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誰一人取り残さない社会に向けて
―つながり・重なり・支え合う地域共生社会へ―
地域住民や地域の多様な主体が我が事として参画し、世代や分野を超えてつながることで、地域住民1人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともにつくる――。地域共生社会の実現に向けた取り組みが始動しています。地域共生社会によって制度や福祉はどのように変わるのでしょうか。現在進行形の取り組みと新たな制度を中心に解説します。
◎PART1 地域共生社会とは
地域のつながりづくりが
地域共生社会を実現する
地域共生社会に向けて福祉の専門家や地域住民はどのような活動を展開していけばいいのか。最初に社会福祉法人ゆうゆうの大原裕介理事長、半田市社会福祉協議会障がい者相談支援センターの加藤恵センター長、さらに広報室の野﨑伸一室長に、地域共生社会の方向性について語り合ってもらいました。
<出席者>
大原裕介理事長(社会福祉法人ゆうゆう)
加藤恵センター長(半田市社会福祉協議会障がい者相談支援センター)
野﨑伸一室長(広報室)
みんなが地域を考える
そんな社会をつくりたい
野﨑●制度・分野ごとの「縦割り」や「支え手」「受け手」という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が「我が事」として参画し、 人と人、人と資源が世代や分野を超えて「丸ごと」つながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会――。地域共生社会はこう定義されていますが、概念的でイメージしにくい面もあります。そこで実践者とともに、地域共生社会とはどんなものかを考えていきたいと思います。最初に簡単な自己紹介からお願いします。
大原●福祉の仕事をはじめたのは大学生の時に、北海道当別町の商店街の空き店舗でボランティアセンターをつくったのがきっかけです。そこでは障害のある子どもたちや不登校の子どもたちやその親御さん、介護で窮している高齢者など、さまざまな困りごとに出合ってきました。当時は学生ですし断らないためには、さまざまな人たちの助けが不可欠で「我が事」「丸ごと」は当たり前。障害児預かりサービスや0歳から96歳までの生活支援など、さまざまな制度を使うとともに、住民の方と一緒に地域づくりに取り組み、NPO法人を起業しました。
現在は社会福祉法人ゆうゆうの理事長として、住み慣れた地域で安心して暮らせるよう、各種福祉事業を展開するとともに、あらゆる住民が立場を超えて支えあう仕組みづくりに取り組んでいます。
加藤●半田市社会福祉協議会障がい者相談支援センターで、声にならない声のような障がいのある方やそのご家族の相談支援をしています。
この世界に入ったのは20数年前。最初の仕事は障害のある方5人と喫茶店を経営することでした。重い障害のある方々で、見るだけでも大変。当時考えたのが、この人たちを支えるではなく、いかに戦力化するかでした。助ける、助けられるという発想はありませんでした。
自分一人ではできないなと、「障害のある人たちが就労できる喫茶店をつくりたい」と夢を語って歩き回りました。そうすると、不登校の男の子がボランティアに来てくれ、公民館で卓球をしていたおばあちゃんや近所のおじさんが手伝ってくれるようになり、関わる人の輪が広がっていきました。一方、祭りの人手が足りないというときは障害のある人たちが手伝う。障害のある人の就労場所づくりをすすめているうちに、障害のある人たちは地域に不可欠な存在となったのです。
野﨑●制度は支援を充実させる一方で、支援者に制度内でしか支援ができないと錯覚させる恐れがあります。お二人は困っている人を何とかするために、制度にとらわれず専門職以外の人たちと一緒に課題解決に取り組んでこられた、「地域共生社会」の先駆者という印象です。
加藤●制度だけで支えられない人と出会うのは日常茶飯事、常にどの人と一緒になればうまくいくかと考える習慣ができました。地域を歩いているといろんな支援ができる人が見つかります。社会が変われば困りごとも変わるし、もともと特定の制度だけで対応するのは無理です。地域共生社会の実現には「今の制度では対応できないけど、どうしたら一緒に暮らせるかな」と、みんなが考えられる社会づくりが必要ではないでしょうか。
大原●同感です。そのためには「豊かさ」の価値観を考え直す必要性を感じます。いま高校で福祉教育もしているのですが、時代がこれだけ変化しているのに、自分が学生のころと教育内容はほとんど変わっていません。今の子どもたちは「壁があれば何とか乗り越えろ」「競争を勝ち抜け」という旧態依然とした価値観に苦しんでいます。
