日本の桜 日本の桜の歴史
*ここでは、野生種の桜をカタカナで、
栽培品種をシングルコーテーション(‘’)で
括る表記としています。
桜は浮世絵にも多く描かれ、古くから親しまれていたことがうかがえます。画像は葛飾北斎作「富嶽三十六景 東海道品川御殿山ノ不二」
1967年、福岡県生まれ。東京大学農学部卒。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。1992年に森林総合研究所多摩森林科学園に入所し、2022年4月より現職。桜を中心とした樹木学、植物分類学、森林生態学を専門とする。主な著書に岩波新書『桜』(岩波書店)、サイエンス・アイ新書『桜の科学』(SBクリエイティブ)等
桜は古くから日本人に寄り添う春を呼ぶ使者
比較的長寿を保つエドヒガン。 画像提供:森林総合研究所
第1週目のもっと知りたい! 身近な桜たちでも紹介しましたが、日本には古くから野生種の桜が存在し、春になると一斉に花を咲かせ、春の訪れを知らせるとともに、日本人の目を楽しませてきました。
ヤマザクラ、エドヒガン、オオシマザクラが野生種を代表する3種です。なかでもヤマザクラは日本人にとってとても身近な存在でした。古来より春の到来を知らせる花樹として馴染み深く、江戸時代まで花見といえばヤマザクラがその対象だったのです。また、エドヒガンは長生きする種であり、特に樹齢が古い巨木は“一本桜”として観光名所となったり、天然記念物に指定されている個体も存在します。
鑑賞意識が高まった平安時代
和歌にも桜の歌が
詠まれるように
3月3日の桃の節句は、もともとは中国から伝わったもので、春を祝い無病息災を願う厄払いの「上巳(じょうし)の節句」という儀式でした。奈良時代まではその儀式に桃や梅を使用していましたが、いずれも中国から持ち込まれた観賞用の植物であり、日本には自生しない外来種でした。
「桃や梅は貴族社会で珍重されていましたが、平安時代になるとどこにでもある身近な桜を愛でようという機運が高まり、儀式や行事に桜が用いられるようになりました。奈良時代の『万葉集』にも桜が詠われていますが、儀式的な意味は無かったようです」(勝木先生)。
春の花の象徴として桜が詠まれるのは平安時代の「古今和歌集」からで、桜を愛でる文化が生まれたのは、この時代からだろうと推測されます。
古今和歌集には編者でもある紀貫之の作品など、桜が題材の歌が70首も詠まれている。
画像提供:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
観賞意識の高まりから栽培化へ
日本最古の栽培品種も生まれる
栽培品種でもっとも古い歴史を持つ‘枝垂桜’。平安時代にはすでに存在していたという。
画像提供:森林総合研究所
平安時代には、ヤマザクラを用いた桜の栽培化も行われるようになりました。
「桜の鑑賞性が高まったのでしょう。庭に植えるための苗木生産も始まり、野生種ではない栽培品種も誕生しました。もっとも古い歴史を持つのが‘枝垂桜’であり、平安時代の文献に名前の記載が確認されています。なお、‘枝垂桜’は野生種であるエドヒガンの突然変異だと考えられています。現在も調査中ですが、当時、育てられた個体の子孫が、日本全国に広まったと推測されます」(勝木先生)。
伊豆諸島から鎌倉へ渡ったと思われるオオシマザクラ。歴代の“鎌倉殿”も白き桜を愛でていたのかもしれません。
画像提供:森林総合研究所
オオシマザクラは、第1週目のもっと知りたい! 身近な桜たちで紹介したとおり伊豆諸島の大島などに自生していた野生種であり、当時の京都の人々はその存在を知りません。しかし、室町時代の文献にはオオシマザクラらしき記述が見受けられるようになりました。
「伊豆諸島から鎌倉に渡り育てられていたものが、すでにヤマザクラが栽培されていた京都へ持ち込まれたと考えられます」(勝木先生)。
平安時代に始まった桜の栽培は鎌倉時代に発展し、流通が始まっていたのかもしれません。
全国に植樹されている
すべての‘染井吉野’は
江戸時代に生まれた1本のクローンだった
桜の代名詞ともいえる‘染井吉野’は、エドヒガンとオオシマザクラによる種間交雑により生まれた栽培品種であることは、第1週のもっと知りたい! 身近な桜たちで紹介したとおりです。そして、その発祥地とされ、以前よりヤマザクラの苗木が生産されていた染井村(現在の豊島区駒込)が名前の由来となっています。
「江戸時代の頃、染井村には多くの植木職人が住んでいて、そこで接ぎ木苗が作られていたと考えられます。増殖した‘染井吉野’の接ぎ木苗は初期成長が早く、また、大きく美しい花が多くつくことがわかり、さらに各地へと広まっていったのでしょう」(勝木先生)。
JR駒込駅前にある「染井吉野桜記念公園」の記念碑。園内には‘染井吉野’の“親”であるエドヒガンとオオシマザクラが植樹されている。
画像提供:豊島区
‘染井吉野’のはじめの1本が、どのように生まれたのかはわかりませんが、そのクローンである個体が、明治以降に全国で植樹された結果、いま、私たちの目を楽しませてくれていると思うと、‘染井吉野’に宿る悠久の時を感じさせられます。
‘染井吉野’が全国へと広まった理由を勝木先生は次のように語ります。「接ぎ木に適し環境適応性も高いことから、明治時代以降全国で植樹されました。また、接ぎ木苗が現在まで安価に作り続けられていることも大きな要因です」。接ぎ木された‘染井吉野’は、わずか2年で花を咲かせることもあるとか。ほかの桜が苗木から花が咲くまで10年ほどかかることを考えると、‘染井吉野’の成長の速さには驚かされます。
芸術に大きく影響を与える
桜の魅力
「義経千本桜」 吉野山の桜が歌舞伎の舞台に華を添える。
平安時代より日本人に愛でられてきた桜は、芸術の世界にも大きな影響を与えています。古くは万葉集にも桜を詠んだ歌が44首あり、古今和歌集には70首が詠まれています。江戸時代に発達した浮世絵にも多くの桜が描かれており、歌川広重の「名所江戸百景」や葛飾北斎の「富嶽三十六景」では、庶民が花見を楽しむ様子がうかがえます。
演劇の世界でも能の「西行桜」や、歌舞伎の「義経千本桜」など、桜を演出要素とする作品が存在し、それは、現代の映画やドラマでも共通しています。また、桜を題材とした曲も毎年春になると登場するなど、桜は、芸術家や表現者の創作意欲を刺激し、多くの名作を生み出す原動力にもなっているのです。
桜の開花宣言に定義はあるの?
