悪性リンパ腫の腫瘍細胞不均一性と免疫回避環境を単一細胞レベルで解明
血液がんの一つであるT濾胞ヘルパー細胞リンパ腫では、同じ患者内でもがん細胞一つひとつは非常に不均一であり、遺伝子・染色体異常の蓄積によりがん細胞の進化が促進されること、がん細胞と周囲の免疫細胞が協調して免疫回避環境を作ることで治療抵抗性に寄与していることを明らかにしました。
その結果、TFHリンパ腫のがん細胞が、これまで考えられていたよりずっと顕著な腫瘍細胞不均一性を示すこと、遺伝子変異やコピー数変異の蓄積によりがん細胞のクローン進化が促進され、TFH細胞類似性や細胞増殖形質が高まること、がん細胞と免疫細胞の相互作用により免疫回避型環境が形成され、治療抵抗性獲得に寄与することが明らかになりました。さらに、TFHリンパ腫に特異的に発現する新たなマーカー分子として、PLS3を同定しました。
本研究結果は、免疫細胞やがん細胞とのネットワークを標的とした新たな治療法の開発へつながるとともに、TFHリンパ腫以外の希少がんにおける治療開発戦略への応用が期待されます。 ( → プレスリリース 筑波大学ウェブページ )
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Leukemia 【DOI】 10.1038/s41375-023-02093-7
Tumor heterogeneity and immune-evasive T follicular cell lymphoma phenotypes at
single-cell resolution.
(単一細胞解像度での T 濾胞性細胞リンパ腫の腫瘍不均一性と免疫回避性表現型)
令和5年度筑波大学若手教員奨励賞と令和5年度筑波大学医学医療系優秀教員表彰
医学医療系トランスボーダー医学研究センターの藤田諒助教は、令和5年度筑波大学若手教員奨励賞と令和5年度筑波大学医学医療系優秀教員表彰を受賞しました。
ヒトの遺伝子発現を制御する転写因子が結合する塩基配列の基盤データ「MOCCSプロファイル」を新たに構築し、転写因子が細胞の種類ごとに特異的な結合配列を持つことを明らかにしました。また、これを応用し、遺伝的変異が転写因子のDNA結合に与える影響を評価する方法を確立しました。
ヒトの身体を構成する多種多様な細胞の特徴は、遺伝子発現の違いによって現れます。このような遺伝子発現の制御は、ゲノム上で特異的な塩基配列と結合する転写因子によって成り立っており、細胞の種類ごとに転写因子が結合する配列(転写因子結合配列)を明らかにすることは、それぞれの遺伝子発現の制御メカニズムの解明に重要です。しかしながら、これまで、転写因子の種類や細胞の種類に横断的な共通性や多様性といった、転写因子結合配列の全体像は明らかになっていませんでした。
本研究では、大規模なヒト転写因子の結合部位に関するデータを用いて、転写因子結合配列の新たな基盤データ「MOCCSプロファイル」を構築し、転写因子および細胞の種類横断的に、転写因子結合配列の解析を行いました。その結果、解析した約半数の転写因子は、細胞の種類ごとに特異的な結合配列を持つことが明らかとなりました。さらに、MOCCSプロファイルを応用して、一塩基多型(SNP)が転写因子のDNA結合に与える影響を予測する指標を開発し、転写因子・細胞型の観点から疾患関連SNPが転写因子結合に与える影響を適切に評価できることを示しました。
今回構築したMOCCSプロファイルは、エピゲノムのデータ等と組み合わせて、細胞型特異的な遺伝子発現制御メカニズムの理解につなげたり、がん細胞に生じた体細胞変異が転写因子の結合に与える影響度の評価など、多方面での活用が期待されます。 ( → プレスリリース 筑波大学ウェブページ )
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BMC Genomics 【DOI】10.1186/s12864-023-09692-9
"Transcription factor-binding k-mer analysis clarifies the cell type dependency of binding specificities and cis-regulatory SNPs in humans."