そこで私の授業では、壁にぶつかったら、逃げてもいいし、助けを求めて、みんなで乗り越えればいいと言っています。その結果、何が起きたか。子どもたち自身や家族、友だちの悩みを話したり、相談したりするようになったのです。「あいつ、大丈夫かな」「おじいちゃん、元気かな」と、誰かのことを思い、自分と同様に他者も大切にする気持ちが芽生えた子どもたちもいます。悩みや愚痴を言ったり、相談したりできる空間や時間があると、人は優しくなれたり、ゆとりが出てきたりするのだと思います。
支え、支えあう関係をつくるには、そういう悩みや弱さをオープンにできる社会が土台になると思います。誰かに勝って自分さえよければいいではなく、自分たちのつらさを開示しながら、それをみんなでどうやって乗り越えるかを考えられる社会こそが、豊かな社会だとみんなが考える。そういう社会を目指すことが大事だと思います。
加藤●豊かさとは何か、幸せとは何か、さまざまな価値観に触れることが大切だと思います。実際、違う価値観に触れたことで自分を認められるようになり、人生を切り開けたヤングケアラーなどを見てきました。地域共生社会では、いろんな人、価値観に出会う場も大事になると思います。
「つながる」ことで
得られる安心感がある
野﨑●愚痴を言ったり、悩みを打ち明けたり、相談したりできる場をどうつくり、広めていくか。地域共生社会に向けた事業である「重層的支援体制整備事業(Part2で紹介)」では、誰もがさまざまな相談ができる「相談支援」、場への参加を促す「参加支援」、場づくりを進める「地域づくりに向けた支援」という3つの支援の仕組みをつくりました。誰もが参加できるようにするには何が必要でしょうか。
大原●当別町には都会から移住してきた団塊の世代くらいの方々の住むビレッジがあります。地元との結びつきは薄かったのですが、地方にはない「知」「キャリア」を持つ人も多い。この人たちに活躍してもらおうと、当別町共生型コミュニティー農園ぺこぺこのはたけで運営している障がい者就労支援のレストランに立ち上げから参画してもらうことにしたのです。
ただ、「手伝ってください」だと「我が事」にならないので、フリースペースがあるので、「一緒に老後のことを勉強しませんか」とお誘いしました。勉強会をするうちに「将来どうなるのか。行政が何でもやってくれる時代ではなくなるけどどうしようか」と、自分たちでやるべきことを見つけていかれました。「我が事」になった瞬間です。
加藤●サロンに行きませんかと誘っても、興味がないと参加しようとは思いません。「我が事」にするにはその人が何をしたいかから始めることが大事ですね。さまざまな場に参加して、人とつながることで得られる安心感を実感すると変わります。人とつながり、自分のことを誰かが知ってくれていることの価値に気づくと、その場に居続けたいと思います。
終身雇用の崩壊や自治会への参加率の低下など、社会からの縛りが少なくなった半面、自分をつなぎとめられる縁が減っている気がします。その意味で「興味縁」や「課題縁」などのつながりを求め始めているように感じます。
大原●課題が多いからこそ福祉で縁をつくりやすいと思います。しかし、福祉は空間デザインが乏しく、「あそこに行くようになったら終わりだ」と思っている住民は少なくありません。イメージを変える努力も必要。ふらっと訪れて「うちのばあさんがさあ」と相談できる、スナック的な感覚も必要と思います。
加藤●一人ひとりが抱える課題は複雑化しており、福祉の専門職だけで福祉をやる時代ではないと感じています。多角的な支援を行うためには、手をつなげる先を多く持ち、そうした人たちと出会う場をつくることが大切です。今回の「重層的支援体制整備事業」については、さまざまな支援者や地域の人たち、制度などが重なり合えるという点で期待しています。
野﨑●ご指摘の通り、「重層的支援体制整備事業」では、手のつなぎ先をたくさん持てるように、各支援機関が協力しましょうということを意識しました。「興味縁」で参加した人が、そのまま目の前の障害者支援の担い手になるかは別として、つながりのある社会をつくることが、社会をより豊かにしていくのだと思います。
お二人は制度にとらわれずにそういう支援を実践されてきた。各地域に同じような方々がいるし、実践から支援のあり方、社会のあり方も少しずつより豊かに、包摂的になってほしいと思っています。地域共生社会の実現に向けて、「重層的支援体制整備事業」が少しでも役立つことを願っています。
本日はありがとうございました。
◎Part2 重層的支援体制整備事業とは
地域の「人と人」とのつながりが
セーフティネットを強くする
