広報誌「厚生労働」2020年7月号 Approaching the essence ─広報室長がめぐる厚生労働省の“ひと”─|厚生労働省

Approaching the essence ─広報室長がめぐる厚生労働省の“ひと”─

 厚生労働省の政策や関連するさまざまな現場に広報室長自らが切り込み、職員の率直な思いを届ける新企画。第1回は6月5日に成立した「地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律」を取り上げ、社会・援護局(社会)地域福祉課を直撃しました。

第1回・テーマ:地域共生社会の実現

法案の趣旨
 地域共生社会の実現を図るため、地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応する包括的な福祉サービス提供体制を整備する観点から、市町村の包括的な支援体制の構築の支援、地域の特性に応じた認知症施策や介護サービス提供体制の整備等の推進、医療・介護のデータ基盤の整備の推進、介護人材確保及び業務効率化の取組の強化、社会福祉連携推進法人制度の創設等の所要の措置を講ずる。


「地域共生社会」の実現に向けて



玉置隼人
社会・援護局(社会)地域福祉課
地域福祉専門官


鏑木奈津子
社会・援護局(社会)地域福祉課
包括的支援体制整備推進官


石井義恭
社会・援護局(社会)地域福祉課
課長補佐


國信綾希
社会・援護局(社会)地域福祉課
生活困窮者自立支援室
企画調整専門官



田代善行
社会・援護局(社会)地域福祉課
地域共生支援調整係係長



縦割りを超える支援体制と地域のつながりづくりを通じ
地域共生社会の実現をめざす

◎現状の制度では対応できない複雑な課題を受け止める

──今回の法改正では1番目に「地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応する市町村の包括的な支援体制の構築の支援」が挙げられています。同支援の意義をどう考えていますか。

石井●前提として、社会保障は「自助」「互助」「共助」「公助」の4つ※で構成されています。自助と互助、つまり個人での取り組みや個人を取り巻く家庭や地域などによる支えを前提に、それらを共助や公助などの制度が補完するという考え方です。しかし現在、一人親世帯や高齢者単身世帯、高齢者夫婦世帯の増加などの家族の変化や社会状況の変化によって、家族や地域のつながりが弱まっています。
 そもそも、一人の個人が生きていくなかでは、たくさんのリスクや生きづらさに直面します。一方、制度は「高齢者支援」「困窮者支援」など、基本的に対象者の属性ごとにつくられているため、制度は縦割りとなり、その間に狭間が生まれます。今の制度では、一人ひとりの多様かつ複雑なニーズには応えにくいというのが実情です。


──そうした多様かつ複雑なニーズは従前、家族や地域がセーフティーネットとなって受け止めてきたわけですよね。現場の専門職の縦割り意識も問題ではありませんか。

玉置●ご指摘のとおり、支援する側にも課題があります。専門職は自分たちの専門領域である介護や社会福祉の範囲内に関しては手厚い対応を行う一方で、範囲外のニーズには十分にかかわれていなかった面もあります。本来、そうしたニーズはほかの専門職につなげるべきですが、うまくいっていないケースが多いのが実情です。さらに言うと、制度間の狭間にあるニーズに関しては目が向きにくいという傾向もあるとお聞きしています。

國信●現状の制度では対応できていない、地域の人たち一人ひとりの多様な生きづらさをそのまま受け止められる仕組みをどうつくるか、制度間の狭間にあるグレーゾーンのニーズにどう対応するか。一言でいうと、これが「地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応する市町村の包括的な支援体制の構築の支援」の原点であり、法改正の意義だと言えます。


◎相談・参加・地域づくり3つの支援で地域をつなげる

──今回の法改正では、地域住民の複雑化・複合化した課題に対応するため、市町村の包括的な支援体制の構築の支援として、「相談支援」「参加支援」「地域づくりに向けた支援」を実施する事業が創設されました。これらはどのようなものですか。

國信●専門職が専門外のニーズに対応しきれていないという指摘がありましたが、理由の1つは、同じ支援者でも制度が異なると両者の間にはかなりの距離があるからです。たとえば、地域包括支援センターが利用者宅を訪問した際、いわゆる「8050問題」が生じていると感じても、介護保険を財源とするセンターの専門職から、たとえば困窮者支援の支援者には十分つながっていないのが現状です。こうした現場で気づいたアラートや相談された課題を適切な支援者につなげることができれば、複雑化・複合化する課題への対応が円滑になります。市町村が各種相談を包括的に受け止め、解決に向けて必要な多機関をコーディネートする。これが「相談支援」の概要です。