ISS Research Award 国際宇宙ステーション(ISS)2023
公開 2023年8月31日
"ISS Research Award"は、国際宇宙ステーション(ISS)で優れた成果をあげた研究やイノベーションに対する表彰です。毎年米国で開催されるISS Research and Development Conference(ISSRDC:ISS National Laboratory, NASAおよびAmerican Astronautical Societyが主催するISSに関する世界最大の会議)の中で受賞者の発表と表彰式が行われ、2023年はCompelling results賞として「人工月面重力下での小動物飼育ミッション」が表彰されました。
受賞者
高橋 智(筑波大学)、MHUミッションチーム
受賞理由
人工月面重力下において小動物を長期飼育し、重力負荷によって制御されているマウス骨格筋の恒常性は、質的と量的にそれぞれ別の重力閾値によって制御されていることを世界で初めて明らかにした。 さらに、これまで速筋線維を直接誘導するような転写因子は同定されていなかったが、この因子を同定した。
受賞コメント
大変幸いなことに、JAXAや三菱重工業(株)のご支援により、2回目のISS Awardを受賞することができました。前回の2018年の受賞では、可変重力装置を用いたマウス宇宙飼育システムの確立とその解析が評価されたものでしたが、今回は、月探査を見据えた月重力影響の解析と、その解析の中から世界で初めて同定した骨格筋速筋線維誘導転写因子の発見が評価されました。この成果により、マウス宇宙ミッションが宇宙探査の基盤研究として重要であること、また、生物学の新たな解析方法として確立され、生命の基本システムの解明に有用であることを示すことができたと思います。今後も、マウス宇宙飼育システムを用いて画期的な成果が得られることを期待しています。
(高橋 智 筑波大学医学医療系 教授)
→ 詳細について (JAXAウェブサイト)
海洋に広く存在する油分解性の細菌は、油水界面上に強く付着しながら集団で密集して生育することで、油界面の屈曲を生じさせることを発見しました。これにより油水界面の面積を拡大させ、より多くの細胞が直接油に接触できるようになり、効率的に油を分解していることが分かりました。
本研究では、マイクロ流体デバイスを用いた観察系を構築し、細菌の細胞と微小な油滴との相互作用を高解像度で可視化しました。その結果、油分解細菌の一種であるAlcanivorax borkumensisが、油と水の界面に強く付着し、生育に伴って油滴の形状を樹状突起のように変形させ、表面積を広げることによって、より多くの細胞が油に直接、接触できるようになり、効率よく油を分解できることが分かりました。また、理論物理モデルを用いて、バイオフィルムの形成とその形状のダイナミクスを予測することに成功しました。
さらに、この油滴の形状変化は、細胞が野菊の花びらのように配置している中心から始まることが分かりました。このような油滴表面での特徴的な細胞の配置パターンは、液晶のネマチック相の分子配列(分子は一方向に配向するが、重心はランダム)に類似しています。すなわち、細菌はバイオフィルムを形成し、互いに協力して、細胞の成長に伴う圧力を利用することで、野菊の花びら状の中心が隆起し、油界面の突起形成を引き起こして、効率的に油を分解していることが示されました。
本研究の成果は、細菌を用いた環境浄化技術(バイオレメディエーション)の効率化に貢献することが期待されます。 ( → プレスリリース 筑波大学ウェブページ )
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Science 【DOI】 10.1126/science.adf3345
Alcanivorax borkumensis Biofilms Enhance Oil Degradation By Interfacial Tubulation.
(Alcanivorax borkumensisのバイオフィルムは界面のチューブ化によって油の分解を促進する)
第9回日本筋学会学術集会 Young Investigator's Award 最優秀賞 医学医療系 藤田 諒
医学医療系トランスボーダー医学研究センターの藤田 諒 助教は、2023年に作成に成功した MyoD ノックインマウス (https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.106592) を使用した新たな骨格筋幹細胞の制御機構の解明による研究が評価され、第9回日本筋学会学術集会Young Investigator's Award 最優秀賞を受賞しました。
ブリティッシュコロンビアがんセンターおよびブリティッシュコロンビア大学病理学・臨床検査医学科のクリスチャン・シュタイデル氏によるTMRCセミナーセッション。
Event Completed
トランスボーダー医学研究センターセミナー
Transboder Medical Research Center Seminar
共催:TSMM、つくば再生医療・細胞治療カンファレンス
演題 : Lymphoid Cancers: The importance of the tumor microenvironment
演者:Christian Steidl, MD
Centre for Lymphoid Cancer, British Columbia Cancer
Department of Pathology and Laboratory Medicine, University of British Columbia
Lymphoid cancers represent a heterogeneous group of neoplasms composed of malignant lymphoid cells with variable infiltration by non-neoplastic, mostly immune cells (tumor microenvironment).
The tumor microenvironment is increasingly recognized to play a pivotal role in the pathogenesis of many lymphoma subtypes. However, the clinical potential of an improved understanding of related biology remains largely untapped. Past discovery and functional studies by our group and others have pointed to the pathogenic importance of acquired immune privilege and altered cellular crosstalk between cells in the tumor microenvironment driven by somatic gene alterations.
The genomic changes discussed in this lecture can be broadly categorized according to the effect that they exert on the tumor microenvironment:
1) Loss or down-regulation of (surface) molecules leading to decreased immunogenicity of tumor cells;
2) Increased expression of surface molecules suppressing immune cell function;
3) Recruitment or induction of a regulatory cellular milieu. The discovery of gene mutations underlying immune privilege, downstream functional consequences, biomarker development and clinical rationales for therapeutic intervention will be discussed in the context of specific lymphoma subtypes.
