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Approaching the essence─「社会のリアル」に学ぶ─
コロナ禍が生む負の連鎖 低所得者の「今」を知る
厚生労働省は、国民生活に最も身近な省庁と言われますが、日々の業務で、一人ひとりの暮らしという視点を意識することが減っています。暮らしを支える社会のセーフティネットも弱まるなか、厚労行政の将来を担う職員が「社会のリアル」から学ぶ勉強会を、人事課と広報室共催で定期的に開催しています。今回は第2回勉強会の様子を紹介します。
<エピソード 1>
経済的に不安定な低所得層が
ますます追い詰められている
「日本の貧困問題を社会的に解決する」というミッションのもと、2001年から活動してきた大西連さん。コロナ禍の今だからこそ考えなければならない貧困問題について解説します。
おおにし・れん●認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。2010年ごろより、ホームレス支援、生活困窮者支援に携わる。14年より現職。そのほかに、新宿ごはんプラス共同代表、社会福祉法人日本いのちの電話理事、政府のSDGs推進円卓会議構成員など。
コロナ禍で一気に困窮
私が理事長を務める認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいでは、貧困を経済的な困窮プラス人間関係の孤立ととらえています。貧困の背景には孤立の問題があり、そこに至る過程には人生でのつまずきや生きづらさ、社会的な排除要因があります。
コロナ禍の今は、失業して収入を失った人たちが急増しており、彼らはまさに貧困プラス孤立のただなかで苦しんでいます。
相談件数も非常に増え、メールでの相談が多くなっています。面談による相談は半年で約700件と、例年の1.5倍以上です。
ほかの団体と協力しながら、毎週土曜日に食料品配布を実施していますが、これまで約8,000食を配布しました。こちらは昨年比2倍~2.5倍。困窮している方が増えていることを実感しています。
また、9月から緊急時のシェルターを始めました。現在5部屋の運用ですが、年明けに増やす予定です。住まいがない方の支援はまだまだ脆弱だと痛感しています。
相談事例から見えるもの
相談者のなかで圧倒的に多いのは、非正規、業務受託、フリーランス、自営業者です。製造業が中心であったリーマン・ショックのときと対照的に、コロナ禍では、経済の低迷の影響があらゆる産業に広がっていると感じています。以前はギリギリのところで何とか自立した生活を営んでいた低所得の方々に大きなダメージが広く及んでいます。
たとえば、ネットカフェ生活をしていたが、日雇いの仕事が減り路上生活になった。建築関係で請負仕事をしていたが、仕事が減り家賃が払えなくなったなどです。
コロナ禍以降の相談事例をいくつか紹介しましょう。(ここではいくつかのケースを組み合わせて事例として報告します)
●事例1 20代前半の男性
都内の飲食店で働いていましたが、店が閉店してしまい、寮を出てネットカフェ生活になりました。うつ病も悪化。家族との折り合いが悪いため実家にも頼れず、所持金が数百円しかないという状態で相談に来ました。
彼のように、脆弱な生活基盤でどうにか暮らしてきた人が一気に困窮してしまうケースが、今とても増えています。潜在的な困窮者は、実はたくさんいると感じています。
●事例2 10代後半の女性
以前から父親から身体的虐待を受けていて、児童相談所に保護されたことも。緊急事態宣言中、父が在宅勤務のため、家にも居場所がなく外にも行く場所がない、死にたいと相談がありました。
DVや虐待の相談も多く寄せられています。コロナ禍が招いていることもありますが、元々あった状況が顕在化している面もあります。問題は抱えていたが、なんとかやり過ごしていた、我慢していたという人がたくさんいたのです。
