思いますが、どのようにアプローチされていますか。
鈴木●最も効果的なのは「口コミ」で、信用できる相手からの情報に勝るものはありません。ただし、それは関係がある人がいればこそ。そうでない人には、ホームページやSNS、チラシなどさまざまな媒体を活用しています。「何か助けはないか」とインターネットで検索する人は多いので、うまく検索に引っかかるようにする工夫もしていく方針です。
一方、相談窓口に来てもらっても最初の対応が悪いと、「ここに来ても仕方ない」と、二度と相談に来なくなってしまいます。そうならないように支援員の育成はもちろん、窓口間の連携を強化し、適切な部署にスムーズにつなげるようにしています。つながりができておしまいではありません。引き続き来てもらうための魅力を感じてもらう努力が必要です。
進士●なかには障害が原因で生きづらさを抱えていながら、自分に障害があると気づいていない方もいます。これまで障害の診断を受けるのは嫌だろうと考えていましたが、自分が発達障害であることを知り、「自分のせいではなく病気が原因だった」と前向きになれる場合もあると聞きました。
川久保●SOSを出せない方などに対してアウトリーチは有効だと思う一方で、当事者の自宅に訪問した際に「私はひきこもりではない」「勝手に決めつけるな」と反発を受けることがあると聞きます。支援を必要としている方を必要な支援につなげるのは本当に難しいと思います。
鈴木●今年度の新たな体制づくりで医療的な体制を検討しようと思っていた頃、支援団体の方たちから、「ひきこもりを病気と捉えないでほしい」とのご意見をいただきました。一番のポイントは、一人ひとりを丁寧に見聴きすることだと思います。また、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる方は最優先にするなど、意識した動きをとる必要があります。
八木●相談者とのコミュニケーションの頻度もそれぞれで、毎週お会いする方もいれば、半年に1回「最近どう?」と連絡を取るくらいが心地よい場合もあります。「あのアニメ見た?」など本当にたわいもない話でつながっている場合もあります。その際、「大丈夫」ということもあれば、「実は……」ということもあります。あまりかまかけてばかりもよくないと思うし、これくらいの関係性がいいと考えています。
川久保●相談者のなかで何がつっかえているのかを、その人のペースに合わせて一緒に考える。これをやらせる、あれをやらせるというような一方通行な支援ではなく、同じ方向を向いて一緒に考える。目に見えた変化がなくてもそれでいいと焦らない。非常に丁寧に寄り添ったサポートを実践されているんですね。
「一緒に考える」
相談支援が中核の支援制度
──困りごとがある人が、必要な制度を自分で探していくのは非常に大きな労力です。しかし、生活困窮者自立支援制度は、支援員が相談者に寄り添い、社会を生き抜く道筋を一緒に考えていく仕組みとしています。地域共生社会に向けた政策でも、こうした考えがベースにあります。
進士●生活困窮者自立支援制度は相談支援が肝であり、サービスも用意していますが、そこにつないで終わりという制度ではありません。それが、これまでの福祉制度との決定的な違い。生きづらいと言われる時代では、相談支援そのものが相談者を受け止め、抱える課題を解きほぐしていく支援であることが重要。ほかの制度も、このような相談支援を重視してもよいくらいだと思います。
鈴木●生活困窮者自立支援制度を最初に見たとき、大変驚きました。介護保険は手取り足取りなのに、それに比べるとあまりにも自由過ぎたからです。現場サイドからすると何をすべきかわからないと困惑するところと、私たちのように好き勝手にできるとプラスに捉える自治体に分かれているように感じます。
進士●現場の方たちの発想で、多種多様な形に変えられるのが、この制度のよさです。Q&Aを示さないのも、画一性が生まれると自由度を狭めるおそれがあるからです。むしろ、現場のさまざまな実践例を示すことを重視しています。
──国が例示を言うと、そのとおりしなければいけないと受け止められます。国も何か示したくなるものですが、そこは抑制的でないといけませんね。
便利なITと密度の濃いリアル
支援への活用はバランスが肝心
飯郷●相談支援が肝とはいえ、コロナ禍では対面で会えず、来ていただけないなか、どのような対応をされましたか。
八木●昨年4~5月の緊急事態宣言下では面談を控え、電話での対応がメインでした。ただし、お困りの状況に応じて近くまで来ていただき、公園で距離を取ったり、散歩をしたりしながら話をお聞きしました。
鈴木●緊急事態宣言が明けてから最初に開催したのは、「新型コロナを正しく知る」というセミナーでした。過剰に外出を控える人もいたので、正しい知識を身に着けてほしいと考えました。セミナーの告知は電話で、「そろそろ外に出てきませんか」と声を掛けました。会場では2mの紐を使いソーシャルディスタンスを徹底するなど、感染症対策を徹底しながら開催しました。