地域共生社会の実現に向けて、4月から始まる重層的支援体制整備事業の狙いと概要を社会・援護局地域共生社会推進室の唐木啓介室長に解説してもらいました。
重層的支援体制整備事業の創設
我が国の社会保障は、それぞれの制度ごとにセーフティネットの機能を充実させてきましたが、近年、ヤングケアラー、社会的孤立など、複数の分野にまたがる課題、制度の狭間にあるような課題など、従来の属性別・縦割りの支援では対応しきれないケースが顕在化してきました。80代の高齢者への支援者が、50代のひきこもりの方の存在を知っても、分野外で対応が難しいいわゆる8050のケースは典型です。
これに対応し、市町村が包括的な支援体制を構築するための事業として4月に施行されるのが「重層的支援体制整備事業」です。この事業は、①相談支援、②参加支援、③地域づくりに向けた支援の3つの支援と、それを支える多機関協働の機能、アウトリーチの機能から成ります。
<相談支援>
市町村での包括的な相談支援
相談支援は、介護や障害、子ども、困窮などの各支援機関が利用者の属性にかかわらず相談を包括的に受け止める事業です。
相談支援の実施体制にはさまざまなタイプがあります。たとえば、子どもから高齢者まで様々な課題を受け止める相談窓口を身近な小学校区に設置し、そこで日常の困りごとなどの相談に対応し、難しい相談は市役所の各部署に置かれた多機関の連携を担う職員につなげ支援しています。一方で、小規模の自治体では、あらゆる相談に対応する総合窓口を設けるところもあります。
人口規模や相談支援体制が異なるため、どのような体制が最適かは各自治体で話し合いながら決めていただきたいと考えています。
<参加支援>
社会とのつながりや参加の支援
参加支援とは相談支援で明らかになったニーズに基づき、相談者が社会とのつながりを保てるように、地域資源を活用し、相談者にとっての資源をつくっていく事業です。具体的には、多様なニーズに応えられるように、地域の受け入れ先を開拓し、結びつけ、双方のニーズの調整や事後フォローを行いながら、多様な社会参加の機会につなげていきます。
その際、既存制度の支援で対応できればそれを活用し、対応できない場合でも、既存の就労・居住支援等の機能の拡張を促していきます。
<地域づくり支援>
地域づくりに向けた支援
地域づくりに向けた支援は、世代や属性を超えて交流できる場や居場所、人と人とのつながりをつくり、地域住民同士の顔の見える関係性を育成する支援になります。
地域には、見守りなどの福祉的な地域活動のほかに、日常の暮らしの中での支え合い、興味・関心での活動などさまざまな「場」があります。そうした場に参加し、自分の役割や楽しみを見つけたり、そこでできた仲間に困りごとを相談したりすることにつながるかもしれません。
このような取り組みが重なり合うことで育まれる関係性そのものがセーフティネットになるのです。悩みが深刻な場合は、このつながりが専門職による支援への橋渡し役になるかもしれません。
また、まちづくりなど他の分野で始まった取り組みが、福祉分野の取り組みと出会うことで、学びが生まれ、暮らしをより意識した取り組みに変化していくこともあります。このようなダイナミズムも念頭に、様々な関係性が生まれる場を地域に育んでいければ、セーフティネットが広がります。
「重層的」という言葉には、この多様なつながりの重なり合いと、地域の関係性と専門職の支援との重なり合いがいずれも重要であるという思いが込められています。
体制構築に向けた環境整備
重層的支援体制整備事業では、これら3つの支援を支え包括的支援体制の構築を円滑にするため、複雑化・複合化した事例において多機関協働の中核となる機能の確保を求めており、この機能を核に、各機関が連携しながらチームとして支援することを支えます。同様に、ひきこもりの方などご自分で相談に来られない方に、支援者側からアウトリーチする機能も確保していきます。
さらに、これまで属性を超えた支援に関しては、国庫補助等の目的外使用が課題になっていましたが、重層的支援体制整備事業では、「すべての住民を対象とする事業」として、これまで分野ごとに行われていた相談支援・地域づくりに関連する事業の補助を一体的に執行する交付金を創設しました。これにより、いわゆる8050のケースのように、これまで分野外として支援できなかったケースも、各支援機関がチームで支援できるようになります。
加えて、事業実施自治体や事業者向けの研修・人材育成の充実や、この事業へのスムーズな移行準備を支援する事業も進めます。
おわりに
各市町村におかれては、この「重層的支援体制整備事業」を上手く活用しながら、地域の特色を活かした包括的な支援体制の構築を進めていただきたいと思います。
◎Part3 座談会