●事例3 20代半ばのシングルマザー、未就学児2人と都営住宅で3人暮らし
飲食店で働いていましたが、店が営業停止に。収入が減少し、貯金も底をつきそうでした。最初、生活保護は受けたくないと抵抗感があるようでしたが、のちに利用を決心しました。
これまで面談してきたほとんどの方が生活保護を利用することに抵抗を示します。生活保護の利用は権利であるにもかかわらず、扶養照会や自家用車などの資産活用が足かせになっている現状があり、非常にはがゆい思いをしています。
生活困窮者への
セーフティネット強化を
困窮が広がる中でも、生活保護利用者は増えていません。それは、コロナ禍の影響を最も強く受ける稼働層にとって、生活保護は、仮に要件を満たしても最初の選択肢にならないからです。生活保護への抵抗感もあります。代わりに緊急小口などの貸付が劇的に増えています。しかし、返済しなければならない貸付の仕組みがセーフティネットであっていいのか疑問です。
コロナの感染リスクは平等でも、生活への影響には大きな格差があります。正社員の場合は雇用調整助成金や失業給付などがありますが、最も不安定で所得が低い人たちへの支援は非常に手薄で、貸付か生活保護しかありません。
雇用による保障とか家族の扶養とかではなく、個人単位で支えるシステムが必要です。右肩あがりとは言えないこれからの時代に、まずなにより、一番困っている人にこそ支援が届くセーフティネットの仕組みをつくっていかなければならないと考えています。
<エピソード 2>
困窮が広がる中で問われる公助・公務の意味
NPOなどの支援や特例貸付業務を担当しながら、生活困窮者にかかわる活動にも取り組む根本真紀さん。困窮者支援の現状から、公務に携わる者に対して、「今、求められていることは何か」を問いかけます。
ねもと・まき●文京区社会福祉協議会勤務。法律扶助協会(現・法テラス)、都内の社会福祉協議会にて約10年生活困窮者に対する相談支援業務に従事した後、2017年4月より現職。現在は、地域連携ステーションフミコムにて、NPOや企業等の活動支援の傍ら、生活福祉資金特例貸付業務も兼務している。
特例貸付の直面するジレンマ
私は文京区社会福祉協議会職員です。NPOなどの中間支援が本業ですが、コロナ禍での生活福祉資金特例貸付も兼務しています。
特例貸付は、コロナ禍の影響で同一世帯のどなたかの就労収入が減少していれば利用できます。
貸付事業は本来は相談支援をあわせて行って世帯の自立につなげることを目的にしているため、面談が基本です。しかし、例えば文京区では、これまで年間数件だった貸付件数がコロナ禍では約3,000件に激増したことで、一時期は面談予約が先送りになり、緊急支援とは言えない状態が続いたため、国の要請もあり郵送手続きを原則としたのですが、借りやすくなって多くの人の命がつながった反面、相談者の背景や状況の深刻さが見えず支援しにくくなってしまっているというジレンマを抱えています。
ハイリスク層が顕在化
中間層の困窮も増加
特例貸付相談者で多いのは、不安定な仕事で低所得というハイリスク層です。コロナ禍によって、もともとあった問題が顕在化している状況です。
仕事や収入を失うことをきっかけに、家族間の困難が浮き彫りになることも多いです。虐待の経験から他者への不信感が強く支援できるまでに時間がかかる、家族と絶縁状態だが扶養照会があるために生活保護の利用をためらい困窮状態が深刻になるなど、家族関係の問題が生きづらさにつながっている現実も目の当たりにしています。
また、公的支援がほとんどない外国人の特例貸付が増大しました。文京区では、特例貸付の申請の約2割が外国人の方です。公的書類が読めない・書けないという言語の壁で、国民健康保険や住民税の猶予・免除の手続きができない方もいらっしゃいます。何度か同行しましたが、やさしい日本語や英語の併記など、手続き上の配慮がますます必要になっています。
