廃校再生プロジェクト
養殖から加工まで。
国産キャビアの発信基地に
香川県の最東端、瀬戸内海に面した東かがわ市引田(ひけた)にある「東かがわ・つばさキャビアセンター」。旧引田中学校の体育館と校舎を活用して、チョウザメの養殖とキャビアの加工を行っています。同センターを運営する(株)CAVICの板坂直樹社長は同校の卒業生。廃校となった母校をよみがえらせるために始めた新事業が、間もなく10年目を迎えます。
突然のひらめきで
まったくの異業種に挑む
板坂さんの本職は内装工事業で、養殖はまったくの素人でした。きっかけは、2011年に統合移転した引田中学校の廃校舎活用を、東かがわ市が公募していると知ったことでした。脳裏に浮かんだのは、中学時代の水泳部の思い出です。毎日練習に没頭し、出場した四国大会では何度も1位に輝きました。「思い出深い母校を朽ち果てさせたくない。何か自分にできることはないかと思案しました。そのとき突然、『チョウザメの養殖、キャビアの加工』とひらめいたんです。日本でも養殖でキャビアが作られていることをニュースか何かで見て、潜在的に覚えていたのでしょうね」。さっそくそのプランで応募すると、採用決定。土地と建物を購入し、懐かしい学び舎で新事業を始めることになったのです。
世界3大珍味のひとつといわれるキャビアは、一般的にチョウザメの卵の塩漬けを指します。チョウザメとは古代魚の一種。全体的にサメに似ていること、ウロコの形が蝶に似ていることからこの名が付いたと言われていますが、サメの仲間ではなく淡水魚です。乱獲などの影響により、近年は天然物が減少の一途を辿っています。「日本でチョウザメの養殖研究が始まったのは、当時のソ連から技術提供を受けた1983年と聞いています。今では各地で養殖と国産キャビアの生産が行われています。この事業を始めるにあたり、全国の養殖場を視察して一から勉強しました。何しろ私自身、それまでキャビアを食べたことすら、ほとんどありませんでしたから」
地元の漁師たちに助けられ
養殖のノウハウを築く
まったくの異業種参入に不安はあったものの、一方できっとできるという確信もあったという板坂さん。なぜなら、ここ引田は養殖ハマチ発祥の地。海水魚と淡水魚の違いはあれど、地元には養殖ノウハウの蓄積があります。こどもの頃から「あんちゃん」と呼んで慕っていた知り合いの漁師さんたちが、心強いアドバイザーになってくれるはず。また、養殖には豊富な水が必要です。「香川県は降水量が少ないことで有名ですが、引田は豊富な湧き水に恵まれているんです。チョウザメの養殖に困ることはないだろうと思いました」
2013年2月に(株)CAVICを設立し、同年5月に東かがわ・つばさキャビアセンターをオープン。開所式には、恩師をはじめ地元の方々をたくさん招待しました。多くの人に見守られながら、体育館に設置した7トン水槽3基と屋外の50メートルプールで、チョウザメの試験飼育をスタート。最初は失敗が多かったといいます。ある日、プールの様子を見に来た漁師さんの「水温が上がり過ぎだ。赤潮が発生するぞ」という言葉通り、翌日には水が赤く濁りました。この経験から、温度管理しやすい体育館の水槽ですべての養殖を行うことに。「あそこの水槽の魚は元気がない。水温をチェックしてはどうか」「エサの食べ残しが多いから減らした方がいい」など、漁師さんたちは折に触れ、アドバイスをくれます。こうして周囲に助けられながら、少しずつノウハウを築いていきました。
キャビア本来のまろやかな味と
とろけるような食感を実現
養殖しているチョウザメは、国内で稚魚を入手できるベステル種とアムール種の2種類。前者は最高級のキャビアが採れることで知られるベルーガ(オオチョウザメ)とコチョウザメの交配種。後者はチョウザメの原種です。体育館に50トン水槽9基を増設し、地下から汲み上げた清らかな天然水をかけ流して育てています。今ではその数、3,500尾。2015年に新設した徳島県の「鳴門・つばさキャビアセンター」と合わせると、全飼育数は12,000尾に上ります。「稚魚から育ってオス・メスの判別がつくようになるのは4年後、キャビアを採取できるのは7年後です。その間、水質管理を徹底し、エサにもこだわって大切に育てています」