市町村での包括的な支援体制の整備
その現状と課題を考える
<座談会出席の自治体担当者>
<司会>
地域共生社会に向けて、自治体ではどのような課題を抱え、それを克服するためにどのような取り組みが必要になるのでしょうか。地域共生モデル事業に参画してきた自治体担当者に、それぞれの取り組みやその成果、地域共生社会をつくっていくうえで感じる課題などについて語り合っていただきました。
多分野の相談を受ける
ワンストップ窓口を開設
――最初にそれぞれ実践されてきた事業について説明いただけますか。
熊谷●盛岡市では2016年10月から多機関の協働による包括的支援体制構築事業を、17年4月から地域力強化推進事業を実施しています。
まず多機関協働事業のほうでは、高齢者支援、障害者支援、子育て支援などの各機関にキーパーソンとなる相談支援包括化推進員を配置して、多様な目線から相談体制の構築を図ってきました。
具体的な取り組みとしては19年5月、社会福祉協議会に、多分野の専門家によるワンストップの相談機関「まるごとよりそいネットワークもりおか」を設立しました。窓口をひとつに統一したことで、複合的な問題を抱えるケースや、これまで受け皿が見つかりにくかったひきこもりのケースなど、あらゆる問題に幅広く対応できるようになりました。
また、不足している社会資源として、ひきこもりの方たちの居場所や中間就労として働ける場などが指摘されていたことを踏まえ、市民からの寄付による古本をクリーニングし、インターネット販売して利益を得る「ブック&ブックエナジー・イン・モリオカ」という社会資源を立ち上げました。
これは、一般就労の困難な人たちが簡単な作業を通じて工賃を得る事業で、障害B型事業所の法人に協力してもらいながら実施していますが、今後はひきこもりの方などにも参加いただける中間就労の場に発展させたいと考えています。
一方、地域力強化推進事業のほうでは、中心市街地・中山間地域・住宅地のモデル地区を設定し、それぞれの地区のニーズに合った地域づくりを進めています。
たとえば、中心市街地では、マンション住民と戸建て住民の交流が乏しいという課題を踏まえて、双方の住民にとって関心の高い“防災”をテーマにしたマンションサミットを開催するなど、地域特有の課題解決に取り組んでいます。
複合的課題を抱える世帯も
課を越えた連携で支える
松岡●岡山市の場合、あらゆる相談機関が揃ってはいるのですが、種類が多すぎて、市民が自分の問題をどの相談機関にもちかけたらいいのかわかりづらいといった不都合が起きていました。
また、各相談機関は高い専門性をもって対応しているのですが、制度からはみ出てしまうケースや、制度の狭間に落ちてしまうケースについては対応する仕組みがなく、支援に結びつきにくいといった課題もありました。
こうした問題を背景に、各相談機関が専門外の相談を持ち込まれた場合でもそれを受け止めて、しかるべき機関につなぐ仕組みの必要性を感じ、総合相談支援体制づくりに着手しました。
相談者を他機関につなぐ際のツールとなる「つなぐシート」(複合課題チェックシート)を導入して、窓口で相談者(世帯)に他分野の課題がないかをチェックしたうえで、必要に応じて他機関の担当者につなぎ、相談者が確実に支援に行き着けるようにしました。
そのうえで、分野を越えた連携でも対応しきれないほど対応が難しい複合課題ケースについては、社会福祉協議会に配置した相談支援包括化推進員が対応することとし、各相談機関の担当者を集めた複合課題ケース検討会を開催して問題解決にあたっています。
そこには、市の保健福祉企画総務課も加わって相談機関や庁内の調整を行い、役割分担の明確化を図っています。こうした取り組みによって、これまで滞っていた困難ケースがサービスにつながった事例も増えてきました。
松嶋●北栄町では18年から、包括的支援体制づくりのモデル事業を開始しています。北栄町は人口1万5000人弱の小さな町ですから、行政と住民との距離が非常に近いという特徴があります。
地域包括支援センターや障害者地域生活支援センターなどの相談機関の多くが町直営であり、地域で福祉サービスを展開している事業所とも顔の見える関係ができており、連携もうまくいっています。
そうしたなかでも、最近は、対応の難しい相談事例が増えてきました。たとえば、高齢者に関する相談についても、ご近所の方からゴミ問題を指摘されてトラブルになっているのだけれど、背景には経済的な困窮や障害の疑いのあるようなケースです。当事者に困り感がなく、どの機関でどういう支援を行うべきか判断しづらいケースなどがあります。
こうした複雑化・複合化した住民の困りごとを解決するために、外部の福祉施策アドバイザーに協力してもらい、職員のアセスメント力を向上させるための研修を行ったり、ケース会議を重ねて、多機関での役割分担を明確にしたりして、個別支援の充実を図っています。