特例貸付の相談からみえるのは、生活基盤が脆弱な方だけではなく、正社員の方や中間層の困窮も増えているということです。たとえば、本業の傍ら飲食店でアルバイトをしていたが休業でアルバイトの収入を失った。共働きの片方の失業や休業により収入が半減した、などです。このような場合、生活保護の要件は満たさないことも多いのです。
収入に見合った生活に見直しなさいと正論を振りかざすのは簡単です。しかし、子どもの学資保険や習いごとなど、これまでの日常で大切にしてきた何かを捨てることは相当の喪失です。
その想像力を失って正論をふりかざすことは暴力と同じです。しかし、経済的な状況がすぐに回復する見込みもありません。本人が現実と折り合いをつけられるまでどうやって伴走するか、日々悩みながら支援しています。
「公」の役割は何か
昨年の緊急事態宣言中、ネットカフェも休業になってしまったことで、一気に仕事と寝泊まりする場所を奪われた方たちが急増していました。そのような方への民間の支援団体の相談支援活動に協力していたのですが、私が関わった方のほとんどは20~30代の方でした。そのなかで気づいたのは、若い世代に自己責任論が染みついていることです。そのため、所持金が100円くらいになって初めてSOSを発する状況なのです。
公助がしっかりしてこそ自助・共助が生きます。困窮者に対して、公助より先に自助・共助を求め続けることに大きな疑問を抱かざるを得ません。
もう一つお伝えしたいのは、行政による“水際対応”が蔓延していることです。
生活保護の窓口では、相談に行くと話も十分聞かずに社協(貸付)を紹介したり、生活保護を利用する代わりに遠くの施設への入所を求めるなど、法の目的とかけ離れた運用が日常的に行われていることも少なくありません。
女性の相談窓口でも、相談に行きたいとメールしたら、コロナの影響で来所相談はやっていない、電話がないなら公衆電話からどうぞ、と対応されたというケースも聞きました。DVの相談を公衆電話でできますか。
行政の方は、「これ以上受けたらパンクする」と言いますが、パンクするから目の前の人が困ったままでいいのか、命を選別してもよいのか。市民の声を聴く窓口がいい加減な対応をするなら、行政は何のためにあるのでしょうか。パンクしない体制づくりのために動くべきではないでしょうか。
どんなによい仕組みをつくっても、それが適切に運用されていなければあまり意味はありません。私はこの間、「公務」とは何か、公務員にしかできないことは何か、そのために民間の現場からどう力になれるのかを考え続けています。厚労省の皆さんにも改めて考えていただきたいと思います。
生活困窮者の方への支援の質は、自治体によって大きな差があります。セーフティネット、命をつなぐところに、大きな地域間格差があってよいはずはありません。
国の情報発信も、トップランナーの自治体の紹介よりも、何から手を付けたらよいのかわからず一歩を踏み出せない自治体の底上げをどうするかに意識を向けてほしいと思います。何を知っているかより、知らないことは何かに対して想像力を働かせることが、よりよい政策につながるのではないかと思います。
<意見交換>
野﨑●社会保障は、その時々の社会を前提にセーフティネットを張ってきましたが、リーマンショックや、今回の新型コロナウイルス感染症を前に、その機能を改めて考えながら、一つひとつのエピソードを大変重く受け止めました。
制度をつくるだけでなく、現場の運用にどう浸透させていくか。しかし、長く続けられた今の仕組み・運用は簡単には変わらない、そこにもどかしさを感じます。
大西●数十年かけて培われてきたものなら、時間をかけて変えればいい。働かないで生活保護を受けるのはけしからんという自己責任的な声があるのも事実ですが、コロナ禍では、多くの方が貧困を身近に感じ、先行きが見えないなかで不安が高まっている。ここが変わるタイミングになる気がするし、変えるタイミングにしていくことも重要です。皆さんのがんばりがムードをつくっていく。皆さんの発信でも、文言を少し変えたり、文章を加えたりするだけでも効果があると思います。