採卵と加工は元家庭科室で行います。「キャビアは人間の都合のいいタイミングで採れるものではありません。採らせてもらえる合図があるんですよ」と板坂さん。センターでは、メスとわかったすべての魚体にマイクロチップを埋め込み、個体ごとにデータ管理しています。体重の推移など膨大なデータを解析し、経験から編み出した50通りもの計算式を用いて、ベストな採卵タイミングを見極めます。「データを取るのは現場スタッフですが、それをコンピュータで毎日チェックして、『何番の魚の採卵は明日』と指示を出すのは私の役目です」
当日はスタッフがチョウザメのおなかを切り、卵を素早く取り出して洗います。雑味となる要素を手作業で丁寧に取り除くなど、手間を惜しみません。塩漬け、瓶詰めには時間制限を設けて鮮度低下を防ぎます。加工後は急速瞬間冷凍。いつでも採れたてのおいしさを味わえるように仕上げます。採卵と加工を行う冬場の繁忙期には、地元の女性たちに声をかけ、パートとして手伝ってもらうこともしばしば。「昔からよく知っている友人のお母さんは80代ですが、とても作業が早くて助かっています。前日に突然お願いしても来てもらえるのはありがたいですね」
従来の輸入キャビアは長期保存のために、多いものだと15パーセントほどの塩分濃度で塩漬けし、低温殺菌処理を施しています。このため、キャビアというと塩辛くてプチプチした食感というイメージが定着しています。しかし本来のキャビアは、まろやかな自然の甘味があり、とろけるようにやわらかいのだといいます。板坂さんとスタッフは本来の味わいと食感にこだわり、加工の研究開発を重ねました。そして良質な岩塩を使って塩分濃度を3パーセント以下に抑え、ピュアな旨味とふわっととろけるような舌触りを実現したのです。
キャビアを地域の特産品に。
その先は世界を目指す
体育館を養殖場に、校舎の家庭科室を加工所に転用しているほか、理科室は研究開発室、図書室はプレゼンルーム、職員室はオフィス、校長室は社長室として活用しています。「できるだけ学校当時の面影を残しています。すぐ裏手が山なので、イノシシが敷地内に入ってくることも。それほどのどかな場所にあります。地元の方々からは、よく『桜の木を残してくれてありがとう』と言われます。入学式の頃になると、学校の前を流れている川沿いに、それは見事な桜が咲くんですよ」
どんな事業を行っているのか理解してもらうため、繁忙期以外は見学の受け入れをしています。日本一のキャビア産地を目指し、ハマチ、和三盆、醤油に続く特産品として、地元の方々が誇れるものにしたいと日々奮闘する板坂さんたち。2019年には地域性を打ち出すために、商品名を「瀬戸内キャビア」としました。品質の良さが知られるようになり、多くの有名レストランやホテルでも使われるようになっています。2020年にはミシュランと並ぶフランスのグルメガイドブック「ゴ・エ・ミヨ」の日本版でテロワール賞を受賞。この賞は優れた食材であることはもちろん、産地の風土や文化に根差した活動をしている生産者に授与されるものです。
板坂さんが、さらなる目標として掲げるのは海外への販路拡大。食品衛生に関する国際規格である「HACCP(ハサップ)」の対米・対EU認証を取得しており、準備は万全です。「お手本は和牛。牛肉を食べる食文化は海外からもたらされましたが、今では日本の和牛が世界のグルメを驚かせています。私たちも引田の廃校から、本物のキャビアの味を世界へ発信したい。そんな想いを胸に日々全力投球しています」。日本の水で磨かれたキャビアが世界の美食シーンで認められる日は、そう遠くないかもしれません。
東かがわ・
つばさ
キャビアセンター
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