〜加齢や病気で低下した筋機能の改善方法開発に期待〜
これまで、遅筋線維を誘導する強力な因子はいくつか同定されていましたが、速筋線維を誘導する
因子はほとんど知られていませんでした。このため、本研究チームは、特に速筋線維を作り出す機構の
解明を目指しています。
宇宙環境下でマウスを約1カ月飼育すると、筋肉の萎縮と速筋化が生じることは古くから知られて
いました。本研究チームは今回、宇宙飼育マウスの骨格筋で発現している遺伝子を解析し、大 Maf 群
転写因子 (Mafa,Mafb,Maf) と呼ばれる3種類の遺伝子の発現が顕著に上昇していることを発見し
ました。次に、その働きを調べるため、骨格筋に発現する大 Maf 群転写因子をすべて欠損させたノッ
クアウトマウスを作製しました。すると、このマウスの筋肉は、速筋タイプの中でも最も速筋線維の特
性が強い IIb タイプが消失し、IIa と IIb だけで構成されるようになりました。また、それとは反対に、
大 Maf 群転写因子を筋肉で過剰に発現させると、本来は IIb 線維を持たない筋肉で IIb 線維を作出で
きることを明らかにしました。
今回の研究成果を踏まえ、大 Maf 群転写因子を創薬のターゲットにすれば、加齢や病気によって変
化した筋線維のタイプを再プログラム化し、筋肉の質を改善させる方法の開発が期待できます。また、
将来的には、肉質制御による食肉産業への応用、さらにはアスリート向けなどのトレーニングプログ
ラムの開発にもつながると考えられます。
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Large Maf transcription factor family is a major regulator of fast type IIb myofiber
determination.
(大 Maf 群転写因子は骨格筋を速筋線維タイプ IIb に決定する主要な因子で
ある)
〜血液疾患の細胞治療実現に向けて〜
これまで、生体外での造血幹細胞の維持には、血清アルブミンとサイトカインを組み合わせた培地
が不可欠とされてきましたが、実際には、短期間の造血幹細胞維持はできるものの、その増幅作用は限
定的でした。
2019 年に日米英独共同研究グループは、ポリビニルアルコール培地にサイトカインを加えると、血
清アルブミンを用いずに、⻑期に安定してマウス造血幹細胞を増幅できることを報告しています。こ
れに基づき、今回、アルブミンとサイトカインを、それぞれ高分子ポリマーと特定の化合物に置き換え
た培地を用いて、ヒト造血幹細胞の生体外での⻑期増幅を可能とする新規の培養技術を開発しました。
これにより、臍帯血に含まれるヒト造血幹細胞を 1 か月間にわたって増幅することができます。さら
に、単一細胞 RNA シークエンス解析により、既存の培養技術と比較しても、造血幹細胞が選択的に増
幅されることが示唆されました。
今後、この培養技術をヒト造血幹細胞の基礎研究ツールとして提供するとともに、より安全な造血
幹細胞移植の実現とドナー不足の解消に向けた臨床応用を目指します。
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Nature 【DOI】 10.1038/s41586-023-05739-9
Chemically defined cytokine-free expansion of human haematopoietic stem cells.
(化合物で構成された培地によるヒト造血幹細胞増幅)
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転写因子c-Mafの発現時期の制御により糖尿病や慢性腎臓病が治療できる可能性を発見
本研究グループは、これまでに、転写因子(遺伝子の発現を制御するタンパク質)c-Mafが、糖尿病に対する治療効果に加えて、腎障害や心血管疾患にも関与する近位尿細管の各種膜輸送体タンパク質の発現を制御していることを発見しています。また、c-Mafは、胎生期の臓器の発達や免疫細胞の機能調節に関与することが知られていますが、成体での働きはよく分かっていません。
本研究では、糖尿病とそれに伴う腎障害を発症するモデルマウスにおいて、成体になってから全身でc-Mafを欠損させたところ、糖尿病による高血糖や腎障害が改善され、腎障害の主な原因の一つである腎臓の酸化ストレスを減少させることを発見しました。すなわち、c-Mafの発現時期を制御することで、糖尿病および慢性腎臓病を改善できると考えられ、c-Mafを標的とした糖尿病および慢性腎臓病の新規治療法の開発につながる可能性が示唆されました。
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Transcription factor c-Maf deletion improves streptozotocin-induced diabetic nephropathy by directly regulating Sglt2 and Glut2.
(転写因子 c-Maf 欠損は Sglt2、Glut2 の直接制御によりストレプトゾトシン誘導型糖尿病
性腎症を改善する)