根本●生活困窮を今ほど身近に感じられる機会はないと思います。「生活保護費は年金より高いじゃないか」と言うなら、なぜ「年金を上げよう」という議論にならないのか。苦しいほうに合わせると結局、自分たちも苦しくなるが、それはおかしいという認識をどう広めていけるかを考えていかなければいけませんね。
一億総中流のような「普通」の世の中が終わってしまっているのに、皆、まだ「普通」の幻想に縛られて、そこから外れることを怖れて窮屈になっていると感じています。それが変わるチャンスだと思います。
羽野●聴くのがつらい話もあったなかで印象に残ったのは、生活保護の支援を自ら断る人たちがいること。誰でもそうなり得るのに、一人ひとりの想像力が欠けていて、自分は違うということで安心しようとしているのかもしれないと思いました。そうやってできた社会の雰囲気のせいで、苦しくなっても手を伸ばそうとすらしたくない、そうなってしまっているのでないかと感じます。
大西●義務教育の学校に通わせるのを申し訳ないと思う親はいませんよね。これと同じで、福祉をより普遍的にしていくことが必要と思います。難しい手続きを経なくても、一定以下の所得になったら自動的に必要な支援や情報が届くような仕組みを考えていくべきではないでしょうか。
藤原●何を知っていて、何を知らないのか、衝撃を受けた時間でした。「水際作戦」という言葉を知っていても、霞が関で仕事をしていては、事実が見えていないのだと思いました。また、家族関係が悪いなか、親がテレワークで家にいることに耐えられず行き場所がないという女性のエピソードを伺いました。現実が見えていないと、テレワークなどよかれと思ってやったことがかえって暮らしを苦しくしてしまいかねない、そう重く受け止めました。
オンライン参加者●実態の厳しさに言葉が見つかりません。手を差し伸べないと危険なのに我慢しすぎてしまう方と、みんな大変なんだからもう少し頑張れよという無言の圧力の間のバランスのとり方が、コロナ禍でいっそう難しくなっていると思いました。
根本●それまでにも随分がんばっているのに、今よりもどうがんばらないといけないのか、その圧力がしんどいんです。そもそも自立への考え方が、「就労して自分で生計を立てる」ということだけが前提になりがちなのが問題です。
生きづらさ、働きづらさは多種多様なのにゴールが単一だからです。ご本人にとってベストな生き方とはなにか、そこに立ち返って支援を組み立てなければなりません。働くことの意味も、改めて見つめなおすときにきていると感じます。
吉田●だいぶ疑問が解消してきました。セーフティネットをきめ細かくしていくのと同時に、産業構造、雇用のあり方など、あらかじめリスクを顕在化させない社会とすることが大事ですね。
勉強会を終えて
〈オンライン参加者から〉
〈主催者から〉
年末に、都内の支援者の知り合いから聴いた話に驚きました。年末の対応が手薄な日はどうするのかと尋ねたところ、福祉事務所の管理職が「役所が空いているうちに来ないで、年末に住まいを失って相談に来るなんて非常識だ」と答えたと。厚労省内でも同じように話す職員がいたそうです。残念ですが、これもリアルです。
なぜ年末年始に来なければいけなくなるのか。想定外の事態が起こることもあり、公助に頼らずに頑張っても限界がきてしまうこともある。困難に日々対処することで精一杯で、計画的に行動する力を失うこともあります。
「公務」とは何か。少なくとも、国民が直面するさまざまな状況を想像し考える、その姿勢を中心に置いて職務に当たることが必要ではないでしょうか。厚労省の職員も、一人の支援に直接携わることはほぼありませんが、それでも、困難な状況にある方たちに思いを寄せて、やらなければいけないことはあります。
昨年末、厚労省ホームページに、生活保護と生活困窮者支援に関するページを新たに掲載しました。それは、本当に困っている人や支援者に、正しい情報を直接届けなければ、という職員の思いがきっかけでした。
今後も、社会のリアルに学ぶなかで想像力を高め、それぞれの使命を考えていきたいと思います。
野﨑伸一:大臣官房総務課 広報室長
