廃校再生プロジェクト
©コンドウダイスケ(AKITEDGE)
元教室で生ハムを育む
秋田県大館市の市街地から北西に約5キロメートルの農村集落にある(株)しらかみフーズ。2008年春に廃校となった山田小学校の校舎を活用し、本格的な生ハムづくりをしています。
「故郷に恩返しを」と
先代社長が工場立ち上げ
豚もも肉の塊を塩漬けにし、乾燥、発酵熟成させた非加熱の加工食品が、一般的に「生ハム」と呼ばれています。スペインのハモンセラーノやイタリアのプロシュットが世界的に知られています。近年は日本でも、本場に負けない味わいの生ハムづくりに挑む生産者が増えてきました。その中でも(株)しらかみフーズは、廃校を活用したユニークな生ハム工場として、たびたびメディアに取り上げられるなど、注目を集める存在です。
2009年に会社設立、大館市と賃貸借契約を結び、改装工事後の2010年に操業開始した同社。当時の社名は白神フーズ(株)。「私の母方の伯父である先代が、故郷の大館市に恩返しをしたいと立ち上げました」と話すのは、現社長の夏井雅人さんです。東京在住の先代社長は、さまざまな事業を手がける実業家。生ハムを大館市の新たな特産品に育て上げたいと、工場立ち上げを市に相談したところ、廃校活用を勧められたそうです。
「先代の地域貢献への想いと、企業を誘致し廃校を有効活用したい市の意向が合致。とんとん拍子に話が進んだと聞いています」。夏井さんは秋田市で医療関係の仕事をしていましたが、操業間もない頃に先代社長から声をかけられ、工場長に就任します。そして社長を引き継いだ2019年に、社名を(株)しらかみフーズに変更しました。
生ハムづくりに最適な
白神山麓の気候風土
そもそも、なぜ生ハムだったのでしょうか。きっかけは、先代社長があるときレストランで生ハムを食べ、そのおいしさに感動したことでした。製法を調べ、厳寒の冬場に仕込むこと、冷涼な風を利用して乾燥、熟成させ旨味を引き出すことを知ります。「それなら故郷の気候風土がぴったりだと思ったのでしょうね」と夏井さん。大館市から提示された廃校をいくつか視察し、旧山田小学校に決めたのは、白神山地の麓にあるという立地が理由でした。
「白神山地から吹き下ろす風が、原木の乾燥に最適なんです。この校舎は南北に大きな窓がたくさんあり、風が吹き渡ります。校舎の前に遮るものが何もなく、風通しと日当たりが良い。絶好の環境条件が揃っているわけです」。また、大量の原木を貯蔵するためには、重量に耐えうる建物が必要です。旧山田小学校はしっかりした鉄筋コンクリートの校舎だから安心でした。
秋田県産の三元豚を使用し
1本1本丁寧に手づくり
同社で製造する生ハムの材料は、秋田県産の良質な三元豚とメキシコ産の天日塩のみ。仕込みは毎年1月から3月に手作業で行います。余分な脂肪の切り取り、成形、血抜き、塩のすり込み、寝かせ、塩抜きという工程を、約1,500本の原木に丁寧に施します。パート従業員として作業に当たるのは、地域の農家の方々。冬場はちょうど農閑期なので、仕込みに集中することができます。
仕込みが終わった原木は、2階の各教室を改装した熟成庫に吊るされ、乾燥、熟成の工程に入ります。熟成は1年、2年、3年の3パターン。合わせて3,500本ほどがゆっくりと旨味を凝縮させています。「同じ部屋の中でも風の当たり具合が違うため、年に2回から3回、窓側と廊下側の原木を入れ替えて、熟成が均等に進むようにしています。私たちはこれを『席替え』と呼んでいるんですよ」
各熟成庫のすべての窓や出入り口に網戸を取り付け、虫の侵入を防いでいます。開放的な校舎で自然の風を利用する製法だからこそ、防虫対策を徹底しているそうです。
生ハムを楽しむ文化を
日本に根付かせたい
毎年仕込みの時期に、原木オーナーを募集しています。オーナーになると、血抜きと塩のすり込み作業を体験できます。その後は工場が責任を持って管理し、1年半熟成させたあと引き渡す仕組みです。自分で仕込んだ原木を自宅で丸ごと1本味わえるとあって、遠方からわざわざ体験しにくる生ハムファンも少なくないとか。やはり削りたての味わいは格別なのだそうです。
豚肉本来の旨味があり、しっとりした食感、ほどよい塩気、芳醇な香りが楽しめる生ハム。酒のおつまみとしてだけでなく、サラダ、パスタ、サンドイッチなど料理にも活躍する食材です。「スペインやイタリアのように、日本でも生ハムをもっと気軽に味わう文化が定着することを願って、製造に励んでいます」。丁寧な手作業と冷涼な自然環境によってつくり上げた(株)しらかみフーズの本格生ハムは、ふるさと納税の返礼品となるなど、いまや大館市の特産品として知られるようになっています。
©コンドウダイスケ(AKITEDGE)
(株)しらかみフーズ
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