田代●一方、「参加支援」とは地域資源を活用して狭間のニーズに対応する仕組みです。たとえば、障害認定を受けた人が利用する就労支援事業所を、障害認定を受けていないが就労支援のニーズがある人でも利用できるようにするといったことです。また、人材不足で悩む企業の仕事を、社会参加を望む多様な人材が担えるように仕事内容を調整しマッチングさせるといった取り組みも考えられます。


──マッチングに関してもう少し具体的に説明してください。

田代●三重県鳥羽市では旅館業を中心に人材不足が大きな課題です。1日8時間週5日という企業の求人が多い一方、1日2時間だけを週に何日かなら働きたい・働けるという求職者は比較的多くいらっしゃいます。そこで同市役所の産業部門と福祉部門が協力して、企業側の業務の種類と時間を分解することで複数の人が短時間勤務できるよう工夫しました。職場という地域資源を多様な社会参加のニーズにマッチするように変えることで企業のニーズにも応えることができるようにしました。


──なるほど。「相談支援」で出てきたニーズを、民間企業など地域資源の側に働きかけ、マッチングできるように調整する、それが「参加支援」の機能なのですね。

國信●参加支援には、就労支援のほか居住支援もあると考えています。地方の介護施設では人口減少に伴って空き部屋もでてきているのですが、現行の制度では対象者以外は使えません。一方、見守りなど自宅での生活に不安を持っている高齢者は少なくありません。こうしたニーズをマッチさせるのが居住支援です。もちろん介護報酬は受け取れませんが、参加支援の枠組みで委託する形とすれば空き部屋を一層活用することが可能になります。

玉置●3つ目の「地域づくりに向けた支援」とは、簡単に言うと住民同士が交流できる場や居場所を確保することです。昔はご近所さんの交流が盛んでしたが、こうした地縁をベースにした交流の機会は減っています。一方でSNS等も含めた母親同士の集まりや趣味のサークルなどのコミュニティが自発的に生まれている地域が少なくありません。こうしたインフォーマルな場に対する支援を行うことで世代や属性を超えた地域の人たちの交流を進めます。併せて地域住民のコミュニティへの参加を促すほか、コミュニティ同士をつなげるコーディネートやこれまでつながりのなかった人たちがつながることで、新たな参加の場や、地域の活動が高まることも期待できます。また、コミュニティ同士がつながることで、新たな気づきが生まれ、そこから相談支援や、企業や福祉事業者の協力を得た参加支援につながる可能性もあります。

石井●「相談支援」「参加支援」「地域づくりに向けた支援」の3つはつながっており、一体的に取り組むことで好循環を生みます。


◎「共感できる活動」が多くの人とのつながりを生む

──属性別の制度の視点だと、地域づくりも、特定の目的に合うことが求められてきました。今回の「地域づくりに向けた支援」は少し違うようですね。

鏑木●従来、福祉分野では「この課題を解決するためにこれをしてください」という課題解決を目的とした地域づくりが多くみられてきました。私たちは、法改正に向けて多くの実践者からお話を伺い、これからの地域づくりのあり方を学んできました。そのなかである人から「市民が地域づくりに参加するきっかけは、楽しそう、面白そうといった生活の延長線上にある『共感』に基づく思いが原動力になっている」というお話を聞きました。これまで私たちにとって主流であった「課題解決のための地域づくり」は、専門職をはじめとする特定の人は関心を持ちますが、それ以外の人には難しい面もあります。「共感」からはじまる地域づくりだと、参加者は飛躍的に広がりますし、活動の過程で課題解決の地域づくりと出会うこともあるでしょう。要はいろいろな切り口から始まる地域づくりがあり、それらが出会い学び合うことが重要だと思っています。これこそが地域共生社会がめざす包摂的な社会に向けた地域づくりだと考えています。


◎相互理解を深めることが縦割り解消の第一歩となる

──「相談支援」「参加支援」「地域づくり支援」のそれぞれで、これまでの縦割りを超える活動が展開されやすい仕組みが必要になります。それを実現するために不可欠なのが、今回行われようとしている補助金改革ですね。「高齢」「障害」「子ども」「生活困窮」それぞれの分野の相談支援を一体的に行えるようになっていますが、「縦割り」の問題に関してはどのように考えていますか。