個別ケースに取り組めば
自然と垣根は越えられる
──今回の事業は、他課と連携しなければうまくいかないという点が大きな課題のひとつだろうと感じています。他課の理解を得るうえでご苦労した点があれば、お話しいただけますか。
松嶋●北栄町の場合、高齢、障害、生活困窮などは福祉課内で完結するのですが、子育ての分野は教育総務課にあります。そのため、事業を開始した当初は、課を越えた意思疎通に難しさを感じたこともありました。しかし、個別のケースを目の前にすると、どの課の担当者も「なんとかしなくては」という思いで取り組んでいるので、意外とすんなり連携できるものです。
話し合いを重ねているうちに垣根は自然と取り払われ、いまでは、教育、生涯学習、健康推進などの各課と一緒に検討できる関係性が築けています。
松岡●最初、「連携しましょう」と他課に話をもちかけたら、ほとんどの担当者から返ってきた答えは「うちはできているから大丈夫」でした。ところが、課長や部長からは、「こんなところに課題があるんじゃないか」という声が上がってきました。課長や部長は福祉行政・保健行政に長く関わるなかで、制度ができるごとに組織の縦割り化が進んでしまっていることに対する問題意識を持っていたのだと感じました。
縦割り状態のもとで、〝課を越えた連携”といってもうまくいくはずがありません。
そこで、相談支援包括化推進員が介入しても課間の調整が難しいケースについては、各分野のトップにあたる部長や所長にアドバイザーとして入っていただき、トップ同士の話し合いで調整を図る仕組みをつくりました。アドバイザー制を用いることで、制度の狭間の問題についても各課の役割分担を明確に決めることができ、複雑なケースの解決につながっています。
熊谷●盛岡市の場合、子育て分野のみが直営で、あとは全部外部委託なので、行政内部の連携よりも、外部の機関同士の連携に重点を置いてきました。相談事業の事務局と総合窓口を設置した社協を相談体制の根幹に据え、さまざまな課題についても、社協を中心とした各専門機関とのネットワークづくりのなかで議論を進めてきました。
そうすると、市の担当課が“蚊帳の外”ではないかと思われるかもしれませんが、正直、事業スタート時には担当課の地域共生に対する本気度は今ひとつでした。しかし、「シェルター」や「独居高齢者」の支援について、支援体制の構築や新たな社会資源をモデル事業で創出していくことで、各課も「このままではいけない」と、一転、地域共生に乗り出すようになったのです。いまでは、多くの課が意欲的に議論の場に参加するようになっています。
地域共生社会づくりに
多世代を巻き込む
──今回の事業では相談支援とあわせて、住民の社会参加を促す参加支援や地域づくり支援もテーマになっています。これらについての取り組みや課題についてお聞かせいただけますか。
熊谷●先ほどお話ししました「ブック&ブックエナジー・イン・モリオカ」は、今後、ひきこもりの方の中間就労的な位置づけにもしたいと考えています。
ただし、毎朝職場に出勤し、一定時間作業をして帰るという社会活動が、ひきこもりの方にとってはハードルが高い。もう少しゆるい感じの“居場所的な中間就労”の場が必要ということで、社協の会議室を月2回開放し、自由な時間に来て、本の選別などの手伝いをし、工賃を受け取ってもらう仕組みもつくりました。10か月間で延べ80人の方にご参加いただきました。
集まって話をするだけではなく、やはり作業をして少ないながらも工賃を受け取ってほしい。それをきっかけにもっと働きたいと思ってもらえれば、事業所の勤務に移行したり、ハローワークで求職活動したりすることができます。段階を踏んで最終的に一般就労につなげられればと思っています。
松嶋●北栄町では、住民との話し合いの場を多くもちたいと考えており、ワークショップの開催を行っています。
小学校区単位での活動になっており、各地区で地域の実情に即した生活課題を住民から挙げていただき、解決策を話し合ってもらっています。
いま課題となっているのは、出かけたいけれど移動の手段がないとか、多世代が集えるような居場所がないといった問題です。今後は、これらの問題について話し合うだけでなく、さらに解決に向けた取り組みへと発展させていこうと考えています。
ただ、話し合いに参加してくださる顔ぶれが60代後半から70代の女性がメインで、男性や若い世代の方々を十分巻き込むことができていません。いま、生涯学習課と連携して、子どもの居場所づくりにも取り組んでいるので、その問題とも絡めながら、幅広い世代の人に関心を高めてもらう働きかけをしていきたいと思っています。