桜からサクランボはならないの? など、
桜にまつわる素朴な疑問を
勝木先生に伺いました。
開花や満開に
定義はあるの?
気象庁では、開花日は標本木で5輪から6輪以上の花が咲いた状態となった最初の日、満開日は同じ標本木で8割以上のつぼみが開いた状態となった最初の日と定義されています。
なお、桜の開花時期には前年の秋から、当年春にかけての気温が大きく影響します。そのため、気象関連の民間会社が発表する開花・満開予測は、前年秋からの気温の観測値と予測値をもとに、各社が独自の手法を用いて導き出しています。
桜の開花の観測対象となる「標本木」は、基本的に各都道府県ごとに一本ずつ存在する。樹種は原則として‘染井吉野’だが、北海道はオオヤマザクラ、沖縄県はカンヒザクラを標本木とする。画像は靖国神社の境内にある東京の標本木。
画像提供:靖国神社
桜にサクランボは
ならないの?
結論からいえばなります。‘染井吉野’にも果実がなるからです。ただし、スーパーマーケットなどで販売されている食用のサクランボとは異なります。食用のサクランボは別名「桜桃」とも呼ばれ、日本で栽培される多くはセイヨウミザクラというヨーロッパから西アジア原産の桜になる果実のことを指します。なお、セイヨウミザクラは人為的に受粉させないと結実量が少なくなることから、人工受粉を行うなど栽培には大変手間のかかる果物なのです。
‘染井吉野’の果実。食用のサクランボとは異なり、その実は黒く小さい。また、わずかだが毒性物質が含まれるため食べるのは厳禁だ。
画像提供:森林総合研究所
桜と梅、桃は
同じ仲間なの?
淡紅色の可憐な花がつく近縁の仲間ではありますが、違いも見られます。まず、梅と桃は中国からの外来種である一方、桜は古来より日本に自生していた在来種であることが挙げられます。花の色はそれぞれの種により異なりますが、香りは、大半の種が薄くほのかな桜と桃に対し梅はとても強いことはご存知のとおりです。さらに、それぞれ開花時期にも差があり、梅が1月下旬から4月下旬、桃が3月上旬から4月下旬、そして桜が3月中旬から4月下旬にかけて咲き誇ります。
[ 桜 ]
ひとつの節(前年についた葉の基部)に、基本的に1個の葉芽あるいは1個の花芽がつく。1個の花芽に複数個の花がつき、花柄は長い。開花期に葉芽から葉はあまり伸びない。
*画像はエドヒガン
[ 梅 ]
ひとつの節に、基本的に1個の葉芽と2個の花芽がつく。1個の花芽に1個の花がつき、花柄は短い。開花期に葉芽は開かない。
画像提供:森林総合研究所
[ 桃 ]
ひとつの節に、基本的に1個の葉芽と2個の花芽がつく。1個の花芽に1個の花がつき、花柄は短い。開花期に葉芽から葉をつけた枝が伸びる。
桜の樹に寿命はあるの?
桜のように長命の樹木は、人間のような寿命という概念は存在しません。日当たりが良く、根が呼吸し水分を吸収しやすい土壌と育成に適した環境作りがなされ、かつ病害虫の発生などにも適切に対応し保護されていれば、ほぼ半永久的に生き続けることができるのです。もちろん樹齢を重ねることで老化が訪れますが、これも適切にケアすることで樹勢を取り戻すことが可能です。
主に文献による樹齢調査で、1878年から1880年に植樹された福島県郡山市の開成山公園の桜が、幹が現存する日本最古の‘染井吉野’の個体だろうと考えられている。
画像提供:郡山市観光協会
今週のまとめ
桜の歴史を紐解くと、古くから日本人に
愛されてきたことがわかります。
お馴染みの‘染井吉野’はすべてが
1本の原木のクローンだったのです。
桜は適切な環境で育て保護すれば
100年以上生き続けます。
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