吉田 慎:大臣官房 人事課企画官
厚生労働省は、国民生活に最も身近な省庁と言われますが、日々の業務で、一人ひとりの暮らしという視点を意識することが減っています。暮らしを支える社会のセーフティネットも弱まるなか、厚労行政の将来を担う職員が「社会のリアル」から学ぶ勉強会を、人事課と広報室共催で定期的に開催しています。今回は第2回勉強会の様子を紹介します。
<エピソード 1>
経済的に不安定な低所得層が
ますます追い詰められている
「日本の貧困問題を社会的に解決する」というミッションのもと、2001年から活動してきた大西連さん。コロナ禍の今だからこそ考えなければならない貧困問題について解説します。
おおにし・れん●認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。2010年ごろより、ホームレス支援、生活困窮者支援に携わる。14年より現職。そのほかに、新宿ごはんプラス共同代表、社会福祉法人日本いのちの電話理事、政府のSDGs推進円卓会議構成員など。
コロナ禍で一気に困窮
私が理事長を務める認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいでは、貧困を経済的な困窮プラス人間関係の孤立ととらえています。貧困の背景には孤立の問題があり、そこに至る過程には人生でのつまずきや生きづらさ、社会的な排除要因があります。
コロナ禍の今は、失業して収入を失った人たちが急増しており、彼らはまさに貧困プラス孤立のただなかで苦しんでいます。
相談件数も非常に増え、メールでの相談が多くなっています。面談による相談は半年で約700件と、例年の1.5倍以上です。
ほかの団体と協力しながら、毎週土曜日に食料品配布を実施していますが、これまで約8,000食を配布しました。こちらは昨年比2倍~2.5倍。困窮している方が増えていることを実感しています。
また、9月から緊急時のシェルターを始めました。現在5部屋の運用ですが、年明けに増やす予定です。住まいがない方の支援はまだまだ脆弱だと痛感しています。
相談事例から見えるもの
相談者のなかで圧倒的に多いのは、非正規、業務受託、フリーランス、自営業者です。製造業が中心であったリーマン・ショックのときと対照的に、コロナ禍では、経済の低迷の影響があらゆる産業に広がっていると感じています。以前はギリギリのところで何とか自立した生活を営んでいた低所得の方々に大きなダメージが広く及んでいます。
たとえば、ネットカフェ生活をしていたが、日雇いの仕事が減り路上生活になった。建築関係で請負仕事をしていたが、仕事が減り家賃が払えなくなったなどです。
コロナ禍以降の相談事例をいくつか紹介しましょう。(ここではいくつかのケースを組み合わせて事例として報告します)
●事例1 20代前半の男性
都内の飲食店で働いていましたが、店が閉店してしまい、寮を出てネットカフェ生活になりました。うつ病も悪化。家族との折り合いが悪いため実家にも頼れず、所持金が数百円しかないという状態で相談に来ました。
彼のように、脆弱な生活基盤でどうにか暮らしてきた人が一気に困窮してしまうケースが、今とても増えています。潜在的な困窮者は、実はたくさんいると感じています。
●事例2 10代後半の女性
以前から父親から身体的虐待を受けていて、児童相談所に保護されたことも。緊急事態宣言中、父が在宅勤務のため、家にも居場所がなく外にも行く場所がない、死にたいと相談がありました。
DVや虐待の相談も多く寄せられています。コロナ禍が招いていることもありますが、元々あった状況が顕在化している面もあります。問題は抱えていたが、なんとかやり過ごしていた、我慢していたという人がたくさんいたのです。
●事例3 20代半ばのシングルマザー、未就学児2人と都営住宅で3人暮らし
飲食店で働いていましたが、店が営業停止に。収入が減少し、貯金も底をつきそうでした。最初、生活保護は受けたくないと抵抗感があるようでしたが、のちに利用を決心しました。