松岡●岡山市では生活支援体制整備事業を通して、高齢、子ども、保健、都市整備なども含めて一体的に地域づくりを推進しています。
その拠点に公民館を活用して、公民館職員と生活支援コーディネーターが連携し、関係機関・団体の協力も得ながら、地域の困りごとの解決や住民の孤立化防止のための社会参加の場の創出などに取り組んでいます。
松嶋さんのご指摘にもあったように、地域共生社会づくりの担い手も高齢者主体のところが多いと思いますが、岡山市では環境分野に取り組む団体などに若い方もいらっしゃる。そうした若手にも積極的に参加してもらって、将来的に、地域づくり事業で一緒にコラボできるといいなと思っています。
──みなさんのお話をうかがいながら、改めて重層的支援体制整備事業の“重層的”の意味について深く考えさせられました。住民の相談を支援につなげるには、いろいろな機関が重なり合って連携しなければならないという意味での“重層的”。相談支援だけでなく、参加支援や地域づくり支援が連動し、それぞれのプロセスが重なっていくという意味での“重層的”でもあるのだろうと感じました。今日はありがとうございました。
◎Part4 地域共生社会シンポジウム
地域共生社会の実現に向けて
有識者・実践家たちがつながりづくりのポイントを提示
厚生労働省では、2月23日、令和2年度地域共生社会シンポジウムをWEB開催しました。「地域共生社会を推進する背景と課題」に関する基調講演や各地での実践報告、さらには関係者によるディスカッションなど、ここではシンポジウムの模様をお伝えします。
<プログラムⅠ 特別講演>
現在の制度に当てはまらない
生活困難者が増えている
日本におけるGDP比に占める社会保障の支出規模はイギリスやオランダを超えるほど高水準になっている一方で、相対的貧困率※はイギリス10・9%(2015年)、オランダ7・9%(15年)を大きく上回る15・4%(18年)となっています。
中央大学法学部の宮本太郎教授はこの事実を提示したうえで、「なぜ社会保障費が多いのに貧困率は高いのでしょうか。これまで充実させてきた社会保障制度と現在の福祉へのニーズにギャップが生じているからです」と言います。日本ではこれまで医療や介護、障害、困窮などの社会保障制度を充実させてきました。しかし、「年収は低いが生活保護を受給する条件には当てはまらない」「メンタルヘルスに問題を抱えているが障害手帳をもらうまでではない」など、問題を抱えているにもかかわらず、現在の社会保障制度の基準に当てはまらない人が増えています。
「そうした新しい生活困難層は1000万人にも達すると言われています。さらにこのコロナ禍で職を失ったり、就職活動をしていた若者が新たな就職氷河期世代になったり、生活困難者はさらに増えていくと予想されます。これからの福祉にはこうした人たちの受け皿となる包括的支援が重要です」と説明しました。
宮本太郎氏
「元気になってもらう」
そんな支援が必要になる
2040年の日本の人口は約1億1000万人で、そのうち高齢人口は3900万人と過去最高に達する一方で、現役世代は1700万人減少すると試算されています。
宮本教授はこの状況に鑑みて、「人口構成が逆ピラミッド型になり、現役世代と高齢世代比が1・5対1になる40年には社会保障を維持できなくなるかもしれません。そのため今後の福祉には財政的支援だけではなく、『元気になってもらう』ための支援が重要になります。一方的に支えられていては元気になれません。支え手になることで元気になれることが大切です。多くの人が自己肯定感を高めて元気になるためには、支え、支えあう地域共生社会の実現が必要です」と強調しました。
地域共生社会づくりに向けて、宮本教授は、①縦割りを超えた包括支援(包括的な相談支援)、②「支え手」「受け手」を超えた支え合い(参加支援)、③我が事としてのまちづくり(地域づくりに向けた支援)――の3つの柱が必要と指摘しました。そして「地域によって課題もインフラも違います。地域共生社会の形は地域の数だけあります。4月から始まる重層的支援体制整備事業では、福祉目的であれば使途を限定せずに活用できる新たな交付金制度も設けられています。こうした仕組みを使って、地域の実情を知る自治体が、自由な発想で、やる気になる、気分が上がる『ご当地モデル』をつくりあげるのを期待しています」と述べました。
<プログラムⅡ 実践報告>
バリアフリー情報の共有で
車いす利用者の世界を変える
特別講演に続いて地域共生社会の実現に向けてさまざまな取り組みをしている実践者からの実践報告発表が行われました。
最初に登壇されたのは一般社団法人WheeLog代表理事の織田友理子さんです。