國信●「高齢」「障害」「子ども」「生活困窮」の4つは親戚のように見えますが、考え方や言語も違い、ビジョンを合わせるのに苦労しました。その経験から縦割りを超えていくにはお互いに尊敬し合える関係づくりが不可欠だと言えます。相手が何を考えてどのようなことを進めようとしているのか、相手を尊重し理解するとともに、自分たちが本当に実現したい地域づくりはどのようなものなのかを自問自答しつづけ、どんな観点からの質問にも明確に答えられるまで深掘りしました。また時には「対人支援とは何か」「ソーシャルワークとは何か」など根本からの議論も行いました。その結果、完全に「縦割り」を解消できたとは言えませんが、相互理解を深めることができました。こうした議論ができたことは今後、省内で部局を超えて社会福祉を考えるうえでの財産になると思います。

田代●省内の縦割りという点から、既存制度の枠組で対応できない事案が出たとき、各部局「みんなで」考える習慣が必要だと感じます。制度が現場の活動を縛り、国民が不利益を被ることは避けなければいけません。その意味で、各部局が所管する制度の枠内で遠慮がちにならず、あらゆる制度が横断的に動くイメージを常に持っていたいと思います。

石井●縦割りに関しては、きちんと役割分担されているというメリットもあるのです。大切なのは、どうつながるかであり、そのためには「なぜこの事業を行うのか」「この制度が生まれたのか」という理念と言えるものの共有が不可欠だと思います。

玉置●確かにその意義を知ることは大切です。制度は結局どう活用するかが重要になります。その制度が誕生した背景をきちんと理解していなければ、「制度の趣旨に沿う地域づくりをしなければ」と本末転倒なことが起きる恐れがあります。

鏑木●縦割りを超えていくには、多様な分野の人が重なり合える“のりしろ”を増やす必要があると思います。抽象的な話になりますが、それぞれが自分の領域から少しはみ出していくということです。今回の法改正で取り組んだ補助金改革はもちろん、相談支援、参加支援、地域づくりに向けた支援も“のりしろ”を拡げるための仕組みになっていると考えます。

國信●最後になりましたが、今回の事業は、「地域でどう生きたいのか」「どんな暮らしを守りたいか」など地域全体で議論するというプロセスが非常に重要です。そのなかで地域を支援する人や新たな課題も見つかると思います。事業の実施ありきで進めようとすると、失敗する恐れもあります。国としては、今回の改正は地域共生社会の実現に向けた第一歩であることを頭に置いて、自治体内でどのように活用されているか、社会のニーズはどのように変化しているのか、といったように、常に外に意識を開きながら、次の改正に向けた考えを深めていきたいと思っています。


※自助:働いて自分の生活を支え、自分の健康は自分で維持する
 互助:家庭・地域など生活領域におけるインフォーマルな支え合い
 共助:個人・世帯では負えない生活上のリスクを分散する医療保険・介護保険・年金保険など
 公助:自助・互助や共助では対応できない困窮などの状況に対し受給要件を定めたうえで必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉


<聞き手の気づき>

野﨑伸一
大臣官房総務課広報室 室長

 政策をつくるのも人です。担当する職員の思いや、実践への想像力によって、政策が持つ可能性が変わります。この新企画は、普段なかなか伝えられない、職員のありのままの思いを伝えたいと考え、始めました。

 初回は、私自身が前職で関わったテーマを取り上げました。座談会に参加してくれた5名のメンバーは、それぞれ異なるバックグラウンドを持っています。元々厚生労働省職員である田代さんと國信さん、福祉分野の支援者であった石井さん、全国社会福祉協議会の玉置さん、大学で福祉の専門職の育成をしていた鏑木さんが、縁あって、チームとして共通の目標に向け取り組んでいます。

 今回の座談会で改めて感じたのは、一人ひとりの多様性が発揮される環境がチームを強くし、より良い政策につながるということです。それぞれのメンバーが、役割を固定せずチームの仕事を柔軟に持ち合うことで、個々の守備範囲が広がり重なり合うのです。

 「重層的支援体制整備事業」という名称には、そのような変化を市町村の福祉実践の現場で起こしたいという、彼らの思いが込められています。重層的支援体制整備事業がめざすのは、地域の専門職・支援者たちがそれぞれの専門性を持ち寄る一方で、元々の役割に固定されず少しはみ出した「のりしろ」を重ね合わせることで、狭間のない支援体制をつくることです。また地域においても、自分がやりたい、参加したいと、住民の方が自発的に始めた活動が、他者との出会いと学びをきっかけに活動の幅を広げていくという動きがさまざまな地域で実際に起こっています。

 重層的支援体制の普及に向けて、制度設計そのものにも、市町村や支援者の裁量を活かしやすい「余白」をどれだけ持たせられるかが鍵になるでしょう。これからも期待しながら見守りたいと思います。

 

出  典 : 広報誌『厚生労働』2020年7月号 
発行・発売: (株)日本医療企画(外部サイト)
編集協力 : 厚生労働省