これまで面談してきたほとんどの方が生活保護を利用することに抵抗を示します。生活保護の利用は権利であるにもかかわらず、扶養照会や自家用車などの資産活用が足かせになっている現状があり、非常にはがゆい思いをしています。
生活困窮者への
セーフティネット強化を
困窮が広がる中でも、生活保護利用者は増えていません。それは、コロナ禍の影響を最も強く受ける稼働層にとって、生活保護は、仮に要件を満たしても最初の選択肢にならないからです。生活保護への抵抗感もあります。代わりに緊急小口などの貸付が劇的に増えています。しかし、返済しなければならない貸付の仕組みがセーフティネットであっていいのか疑問です。
コロナの感染リスクは平等でも、生活への影響には大きな格差があります。正社員の場合は雇用調整助成金や失業給付などがありますが、最も不安定で所得が低い人たちへの支援は非常に手薄で、貸付か生活保護しかありません。
雇用による保障とか家族の扶養とかではなく、個人単位で支えるシステムが必要です。右肩あがりとは言えないこれからの時代に、まずなにより、一番困っている人にこそ支援が届くセーフティネットの仕組みをつくっていかなければならないと考えています。
<エピソード 2>
困窮が広がる中で問われる公助・公務の意味
NPOなどの支援や特例貸付業務を担当しながら、生活困窮者にかかわる活動にも取り組む根本真紀さん。困窮者支援の現状から、公務に携わる者に対して、「今、求められていることは何か」を問いかけます。
ねもと・まき●文京区社会福祉協議会勤務。法律扶助協会(現・法テラス)、都内の社会福祉協議会にて約10年生活困窮者に対する相談支援業務に従事した後、2017年4月より現職。現在は、地域連携ステーションフミコムにて、NPOや企業等の活動支援の傍ら、生活福祉資金特例貸付業務も兼務している。
特例貸付の直面するジレンマ
私は文京区社会福祉協議会職員です。NPOなどの中間支援が本業ですが、コロナ禍での生活福祉資金特例貸付も兼務しています。
特例貸付は、コロナ禍の影響で同一世帯のどなたかの就労収入が減少していれば利用できます。
貸付事業は本来は相談支援をあわせて行って世帯の自立につなげることを目的にしているため、面談が基本です。しかし、例えば文京区では、これまで年間数件だった貸付件数がコロナ禍では約3,000件に激増したことで、一時期は面談予約が先送りになり、緊急支援とは言えない状態が続いたため、国の要請もあり郵送手続きを原則としたのですが、借りやすくなって多くの人の命がつながった反面、相談者の背景や状況の深刻さが見えず支援しにくくなってしまっているというジレンマを抱えています。
ハイリスク層が顕在化
中間層の困窮も増加
特例貸付相談者で多いのは、不安定な仕事で低所得というハイリスク層です。コロナ禍によって、もともとあった問題が顕在化している状況です。
仕事や収入を失うことをきっかけに、家族間の困難が浮き彫りになることも多いです。虐待の経験から他者への不信感が強く支援できるまでに時間がかかる、家族と絶縁状態だが扶養照会があるために生活保護の利用をためらい困窮状態が深刻になるなど、家族関係の問題が生きづらさにつながっている現実も目の当たりにしています。
また、公的支援がほとんどない外国人の特例貸付が増大しました。文京区では、特例貸付の申請の約2割が外国人の方です。公的書類が読めない・書けないという言語の壁で、国民健康保険や住民税の猶予・免除の手続きができない方もいらっしゃいます。何度か同行しましたが、やさしい日本語や英語の併記など、手続き上の配慮がますます必要になっています。
特例貸付の相談からみえるのは、生活基盤が脆弱な方だけではなく、正社員の方や中間層の困窮も増えているということです。たとえば、本業の傍ら飲食店でアルバイトをしていたが休業でアルバイトの収入を失った。共働きの片方の失業や休業により収入が半減した、などです。このような場合、生活保護の要件は満たさないことも多いのです。
