知られざる名著|読み物として楽しむ「心理学」。人文担当者が選ぶ、心の行き先を示す6冊
「知られざる名著」は、書店員がテーマに沿って厳選した、隠れた名著の魅力を探る、インタビュー形式の連載企画。 記念すべき第1回目のテーマは「心理学」。ジュンク堂書店 池袋本店で人文担当として勤務するY・Iさんに、選書をお願いしました。 次々と新たに世に出る書籍。普段手に取らないジャンルをはじめ、今まで知らなかった「名著」の魅力を再発見する、きっかけになるはずです。
Profile
Y・Iさん
ジュンク堂書店 池袋本店で店舗スタッフとして勤務中。
2009年入社ビジネス書や児童書の担当を経て、現在はおもに人文書を担当。
好きなジャンルは人文・社会・芸術書。
人文担当者がおすすめする「知られざる名著」とは
名著を紹介する前に、今回のテーマである心理学とは一体どんなものなのか?今回、選書を担当したIさんの経歴などとともに、その魅力を語ってもらいました。
「人文」のなかに属する「心理学」。その概要や、出会いのきっかけは?
ーーー今回、心理学や精神分析がテーマの書籍が多く選書されていると思いますが、どんなものでしょうか?
今回テーマとして掲げている心理学は、私が担当する人文書に包括されているジャンルです。選書の中で特に触れられている精神分析は、心理学に含まれる分野の一つという位置付けです。 担当者視点だと、心理学は人文ジャンルのなかではずっと人気が高い印象なんです。購入されていく方のなかにビジネスマンなどが多いのは、人間関係の悩みといった、自己啓発書でも書かれているような内容を含む、このジャンルの書籍の特徴かもしれません。 また、いわゆるベストセラー的な書籍に関しては、手に取りやすい文庫本として改訂版が発売されたりするケースも多く、より注目度が高まっているように感じます。
ーーー人文書を知ったのは、どのようなきっかけでしたか?
大学で政治思想がテーマのゼミにたまたま入ったのですが、そこで初めて人文書というジャンルを知りました。 ジュンク堂書店には2009年に入社し、最初はビジネス書へ配属されました。その後、1年以内に異動となり、児童書のセクションを受け持つことに。さらに配置転換を経て、現在は池袋本店で人文書の担当を務めており、このポジションに就いて約10年が経ちます。 知識があったからというわけではなく、偶然知っていて興味のあったところに運良く配属されたという形ですね。
ーーー改めて、おすすめの書籍のテーマを教えてください。
今回紹介する書籍は、全部で6冊あります。方向性はさまざまですが、一貫して「心理学を読み物として楽しみたい人におすすめしたい名著」という観点で選びました。 私自身がここで紹介している名著を読んだことで、心理学や精神分析に対する興味がさらに強まりましたし、理解も深まったと感じています。 初心者でもライトに読めるものをはじめ、心理学を面白い、もっと知りたいと思い始めた方にも楽しんでいただける、読み応えのあるものばかりです。
担当者が選ぶ、おすすめの書籍6選
ここからは、担当者が選んだおすすめの名著6冊を紹介します。 日常生活で役立つ実用的な名著から、精神分析や心理学に興味がある方にぴったりな入門書までを網羅。日常を自分らしく過ごすためのヒントが見つかるはずです。
悩みを抱える、「小舟」に乗った全ての人へ
なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない(新潮社)
著者である臨床心理士・カウンセラーの東畑さんによる、日々のカウンセリング風景を落とし込んだ1冊。今の社会を生きる全ての人は「小舟」に乗っているとたとえ、悩みを抱える患者とどんな話をしたのか、精神分析の理論をベースに紹介しています。紹介されている事例は、必ずしもスッキリ解決!とはいかず、東畑さん自身が臨床の中で考えていること、悩んでいることなんかも書かれているところが、すごくリアルです。 誰しも、悩んだり不安を抱えることはあると思います。そんなとき、どんなに辛い状況でも話を聞いてもらうことで少し楽になれるんだという、希望を持てるような内容なので、全ての人に読んでほしいと思っています(笑)。
精神分析をベースに考える、身近な人のケアとは?
雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら(KADOKAWA)
タイトルにあるように「心のケアが始まったら」というテーマで、「身近な人」をケアしている人に向けて書かれています。 「ケア」というと子どもやパートナーなどを想像しがちですが、職場でも「今日はあの人、機嫌が悪いかな」とか「元気がなさそうだから、今は声をかけるのをやめておこう」なんて気遣いも、立派なケアなんです。本書は、そんな日常にあるケアを精神分析の視点でわかりやすく解説しています。 また、精神分析の提唱者であるジークムント・フロイトなど、学者についても紹介されているので、実践書としてはもちろん、心理学を勉強してみたいという方にもおすすめの1冊です。
壮大な精神分析の世界をつかむ、新しいラカン入門書
ゼロから始めるジャック・ラカン(ちくま文庫)
哲学を勉強している人ですら難しいと言われている、哲学者であり精神科医のジャック・ラカンの入門書的な内容で、2017年に単行本として発売された1冊。 精神分析というのは、心理学の中でも独立した立ち位置で、本当に難しいんですよね。ですがこの本は、精神分析全体の位置づけや面白さ、壮大さを垣間見せてくれる、勢いのある内容。実際現場ではどんなことをしているの?という、根本的な疑問も解決してくれると思います。 精神分析というテーマを学ぶならフロイトからと言われますが、あえてこれを手にとってみることで、その輪郭がつかめるはずです。
日常の行動の背景を、精神分析の視点から読み解く
日常生活の精神病理(岩波文庫)
タイトルのとおり、日常生活で起こった言い間違いや物忘れなど、ささいな行動の背景にはどんな心理があったのか?精神分析の第一人者であるフロイトによる見解が記されています。 私自身もそうでしたが、心理学や精神分析の知識がある程度身についてくると、一度は原著に挑戦してみたくなるものです。そんな時におすすめしたいのがこの本で、フロイトの著作の中でも比較的読みやすいと言われている1冊なので、原著に触れてみたいというタイミングで手にとってほしいと思います。
学生向けの講義をまとめた、辞書のように持っておきたい上下巻
集中講義・精神分析 上・下(岩崎学術出版社)
日本における精神分析家の第一人者、藤山直樹さんが大学で行った講義をまとめた1冊。精神分析とはなにか?という本質を教えてくれる、入門書やテキストとしても使える内容になっています。 理論だけに触れている精神分析の本は、難しくて読み通すのが大変です。しかしこの本は、講義当時の歴史背景やフロイトと他の学者の関係性などが、親しみやすい文章で網羅的に紹介されています。辞書のように常に持っておきたい1冊。
悩みあり、笑いありのフィールドワーク体験記
野の医者は笑う 心の治療とは何か?(文春文庫)
臨床心理士・カウンセラーの東畑さんが、沖縄に住んでいたときの実体験にもとづくエッセイです。 民間療法をはじめ、スピリチュアル的なものを扱うヒーラーが沖縄には存在しており、地元の人達にとっては身近な存在なんだそうです。一見怪しげなのですが、実際に治療を受けて気分が良くなったりしている方もいる…。一体どんなものなのか、身を持って体験したフィールドワークをまとめた内容になっています。 東畑さん自身の、臨床心理という分野でこの先どうしていくのかという、当時の悩みなども書かれていて、今学びの場にいる学生やカウンセラーの方なんかには、共感できる部分があるかもしれません。 とはいえ、リアルな体験記が面白おかしく書かれているので、誰でも純粋に読み物として楽しめる1冊だと思います。
読み物として楽しむ心理学で、日々のヒントを見つけて
心理学の知識は、働き方や人間関係が多様化した現代において、さまざまな場面で活用できるヒントを与えてくれます。 今回は心理学をテーマとして、現場で人文書を担当するIさんの豊富な知識をもとに、6冊の名著を紹介しました。どれも、日常の心のケアや自己理解に役立つ内容で、初心者から深く学びたい方まで楽しめるものばかりです。 次回も現場で働く書店員が新たなテーマで書籍を紹介しますので、どうぞお楽しみに。