今はZOOMなどオンラインでもコミュニケーションは図れますが、IT一辺倒だと必要なシグナルを取り漏らす恐れがあります。その人の目の力強さ、言葉を発する勢いなど、肌で感じる感触も大切にしたいと思います。
飯郷●ZOOMで人とつながりやすくなった半面、対面でしか得られないこともあり、併存しないといけないのでしょうね。
川久保●オンラインの方が相談をしやすい人もいるでしょうし、心理的なハードルを下げる場合があるという点で、ITは有効なアプローチになります。対面型の支援にオンラインの支援をプラスして、選択肢を広げることがポイントです。
鈴木●メールの送信ボタンを押すのは苦手だけど、LINEならそうでもない方もいます。だからこそ、私たちもいろんな媒体を使えるようにしておきたいです。
飯郷●今はオンライン申請も増えていますが、手間取る人もいらっしゃいますよね。
鈴木●おっしゃる通りで、先日はeタックスのお手伝いをしてきました。ほかにも、住居確保給付金の提出書類をスマートフォンで撮影するのをサポートしたこともあります。
八木●最近は給与明細のオンライン化に踏み切る企業が多く、そのためにスマートフォンを買った方に使い方のレクチャーもしました。
飯郷●何でもかんでもオンライン化するのも注意が必要ですね。効率化するというのは、みんなが慣れた後のことで、知識にギャップがあることや、みんなが慣れて使いこなせるようになるまでに時間がかかることを忘れてはいけません。
どんなお困りごとも受け止め
られる窓口でありたい
──支援を通じて感じる課題、さらにめざす社会像はありますか。
鈴木●どんな困りごとに対しても気軽に相談できて、しっかり受け止められる窓口であることがすべてです。ところが、住民から見た場合、現状だと区役所のどこに、どの窓口に行けばいいのかわからない、行ってもきちんと対応してくれない、たらい回しにされることもあります。どの窓口でも困りごとを真摯に受け止め、その窓口だけで対応できないことは関係機関と連携して対応しきる。困窮や障害、高齢者などのテーマを問わず、そういった仕組みづくりにかかわっていきたいです。これまで通り基本的なことを愚直に進めていくだけです。そのなかで見える課題については率直にお伝えしていきますので、政策づくりに関わる皆さんにも、興味を持っていただきたいです。
八木●「気づいたら20年経っていた」というのは、ある相談者からの言葉です。日本社会はいったん社会のレールから降りると、次の電車に乗れなくなり、あっという間に時間が過ぎます。人はそれぞれ仕事や生きることに対するスタミナが違います。社会が休息にもっと寛容なら、次の電車に乗りやすい人は増えます。そんな社会をめざしたいです。
◎当事者のコメント(小暮さん)
生活困窮者自立支援が始まったころから、まずは私の就労を支援していただきました。今は働きに出ています。その後は、1人では家から出られなかった子どもたちの支援もしていただきました。最初は八木さんに家まで迎えにきてもらい一緒に外に出始め、半年くらいは高速道路の下を渡ることができませんでしたが、今は克服してアルバイトをしています。その傍ら、定期的に学び直しの勉強会にも参加するなど、5年前から今に至るまで、とても丁寧に対応していただき、ありがたく思っています。
◎当事者のコメント(柘植さん)
高校卒業後に4年ほど何もしない時期があり、働こうにも精神的な悩みがあり区役所に相談したら、こちらの窓口を紹介してもらいました。専門家のカウンセリングを受けられ、八木さんに相談しながら派遣会社に登録をして、自分が好きなイベントや音楽関係の仕事を探せるようになりました。今はシステムエンジニアをめざして勉強しています。役所にはたくさん窓口があり、自分がどこに何を相談していいか見つけるのが難しいと思っていましたがスムーズにつないでいただき、気軽に相談できる場所に助けてもらいました。
◎座談会を終えて
野﨑伸一(大臣官房総務課広報室 室長)
八木さん、鈴木さんは、本人の思いや言葉を基に、一緒に考えて支援を創造していくという理念を実践していらっしゃいました。また、委託・受託の関係を超えるお二人の強い信頼関係も印象的でした。木暮さんと柘植さんの言葉に、それが自然と表れています。
官民が協働して全力で一人の支援に当たる、対人支援において、このような実践が生まれていくように、私たちも、様々な支援者の皆さん同士が、さらには福祉などの分野を超えて地域を思う関係者同士が、横に手をつなぎやすい仕組みと仕掛けづくりをさらに進めていきたいと思います。
出 典 : 広報誌『厚生労働』2021年4月号 発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト) 編集協力 : 厚生労働省 |