収入に見合った生活に見直しなさいと正論を振りかざすのは簡単です。しかし、子どもの学資保険や習いごとなど、これまでの日常で大切にしてきた何かを捨てることは相当の喪失です。
その想像力を失って正論をふりかざすことは暴力と同じです。しかし、経済的な状況がすぐに回復する見込みもありません。本人が現実と折り合いをつけられるまでどうやって伴走するか、日々悩みながら支援しています。
「公」の役割は何か
昨年の緊急事態宣言中、ネットカフェも休業になってしまったことで、一気に仕事と寝泊まりする場所を奪われた方たちが急増していました。そのような方への民間の支援団体の相談支援活動に協力していたのですが、私が関わった方のほとんどは20~30代の方でした。そのなかで気づいたのは、若い世代に自己責任論が染みついていることです。そのため、所持金が100円くらいになって初めてSOSを発する状況なのです。
公助がしっかりしてこそ自助・共助が生きます。困窮者に対して、公助より先に自助・共助を求め続けることに大きな疑問を抱かざるを得ません。
もう一つお伝えしたいのは、行政による“水際対応”が蔓延していることです。
生活保護の窓口では、相談に行くと話も十分聞かずに社協(貸付)を紹介したり、生活保護を利用する代わりに遠くの施設への入所を求めるなど、法の目的とかけ離れた運用が日常的に行われていることも少なくありません。
女性の相談窓口でも、相談に行きたいとメールしたら、コロナの影響で来所相談はやっていない、電話がないなら公衆電話からどうぞ、と対応されたというケースも聞きました。DVの相談を公衆電話でできますか。
行政の方は、「これ以上受けたらパンクする」と言いますが、パンクするから目の前の人が困ったままでいいのか、命を選別してもよいのか。市民の声を聴く窓口がいい加減な対応をするなら、行政は何のためにあるのでしょうか。パンクしない体制づくりのために動くべきではないでしょうか。
どんなによい仕組みをつくっても、それが適切に運用されていなければあまり意味はありません。私はこの間、「公務」とは何か、公務員にしかできないことは何か、そのために民間の現場からどう力になれるのかを考え続けています。厚労省の皆さんにも改めて考えていただきたいと思います。
生活困窮者の方への支援の質は、自治体によって大きな差があります。セーフティネット、命をつなぐところに、大きな地域間格差があってよいはずはありません。
国の情報発信も、トップランナーの自治体の紹介よりも、何から手を付けたらよいのかわからず一歩を踏み出せない自治体の底上げをどうするかに意識を向けてほしいと思います。何を知っているかより、知らないことは何かに対して想像力を働かせることが、よりよい政策につながるのではないかと思います。
<意見交換>
野﨑●社会保障は、その時々の社会を前提にセーフティネットを張ってきましたが、リーマンショックや、今回の新型コロナウイルス感染症を前に、その機能を改めて考えながら、一つひとつのエピソードを大変重く受け止めました。
制度をつくるだけでなく、現場の運用にどう浸透させていくか。しかし、長く続けられた今の仕組み・運用は簡単には変わらない、そこにもどかしさを感じます。
大西●数十年かけて培われてきたものなら、時間をかけて変えればいい。働かないで生活保護を受けるのはけしからんという自己責任的な声があるのも事実ですが、コロナ禍では、多くの方が貧困を身近に感じ、先行きが見えないなかで不安が高まっている。ここが変わるタイミングになる気がするし、変えるタイミングにしていくことも重要です。皆さんのがんばりがムードをつくっていく。皆さんの発信でも、文言を少し変えたり、文章を加えたりするだけでも効果があると思います。
根本●生活困窮を今ほど身近に感じられる機会はないと思います。「生活保護費は年金より高いじゃないか」と言うなら、なぜ「年金を上げよう」という議論にならないのか。苦しいほうに合わせると結局、自分たちも苦しくなるが、それはおかしいという認識をどう広めていけるかを考えていかなければいけませんね。