織田さんは2002年に遠位型ミオパチーという難病の確定診断を受けて、06年に男児出産後、車いす生活となりました。織田さんは夏が訪れるたびに、子どもを「海につれていきたい」と願う一方で、「でも車いすだから行けないだろうな」と半ばあきらめていたそうです。それがあるとき、茨城県大洗町にバリアフリービーチがあると知り、子どもと一緒に海で遊ぶという夢をかなえることができました。
「知らなかった情報を得られたことで前向きになりました。バリアフリー情報があると世界が変わるということを実感しました」と振り返りました。この体験をきっかけにYouTubeで車いすでのお出かけに便利なバリアフリー情報の発信を始めました。
「ただ、1人だけの情報発信では限界があります。そこで、多くの人が投稿し、その情報を共有できる仕組みをつくる必要があると考えて、2017年にリリースしたのがバリアフリー情報のプラットフォームとなるアプリ『WheeLog!』です」と織田さんは笑顔で語りました。
WheeLog!には車いすで行けるレストランなど、約3万8000スポットの情報のほか、走行ログ、さらにはタイムラインで最新の投稿を見たり、ユーザー間で交流したり、バリアフリー情報について質問したりできるSNS機能も備えています。しかも日本語に加えて英語、中国語、韓国語、スペイン語など10言語に対応しています。
織田さんは「車いす生活の人でも、バリアフリー情報を共有できる仕組みがあれば、外出しやすくなり、社会とつながる居場所ができ、生きがいを感じることもできます。自分で情報を発信すれば、社会に支えられるだけでなく、支えることもできます。今後も車いすでもあきらめない世界を作るための取り組みを進めていきたいと思います」と意欲を語りました。
織田友理子氏
地域住民が日本の生活を教え
外国人住民からは文化を学ぶ
続いて、公益社団法人トレイディングケア代表理事の新美純子さんが、多文化共生社会を実現するために愛知県高浜市で実践する「バディシステム」について報告しました。
バディシステムとは、地域住民が外国人住民のバディ(相棒)になり、地域住民と外国人住民が交流をしながら、国籍、年代を超えた関係づくりをしていく仕組みです。バディは、外国人住民に日常生活のなかで、日本の生活やルール、文化を教え、地域住民は外国人の文化を教わります。つまりバディシステムは一方的なサポートではなく、双方向、多方向の関係になるのです。
「地域には日本人と仲良くしたいと思っている外国人住民が大勢います。一方で外国人を気にかけている地域住民も一定数います。しかし、外国人住民が気楽に相談できる場はもとより、外国人住民と地域住民が知り合う場もつながる機会もあまりなく、お互いに話すきっかけもなかったのです。そこで交流の場を設けることにしたのです」と新美さんは話しました。外国人が来日した初日、地域住民が迎え入れ、歌を歌ったり、出し物をしたりして盛り上げる歓迎会を開催。国籍、性別、年齢を超えてつながれる場づくりに取り組んでいるのです。
バディには子どもも高齢者もなることができます。一緒に料理をつくったり、公園で遊んだり、商業施設で声をかけたり、挨拶したり、好きなことを、好きな時間に活動します。
「日本の文化や生活のルールなどを教えるのですが、外国人住民の方々から教わることも多いです。外国の文化を知ることは子どもたちにとっては教育にもなっていると感じます」と新美さんは語りました。
高浜市は外国人人口比率が愛知県トップクラスで今後も外国人住民が増えていくと予想されます。新美さんは「当市において外国人との共生は住民全員にとっての“我が事”です。外国人と日本人、同じ地域住民として気軽に声をかけあえる、地域づくりを目指したいですね」と締めくくりました。
新美純子氏
あらゆる人の雇用創出を軸に
地域課題の解決に取り組む
公益財団法人正光会御荘診療所所長の長野敏宏さんは「愛南町における地域づくり」について報告しました。
愛媛県の南部に位置する愛南町は気候が温暖で自然も豊かな一方で、基幹産業だった真珠の養殖が衰退し、若い世代が町外に流出し、高齢者の人口比率は44%に達しています。長野さんは精神科医として赴任。患者の社会復帰に向けた環境整備の必要性を感じていましたが、地域には働く場所が足りませんでした。
「地域の経済・雇用状況の悪化から、この15年は起業および障害者だけではなく、あらゆる人の雇用創出が地域の重要課題でした。そこで愛南町の産業振興・雇用創出に向けて、2006年に立ち上げたのがNPO法人ハートinハートなんぐん市場です」と長野さんは話しました。
温泉や宿泊、レストランなどの観光業や飲食業の経営、国産アボカドといった新しい農作物の栽培、米や柑橘、原木シイタケの収穫や食品加工、サツキマスの養殖など農業や水産業など、なんぐん市場では地域にマッチしたものを新たに創り出す事業を、障害者を含めてさまざまな立場の人が参画して展開しています。