一億総中流のような「普通」の世の中が終わってしまっているのに、皆、まだ「普通」の幻想に縛られて、そこから外れることを怖れて窮屈になっていると感じています。それが変わるチャンスだと思います。
羽野●聴くのがつらい話もあったなかで印象に残ったのは、生活保護の支援を自ら断る人たちがいること。誰でもそうなり得るのに、一人ひとりの想像力が欠けていて、自分は違うということで安心しようとしているのかもしれないと思いました。そうやってできた社会の雰囲気のせいで、苦しくなっても手を伸ばそうとすらしたくない、そうなってしまっているのでないかと感じます。
大西●義務教育の学校に通わせるのを申し訳ないと思う親はいませんよね。これと同じで、福祉をより普遍的にしていくことが必要と思います。難しい手続きを経なくても、一定以下の所得になったら自動的に必要な支援や情報が届くような仕組みを考えていくべきではないでしょうか。
藤原●何を知っていて、何を知らないのか、衝撃を受けた時間でした。「水際作戦」という言葉を知っていても、霞が関で仕事をしていては、事実が見えていないのだと思いました。また、家族関係が悪いなか、親がテレワークで家にいることに耐えられず行き場所がないという女性のエピソードを伺いました。現実が見えていないと、テレワークなどよかれと思ってやったことがかえって暮らしを苦しくしてしまいかねない、そう重く受け止めました。
オンライン参加者●実態の厳しさに言葉が見つかりません。手を差し伸べないと危険なのに我慢しすぎてしまう方と、みんな大変なんだからもう少し頑張れよという無言の圧力の間のバランスのとり方が、コロナ禍でいっそう難しくなっていると思いました。
根本●それまでにも随分がんばっているのに、今よりもどうがんばらないといけないのか、その圧力がしんどいんです。そもそも自立への考え方が、「就労して自分で生計を立てる」ということだけが前提になりがちなのが問題です。
生きづらさ、働きづらさは多種多様なのにゴールが単一だからです。ご本人にとってベストな生き方とはなにか、そこに立ち返って支援を組み立てなければなりません。働くことの意味も、改めて見つめなおすときにきていると感じます。
吉田●だいぶ疑問が解消してきました。セーフティネットをきめ細かくしていくのと同時に、産業構造、雇用のあり方など、あらかじめリスクを顕在化させない社会とすることが大事ですね。
勉強会を終えて
〈オンライン参加者から〉
〈主催者から〉
年末に、都内の支援者の知り合いから聴いた話に驚きました。年末の対応が手薄な日はどうするのかと尋ねたところ、福祉事務所の管理職が「役所が空いているうちに来ないで、年末に住まいを失って相談に来るなんて非常識だ」と答えたと。厚労省内でも同じように話す職員がいたそうです。残念ですが、これもリアルです。
なぜ年末年始に来なければいけなくなるのか。想定外の事態が起こることもあり、公助に頼らずに頑張っても限界がきてしまうこともある。困難に日々対処することで精一杯で、計画的に行動する力を失うこともあります。
「公務」とは何か。少なくとも、国民が直面するさまざまな状況を想像し考える、その姿勢を中心に置いて職務に当たることが必要ではないでしょうか。厚労省の職員も、一人の支援に直接携わることはほぼありませんが、それでも、困難な状況にある方たちに思いを寄せて、やらなければいけないことはあります。
昨年末、厚労省ホームページに、生活保護と生活困窮者支援に関するページを新たに掲載しました。それは、本当に困っている人や支援者に、正しい情報を直接届けなければ、という職員の思いがきっかけでした。
今後も、社会のリアルに学ぶなかで想像力を高め、それぞれの使命を考えていきたいと思います。
野﨑伸一:大臣官房総務課 広報室長
吉田 慎:大臣官房 人事課企画官
出 典 : 広報誌『厚生労働』2021年2月号 発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト) 編集協力 : 厚生労働省 |