「農業から水産業から弁当の宅配、お墓の掃除まで幅広い仕事を手掛け、町の温泉施設の指定管理者にもなりました。現在、約80人が参加しています」と長野さんは成果と現状を報告しました。地域共生社会に向けて、長野さんは「間違いなく『つながる』ことからはじまります。つながるチャンスは一生に一回しかないという人もいます。好機を逃していないか点検するとともに、医療者をはじめ『専門職』には、地域の人たちの生活に入り込む覚悟が必要になります」と強調しました。
長野敏宏氏
先駆的な事例にある
3つの共通点
地域共生社会シンポジウムの最後のプログラムとして、発表者である織田さん、新美さん、長野さんに、コメンテーターとして、東京都立大学人文社会学部の室田信一准教授、厚生労働省社会・援護局地域福祉課生活困窮者自立支援室/地域共生社会推進室の唐木啓介室長が加わったディスカッションが行われました。コーディネーターを務めたのは特別講演の宮本教授です。
最初に3人の実践者の報告を受けて、室田准教授と唐木室長がそれぞれ感想を述べました。
室田准教授は「地域共生社会の構造は氷山と似ています。目に見える海面上に現れているのは、社会保障の仕組みのほんの一部で、海面下にはプラットフォームや地域のつながりがあり、それに支えられています。かつての福祉は、無力な人を保護するという考え方でしたが、今では保護されるべき人にも力があり、その力を引き出すという考え方に変わってきました。経済成長が見込めなくなった現在、ヒト・モノ・カネ・データという限られた資源を、地域でうまく回すシステムが求められています。WheeLog!でのバリアフリー情報の共有も、バディシステムやなんぐん市場を通じた街づくりも、そうした地域共生のシステムになっています」と語りました。
一方、唐木室長は3つの事例には、①世代や属性を超えた仕組みである、②支援される人とする人を分けず、助け合う仕組みである、③地域の実情を踏まえた仕組みである、という共通点があると指摘しました。
「外国人との共生を目指すバディシステムなどまさに地域の実情をとらえた仕組みです。地域共生の仕組みは、行政だけでなく民間からも、さまざまなアイデアを出してもらうほうがいいと改めて実感しました」
この地域共生の仕組みづくりについて、室田准教授は「行政の繊細なコーディネートが必要と考えています。行政や専門職などから、どんな支援を受けましたか。あるいはどんな支援を要望しますか」と実践者に対して質問を投げかけました。
これに対して織田さんは「アプリにはさまざまな活用の可能性があると思います。どのように利用できるかを教えてほしいです」と回答。一方、新美さんは「外国人住民の抱える問題について、自治体の部署によって温度差を感じます。ヨコの連携を強めてもらいたいです」と問題点を指摘しました。
室田信一氏
長野さんは「行政と専門職など、分けては考えていません。住民もピアサポーターも、医療者も、みんなが地域の担い手で、支え合わないといけないですから。もっといえば、“地域共生”が当たり前で、死語になるくらいに、早く定着すればいいと考えています」と希望を述べました。
唐木室長は実践者3人に異なる質問を投げかけました。1つ目は「地域共生社会におけるICT活用のメリットについて」です。
織田さんは「アプリは、自分がアップした情報が更新され、社会貢献になっていると、手ごたえを実感できます。バリアフリー情報は変化しているので、同じスポットでも3カ月後、6カ月後とアップデートも必要です。情報アップを促すため、ゲーム感覚で楽しめて、モチベーションが上がるのもメリットだと感じます」と述べましました。
次に「外国人に対する無関心層へのアプローチの仕方」という質問に対しては、新美さんが回答。「難しい」としつつ、「挨拶でもいいので、まずはお互いにコミュニケーションを取ることが大切です」と答えました。
最後に「地域共生システムに、行政や住民をうまく巻き込むコツ」については、長野さんが「地域のつながりを大切にして、ネットワークを広げることです。しかし、早道はありません。気長にお付き合いを深めることでしょう」と投げかけました。
※「相対的貧困率」とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合をいいます。子どもの貧困率は、17歳以下の子ども全体に占める、中央値の半分に満たない17歳以下の子どもの割合をいいます。
唐木啓介
出 典 : 広報誌『厚生労働』2021年4月号 発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト) 編集協力 : 厚生労働省 |